2015年3月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック

思ひ出アルバム

  • 卒業式が終わって・・・
    以前HPで行っていた「todya's photo」の写真や「御岳写真館」で使用していた写真を再び復活させるべく、「思ひ出アルバム」として随時更新していきたいと思います。また最近の写真でも「思ひ出」となるものについては、ここに納められていくことになるでしょう。

心と体

2013.06.22

発作の見抜き

発作を見抜くのは、なかなか難しいです。

唐突な書き出しですが、自分たちの中で「発作」というと、てんかんを第一に考えます。
ただ発作の中には本当の発作ではない、偽発作であったり、またはてんかんとは関係のない意識消失であるかを見抜かなければなりません。

もちろん、偽発作や別の発作であれば軽視していい・・・というわけではありません。
医者ではないので完全に見抜くことは困難ですし、てんかんの鑑別は脳波測定であることは言うまでもありません。ですから脳波を見ずして「偽発作」とは断言できません。

ですが、発作が起きた時にその前後状況を把握するのも大事なことです。
発作の要因というのはいろいろあり、自分たちが考えもつかないことが原因で発作が起きることもあります。ちょっとした音であっても発作が起きることもありますので、てんかんを持っている人のケアには十分に注意を払っています。また発作が起きている状況の把握や身体状態を確認するのは必要なことです。そういった情報を集めて発作の対応をしています。

中には「注目を集める」ために発作を起こすこともあります。
ですが多くの場合、その発作は真正発作ではなく偽発作であることがほとんどではないか、と思います。あるいは精神的なことが要因となって起こす発作もあります。なので、倒れたから慌てる・・・のではなく、倒れた時に冷静に状況を見極めることが重要です。発作の後に何事なかったかのようにケロッ、としていることもあれば、発作後ももうろうとした状態が続くこともあります。発作が多くなれば治療の対象になりますが、逆に偽発作が多い時も直接的な治療ではなく、その背景因子を取り除くなどの環境整備も必要になります。時に「この利用者さんは軽い人だから・・・」と甘く見ていると対応を間違えかねないこともありますので、自分たちも正しい知識を身に着けておくことが必要であることを強く感じています。

こんなことを書くのは、そういうことがあったからのこと。
この利用者さんの因子は色々とわかっているのですが、対応は結構考えますね。この利用者さんに関していえば、偽発作も正しい方に向くような治療が必要なのかもしれません。

2013.02.20

新しい発作

昨日は仕事もあったし、書こうと思ったんです。でも、書けませんでした、

というのも、久しぶりに不安状態に陥ってしまいました。
ここ最近は落ち着いていたのですが、ぶり返してしまいました、ただ、今までの発作とはちょっと違った感じだったのも、昨日の特徴。

敢えて誘発するようなことはしませんが、内容はやっぱり「人体」に関係すること。
最初の時は「気持ち悪っ」って感じだったのですが、だんだんとそのイメージが強くなり、あたかも自分にその状態が表れているように感じたのです。すると体中がそわそわして落ち着かなくなり、別のことをやって頭の中を切り替えようと思ったのですが、全然イメージが払しょくできずに体中がそわそわする感じになりました。今までは「意識が遠のく」というのが発作症状でしたが、今回はまた別の形での不安発作でした。

あまりにも発作が切れないため耐え切れず、頓服を服薬。
元々頓服なんか自分には処方されていないのですが、一度発作状態を断ち切ることができなかったことを先生に相談した時、先生からは「もし辛かったら、(抗不安剤を)飲んでもいいよ」と指示を受けていたたので、定時薬で飲んでいる薬を追加して飲みました。そのほかに、就寝前の薬も早めに飲むことに。

薬を飲んだ安心感からか、イメージは残っていても不安は楽になりました。
こういう時に改めて「薬ってちゃんと効いているんだな」と実感しますが、正直こんな形で飲むとは思いませんでした。まぁ広い意味で言えば解剖学的な要素もあるので十分に発作の要因にはなりえるものですが、当分このイメージを払しょくするのは苦労するかもしれません。発作こそ起きていませんが、未だにその時のイメージが頭の中をよぎることがあるので、悪い学習がついてしまった感じです。不安発作にならないだけまだマシなこと。ある意味でこれからが本当の闘いなのかもしれません。

2010.09.03

久しぶりの「赤」

何故だか理由は全くわかりませんが、久しぶりに「赤チェック」になりました。

「赤チェック」というのは、自分自身が通院のために毎日記録をつけている体調管理の用紙に赤でマークをつけること。厳密にはexcelで管理しているので、日付を赤で記入している状態。

