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思ひ出アルバム

  • 卒業式が終わって・・・
    以前HPで行っていた「todya's photo」の写真や「御岳写真館」で使用していた写真を再び復活させるべく、「思ひ出アルバム」として随時更新していきたいと思います。また最近の写真でも「思ひ出」となるものについては、ここに納められていくことになるでしょう。

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2012年6月

2012.06.30

遊んでいるだけ

久しぶり・・・というか、完全に「遊びの支援」だった1日。
今日は訳ありで早上がり。(その辺については、アメブロで)

午前中に軽く面談をした後は、Wiiで遊ぶことに。
最初は自分がやるつもりはなかったけど、見本を見せるうちに自分も遊ぶようになって、お昼を食べた後もレクチャーをすることに。結構楽しかったみたい。

一方で「麻雀やろう」という声も。
前々から何となく聞いており、今日あたりやらないと利用者さんがへそを曲げそうだったので、自分が帰る時間まで麻雀をすることに。センターが移転してから初めての麻雀であり、約1年ぶり。結果は・・・うん、何となく自分が勝ったみたい。

って、今日ってこれしか書けない。
4時間勤務のほとんどを遊びに費やした自分。ちゃっかり自分も楽しんでいたりするし・・・ホント、久しぶりに遊んでいるだけの仕事。いや、それが仕事じゃないんだけどね・・・(^_^;)

2012.06.29

もうすぐ7月

ホント、月日の流れは早いです。
今年度としてはまだ3か月だけど、今年で括ればもう半分が終わりです。

相変わらず自分は水曜日に続き、困難ケースの連絡。
来週にケースカンファを開くことになり、前の施設の方もお呼びして考えることに。基本的な考えは、一昨日書いた通りなのかな・・・と思っています。

それにしても、明日で6月は終わり。
全然7月になるという実感はないし、「あ、明後日はリハビリだ・・・」と業務のことだけ。月日を感じている余裕はありません。明日は仕事を早退して、久しぶりに土曜日のボランティアに行くけど・・・うーん、早退するくらいなら休みを貰えばよかったかな。でもこの先いつ休みが必要になるかわからないしなぁ・・・

そんなことを言いながら、今年は有休を消化せずに終わりそうな予感。
去年は精神保健福祉士のスクーリングがあったので十分に有休を使ったけど、今年は有休を使う暇がないくらい。暇がないというか・・・使えないと言ったほうが正しいのかな。今年度は勤務調整があって、月18日の出勤制限。だから変に昨日みたいに休みの日があったりするから、余計に有休は使えない状態。いや、使う場所がない状態。有休が残るのはいいんだけど・・・残った有休が「なかったもの」にされる可能性があるから、余計にイヤ。ホント、こればっかりは・・・って感じ。色々と思うところはあるけど。

なんかこうやって季節感なく、今年も1年過ぎていきそうな感じです。

2012.06.27

スタートは、ゼロからか?

今日はほとんどの時間を、利用者さんの今後の対応について使うことに。

まず朝一番で、本人からの訴え。
内容は「前の施設に連絡をしてほしい」とのこと。自分の中でどうしても納得がいかないことがあり、それを伝えてもらわないと落ち着かない、とのこと。本人の言うがままに行うことはできないため、本人にもある程度の落としどころを見て話すことに。

その後午前中に発達障害者支援センターに連絡。
両親から発達障害者支援センターに連絡しても構わない旨をもらっていたので、対応した職員の方に面接時の様子などについて確認。実際のところ、支援センターとしても明確な具体策などを提示できなかったとのことで、改めて社会資源の少なさを実感。あわせて現在の対応についての助言も受けることに。

午後は保健所に連絡。
新規ケースかな・・・と思っていたら、既に一度かかわりがあることがわかったので、話は早く進むことに。今日は今の状態だけを伝え、今後一緒に対応をすることに。

正直、この利用者さんの対応には難しさを感じます。
自分が今まで経験してきた中で、いわゆる「自閉」という分類において対処したことのないタイプ。古典的な自閉症という括りの中で取り扱うには、少し違う様子の利用者さんというのが自分の所感。その中で色々と対応をしてきたけど、どうしても本人と家族が我慢できずに十分な対応ができずじまい、というのが実際のところ。

