2015年3月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック

思ひ出アルバム

  • 卒業式が終わって・・・
    以前HPで行っていた「todya's photo」の写真や「御岳写真館」で使用していた写真を再び復活させるべく、「思ひ出アルバム」として随時更新していきたいと思います。また最近の写真でも「思ひ出」となるものについては、ここに納められていくことになるでしょう。

« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »

2012年2月

2012.02.29

開店休業

朝から大雪。
いつもより早めに出て、這う這うの体で到着。車だから、仕方がない。そして朝からひっきりなしの電話。

でも電話のラッシュは、朝だけ。
こんな天気だから来る人も少なく、作業部門も午前で終了。電話も今日はほとんどなく、完全に開店休業状態。

とはいえ、市の施設だからちゃんと時間内は開けておくことに。
でも今日の施設貸出しはキャンセルになったし、やっぱりこんな時に来る人なんかいないはず。

まぁのんびりはできたからよかったけど、明日以降はどうなるのかな。
なんかバタバタしそうな感じ。利用者さん対応かな、明日も。

2012.02.23

「無縁」なのか

Yahooニュース「<衰弱死>障害児、自宅で 母病死…2カ月気づかれず 東京」

 東京都立川市のJR立川駅に近いマンションの一室で13日、死後2カ月程度経過した成人の女性と男児の遺体が見つかった。2人暮らしだった母親(45)と知的障害のある息子(4)とみられる。死因は女性がくも膜下出血で、男児は衰弱死だったようだ。男児がつけていた紙おむつの汚れがひどく、警視庁立川署は、母親が病死した後、助けを呼べなかった男児が1週間~10日ほど何も口にせず死亡した可能性があるとみて、身元確認を急いでいる。
 遺体が発見されたきっかけは、ガスがずっと使われていないことを知ったマンション管理会社から連絡を受けた親族が通報したことだった。立川署員が同行し、3階建てマンションの1階の1LDK(約50平方メートル)の鍵を開けて室内に入ると、女性は部屋の床に倒れ、男児はそばのソファに横たわっていた。
 捜査関係者によると、司法解剖でも男児の死因は特定できなかったが、水分や血液が失われて体重は10キロに満たず、胃の中には何も残っていなかった。男児が冷蔵庫の食べ物に手を付けた形跡はなかった。
 立川市などによると、マンションの家賃は10万円弱。住人の母親は無職とみられ、生活保護も受けていなかった。知人男性から援助を受けていた可能性があるが、マンションは2年前に建てられたばかりで、生前の状況ははっきりしない。男児は食事など日常生活に介助が必要で、母親は昨年5月、市が障害児のいる家庭に紙おむつを支給するサービスを申し込んでおり、市の委託を受けた業者が月に1回、自宅に届けていた。
 業者は、昨年12月上旬におむつを母親に渡したが、1月中旬に訪問した際は応答がなかった。連絡を受けた市の担当者は同月下旬、ケースワーカーを派遣したが、マンション玄関がオートロック式で立ち入れず、安否を確認できなかったという。市障害福祉課の担当者は「障害があるからといって定期的に訪問するのは、プライバシー尊重の観点から難しかった」と話す。
 母親はマンション住人ともあいさつ程度しか付き合いがなく、男児が保育園や幼稚園に通っていなかったことも発見の遅れにつながった可能性がある。1階の女性(29)は「子供に障害があるとは知らなかった。年末から郵便受けがあふれているのは気になっていたが、泣き声も聞こえなかった」と話し、別の住人は「ほとんど見かけることはなかった。2カ月ぐらい静かだったが、年末年始で帰省したと思っていた」と語った。
 さいたま市のアパートで20日に親子3人の遺体が見つかったケースと同様に、都会の真ん中で起きた悲劇。日本障害者協議会(新宿区)の荒木薫事務局長は「地域でのつながりがあれば子供は助かったかもしれない。プライバシーなど踏み込みにくい部分はあるが、おむつ支給サービスで関わっていた行政がもう少し対応できなかったのかと思う。声を出せない人に支援が届く態勢を考える必要がある」と話している。(毎日新聞)