で、「赤チェック」の意味は・・・気になる体調の変化があったことの記録。
直近では去年の特養の相談員をしていた時に仕事を辞めるか続けるかを考えた時の記録で赤が入っている状態。もちろん赤が入るということは、体調も悪いということ。思い当りのある・ないに関わらず著しい体調の変化や特記すべき体調の変化があった時は、必ず赤チェックを入れることに。

そして久々に赤チェックの入った今日は、強迫体験が消えなかったこと。
自分でいうところの「強迫体験」というのは、解剖的な要素のこと。今日の出勤中にふと解剖的なことが頭の中をよぎり、その思考が長く続きそうだったためガムを噛んで意識そらしをすることに。その後仕事中はなかったけど、仕事が終わって帰りにまた解剖的な思考が頭の中を走ることに。このときはさすがに職場の中だったため、ここで不穏状態を見せるわけにはいかず、一生懸命自分の中で意識を極力そらすことに。しかしその反動があったのか、母親の透析に迎えに行った帰りに、車の中で一気に爆発。かき消しても続く解剖的な思考。

自分も最初のうちは「思考が飛躍している」と思っていたけど、どうやら自分の自立支援医療の診断書にチェックがされていた「強迫体験」というのは、こういうことなんだということを最近になって実感。もちろん日々の生活の中でふと解剖的なことがよぎるときもありますが、それがいつも強迫体験につながっているわけではなく、調子がいいときは何も起こらず普通にスルーできることもあります。

でも今日はスルーすることができず、結果として強迫体験に。
ここのところ比較的調子が良かっただけに、ちょっと変なところでつまづいてしまった感じ。あんまり尾を引きたくないのですが・・・ちょっと尾を引きそうな感じです。

2010.01.30

告白すること自体が苦悩

@niftyニュース「安西ひろこパニック障害!著書で告白」(日刊スポーツ)

 タレントでモデルの安西ひろこ(30)が、告白本「バルドーの告白」(30日発売)で、パニック障害を患っていた過去を明かしている。女子高生のカリスマモデルとして活躍中だった01年末ごろに同病で休業。その後、芸能界に復帰する08年末までの闘病生活や、90年代後半のグラビアアイドル時代のいじめの体験などを赤裸々につづっている。
 昨年、7年ぶりに芸能界に復帰した安西には、暗い過去があった。96年のデビュー時から、グラドルとして活躍。99年からは「ひろ」と呼ばれるギャルのカリスマモデルとなり、浜崎あゆみと並ぶほどの人気を誇った。だが、華やかな舞台の裏では「家族と会えない、友だちもいない。私生活の時間もない。孤独でした」。やる気を失うと、激しいめまいや耳鳴りを患い始め、メニエール病と診断され、01年の連続ドラマ「スタアの恋」の撮影現場で、ついに倒れた。
 自殺をほのめかすようになり、パニック障害と診断された。仕事を休み、治療に専念も「平衡感覚がなく、床がゼリーのように感じて歩けなく、はって移動する日々」。幻聴に悩まされて「死にたい。消えたい」とうなされたという。
 数年間に及ぶ、母や周囲の親身な看病があり、さらには、「mixi」で発見した根強いファンによる応援サイトに励まされ、徐々に回復の道をたどったという。その経緯も事細かにつづっている。
 また、休業した7年間だけでなく、グラドル時代に、舌っ足らずでブリッコな話し方のせいで「ほかのグラドルに会っても、口を利いてもらえず、誰も見ていない場所で蹴られたこともあった」などと、いじめを受けた過去も告白している。
 復帰した現在は、モデル業を中心に活動中。「私の芸能活動が、同じ病に苦しむ人たちの励みになれば。パニック障害の過去を明かしたこれからは、カウンセリングトークショーなどのお仕事もしていきたい」と前向きだ。30日には出版記念握手会を、東京・文教堂書店渋谷店で開催する予定。(2010年1月27日)

少し前の内容ですが、mixiの方ではこのことについて「売名行為」なんて声も出ています。
自分はどんな立場の人であろうとも「パニック障害」であることを公表することはとても勇気のいることであると考えています。だから自分は素直に、そのことを受け入れていようと思います。

「パニック障害」ということを簡単に言うことは、ハッキリ言ってできません。
「売名行為」なんて言っている人もいますが、本当に障害・病気を患った人からみてそのように非難されることは、非常に心にストレスを感じるものです。ですから自らカミングアウトをすることは、以前の自分の状態から快方に向かっている、あるいはそのことを理解してもらいたいためのことだと思います。自分なんかは「匿名性の世界」でカミングアウトをしているので、プライベートな友人でもこのことを知っているのは指で数える程度であり、私生活の中で打ち明けることは今でも勇気のいることです。その証拠に、まだ職場には言っていません。なにより、そのことが理由で仕事を失ってしまうことが怖いから。

