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2012.02.23

「無縁」なのか

Yahooニュース「<衰弱死>障害児、自宅で 母病死…2カ月気づかれず 東京」

 東京都立川市のJR立川駅に近いマンションの一室で13日、死後2カ月程度経過した成人の女性と男児の遺体が見つかった。2人暮らしだった母親(45)と知的障害のある息子(4)とみられる。死因は女性がくも膜下出血で、男児は衰弱死だったようだ。男児がつけていた紙おむつの汚れがひどく、警視庁立川署は、母親が病死した後、助けを呼べなかった男児が1週間~10日ほど何も口にせず死亡した可能性があるとみて、身元確認を急いでいる。
 遺体が発見されたきっかけは、ガスがずっと使われていないことを知ったマンション管理会社から連絡を受けた親族が通報したことだった。立川署員が同行し、3階建てマンションの1階の1LDK(約50平方メートル)の鍵を開けて室内に入ると、女性は部屋の床に倒れ、男児はそばのソファに横たわっていた。
 捜査関係者によると、司法解剖でも男児の死因は特定できなかったが、水分や血液が失われて体重は10キロに満たず、胃の中には何も残っていなかった。男児が冷蔵庫の食べ物に手を付けた形跡はなかった。
 立川市などによると、マンションの家賃は10万円弱。住人の母親は無職とみられ、生活保護も受けていなかった。知人男性から援助を受けていた可能性があるが、マンションは2年前に建てられたばかりで、生前の状況ははっきりしない。男児は食事など日常生活に介助が必要で、母親は昨年5月、市が障害児のいる家庭に紙おむつを支給するサービスを申し込んでおり、市の委託を受けた業者が月に1回、自宅に届けていた。
 業者は、昨年12月上旬におむつを母親に渡したが、1月中旬に訪問した際は応答がなかった。連絡を受けた市の担当者は同月下旬、ケースワーカーを派遣したが、マンション玄関がオートロック式で立ち入れず、安否を確認できなかったという。市障害福祉課の担当者は「障害があるからといって定期的に訪問するのは、プライバシー尊重の観点から難しかった」と話す。
 母親はマンション住人ともあいさつ程度しか付き合いがなく、男児が保育園や幼稚園に通っていなかったことも発見の遅れにつながった可能性がある。1階の女性(29)は「子供に障害があるとは知らなかった。年末から郵便受けがあふれているのは気になっていたが、泣き声も聞こえなかった」と話し、別の住人は「ほとんど見かけることはなかった。2カ月ぐらい静かだったが、年末年始で帰省したと思っていた」と語った。
 さいたま市のアパートで20日に親子3人の遺体が見つかったケースと同様に、都会の真ん中で起きた悲劇。日本障害者協議会(新宿区)の荒木薫事務局長は「地域でのつながりがあれば子供は助かったかもしれない。プライバシーなど踏み込みにくい部分はあるが、おむつ支給サービスで関わっていた行政がもう少し対応できなかったのかと思う。声を出せない人に支援が届く態勢を考える必要がある」と話している。(毎日新聞)


Yahooニュース「都会の盲点 さいたま3人餓死? 一円玉数枚のみ 国の「通知」生きず」

 さいたま市北区吉野町で、60代の夫婦と30代の息子とみられる男女3人が遺体で見つかったアパートの室内には食料がなく、市への住民登録もなかったことが21日、埼玉県警や市関係者への取材で分かった。生活保護も申請しておらず、民生委員の見回り対象からはずれていたことも判明。電気、水道などのライフライン維持に関する国の通知も、趣旨が生かされていなかった。「貧困」が就労年齢世帯にも広がるなか、3人が都会の“盲点”となった実態が浮かび上がる。

◆急にやせた
 さいたま市郊外の田畑や倉庫などが点在するのどかな地域にある3階建てのアパート。遺体は1階の一室から見つかった。

 「おじいちゃんと息子さんが住んでいて、あいさつするといつもニコニコと返してくれた」

 同じアパートに住む女性が振り返る。

 部屋は2DK。夫婦とみられる男女は6畳間、息子とみられる男性は隣の部屋で見つかった。部屋に水が入ったペットボトルがあったが食料はなく、現金は一円玉が数枚のみ。嘔吐(おうと)物の入ったバケツもあった。薬は見つかっていない。
 この住民女性によると、「7年ぐらい前におじいちゃんが急激にやせ、体調を崩したのかなと思った」という。
 アパート管理会社などによると、部屋は昨年夏ごろから家賃が滞納され、昨年12月ごろからはガスと電気も止められていた。管理会社の職員が11月下旬ごろに家賃の催促に部屋を訪れた際、妻とみられる女性に会ったのを最後に、3人の姿は確認できていない。
 県警は、3人は餓死した可能性が高いとみて22日に司法解剖して調べる。

