2015年3月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック

思ひ出アルバム

  • 卒業式が終わって・・・
    以前HPで行っていた「todya's photo」の写真や「御岳写真館」で使用していた写真を再び復活させるべく、「思ひ出アルバム」として随時更新していきたいと思います。また最近の写真でも「思ひ出」となるものについては、ここに納められていくことになるでしょう。

« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »

2011年4月

2011.04.28

どこまで受け入れてもらえたか?

今日は午前中にみっちり訪問活動。でも、策を練りました。

訪問するご家庭、高齢の父母が高齢の娘を見る家庭。
しかし関係者の見解では「在宅での生活は困難」「機能が崩壊」の判断。もちろん自分も、同様の判断。しかし、かといって自分1人が訪問に行っても門前払いを食らったり、あるいは角が立ったりするなど相手にしてもらえない状態。そこで自分だけではなく市の高齢福祉課のケアマネージャーさんに同行を依頼。するとケアマネージャーさんが音頭を取って関係者を集めて「現状把握のための訪問にしましょう」と提案してもらえることに。自分としても関係者が集まって確認できることは申し分ないことなので、自分の方で日程調整をして、関係機関への音頭はケアマネージャーさんにお願いすることに。

その結果、今日の訪問は自分以外に市の高齢福祉課のケアマネージャー、障害福祉課の保健師、在宅介護支援センターのケアマネージャー、民生委員の5者で訪問することに。全員がそれぞれの目的を持って訪問し、現状の問題点や改善策の提案を父母にすることに。すると今まで頑なな姿勢をとっていた父親がやや軟化した態度に。自分が話しかけても穏やかに対応してもらえることに。

でもここまで軟化する背景には間違えなく高齢福祉課のケアマネージャーさんと民生委員さんのおかげ。ケアマネさんと民生委員さんに対しては信頼感を持っている様子で、比較的オープンに話してくれることに。もちろん父親にとっての課題が1つ解決したこともあるけど、根気強く対応してもらった民生委員さんとフォローしていたケアマネさんのおかげで今回の訪問が実現したと言っても決して過言ではないこと。本当に民生員さんとケアマネさんには感謝しています。まだこの先自分が日程調整をして関係者会議を設定することになっているけど、今日の訪問は大きな収穫の1つ。

ただ・・・正直なところ、どれだけ父親に受け入れてもらえたか。
今回は軟化した態度だったけど、今度自分1人で行ったときに軟化しているとは限らないのでその辺は微妙なところ。また今回のことをどれだけ理解してもらえたかと言う点でも不透明な状態。このまま順調に進めばいいのですが・・・まだ波乱がありそうな気がするのは自分だけなのかな。

うーん、家族対応・・・難しいです。
孫ぐらいの年齢の若造に言われる筋合いがない、と言われればそれまでなのですが・・・ハイ。

2011.04.24

少しは進んだかな?

仕事が追い付かない中、日曜は日曜で色々と進められる日。
おかげで若干は仕事が片付きました。

まずはサービス利用計画。
3月分のモニタリングが完了していなかったため、ケース記録を確認しながら3月分のモニタリングを行うことに。あわせて4月の一部モニタリングも実施。サービス利用計画を作成する立場としては若干行動不足な感は否めないけど、でもその範囲内で確実に情報はまとめられそうなので、とりあえずは「遅くなってごめんなさい」で何とかなるかも。

あと通信紙もだいぶ形が見える状態に。
新しく入った方からのあいさつ文ももらい、共同募金での車のこともまとめたので原稿の完成もあと少し。こちらも何とか先が見えてきました。

あと局長から依頼されたカラー印刷も終了。
机の上に置いておいたので、気が付けばいいのですが・・・

一方で持ち帰りの仕事も。
その1つが、車の保険契約。納車された車を早く使えるようにするためにも、こればかりは「休みだから」と言っていられない状態。なので、これだけは明日保険屋さんに電話をすることに。

若干は進んだけど・・・でも、まだあるんだよね・・・仕事が。
スッキリするまでには、まだまだ時間がかかりそうです。

2011.04.23

すっ飛ばし

飽きるほど言い過ぎている「忙しい」の言葉。
今日は「忙しい」に加え「物忘れ」も加わり、ひどい状況です。

ここ最近は1人の利用者さんのことに対して気を配っている状態。
そのため今日は「ひと段落」と思って他のことをやろうと思ったけど、実はこの時点ですでに1件の面接を忘れることに。

今日は新車の納車があって、局長から「ガソリンを入れてきて」とのことだったので、車を走らせガソリンを入れることに。ガソリンスタンドに向かう途中で、時刻は午前10時を経過。その頃センターでは、1本の電話が。その内容は「面接に送れます」とのこと。