そのことが有名人となれば、また話は別です。
打ち明ければ当然マスコミから報道されますし、色々なところから良いこと・悪いことがあがってきます。ですからカミングアウトをすることは、それなりの覚悟があってのことであると自分では考えています。

もうすぐ新しい仕事をしてから1ヶ月が経ちますが、利用者さんを見ていると自分も表裏一体なんだなと感じます。
数年前の自分は症状がひどく、仕事も見つからない状態。自暴自棄になり、何もない時は家の中に完全に引きこもっていました。もし自分がその時、今の職場のようなところを知っていれば恐らく登録していたかもしれませんし、自分が相談をする側になっていたかもしれません。今は自分が相談を受ける側(と言っても、まだまだひよっ子ですが・・・)になっていますが、ここで仕事をすればするほど、自分も支援を受ける側に立っていても不思議ではないんだな、と強く感じています。精神的に疾患を持つ人は、本当に生活をしていくことにものすごく不自由を覚え、それゆえに色んな事を考えてしまいます。自分もそんな経験があるからこそ、少しでも同じ境遇の人・心に不安を持つ人の支えになって行きたいと思っています。

2010.01.12

どこか無理してる?

新しいところで1週間が経ち、スムーズな出だし・・・と思いきや、そうもいかないみたいです。

ここ最近、何が理由かはわからないけど、急に襲われる不安感と焦燥感。
先週末から何となくその兆候が顕れて、そんなに大きなものではないけれど何となく気にかかる状態。そんな状態だから、なかなか保険証が届かなく、病院に行けない辛さ。かと言って職場にはやっぱり色んな事を考えてしまい、今回も障害のことを言わずにいるため、真正面からは突破できない状態。そんな状態に苦しく思い、一瞬カミングアウトをしてしまおうか・・・と思ったものの、ここで職を失う怖さをわかっているため、打ち明けられない状態。

ここ最近になってまたコーヒーを飲むようになり、その影響で不安感が出ているのかなぁ・・・と自己分析をしており、とりあえずはしばらくはコーヒーを遮断することに。香りは好きなんだけど、飲むと悪化する可能性があるからこれからは我慢。で、このことも言えない状態。最初の時点で「飲めます」と言ってしまった手前、始業前に注がれるコーヒーを止めるのも言いにくい状態。

そう、考えていることすべてが「ネガティブ」な方向に進んでいる状態。
自分でも今回は順調な滑り出しなのに、何で不安感や焦燥感に襲われるのかなぁ・・・とわからない状態です。

ただ、ひとつだけ言えるとしたら、無意識のうちに「無理」をしている可能性。
特養の相談員はすぐに拒絶反応が出て体は最悪の状態に。自分の中で物事を正当化させようとしても、体は拒否の反応。割り切りながら仕事をしても、苦しい状態や不安の状態は変わらない。そんなことがあって結局辞めてしまったけど、今思えばあの時は自分の中で強引に押し通そうとした反動として無理がたたり、その結果自分の体をボロボロにしてしまったかな・・・という気が。そんな例に照らし合わせると、決して自分の中では無理をしているつもりはなくても、自分が意識していないところで無理をしているのかなぁ・・・と。

そうであれば対処法は簡単、無理をしない。
今日の車の中でも不安感に襲われたけど、その時は自分の心の中で「今すぐやらなくてもいいんだ」と、自分を自制するように問いかけることに。ただ、やっぱりそう簡単にはいかないもので、病院のスパンも2カ月目に突入しようかという状態。薬こそまだあるものの、やっぱり早く病院に行きたいというのが本音。病院に行けないことも自分の中で無理をしている反応の1つなのかも。

とりあえず、焦らず、ゆっくり。
自分では言い聞かせているつもりだけど・・・うーん、難しい。

2009.09.05

間違えなく、生きていた

今日は定期通院日。だけど、別の話題を。

先週に引き続き、今日もボランティアへ。今まではイベントのときに参加していたけど、これからは都合の付く土曜日に関しては参加していこうかな・・・ということに。なので、これからの土曜日は自宅でゴロゴロ・・・という訳にはいかなくなります。むしろ、その方が健康的なのかもしれませんが。

で、ボランティアの中には以前知障デイで送迎をお願いしていた会社の添乗員さんも参加しており、色々と今の状況を聞くことに。その中に、自分がちょっと気になっていたことがあり、それを聞いてみた。