で、今日色んな所と電話をして感じたこと。
今まで自分たちの中では「既に療育を受けた」前提で物事を考えていたけど、その考えを一度ゼロにする必要にあるのかな、ということ。実際のところ、特別支援学校(当時はまだ養護学校)に通うようになったのは高校生になってからのこと。しかし支援学校で色んな相談に反応したかと言えば、そうではない様子。さらにこの利用者さんに関わってきた先生や支援者が、この利用者さんの対応で疲弊や潰れてしまっていることも自分の調査で明らかに。もちろんそのことを親御さんに言うことはできませんし、言うべきものでもありません。そこの調整をいかにするかが、自分に求められている一番のところ。

そんなことを考えた時、もう一度ゼロから組み立てて行く必要があるのかも。
今まで自分たちはある程度の「下地」があるものとして考えてきたけど、実は土台は何も築かれていないのかもしれない。もしそうであれば、今まで自分たちがやってきたことは何の意味もなさない。であれば、今から土台を作り直して、その上でこの利用者さんに支援を行っていくことが必要なのかもしれません。そのためにはもっとこの利用者さんに対してのアセスメントを細かく行い、その上で目標を丁寧に綿密に、ロードマップを作成していくことが、一番の近道なのかな・・・と感じています。

2012.06.21

避けては通れない問題

@niftyニュース「『性介護』提供する非営利組織代表と頭固い警察とのやりとり」

 障害者への射精介助を行う非営利組織・ホワイトハンズの代表を務める坂爪真吾氏。今や全国18都道府県でケアサービスを提供しているが、ホワイトハンズ立ち上げの際は、警察と「射精介助」の解釈をめぐって警察と大バトルを繰り広げた。新刊『セックス・ヘルパーの尋常ならざる情熱』(小学館101新書)を上梓したばかりの坂爪氏が、そのやり取りがどんなものだったかを解説する。

 ホワイトハンズの事業を始めるにあたって、まず考えたのが、「射精介助を行うことは、何らかの法律に抵触しないだろうか?」ということです。前例のないサービスなので、当然、規制・禁止する法律や条例はありません。ただ、性に関する既存の法律=風営法や売春防止法が拡大解釈されて、適用されてしまうリスクはあるのでは、と考えました。
 風営法では、無店舗型の性風俗サービス(=通称デリバリーヘルス。以下デリヘル)を開業する際には、所轄の警察署に、届け出を出す必要があります。
 地元の新潟西警察署の生活安全課に行って、まず、「射精介助事業って、風営法の規制対象になりますか?」と質問しました。担当者の回答は、「射精させるんだから、全て性風俗に決まっているだろう」というものでした。「風営法の解釈に関して、弁護士とも相談したのですが」と言っても、「お前のような若造に、弁護士がいるわけないだろう」という態度。
 ああ、地方の警察って、こういう人ばっかりなんだろうなぁ、と若干辟易したのですが、下手に議論しても無意味だと思い、「では、届け出を出します」と申告しました。
 ここからが、ややこしい話になります。まず、「ホワイトハンズは、デリヘルとしては認められない」ということで、届け出が受理されませんでした。まぁ、別に認めてほしくもなかったので、これ幸いということで、「だったら、届け出を出さずに勝手にやりますけど、それでいいんですか?」と言ったところ、「それもダメだ」とのこと。じゃあ、どないせっちゅうねん!
 警察の頭の中では、「性に関するサービス=全て性風俗営業」であり、性風俗を営業するためには、必ず風営法で定められた、無店舗型性風俗特殊営業=デリヘルの形式でやらねばならない、という思い込みがあるのでしょう。そのため、ホワイトハンズのように、これまでのルールの枠内におさまらない新しいサービスを開始しようとすると、無理矢理、既存のルールに当てはめようとするわけです。
 ※坂爪真吾/著『セックス・ヘルパーの尋常ならざる情熱』より(NEWSポストセブン)