センターに戻ると局長から「○○さんの面接、頼むよ」とのこと。
そういえば・・・そうだ、先週インテークを受けて自分が担当することになったことをすっかり忘れることに。無事に間に合ったので何とかなったものの、すっかり自分の中からは消えていたこと。完全に忘れていました。

さらに午後になり、見覚えのある人が。
去年の夏から相談を受けている家族の方だったけど、何で来たのかなぁ・・・と思い出すと、今日の午後一で面接をする予定だったことを思い出すことに。自分のカレンダーには「PM 面接」としっかり書いてあるのに、頭の中からは完全にこの面接の予定も消えることに。慌てて準備をしたため、若干面接に準備不足の感も。それでも何とか面接を乗り切り、無事今後の支援につなげることに。

今日だけで2件の面接予定があったのに、すっかり忘れていた自分。
土曜だから溜まっている仕事を一気に片づけられる・・・と思っていたので、面接のことをすっかり忘れていました。おまけに自分の私物をどこに置いたのかを5分後には忘れている始末。最近些細な物忘れも多く、いかに自分が慌ただしく動いているかを表している状態。しかも今日の来館者のうち、半分以上を自分ともう1人の職員で相談対応をしており、来館者が少ないのにえらく色んなことをやっている今日の仕事。この先「すっ飛ばし」をしないように、注意したいものです。

でも本音は・・・どうしようもないというところなんですけど・・・(^^ゞ

2011.04.22

果たして理解されたか?

批判があることを覚悟の上で、あえて書きたいと思います。

Yahooニュース「事故直前意識喪失か「薬飲まなかった」6児童死亡クレーン車事故」

 栃木県鹿沼市で登校中の小学生の児童6人がクレーン車にはねられ死亡した事故で、運転手の容疑者(26)=自動車運転過失致死容疑で送検=にてんかんの持病があり、県警の調べに対し「(てんかんの)薬を正しく飲まなかった」と供述していることが21日、捜査関係者への取材で分かった。県警は、容疑者が運転中に発作を起こし、事故直前は意識を失っていた可能性があるとみて調べている。
 捜査関係者によると、容疑者はてんかんの治療のため定期的に通院していたといい、県警は自宅や車から診察券や薬を押収。県警は目撃証言などから、現場から100メートル以内で容疑者に異変が生じ、運転できなくなった可能性が高いとみている。
 てんかんは脳の神経細胞が突如過剰に活動して起こる慢性脳疾患で100人に1人の割合で発症。発作は手のしびれや吐き気、頭痛などの軽いものから、意識を失うものまで個人差があり、患者の約8割は薬で発作をコントロールできる。
 道路交通法の施行令で以前は運転免許取得の欠格事項の一つに挙げられていたが、平成14年の改正で、過去に5年以上発作がなく今後発作が起こるおそれがない▽2年の経過観察後、発作が睡眠中に限られ、今後病状悪化のおそれがない-などとする医師の診察があれば、免許を取得できるようになった。
 独立行政法人国立病院機構静岡てんかん・神経医療センターの井上有史院長によると、2年以上発作がなかった患者の運転上のリスクは、一般のドライバーと変わらないとする海外の医学文献などが法改正の論拠となっていたという。
 一方、「車がなくては生活できないとして、疾患を隠して免許を取得する人もいる」と指摘する関係者もいる。容疑者も普通免許と大型特殊免許を取得後、更新しており、疾患を隠していた可能性が高い。
 井上院長は「今回の事故で、てんかん患者に免許を渡すべきではないという議論になってほしくない」としたうえで「薬を飲まなかったり、発作がありながらの運転なら、病気に取り組む姿勢に問題があったといわざるを得ない」と指摘。日本てんかん協会栃木県支部の鈴木勇二事務局長も「患者側も自己申告と自己コントロールが必要。免許を取得できるまでしっかりと治療し、取得したら投薬を怠らないなどの安全確保に努めてほしい」と話した。(産経新聞)

まず大前提として、これは明らかに本人の「過失」です。
いかなる理由があろうとも容疑者本人が負うものであり、それが仮にてんかんの持病があったと言えでも決して責任を免れるものではありません。ハンドルを握れば障害があろうともドライバーであることには変わりなく、ドライバーは責任を持って運転をしなければなりません。事故の理由を病気とするのは、絶対に認められません。ハンドルを握ることを決めた以上は、自己責任を追わなければなりません。

そのことを前提にして・・・ですが、本人の気持ちも痛いほどわかります。
てんかんを持っていることを誰にも言えなかった、てんかんで制限をされたら今までのすべてを失うという思いがあったのだと思います。ですから心情は理解できます。ただ、「心情の理解」と「事故の結果」は一緒にすべきものではありません。重大事故を起こした以上、どんな情状があったとしても許されるものではありません。