気になっていたこと・・・とは、自分が入ったときにいた1人の利用者さん。
その利用者さんはいわゆる「重症心身障害者」(「重心」と略されます)で、日常生活のことすべてに関して全介助の利用者さん。ずーとつきっきりということはなかったけど、自分もその利用者さんの対応をすることがあり、食事介助はもちろん、おむつの交換、作業活動、散歩など、日によって担当することもあった利用者さん。ただ、重心の利用者さんのためコミュニケーションはできず、何を考え何を思っているかは自分が推測することしかできない利用者さん。自分も最初のころは悩んだりしましたが、ある時利用者さんの足をさすってあげると嬉しそうな、快さそうな表情をしたのを見て、「あぁ、これがコミュニケーションになるな」と実感し、何かあるにつれて体を触ってコミュニケーションをとることを試みた利用者さん。

ただ、デイを退職してから初めてのボランティアに行ったときに、この利用者さんの姿はなかった。
「どうしたのかなぁ・・・」と気になりつつも、彼のことを聞くことなくボランティアを終え、その日は自宅に帰った。

そして今日、その添乗員の人と支援のことを話している中で彼のことを思い出し、ふと彼のことを聞いてみた。
すると添乗員さんからは「○○さんは、お亡くなりになられた」とのこと。

そのことを聞いたとき、正直な感想は「やっぱり」というものでした。ショックはありませんでした。
いつもイベントがあるときは積極的に来て、そのイベントに合った服装もしてくる彼。ただ、日常の生活では支援している自分たちも「大丈夫かな」と不安に思うこともありました。食事介助の時は刻み食・お粥にしてもむせることが多く、飲水も難しい状態。成人用の哺乳瓶で飲んでもらうものの、うまく飲みこみができないこともしばしば。そしておむつの交換やリラクゼーションの時に見せた発作様の体の硬直。自分はてんかんじゃないのかと思い、周りの職員もてんかんを疑ったけど、診断の結果はてんかんではないとのこと。彼の日常を見ていると、1日1日を生きることが精いっぱいだったかのように思います。自分が退職する時も、スキンシップをとって別れることに。

しかし、次にボランティアに行ったときは、既に彼の姿はありませんでした。
彼がいなかった時点で「もしかして・・・」と思いましたが、さすがにその時はそのことを聞ける様子ではないと思い聞かずに帰り、確証の無いことを安易に考えないようにと思っていました。しかし今日聞いたことで、その思いは確証に。やっぱり・・・と思う反面、過去今まで自分が支援をしてきた利用者さんの中で初めて亡くなった利用者さんがいたことを目の当たりにすると、やはりやり切れない気持ちです。そんなことに出会うたびに、自分の障害は他の人に比べたら大したことないもの、と思います。

ただ、間違えなく彼は生きていました。「生かされた」のではなく、「生きていた」のです。
おむつ交換をした時も、おむつの中に排便があったので清拭をしおむつを交換し、汚物処理に行って戻ってきたらまた排便があったことも。1度だけのはずのおむつ交換が、同じ時に2回交換することに。でもこれは彼が間違えなく「生きていた」ことの証。ちゃんと体の機能は働いており、人間であれば当然する「うんち」をちゃんと彼はしていたのです。食事もむせながらも食べており、公園に散歩に行った時も日差しを浴びて心地よい表情もしていました。
ちゃんと1人の人間として、彼はこの世で生きていました。

福祉従事者、福祉のことを勉強している人であれば、糸賀一雄の、この言葉が思い浮かぶと思います。

「この子らはどんな重い障害をもっていても、だれと取り替えることもできない個性的な自己実現をしているものである。人間と生まれて、その人なりに人間となっていくのである。その自己実現こそが創造であり、生産である。私たちの願いは、重症な障害をもったこの子たちも立派な生産者であるということを、認め合える社会をつくろうということである。『この子らに世の光を』あててやろうという哀れみの政策を求めているのではなく、この子らが自ら輝く素材そのものであるから、いよいよ磨きをかけて輝かそうというのである。『この子らを世の光に』である。この子らが、生まれながらにしてもっている人格発達の権利を徹底的に保障せねばならぬということなのである」(「糸賀一雄著作集Ⅲ」より)

「この子らに世の光を」ではなく、「この子らを世の光に」。
最初はなかなか理解が難しいかもしれませんが、実際に色々なことを体験していくと、その言葉の意味を理解していけると思います。彼もまた、短い生涯ながら社会の中の1人として、しっかりと生きていました。だから自分は言います。彼は、間違えなく生きていた、と。

利用者が亡くなるというのは辛いことですが、その分、自分たちは今を精いっぱい生きなければならないのだと思います。

2009.06.29

真偽の見極め

ようやく本来のシフト通りに仕事をした月曜日。
「本来のシフト」と言っても、やっぱり変則シフト。始めて支援をする利用者さんではないので特に何か・・・というわけではないのだが、やはり女性利用者への支援は難しいところ。何かするにしても男性では立ち入れない部分もあり、その部分は自分の及ばない部分。なので女性の職員に「済みません、○○さん、お願いします」と言って対処をしてもらうことに。もちろん逆のこともあるけど、どちらかというとお願いしている部分のほうが多いかな?