◆新たな困窮
 生活に困窮した一家が死後発見される例は全国で相次いでいる。
 昨年1月には大阪府豊中市のマンションで60代の姉妹が、今年1月には札幌市白石区のマンションで40代の姉妹が、それぞれ遺体で発見された。いずれもライフラインが止められても生活保護を受けておらず行政のセーフティーネット(安全網)が機能しなかった。
 厚生労働省は平成22年の猛暑で熱中症となった生活困窮者が相次いで死亡したことを受け、電気やガスなどを止める場合は、事業者と自治体が連携をとり、生活保護の受給を勧めるなどの対応を取るよう通知した。しかし、今回もその趣旨は生かされなかった。
 生活保護問題に詳しい小久保哲郎弁護士は「これまでは高齢者や障害者が社会的弱者とされてきたが、現在の日本は不況が続いており、若くても職がなく困窮してしまう場合も多い」と指摘。「厚労省の通知は建前になっている。自治体は昔ながらの社会的弱者だけに目を向けて、新たな困窮者をフォローできていないのではないか」と話す。さいたま市北区の福祉担当者は「同様のケースを今後把握できるのかどうかは難しい問題だ」と話す。

 ◆相談を断る
 部屋の住人夫婦はいずれも65歳以下で息子も成人していた。日本福祉大健康社会研究センターの鈴木佳代主任研究員(社会階層論)は「家族構成から民生委員の見回りの対象家庭になっておらず、周囲も何とかなるだろうと考えてしまった可能性がある」と話す。
 付近住民によるとこの部屋に住んでいた女性に「民生委員の所へ相談に行こう」と持ちかけたが、女性はかたくなに断ったという。
 札幌市の姉妹も区役所に困窮を訴えたが生活保護は申請しなかった。小久保弁護士は「近年、生活保護の受給への風当たりが強くなり申請に気後れしてしまうこともある」と、困窮者が生活保護に「抵抗感」を持つケースがあると指摘する。
 「3人は一切、行政との接点がなかった。民生委員に連絡してくれれば助けられたのに」。さいたま市北区の福祉担当者は、そう言って肩を落とした。(産経新聞)


昨今「無縁社会」という言葉が広がっています。
でもこれらのケースは単に「無縁だった」ということで片づけられるのでしょうか。「無縁社会」は希望して無縁になっているのではなく、無縁にならざるを得なかった部分もあるのではないでしょうか。

例えば立川市の場合は「プライバシーの観点で立ち入れなかった」と話す一方で、「知らなかった」「思っていなかった」という近隣の反応、さらには「オートロック」という現代ならではの「バリア」が幾重にも重なったがための悲劇。

他方さいたま市の場合は「かたくなに断った」という部分が触れられているが、見方を変えれば「行政の壁」というものが存在しているのも事実。生活保護は保護の申請があって初めて受けることができる(申請主義)制度。だから本人たちが「必要ない」と言ってしまえばそれが「当人の意思」と判断されてしまう。ただし「必要ない」という言葉が本当にその意味を持っているのかは慎重に判断しなければならないはず。「必要ない」という言葉の裏側には「プライド」というものも存在しており、「生活保護」という響きゆえに申請をしないという事例も少なからずあるもの。

事実、自分も相談を受ける中で「生活保護を考えてみては」と進めるケースがあるけど、実際のところは「もう少し頑張ってみます」と、厳しい状況の中を何とか最後のプライドをかけて守っているケースがあるのが実際。今は「もうこれ以上は・・・」と、生活保護の申請も念頭に入れるようになってきているけど、こういうケースは本当にごく稀なもの。

一方で「障害者福祉」という観点からは、なかなか行政が立ち入れない部分があるのも事実。例えば虐待が行われているというものであれば強制的な介入権を持つこともあるけど、単純に生活に不自由さがあるだけで介入をするのは難しいもの。自分の職場のような支援センターに情報が入って初めて介入するケースもあり、民生委員の見守り機能に限界があるのも事実。

これらのことを考えた時、果たして「無縁社会」というのは「縁がない」だけで済まされるのか。
「縁がない」のではなく、「縁を作らない」あるいは「縁を作れない」から無縁になってしまっているのではないか。もっと周りが隣近所の動きに敏感になっていれば、少なくとも最悪の状態には至ることはなかったのではないか・・・と思う部分もあります。いわゆる「コミュニティの形成」なのですが、今の社会では自然発生的なコミュニティの形成は制度的にも環境的にも、物質的にも難しい状態があるのは事実。であれば、やはり何らかの形で「意図的」なコミュニティの形成が必要なのかもしれません。

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