「痛いほどわかる」と言うのは、自分が一度「てんかん」と診断されたことがあるからです。
そのことは6年前の自分の書き込みを見てもらえばわかることです。結果的にはてんかんではなく、現在もパニック障害の治療を続けていますが、主治医からは「運転しても構わない」と許可をもらっています。もちろん最初にてんかんと診断した病院では「車の運転はダメです」と言われ、さらに「お酒もダメです」と言われることに。そして以前の職場の上司からは「直接処遇に携わる人間が(てんかんを)持ってたら、絶対にダメ。利用者を守らなきゃいけない立場なのだから・・・」と話していたことがあったため、診断を受けた瞬間、目の前が真っ暗になりました。好きな車の運転ができなくなる、好きなお酒が飲めなくなる、仕事も大きく制限される・・・人生の多くを制限される状況を味わいかけた立場としては、持病を隠したい気持ちと言うのは察することができます。

今の職場では一部の利用者さんには自分の障害のことを話しています。
利用者さんの中には車やバイクで来ている人もおり、時々運転の話になることもあります。その時に自分が利用者さんに言っていることは、「運転はすべて自己責任でやるんだよ」と言うこと。何かあった時に「障害」を理由に罪や制裁を免れることはできない、だからすべてを含めて運転などをするときは「自己責任」のもとでちゃんとやるんだよ、と言うことを話しています。

ですから今回の事故も「自己責任」で処理しなければなりません。
てんかん発作を持っていて、発作の形が俗にいう全般発作(色々なニュースから読み取るには「強直発作」と読み取っています)であることをわかっているならば、そのリスクを回避するのも自分の責任で対処しなければなりません。それは親が負うものでもなく会社が負うものでもなく、事故を起こした本人が負うものです。

ただし、世間が「てんかん」のことをどれだけしっているのか、と言う気持ちもあります。
勤務先では「隠さずにいてくれたら防げたかもしれない」と言っていますが、それはあくまで「事後説明」であり、じゃホントに話したら適切な対応をとってもらえたのか、と言う部分には個人的に疑問を持ちます。おそらくありのままに話したら仕事を外されるでしょうし、今までやったことのない仕事への転職を余儀なくされるでしょう。今まで自分がやっていた仕事を突然奪われ「他の仕事をしなさい」と言われて「はい、わかりました」と素直に聞き入れられる人はいったいどれだけいるでしょうか。少なくとも自分はそれが受け入れられませんでした。受け入れられなかったからこそ、その痛みと言うのがわかるのです。これは実際の当事者でなければ絶対にわからないことだと思います。「薬でコントロールできる」と簡単に書いてありますが、実際にはそんなに簡単なものではないと思います。色々と薬を調節しながら、その人に合う薬を見つけて、合った薬が見つかって初めて「発作のコントロール」になるので、人によっては時間がかかります。ですから、てんかんのことを安易に考えないで欲しいですし、てんかんに対して正しい認識を持ってもらいたいです。報道されていることだけを鵜呑みにしないで、その実態と言うのも知ってもらいたいです。てんかんに対して間違った知識・偏見を持たれないようにするためにも、ここは声を大にして訴えたいです。

2011.04.21

現金輸送車

仕方なく、早めの入金です。
Dcim0002

ハイ、とてもじゃないけど一人で「立て替え」のできない金額です。
車の納車を前にしての、事前入金。予定では納車の時に入金する予定だったけど、局長から「不用心」とのことですぐ入金することに。

事の発端は昨日。
昨日は自分が公休日だったため不在だったけど、事務の人にお金の準備をお願いすることに。ただ自分が不在だったため事務の人には「お金は金庫に入れていただければいいです」と話すことに。

そして今日。出勤すると所長から「俺、お金預かっているんだけど・・・」とのこと。
どうやら局長が「金庫に入れて、金庫ごと盗まれたら意味ないから・・・」とのことで、所長が昨日現金を持ち帰ったとのこと。その話を聞いて「納車まで金庫に入れておく」なんてことは言えなくなってしまい、ディーラーに電話。先に入金しても構わないとのことで、仕事終わりに入金となりました。

でもね・・・一部のお金はしばらく金庫に入れておいたけどね・・・
ただ「絶対盗まれない」と言う保証はなく、かといって自分が持ち歩くのも気分的に嫌なので、入金しちゃって正解だったかもしれません。あとは車の納車を待つのみ。

あぁ、その後の書類の処理が、面倒だなぁ・・・
っていうか、やることどっさりでまるっきり進まない状態・・・少し一部の業務から解放されたいです、ハイ。

2011.04.16

肩書をつけて

「忙しい」と言っている日々が続いています。
逆に「忙しい」と言っていない日のほうが少なく、blogを書くときはいつも「忙しい」と言っているような気がします。

そんな中、ふと自分の名札を見る時間がありました。
名札には「支援員 社会福祉士」とあり、自分の名前が。そういえば名刺も書き換えました。「社会福祉士」の肩書もつけて。