ロッカーでの対応も、その1つ。
まぁ男性ロッカー室に女性職員が普通に入ることもおかしいけど、当然ながら女性ロッカー室に男は入れない。だから女性ロッカーに関することならやはり女性にお任せするのが当然。そして帰る前にも、女性の利用者さんをロッカーに連れていくことに。

ところが、ロッカー室の扉に来た時に、ちょっと様子に変化が。
足が硬直し、腕も若干硬直気味。若干の震えも感じる状態。とりあえずは普通に流してロッカーに促したけど、その数分後に女性職員に行ってもらいロッカー内を確認してもらったところ、てんかん発作で倒れている状態。しばらく安静にした後、男性職員が入り利用者さんをトランス。医務室で休んでいただくことに。

この職場に来て、このような「発作」の見極めが難しく感じます。
この利用者さん、どうも自分が担当のときに発作になることが多く、今朝も散歩に行く前に声掛けをするものの、体が硬直している状態。そのまんま行くことは難しかったので、ひとまずその場は別の職員の方に対応してもらうことに。結局散歩には行かず、そのまま待っていただくことに。

その後はいつもと変わらず作業に取り組まれ、午後も普段通りに作業されることに。
そして移動でロッカーの前に行った途端、発作の前兆が。朝にも同じパターンがあったため声掛けをして促すものの、今回のパターンは発作に移行してしまった。

正直自分の中では、この「移行」というのが曲者に感じます。
この利用者さんの場合は過度な依存を避けるために自立して行動をしてもらっており、移動に関しても基本的に見守りのみで、過干渉にならないようにしている状態。ところが、どうやって自立をしていただいても、時には発作の前兆が見えることがある。自分はいつも「大丈夫かな?」と思ってしまうのだけど、周りは発作に移行させないために「○○さん、ちゃんと歩いてごらん」と声掛けをして促す状態。でも実際のところはその声掛けで安全に移動できているか・・・言われれば疑問が残る状態。いつも自分はその状態に悩んでおり、自分は「発作になるな」と思っても周りがそのような状況にさせることを阻止しているため、対応が難しい状態。

今でこそ「てんかんではない」と言われているものの、一時期はてんかんの疑いのあった自分。
だからてんかんのことは今まで以上に自分で調べてきたけど、基本的にてんかん発作は「脳の電気的信号の乱れ」と考えており、その乱れを薬で抑えるのが治療であると認識しています。が、その一方でこの脳の「電気的信号の乱れ」は自分の意識下で調節できるものではなく、本当に信号の乱れが起きているのであれば自分を取り繕っているのは難しいと思います。ましてやここは「重度」と呼ばれる施設。そんなところで利用者さんが意識的に「偽発作」をする理由も見つかりません。なので声掛けで発作を振り切っていこう、という考えではどうも自分は納得できないんですよね。じゃ納得できないから発作の予兆が見られたらすぐに対応をお願いするのか・・・というと、たぶん周りは「~だから」と言ってあまり真剣に取り合ってもらえないんじゃないのかな・・・と感じています。

ただ、いずれにしてもあまりに自分が担当のときに発作になることが多すぎる状態。
今日保護者の方が見えられましたが、色々と要因はあるみたい。今週は職員研修もあるので、ちょっとこのことも触れる機会があれば意見してみようかな、と思います。

2009.06.28

自分は既に「・・・」だが

何となくmixiの記事を読んでいたら、こんなものがありました。(出典はyahooからです。)

「“心の風邪”では片付けられないうつ病をどう乗り越えるか」(6月27日 ITmediaエンタープライズ)

 仕事や家庭での悩みから心や体のバランスが崩れ、うつ病になってしまう人が後を絶たない。うつ病から自殺に至るケースも多いとも言われ、個人や企業にとってうつ病への取り組みは重要な課題だ。
 メンタルヘルスケアを手掛けるセーフティネットの山崎敦社長は、「“心の風邪”という表現もあるが、もっと真剣に向き合うべきもの」と話す。
 山崎氏は、1967~1999年まで海上自衛隊に在席し、第6航空隊指令や下総教育群指令などを歴任したが、退官までの6年間に3人の部下を自殺で失った。「悩みを抱える人の受け皿があれば、自殺に至るケースを少しでも減らせるのではないかと考えている」と山崎氏は話し、人材会社パソナの支援を受けてセーフティネットを創業した。
 セーフティネットは、約400社の企業から委託を受けて、従業員やその家族からの悩み相談に応えている。1日当たり約100件の相談が電話やメール、面談で寄せられ、50人ほどの専門家が24時間体制で受け付けている。対応する専門家は、産業カウンセラーや看護士、弁護士、警察OBなど、さまざまなキャリアを持つベテランばかりだ。