Yahooニュース「都会の盲点 さいたま3人餓死? 一円玉数枚のみ 国の「通知」生きず」

 さいたま市北区吉野町で、60代の夫婦と30代の息子とみられる男女3人が遺体で見つかったアパートの室内には食料がなく、市への住民登録もなかったことが21日、埼玉県警や市関係者への取材で分かった。生活保護も申請しておらず、民生委員の見回り対象からはずれていたことも判明。電気、水道などのライフライン維持に関する国の通知も、趣旨が生かされていなかった。「貧困」が就労年齢世帯にも広がるなか、3人が都会の“盲点”となった実態が浮かび上がる。

◆急にやせた
 さいたま市郊外の田畑や倉庫などが点在するのどかな地域にある3階建てのアパート。遺体は1階の一室から見つかった。

 「おじいちゃんと息子さんが住んでいて、あいさつするといつもニコニコと返してくれた」

 同じアパートに住む女性が振り返る。

 部屋は2DK。夫婦とみられる男女は6畳間、息子とみられる男性は隣の部屋で見つかった。部屋に水が入ったペットボトルがあったが食料はなく、現金は一円玉が数枚のみ。嘔吐(おうと)物の入ったバケツもあった。薬は見つかっていない。
 この住民女性によると、「7年ぐらい前におじいちゃんが急激にやせ、体調を崩したのかなと思った」という。
 アパート管理会社などによると、部屋は昨年夏ごろから家賃が滞納され、昨年12月ごろからはガスと電気も止められていた。管理会社の職員が11月下旬ごろに家賃の催促に部屋を訪れた際、妻とみられる女性に会ったのを最後に、3人の姿は確認できていない。
 県警は、3人は餓死した可能性が高いとみて22日に司法解剖して調べる。

◆新たな困窮
 生活に困窮した一家が死後発見される例は全国で相次いでいる。
 昨年1月には大阪府豊中市のマンションで60代の姉妹が、今年1月には札幌市白石区のマンションで40代の姉妹が、それぞれ遺体で発見された。いずれもライフラインが止められても生活保護を受けておらず行政のセーフティーネット(安全網)が機能しなかった。
 厚生労働省は平成22年の猛暑で熱中症となった生活困窮者が相次いで死亡したことを受け、電気やガスなどを止める場合は、事業者と自治体が連携をとり、生活保護の受給を勧めるなどの対応を取るよう通知した。しかし、今回もその趣旨は生かされなかった。
 生活保護問題に詳しい小久保哲郎弁護士は「これまでは高齢者や障害者が社会的弱者とされてきたが、現在の日本は不況が続いており、若くても職がなく困窮してしまう場合も多い」と指摘。「厚労省の通知は建前になっている。自治体は昔ながらの社会的弱者だけに目を向けて、新たな困窮者をフォローできていないのではないか」と話す。さいたま市北区の福祉担当者は「同様のケースを今後把握できるのかどうかは難しい問題だ」と話す。

 ◆相談を断る
 部屋の住人夫婦はいずれも65歳以下で息子も成人していた。日本福祉大健康社会研究センターの鈴木佳代主任研究員(社会階層論)は「家族構成から民生委員の見回りの対象家庭になっておらず、周囲も何とかなるだろうと考えてしまった可能性がある」と話す。
 付近住民によるとこの部屋に住んでいた女性に「民生委員の所へ相談に行こう」と持ちかけたが、女性はかたくなに断ったという。
 札幌市の姉妹も区役所に困窮を訴えたが生活保護は申請しなかった。小久保弁護士は「近年、生活保護の受給への風当たりが強くなり申請に気後れしてしまうこともある」と、困窮者が生活保護に「抵抗感」を持つケースがあると指摘する。
 「3人は一切、行政との接点がなかった。民生委員に連絡してくれれば助けられたのに」。さいたま市北区の福祉担当者は、そう言って肩を落とした。(産経新聞)