今の自分の、率直な意見です。
正直、この問題を避けています。でも、避けては通れない問題です。大人になれば必ず直面する問題です。でも今の日本に性の問題を真正面から挑もうとしている人は少ないでしょう。

この記事を書く前に、ホワイトハンズのHPを流し読みしました。
性の問題に真正面から挑んでおり、正直自分ではここまでできないと思いました。いや、自分にそこまでの器がない、応えるだけの知識もないと思いました。もっと言えば、性の問題を先送りしてる・・・いや、あえてその問題に触れようとしてないのだと思います。

もちろんできる・できないがあるので、割り切った言い方をすれば自分は「できない」というのかもしれません。それが福祉職として適切か否かは別にして、個人としてその問題に取り組めるのか・・・と言われたら、自信がありません。まだ自分の中で聖域化しているのだと思います。真正面からその問題を投げられたとき、自分がどう対処するのか、その姿も描けません。もっとも、現実として性の問題がないから「必要に迫られていない」というのもあるかもしれません。ただ、この問題をずっと避け続けることができるのかと言われると、それはないのかもしれません。生涯この仕事に就いて性の問題に触れることなく終わる可能性もありますが、突然明日その問題に触れる可能性もあるかもしれません。そうなった時、自分はどう対処するのか・・・

決して避けては通れない問題。
自分がこのことに対して何をコメントしていいのか、わからないです。でも必要なことと思って、ちょっと取り上げてみました。

2012.06.15

障害と共にする

ここ最近、相談や電話対応の多い自分。
今日も夕方からひっきりなしの電話で自分のデスクに落ち着いて座っていられない状態。もちろん「多動」ではなく電話口まで動くために座っていられない状態。慌ただしいです。

話は別だけど、午前中にも相談。
相談というか・・・自分の担当の利用者さんだけど、この利用者さんの場合は「相談」というよりも「不安の解消」をすることがメインの利用者さん。いつも幻覚が付きまどっている利用者さんで、主治医の先生はそのたびに「幻覚の否定」をしているとのこと。そのため自分も右に倣えで同じ対応をしているけど、単純に否定するだけでなく本人の気持ちを受け入れたうえでの否定をすることに。

そして今日は退院して1年経っても変わらない、とのこと。
いや、少しずつはちゃんと進歩しているんです。自分が苦手な状況を理解し、その状況に対して自分なりに対応をすることができているし、ちゃんと自分が感じていることも話せているのです。ですから着実に変わっていることは変わっているんです。単純に障害の症状が消えないことから「変わっていない」と感じているみたいです。

障害のことを話すとき、自分の面談が下手なのか「自分の状態」も話します。
自分がパニック障害と診断されるまでには20年以上もかかった。だからすぐに完治するとは思っていない。20年以上かかったのだから、治すのも同じぐらいの時間をかけるつもりでいる。

たしかに症状が出ることは、本人にとっては辛いことだと思います。
でも今の医療では完全に症状を消すことができない場合もあります。その時、自分はどうやって生活をしていくかというのが非常に重要なことだと思います。いわゆる「障害の受容」ということなのかもしれません。医療の進歩で症状がほとんどなくなる人がいる一方で、長きにわたって幻覚や妄想にとらわれる人もいます。当然ながら症状がなくなるのが一番いいことは言うまでもありません。でもそれが困難であるとき、どうやって自分の症状とうまく付き合いながら生活を送っていくかが重要だと思います。「生活のしにくさ」というものを感じながら、どうやって現実的に対処をしていくか、それを見つけ出すことで折り合いをつけて生活をしていくのだと思います。障害というのを悪いものや邪魔なものとして考えるのではなく、いかに自分の障害をお付き合いをしながら生活を共にしていくか、これができるかできないかでその人のこの先も変わってくるのだと思います。

障害の受容は非常に難しいことでありますが、でも丁寧に対応しなければ間違ってしまう。生活技術の面でも別の利用者さんの相談を受けましたが、やはり基本線は同じ。自分が厳しい状態になった時、どうやってその場面を回避、あるいは乗り越えてくかというのが、その人の「生活のしやすさ」を決めていくのかな、と思います。