●なぜうつ病が増えるのか?
 うつ病は、雇用や経済的な不安、人間関係、家庭問題、身体の変化といった悩み事を日常的に抱え込むことで発症することが多いといわれる。うつ病になる人のタイプは、真面目で責任感が強いという特徴が指摘がなされるが、山崎氏はそれらに加えて、ストレスの発散や息抜きが苦手なタイプである場合が多いという。
 「スポーツをしたり、人と会話をしたりするのが苦手であり、悩み事を常に考えている状態が続いてしまう。本来は悩みとは別のことに目を向け、脳を休める機会を持つのが望ましい」と山崎氏。
 また、悩みの愚痴を言いたくても言えず、愚痴を聞いてくれる環境が失われていることも、うつ病が増加の背景の一つにあるのではないかともいう。「ストレスが増えたというよりも、ストレスを解消できる場面が少ない」(山崎氏)
 例えば、かつては仕事帰りに上司と部下が飲みに行くというのが職場における一つのコミュニケーションだった。「上司が部下の悩みや愚痴を聞くようで、実際には上司も愚痴をこぼす。お互いがストレスを解消できる機会だった」(山崎氏)
 また核家族化や集合住宅に暮らす人が増え、近隣住民と顔を合わせる機会も少なくなった。以前であれば、ちょっとした井戸端会議での雑談や愚痴がストレス発散の場になっていた。「こうした人間関係はわずらわしいと感じつつも、お互いにストレスを発散、吸収する仕組みとして機能していたと思う。個人的には残念に思う」(山崎氏)

●社員の悩みは会社のリスク
 近年、相談が増えている業種がIT関連や製造である。IT関連企業ではプロジェクトのカットオーバーに対する周囲の圧力や、他社に常駐していることで人間関係が希薄になってしまうことなどが引き金となり、うつ病に至ってしまうケースが多いという。
 「予算や納期に追われることで自責の念に駆られたり、仕事自体にのめり込んでしまったりする人も多い。深夜遅くまで働くなど長時間労働が続くだけでなく、帰宅してもインターネットやゲームを楽しむ人も多いため、体を休める時間がまったくないようだ」と山崎氏。
 製造系企業の50代の幹部社員は、部下の指導方法について悩みを抱えていたという。かつては先輩社員の技を盗んで体得せよという指導方針だったが、自身が指導する立場になると若い後輩社員がついてこない。その結果、休職を余儀なくされるほどの深刻な事態になってしまった。
 うつ病にまで至ってしまった場合、山崎氏は本人ばかりではなく、家族や同僚、企業の人事担当者までも巻き込んでしまうケースが多いと指摘する。周囲の人間も本人に対してどのように接すべきかについて悩み、常に気をつかってしまう。「特に人事担当者は本人の復帰後も含めて対応しなくてはならず、大きな負担を抱えてしまう。人事担当者もうつ病になってしまい、休職してしまうケースもある」(山崎氏)
 うつ病を軽い病気だと安易にとらえる企業経営者も多く、適切な対応を取らなければ悩みを抱える社員を自殺に追い込む危険もある。その結果、悩みの原因が職場であれば企業には安全管理義務の責任を問われてしまう。遺族が労災認定を求めて訴訟に起こす事例も多く、企業側の責任が適切に果たされていないことが明確になり、多額の補償金を支払うケースも多い。
 こうした状況を受けて、近年は大企業を中心に産業カウンセラーを配置するケースも増えつつある。しかし、相談者が「人事考課に影響するのではないかと懸念したり、相談内容によって適切なアドバイスができなかったりするケースもあり、十分に機能していないという課題を抱える。
 同社でも当初は相談者のプロフィールを確認していたが、会社に報告されるのではないかという懸念に配慮して、相談者が明らかにするまで尋ねない。相談内容は企業経営や犯罪を助長するようなものを除いて制限しておらず、可能な限りアドバイスや解決手段を提供するようにしているという。
 例えば従業員の家族から「子供のオムツはどの製品がいいか」という相談もあった。母親の立場では知人に尋ねづらい悩みであるものの、同社ではそうした心配をせずに、気軽に相談できる環境を目指してしているという。
 「幸いにもさまざまな人生経験を持つ人々が支援してくれるようになり、日常生活に関するものから法的に対処しなければならないものまで、さまざまな相談に答えられるようになった」(山崎氏)
 寄せられた相談やアドバイスした内容は、週一回のミーティングでカウンセラー同士が共有するようにしており、対応者が異なった場合でもスムーズに相談を受けるようにしている。