昨今「無縁社会」という言葉が広がっています。
でもこれらのケースは単に「無縁だった」ということで片づけられるのでしょうか。「無縁社会」は希望して無縁になっているのではなく、無縁にならざるを得なかった部分もあるのではないでしょうか。

例えば立川市の場合は「プライバシーの観点で立ち入れなかった」と話す一方で、「知らなかった」「思っていなかった」という近隣の反応、さらには「オートロック」という現代ならではの「バリア」が幾重にも重なったがための悲劇。

他方さいたま市の場合は「かたくなに断った」という部分が触れられているが、見方を変えれば「行政の壁」というものが存在しているのも事実。生活保護は保護の申請があって初めて受けることができる(申請主義)制度。だから本人たちが「必要ない」と言ってしまえばそれが「当人の意思」と判断されてしまう。ただし「必要ない」という言葉が本当にその意味を持っているのかは慎重に判断しなければならないはず。「必要ない」という言葉の裏側には「プライド」というものも存在しており、「生活保護」という響きゆえに申請をしないという事例も少なからずあるもの。

事実、自分も相談を受ける中で「生活保護を考えてみては」と進めるケースがあるけど、実際のところは「もう少し頑張ってみます」と、厳しい状況の中を何とか最後のプライドをかけて守っているケースがあるのが実際。今は「もうこれ以上は・・・」と、生活保護の申請も念頭に入れるようになってきているけど、こういうケースは本当にごく稀なもの。

一方で「障害者福祉」という観点からは、なかなか行政が立ち入れない部分があるのも事実。例えば虐待が行われているというものであれば強制的な介入権を持つこともあるけど、単純に生活に不自由さがあるだけで介入をするのは難しいもの。自分の職場のような支援センターに情報が入って初めて介入するケースもあり、民生委員の見守り機能に限界があるのも事実。

これらのことを考えた時、果たして「無縁社会」というのは「縁がない」だけで済まされるのか。
「縁がない」のではなく、「縁を作らない」あるいは「縁を作れない」から無縁になってしまっているのではないか。もっと周りが隣近所の動きに敏感になっていれば、少なくとも最悪の状態には至ることはなかったのではないか・・・と思う部分もあります。いわゆる「コミュニティの形成」なのですが、今の社会では自然発生的なコミュニティの形成は制度的にも環境的にも、物質的にも難しい状態があるのは事実。であれば、やはり何らかの形で「意図的」なコミュニティの形成が必要なのかもしれません。

2012.02.19

やっぱり取ればよかった?

久しぶりに「?」が付くタイトルが続きました。

今日は青梅マラソンの影響か、来る人は少数。
正直仕事をしていても眠くなってしまいました。もちろん寝るわけにはいかないので、サロンでコーヒーを飲んで一息。そこに利用者さんが来て「勉強頑張らなくちゃ」ということで、社会の勉強を。自分も近くにいたので自分の分かる配んで教えることに。

内容は憲法と天皇について。
元々は「王権神授説」を調べたことで始まった内容で、「王様っているの?」という話から「実は天皇も王様の1つなんだよ」というところから、憲法と関連付けながら話すことに。「なんで王様なのか」と「天皇の仕事」について、第2次世界大戦と関連付けて教えることに。この辺は大学で勉強した法学の知識や専門学校での法律学の知識を使って説明することに。天皇の国事行為にも触れたけど、今日はあまり深いところまで話さず、本人の気力が続いたところまでで終了。

でもこうやって話すのであれば、やはり教員免許は取っておくべきだったか。
もともとは教員免許を取ろうと思っていたけど、1年の段階で「授業のコマ数がハンパない」ことと「先生との相性」の問題で中学社会の免許は諦めることに。2年になってからはやはり教職科目の方で「先生が気に食わない」という何とも勝手な理由で教員免許の取得を断念。なので強化に関する科目を数科目取っただけで終了することに。
ちなみにその科目は政治学と宗教学。今日の話と、やっぱり関連。

うーん、こんなことなら真面目に勉強して、教職を取るべきだったかも。
でも後悔してもしょうがないし・・・また取得を考えたら気が遠くなるほどの努力が必要だから、止めておきます・・・(^^ゞ

2012.02.18

なんか楽だった?