2012.06.14

ついつい、本音が

今日はフレキシブルに対応。
本来、書道のプログラムは別の人が担当だけど、色々と相談対応などの都合から自分が担当することに。まぁ結果的に自分が担当したことでリラックスして参加できた利用者さんもいたし、結果オーライかなという感じ。

あ、言うまでもないけど書道は下手。お手本通りなんて無理。
なので自分が書道に参加するときは、ほとんどが「煩悩書道」なんですよね。「6億円」とか「2億円」とか、欲の塊がそのまま書道に現れるんですよね。まぁこういった書道の方が型にとらわれずに書くことができるので、決して嫌いではないんですけどね。

ただ・・・ある意味素直なのか、思ったことをそのまま書いてもしまう状態。
今年度の待遇が時給待遇になった時も書道で「時給」と意味深に書いてしまうし、その時の思いは比較的ストレートに出してしまう状態。そして今日も最後の最後で「悩」と一言。書き逃げをするつもりだったけど、最後に担当の職員が来て「今日の1枚」を披露することになり、自分もこれを出すことに。「良くも悪くも悩めるということは・・・」とちょっと濁して説明をしたけど、実際のところは字のまんま。本当に悩んでいるんですよね。本当にここ最近は色々と悩んでおり、正直なところ精神科の受診を早めようかな・・・と思う位の状態。前回の受診のときも先生に色々と悩んでいることを話したけど、来週の受診もやっぱり自分の悩みを色々と話すことになりそうな感じ。結局「来週が受診だから・・・」と思い連絡することなく、予約通りに受診をする予定。でも・・・まだ何とも言えないな。

ついつい本音が出てしまう自分。勘のイイ人なら、色々と見通しているのかも・・・

2012.06.13

男系職場

このところよくあることなのですが、今日は男性職員だけでした。
男性職員だけで占められるというのは、福祉の世界では珍しいことかもしれません。

本来は女性職員もいるのですが、体調不良で休み。
そのため相談対応は自分だけで対応することに。一応東京都に届け出てる「相談支援専門員」は4人いるけど、今日は自分だけの状態。まぁ急な欠勤が出ても大丈夫なように、どの日も必ず2人以上は配置しているので「誰もいない」ということはないのですが、センターが移転してからはしばしば「男性だけ」というのも見られるようになりました。

まぁ慣れていると言えば慣れていますが、やっぱり自分一人は心もとないです。
情けないことに「何かあったらどうしよう」なんていつも思ってしまい、あるいは自分だけでは対処できないような相談が来たらどうしよう・・・なんて思うことがありますが、そんなことを察してかそういう時に限っては大したことはないんですよね。電話相談も全部自分が取ったけど、女性職員がいないとわかれば連絡をしてこない人もいるし、自分が常勤ではないので外部からのアポもほとんどないんですよね。

これが良いか悪いかは別にして、自分だけでも結構何とかなるものです。
その辺は多少の経験が伴っているのかもしれませんが、でも利用者さん的には男性ではなく女性の職員がいたほうが安心するのかもしれません。その辺も福祉の仕事が「女系職場」であることの表れの1つなのだと思いますね。

まぁ明日は、支障がなければ実験でもしようかな。

2012.06.07

余裕→新たな発見

ここ最近、作業部門を回すことの多い自分。
まぁ同僚職員も勤務調整で休まざるを得ない状態であるため、そうなると抜けた穴は自分が埋めることになるんですけどね。

そんなことを知ってか知らずか、自分が回す日は若干人数が少なめ。
今年の3月から参加数統計を取っているけど、作業が少ないときに参加人数が多く、逆に作業があるときは参加人数が少ないという皮肉な状態。でも今日は思った以上に利用者がいなかったので、ちょっと楽でした。