●うつ病を防ぐには
 企業で社員がうつ病に至らないようにするには、社員本人やその周囲が少しでも違和感を覚えたら、直ちに休養することが大事だと山崎氏。
 「熟睡できない、食欲がないという日が続いたら注意すべき。すぐに仕事から離れて体や脳を休め、うつ病を予防してほしい」(山崎氏)
 しかし、本人がそうした対処をできない場合もある。周囲では、例えば労働時間などを基準にして残業時間が1カ月に80時間を越えているような場合に、本人が訴えなくとも直に休ませるなどの対応が不可欠だという。
 「自殺にまで至ってしまうと、必ず周囲の人間に“異変や兆候がなかったのか”“事前に気付けなかったのか”と問い詰める声がある。周囲の人も“言われれば心当たりがあったが、その時は気付けなかった”という気持ちがほとんど。自殺を防げなかったことに強く責任を感じて悩み込む人もいる」と山崎氏は話す。
 うつ病は目に見える兆候が分かりづらいことから、早い段階で気持ちを切り替えられるきっかけを作ったり、相談の場を設けたりすることで、予防していくことが重要なようだ。
 また、うつ病から復帰できた後にも配慮が欠かせないと山崎氏は指摘する。本人にはうつ病を再発するのではないかという不安を抱えている場合が多い。「周囲ではうつ病に対する理解が欠かせない。“前みたいに仕事ができるだろう”という上司の声などは特に危険」(山崎氏)
 うつ病に至った原因を本人と周囲が共有できるようであれば、可能な範囲で改善に取り組むことや、そこまでの対応が難しい場合には本人が自分ペースを取り戻せるまで、周囲が無理のないペースで見守っていくことで、再発を防げる可能性が高まる。
 「過剰な対応は、むしろ周囲にうつ病のリスクを広げる恐れがある。われわれも悩み事を根本から解決できる支援を心掛けている。1人でも多く自殺者を減らしたい」(山崎氏)

うつ病の記事を読むたびに「自分は当てはまるな・・・」とつくづく感じています。
今日も宿泊の行事プランを立てるために、休日にもかかわらず自宅で仕事。こんなことをやっているからダメなんでしょうね。でも厳密にいえば自分は「要注意」ではなく「罹患者」なのかもしれません。診断こそはうつ病はありませんが、飲んでいる薬は抗うつ剤。もちろんターゲットにしているのは「パニック」のほうだけど、結果的に抗うつ剤を飲んでいるから安定している状態なのかも。もし病気が発見できずにそのままでいたら・・・うーん、自分はかなりヤバい状態でしょうね。今改めてblogを見返してみると、「パニック障害」と診断される「前兆」らしきこともあったみたい。まぁこれがパニック障害につながったわけではないけど、この時はちょっとだけ「病院に行ってみた方がいいのかなぁ・・・」と思いながらも「時期的なものだから」とスルーしていた部分はありました。でもまさかその数ヵ月後に精神科に通院するようになるとは、この時は思ってもいなかったことでしょう。

だからもしかしら、今の自分は薬のおかげで安定しているのかも。
薬で助けられているからお酒のお付き合いも積極的に行ったり、くだらないことを言いながら仕事も指定のかもしれない。でもその一方で「これはやらなきゃ・・・」と自分の中で決めているものがあるからそのことを必死にやっていく自分もいるわけで・・・どちらに転んでも、綱渡り状態なのかも知れません。

2008.09.20

少しずつ、少しずつ

Nec_0053

いきなり画像からですが・・・「5555」じゃないのが悔しいです。

それは別として・・・
下の数字、本日の総走行距離です。久しぶりに1日で100キロオーバーです。がんばりました。

何で「無意味」な写真が・・・でも今日の自分にとっては意味のある写真になります。
久しぶりに高速走行です。高速に乗ったのは、2年3か月ぶりのことです。その「2年3か月前」も短距離の運転だったため、本格的に高速に乗って出かけるのは、もう4・5年ぶりかもしれません。受傷後、初めての本格的な「高速走行」となりました。

まぁ「本格的」と言っても、どちらかというと「リハビリ走行」的な感じが強いです。
やっぱり行きは少し尻ごみしてしまったのか、やや手前のインターから乗って、3区間。ちょっと緊張しながらも、普段の冷静さを持ちながら、低速にならないよう慎重に運転。幸いあまり車が走っていなかったおかげで、無事に行きの高速走行を終了。


ちなみに・・・目的地は入間のアウトレットモール。自分は何も買いませんでしたけど・・・


そして帰り。今日はこの後も予定がぎっしり入っていたため、帰りは行きよりもさらに長い高速走行へ。
行きは3区間だけだったけど、帰りは走行工程の全区間を走ることに。途中、ジャンクションを経由して目的のインターで下車。久しぶりの高速ロング走行、もちろん自分も緊張したけど、それ以上に母親も緊張していたみたいで、母親は高速を降りた途端ほっとして、ややバイタルが低下状態に。本当に、自分以外の周りにも色々と心労をかけています・・・