ここ最近、仕事らしい仕事をした気になれない自分。
今週は電話応対ばっかりであまり仕事が進まなかった感があり、そして今日は半日以上利用者さんとトランプやって遊んでいた自分。ただ、今日のトランプに関して言えば少し利用者さんの空間づくりには役だった感じかもしれません。

今日対応した利用者さんは、普段はデイケアに行っている人。
土日はデイケアが休みのため自宅で過ごしていることが多いけど、今日は調子がいいとのことで珍しく「センターに行く」とのこと。

ただ一方で「(センターは)居づらい」ということも聞いている自分。
もしかしたら早く帰っちゃうかな・・・と思ったけど、1時間ぐらいは他の職員と話をして時間が潰せた様子。その後自分が変わると「大富豪(大貧民)、やってる?」という話になり、差しで大貧民をすることに。

すると思ったよりもゲームがはかどり、途中1人参加して3人でゲームすることに。
いつもは手持無沙汰になることが多いけど、今日はトランプのおかげでうまく流れ、利用者さんもいつもより長くセンターを利用することに。

その後利用者さんから電話があり「今日は調子よかった」と会話。
いつもは本当にすぐ帰ってしまう利用者さんだけど、これだけ長く居れたというのはお互いに人見知りの性格が出ることなくゲームに集中できたからこそのこと。電話の内容も「不安の解消」ながら前向きな内容。ゲームという潤滑油で、自分も肩ひじ張らずにできました。

やっぱり困った時は、ゲームに限るかな?

2012.02.16

何か、やった?

昨日が電話応対でてんてこ舞いだったのに対し、今日はじっくり。
今日は利用者さんの対応で1日費やした感じ。その利用者さんをじっくりと観察していたけど、やっぱり男性職員と女性職員では何かが違うらしい。女性職員の場合は結構乱暴な言葉を使うことがあるけど、自分に対してはあまり見られず、ちょっと揺さぶりをすれば落ち着く状態。自分の中では「父性」と「母性」の差なのかなと分析をしているけど、これからも引き続き見ていく必要あり。この辺は自分の経験を活かして見ていきたい部分。

それにしても、ホント今日は何をやったのかな・・・って感じ。
午前中は利用者さんの対応をして、午後は退院促進事業でコーディネーターの人とセンターに来た人に対して簡単なロールプレイも。終われば利用者さんの対応と放課後対策の子どもの受け入れ。自分はその合間に立体パズルをやりながら利用者さんとコミュニケーション。そんなことをして今日1日の仕事が終了。

何だか今日1日、自分の仕事がほとんど進まなかった感じ。
少しだけ残って社会資源マップの結びつけ作業をしてから帰ったけど、なんか消化不良。色々と考える部分はあるけど、でもちょっと気持ちもいまひとつ・・・うん。

明日は認定調査。2度目の調査だけど・・・まぁ、任せちゃおうかな。

2012.02.15

電話応対

今日はとにかく、電話応対の多い1日でした。

午前は掲載原稿の件で市内の施設に電話。
メールで原稿を送ったことを伝えると「申し訳ありません。確認してお返事します。」とのこと。まぁそれはそれで構わないもの。
その後、1件の初回面接を実施。

お昼休みには新規の相談に対応。
午後からは午前中の面接の記録と合わせて、関係機関に連絡。1件は新規ケースを持ったことの挨拶、1件は最近の利用者さんの就労状況について確認。
その後、利用者さんのご家庭に2件の電話。