そして少し余裕ができると、個々の利用者さんに向ける目が出てくるんですよね。
例えばいつもビーズの色選別と紙すきの前工程をやっている利用者さんに、いつもと変えて紙袋のスタンプ押しをしてもらったら、表情が良かったとの反応があるんですよね。同様に最近来るようになった高次脳機能障害の利用者さんに対しても色々と話しながら作業提案をすることに。正直なところ、高次脳機能障害の方が作業に参加されるケースは初めてだったため自分もどこまで進めていいのか探りながらだったけど、コミュニケーションの点で障害になる部分が見られないため色々と様子をうかがいながら進めることができ、これも余裕ができるからこそのこと。

あと、いつもは紙切りを中心にしている利用者さんに、新しい作業も。
いつも単純作業ばっかりだったため、ミキサーを使った新しい作業に取り組んでもらうことに。本人も心配そうな感じだったため、1時間だけやりましょうという提案で進めてみたけど、1時間後の休み時間に感想を聞いたところ「楽しい」との反応。そのためさらに延長して作業をしてもらうことに。

いや、余裕があるときというのは色々と発見できます。
ミキサーの作業も工程が多かったので難しいかな・・・と思ったいたら、結構反応がよかった。さっきのスタンプも普段やらないことをやってもらったため、また新たな発見にもつながりました。余裕ができることはそれだけ1人1人の利用者さんの様子を確認することができるので、改めて大切なことであることを実感した1日です。

2012.06.06

置く方が悪い

今朝出勤すると、自分の机の上にパーラービーズで作ったコマが。
よく見るとコマの軸が取れていて、合わせてビーズも欠落。

そして午後に来た小さな姫には、見事に椅子を破壊。
「引っ張っちゃうと、椅子が痛い痛いだと思うけどなぁ・・・」と話すものの、お構いなし。

ハイ、置いてあるほうが問題なので、何にも言いません。
まぁ置いてあった目的は「こんなものをセンターで作っていますよ」というアピールが目的。見学に来た人にも見てもらえればとの目的もあって、いわば展示をしているんですよね。

でも、子どもたちにとってみれば恰好の刺激。
今月から放課後学童がスタートし、子どもたちもセンターに来ることに。で、手の届くところに置いてあれば、当然ながら手に取ることは目に見えています。ですから目の前で壊されても何にも言わず、壊されてしまうとダメージが大きいものは何となく遠ざけたりするなどして対応していました。

そりゃ、子どもたちを前に「触るな」というほうが難しいです。
壊されて困るのであれば最初からそこに置かなければいいものであり、今日も新作がいくつかできたけど利用者さんには「下に展示しないほうがいい」と話して、持っていかせませんでした。当然ながら持っていけば、2・3日で簡単に壊されてしまいますから。

ただ、施設としても展示をしたいところがあるので、なかなか難しいです。
ガラスのショーケースでは何かあった時に危険だし、かといって置かないのも殺風景。お金をかけずに何かいい方法がないか、検討中であります。

2012.06.03

人それぞれ

6月になりました。1年を通しては折り返しに向かう月。
でも年度で見ればまだまだ始まったばかりです。

この時期、利用者さんの体調はそれぞれです。
大体調子がいまひとつという人が多く、そんな利用者さんの話をじっくり聞くこともあります。

そして自分も、決して体調がいいとは言えない状態。
精神面でかなりの波がある状態で、何とか騙しながらの乗り越え。何だろう・・・ホントここ最近いまひとつ。去年まではガスを抜ける人がいたけど、今年はその人がいない状態。改めて自分の脆さを感じます。

で一方で調子が良い人も。
それが今日のリハビリのメンバー。特に自分がこの職場に入った時から長くかかわっている女の子は、ここに来てやる気モード全開。歩行も今まではお母さんの手を取りながら歩いていたのが、今日は自分から立ち上がって、自ら手すりを持って歩くことに。本来のリハビリが終わっても廊下の手すりを何往復もして歩く練習。あまりに頑張るために、疲れを振り切ってまで練習したくらい。危うく転倒するところでしたが、その辺は自分が体を張ってカバー。それでも本人は転倒なんか関係ないと言わんばかりの表情でした。

この時期は季節の変わり目で、気圧も変化。
どうしても天候に左右されやすい人が多いのですが、人によって好調・不調は様々なようですね。

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