そんなわけで、久しぶりに高速を使った運転。
自分の中でも「リハビリ運転」と位置付けているので、今日の走行も「車に慣れる」ための第1歩。前回は2区間だったけど、今回は区間数も大幅に増加。とはいえ、今日の運転はまだ長距離と言うほどではないので、徐々に長距離運転ができるようになると、車の不安も払しょくできますね。最初のころは施設の車を運転するのが嫌だった状態。でも少しずつ自信をつけていき、まだ今は運転していないものの、今の心境は「運転してもいいかな・・・」という気持ちにまで回復。ただ、「高速走行」と言うのはまだ自分にとっては高いハードルだったので、今日はその一歩を乗り越えたかな、と言ったところです。やっぱり、今までのように車で遠くに出かけられるようになりたいですからね。

今日は中距離を制覇。あとは、長距離。心の具合にもよりますが、無理なく少しずつ運転できるようになりたいな、と思っています。

2007.08.21

なんとなく、不安定

落ち着いているのかな?」と書いた矢先のこと、どうもココロは不安定です。

日曜日には回避行動をしたものの、今日は仕事中であり、回避行動できない状態。
あんまりその話題ばっかりの状態からは脱したい状態。ただ、周囲は自分のことを知らない(と言うか、話していない)ので、自分はただただ耐えるのみです。

「別にそんなことで・・・」と言う程度の内容ですが、自分にとっては反応してしまう内容。
もしそのことが「人事」であれば多分反応はしないと思うのですが、決してそのことが「人事ではない」から、過敏に反応してしまうのでしょう。自分自身でも、この程度のことで反応している自分に嫌気が差します。

もちろんその場は取り乱すこともなく、ただじっとと耐えていました。
きっと自分のことを話しても理解されにくい状態であるため、あえて今の職場では具体的な話はしていません。ただ、総トップの課長が状況をしっているのみです。そのうえで、配属されていますから・・・

ただ、耐え抜いた後の疲労感は結構なものです。
本当に、耐えるのはエネルギーを要します。エネルギーを要した後は、まず「立てるか」が問題です。ここで立てれば問題ないのですが、立つことができないと厳しい状態です。前の職場ではまだ自分が障害を持っていることを知らない状況下だったので、解剖系の話になった時は本当に辛く、話を聞いた後はしばらく立つことができませんでした。体は「発作を起こさないように・・・」と無意識運動をしている状態で、解剖系の話になると、どうしても「悪い状況」をフラッシュバックさせてしまいます。

診断から3年、通院を開始してからは、幸いにも大きな発作には襲われていません。
でも今日みたいな状況は、意外と大きな発作を起こしやすい状況下であり、パニック以上の「大発作」を起こす可能性のある状態です。結局、自分が大発作を起こすのは「自分の中での思考が悪循環に入る」ことで起きており、単なるパニックならしばらく落ち着けば何とかなりますが、パニックを超えたパニックになってしまうと、押さえられなくなってしまいます。そのときが一番危ない状態であり、今日なんかは実は危ない状況だったりします。

うーん・・・大丈夫、と思っていたのに、何となく状態は不安定みたいです。

より以前の記事一覧

このblogは?


  • お仕事のことや自分のココロのこと・・・など、その日その日の「気持ち」を映し出すMitakeのつぶやき。「つぶやき」でありながら、その時々の気持ちを表している、いわば「ココロの鏡」でもあります。

    カテゴリーわけについて

My site

  • Mitakeの「後は野となれ山となれ」
    アメブロに開設した、第2のblog。
    でもここはゆる~くやっています・・・(^^♪
  • 「Web diary」過去ログ
    2001年の3月から2004年の3月まで、約3年間にわたって更新していた「Web diary」の内容の過去ログ。
  • HDFのつぶやき
    Mitake’s motherのblog。
    ただし、Powered by Mitake。(笑)
  • 御岳の山
    ここが(元)本家。現在は更新停止中です。

ご紹介ページ

  • 障害福祉~かざぐるま~
    まろくんさんのblog。
    知的障害者施設にて勤務経験あり。当事者の立場からの意見も豊富。
  • welfare-net21ブログ
    私も参加しているwelfare-net21の公式blog。
  • UTU-NET パニック障害教室
    自分自身が今抱えている障害です。
    紹介されている症例とは自分の場合は違いますが、「パニック障害」と言う定義には合致しています。少しでも「パニック障害」のことを理解してもらえれば・・・

by blog Pitatto!
無料ブログはココログ