夕方になり、保健所から利用者照会の電話。
ちょうど自分が担当のケースだったため、これまでのいきさつについて説明の後、今後の関わり方について協議。仕事上がり前にも3件の電話。これはすべて、掲載原稿の件について。

今日だけで何件の電話対応をしたかな。
今ここに出ているだけで10件の対応。さらに通常の電話対応で2件対応したので、合計で12件の対応。1日で自分がらみの電話でこれだけ応対したのは、初めてかも。だから今日は完全に電話ばっかりしていた1日。まぁ関係機関と連携を密にとるのは大事なことで、状況によっては多くの目があったほうがいいこともあるので、そのかじ取りと言ったところかもしれません。

それにしても・・・やっぱり、休み明けは疲れます、ハイ。

2012.02.09

思いとは裏腹

今日の夕方、放課後対策の現場を任せている人からの相談。
内容は、子どもたちと野球を見に行きたいとのこと。それは通常の活動ではなく、一個人としての対応とのこと。

自分の答えは・・・間接的に「No」の答え。
理由はいろいろありますが・・・簡単に言えば、リスクマネジメントの観点と、現場を管理する立場としての観点からです。

いや、その思いはわかります。その気持ちもわかります。
でもそれを「あり」にしてしまったら、収拾がつきませんし、エンドレスの状態です。実際に行ったことで想定されることを考えると、自分の立場としては認められません。

時々自分も同じ思いを持つことがあります。
むしろ私用で外出するたびに「これを体験させてあげたいな」と思うことは山ほどあります。でも時にはそれを割り切って考えなければならない時もあり、ブレーキをかけるのもいまの自分の役割です。

思いは悪くありません。でも、それを自分たちがやるのは違うかな、と。
あくまでそれをやるのであれば一定の制度の中で行うべきものであり、公に関わっている関係性の中で行うのは誤解を招く元にも。さらに「関係ない」と言っても周りの目は決してそうではないため、その部分も勘案すると自分の立場からは首を縦には振れません。

もちろん、自分がこの結論を出すのも難しいところです。
思いはわかるのですが・・・ここは冷静に判断しないと、足を踏み外してしまいます。

2012.02.08

やることがなくならない

毎度のことのブルーウェンズデー。
今日はそんな負担感を感じることはなかったけど、仕事はなかなか終わりません。

本来なら作業部門に入っていろいろやりたかったけど、実際はそうもいかず。
面接を1件行い、話を聞いてワンクッションを置こうかな・・・と思ったら、今日の時点で登録。一回持ち帰ってもらえれば・・・と思ったけど、見学をして気に入った様子。今日はまださわりの部分しか面接していないので、後日改めて初回面接を実施することに。

あと社会資源マップについても然り。
今日の時点ですべての事業者や団体から原稿が出たけど、まだ校正が終わっていない団体もいくつかある状態。その団体はなかなか連絡が取りずらいところばかり。なかには見切り発車で自分の方から原稿を作成して送った団体もある状態。もちろんこれから掲載用の原稿を作る団体もあり、それらをすべて自分がこなしている状態。本当ならば印刷に取りかかれるようにしたいものだけど、如何せん原稿が全部そろわなければページ番号も入れられないため、なかなか進まない状態。果たして今年度中に発行することはできるのか?

あ、ハガキの木枠も作らなきゃ。
仕事終わりにカインズホームに行って、木枠の材料を調達。さらに工具類に関しては自分の物品として購入しているため、多少の持ち出しがある状態。ハガキを作った後のアイロン用にアイロン台も購入。これも自分の持ち出し。って言うか、ハガキ作成に関しては基本的に全部持ち出しの状態。ある程度軌道に乗った段階で最低限のラインについて請求するつもりだけど・・・とにかくお金がない現状、どこまで請求できるものなのか。

ホント、次から次へと仕事が入り、いつまで経ってもゴール見えず。
少なくとも今年度のゴールテープは今年度中に切りたいけど・・・それができるかも微妙な状態です。

2012.02.05

子ども<親

今日の午後はリハビリ。もちろん自分が担当。
ただ今日はそれに関連しての登録面接が1件あり、担当することに。

登録者は中学生。というより、半分親の気持ちの方がある感じ。
まだ手帳などは取得していないものの、知的障害の可能性がある子。でも実際のところは子どもよりも親御さんの方が気持ちが先行している状態で、とにかくあるものに関わりたいというもの。リハビリも登録面接前の事前相談では必要ないかな・・・と思ったけど親御さんが強く希望をしたため、今日のリハビリに組み込むことに。

実際に本人に会って自分も観察。
ちゃんと自分の名前も言えるし、5文字の名字も復唱可能。リハビリでも動きには特段問題はなく、でも何となく何か引っかかるかなと言ったところ。当然リハビリの継続必要性はなかったものの、「リハビリ」ではなく「本人とのかかわり」という点で集団リハの参加を案内。本人にも感想を聞いたら「楽しかった」とのことで、本人が嫌になっていないことと負担になっていないことから、参加することも一定の意味があるかな、と判断。

ただ実際のところは親御さんのサポートの色合いがあるかも。
普通のセンター利用では中学生相当の利用はほとんどないけど、リハビリであれば比較的年の近い子も参加。さらに親御さんが同伴であるため、障害の種別は違えど同じ親としての思いに関しては共有できたり、あるいは孤立防止にも効果があるとの考えで、そのきっかけが「リハビリ」ということで作ることに。

本人の支援ももちろんですが、親御さんの支援も大事なところ。
別に本人はここに来なくても問題はないけど、親御さんを支援していくことも同じくらい大事。かと言って闇雲に情報だけを提供しても本来必要なところに対してピンポイントに集中することができなくなってしまう可能性もあるため、情報は徐々に小出しにしながら家族支援を展開していくことが、このケースでは必要なんです。子どもの登録はあくまで表面上の登録。実際は親御さんの登録みたいなものですが、そういうケースは今回だけでなく色々と他にもありますからね。

まぁ本人が来たときは、自分の息抜きと思ってたくさん遊ぼうと思います。
Wiiなんかやったら、ハマっちゃうかな?

2012.02.03

ダメなものは、ダメ

ここ最近、非常に疲れています。

疲れているのは、利用者さん対応で。
朝から利用者さんが来所。でもそのうちの1人はインフルエンザ保菌者。水曜日にインフルエンザの診断を受け、昨日解熱。そして今日の来所。当然認めるわけにはいかず、本人には帰るように指示。しかし本人は納得しない状態。自分以外の職員に話を求めたが、ダメなものはダメなので、自分の口からは「ダメ」の一点張り。そのことは昨日の電話で十分に他の職員から説明済みであり、本人から電話をかけてきて説明を聞いたもの。なのでここで改めて説明することはせずに、自分は何が何でも「ダメ」しか言わない状態。

当然ながら他の職員からも入れないことを聞くことに。
しかし本人は納得せずに、他の職員につれられる形でバス停まで行き、涙を流しながら帰ったとのこと。しかしその後社協から電話があり、「本人が入れなかったと言っている」とのこと。もちろん、社協にも事情は説明。

いや、どんな理由であろうと納得しなかろうと、ダメなものはダメなのです。
でもそれを理解できない、あるいは納得できないのであればやはりセンターの利用は難しいのかもしれません。本人の理論では「家だと父親がいて、父親が嫌いだからどっかに行って欲しい」とのこと。そんな勝手な理論は通用せず・・・まぁ今回はということで父親にも説明をしたけど、父親からは「もう制御不能です」とのこと。イヤ、そんなこともとっくの昔にわかっていたはずであり、別に今に始まったことではない事実。もちろん父親のバックボーンも話で聞いているので無下にはできないけど、でもそこまで方策を取らなかったのも事実であり、それは父親の責任でもあること。

って、こんなことをストレートには言えません。
そりゃ、本人に対しても父親に対しても、言ってしまったら元も子もありません。納得できないのであれば利用できない、社会のルールが守れないのであれば地域生活はできない、それらができないのであれば相応の制約がかかるのも致し方ないもの。でもそれを言ったらお終いだし、決して専門的ではないこと。若干自分の感情も混ざっていますが・・・きっと明日も来るのでしょうね。ま、対応は今日と変わりありませんけどね。ダメなものは、ダメなんです。

2012.02.01

どこまでを「配慮」するのか

いつも、いつも、いつもそうですが・・・休み明けは、色々とあります。
その中でもどこまでを「障害ゆえに」として見るべきなのか、難しい部分があります。

今日は朝から色々と対応をし、本来やりたかった仕事ができなかった状態。
そのうち1人の利用者さんについて、朝から色々と話をすることに。自分が出勤するまでの色々な経緯も聞いたけど、自分の考えとしては「急ぎ過ぎ」という思い。そしてもう少し「社会」のことをちゃんと捉えなければその先に進まないかな、ということ。そのためいつもよりも少しきつめの内容で話をすると、案の定「痛いところを突かれた」との反応。

さらに自分が別件で対応している姿を見て「僕の知っているMitakeさんじゃない」との反応。
そりゃ利用者さんによって対応の仕方は違うし、対応する内容でも当然方法は異なってくるのは当然のこと。しかし彼にとっては「やさしいMitakeさん」という姿しか記憶にないため、そのギャップで自分に相談することができなかったとのこと。

そして最終的には色んな所に電話をした様子。
彼とは明日面談をする予定になっており、そのことで以前利用していた作業所に連絡をすると「今日電話がありました」とのこと。それも1か所ではなく、少なくとも3か所には電話を掛けた様子。もちろん3か所とも事情はよく分かっており、作業所さんからは明日の面接については打ち合わせ通りに進めることを確認。さらに特別支援学校の先生からも「明日なら行かせていただきます」と、ありがたい返事。もちろん自分の方からもお願いし、明日の面接はかなり中身のある内容になりそうな感じ。

これからの支援は、どこまでを「障害があるために」と考えるのか、どこからを「社会に合わせる」と考えるのか、この部分が一番の肝になりそうな部分。障害特性が故に配慮が必要な部分があれば、障害関係なく対応していかなければいけない部分もあり、その線引きをどこにするかが難しいところ。いずれにしても明日の面接では何かしら動く可能性があることは確かなこと。その動きが前向きに動くのか、あるいは後ろ向きに後退するのかは自分でも読めない部分。でも、これは決して避けては通ることのできない問題であり、まさに明日は真っ向勝負と言ったところです。

« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »

このblogは?


  • お仕事のことや自分のココロのこと・・・など、その日その日の「気持ち」を映し出すMitakeのつぶやき。「つぶやき」でありながら、その時々の気持ちを表している、いわば「ココロの鏡」でもあります。

    カテゴリーわけについて

My site

  • Mitakeの「後は野となれ山となれ」
    アメブロに開設した、第2のblog。
    でもここはゆる~くやっています・・・(^^♪
  • 「Web diary」過去ログ
    2001年の3月から2004年の3月まで、約3年間にわたって更新していた「Web diary」の内容の過去ログ。
  • HDFのつぶやき
    Mitake’s motherのblog。
    ただし、Powered by Mitake。(笑)
  • 御岳の山
    ここが(元)本家。現在は更新停止中です。

ご紹介ページ

  • 障害福祉~かざぐるま~
    まろくんさんのblog。
    知的障害者施設にて勤務経験あり。当事者の立場からの意見も豊富。
  • welfare-net21ブログ
    私も参加しているwelfare-net21の公式blog。
  • UTU-NET パニック障害教室
    自分自身が今抱えている障害です。
    紹介されている症例とは自分の場合は違いますが、「パニック障害」と言う定義には合致しています。少しでも「パニック障害」のことを理解してもらえれば・・・

by blog Pitatto!
無料ブログはココログ