名札は所長が作ってくれました。
名刺は自分で直しましたが、これはスクーリングに向けてのこと。精神保健福祉士のスクーリングに行ったときに単なる「支援員」だけではなく「社会福祉士」を入れておいた方が勉強のベースを表せることにつながるかな・・・と思い、直すことに。でも名札のほうは自分から行ったわけではなく、所長が普通に入れてくれました。もちろん自分以外の職員にも「精神保健福祉士」や「保健師」「看護師」などの肩書がついています。

そういえば「社会福祉士」の肩書をつけて仕事をする、と言うことは感じませんでした。
もちろん気持ちとしては常に社会福祉士であることはありましたが、そこまで意識することはありませんでした。名札をかける機会も少なく、仮に名札を付けたとしても「社会福祉士」と言うことが表に出ることはなかったので、仕事をしているときは「作業の支援」とか「介護業務」など、資格云々より仕事そのものへの意識が強かったのは事実です。

でも名札に「社会福祉士」と肩書が入って仕事をするのは、初めてのこと。
色々忙しいとか言っていますが、ふと自分の名札を見て「あぁ、俺って社会福祉士として仕事もしていかなくちゃいけないんだな・・・」と改めて実感しました。資格を取る前、資格を取った後も「資格が仕事をするのではない」と一貫して自分の中の主張をしてきましたが、でも対外的に見たら単なる「職員」としてだけではなく、専門知識を持った職員として対応をしているとみられることを感じました。当然常勤とか非常勤とかは書いていませんが、でもセンターに初めて来た人はその人の職名や肩書を見ることは十分にあることであり、ちょっとした時間に自分の名札を眺めて改めて「資格の重み」と言うのを感じています。だから今の忙しさも単なる「職員」としてだけではなく、専門職に求められた必然的なものなのかな・・・とも思っています。

2011.04.15

疲労困憊

何だか今日は・・・ぐったりです。

今日は午前中から面談が入っており、午前中は面談ですべて時間を使うことに。
その後市役所へ同行して手続きをしつつ、実際には関係機関連絡で今後の対応を相談することに。ただ、市役所での関係機関連絡が終わったのが、お昼の12時50分。10分後の1時からは、次の案件で市役所でまた話をすることになっており、ふと周囲を見るとすでに対象者が来所。こっそりと抜け出すように急いで2階の喫茶コーナーで食事をし、再び市役所への窓口へ。対象者の方には何事もなかったかのように振る舞い、1時から保健師さんを交えて相談。その後郵便局への同行もし、結局市役所での仕事が終わったのが3時40分。余裕で終わるだろう・・・との考えで今日は公用車を使って出てきたけど、3時半ごろには別件で他の職員さんが車を使うことになっていたので、急いでセンターに戻ることに。

そして自分のデスクの上には・・・書類が。
思わず局長に「すみません・・・これ、明日でいいですか?」と確認。

いや、今日は本当に疲れました。
昨日の疲れがまだ残っている部分もありますが午前中は相談で缶詰めになり、お昼から3時ごろまでは市役所に張り付け。おまけに市役所で相談をしているときに別の対象者が来ており急きょ対応することに。相談で対応をして、別件で対応・・・最後は郵便局に同行するなど、休憩なしのノンストップで6時間半。センターに戻った時は完全にぐったりしていました。局長からも「だいぶ疲れた顔をしているな」とのこと。

なんでしょう・・・本当に慌ただしい日々で、休むのもままならない状態。
もっと言えば、少し「心のリラックス」をする時間が少なくなっており、どっかで英気を養うことも必要な段階。土日出勤と言うのは、想像以上に負担に感じているのかもしれません。

自分の頭の中を整理するために「やることリスト」を書きだしましたが・・・1枚じゃ収まらないくらい。本当に休日返上でやらないと・・・厳しいかも。でも自宅には仕事を持ち込みたくないから・・・あぁ、これがまたストレスになるかも・・・

もう収拾のつかない頭の中。思考停止も時間の問題かも・・・(。>0<。)

2011.04.13

ある意味、チャンス

今日は1つのケース対応に終始した1日でした。

今日は作業部門担当。だけど実際にはあまり入れず。
午前中に気にかけていたケースで動きがあり、その対応で半日費やすことに。午後こそセンター内にいたけど自分の業務らしい業務はできずじまい。そのまま作業部門は終わり、作業部門のまとめをして、午前中から溜まってしまった新規ケースの相談票作成に取りかかろうとした時、1本の電話が。

電話の相手は午前中のケースの父親から。
「どうやって対応をして良いのかわからない。どうすればいいか?」とのこと。電話の後ろでは叫び声が聞こえ、このまま電話対応だけでは困難と判断。所長に了解をもらい、急きょ訪問。結果的には落ち着き、次の約束と本人に対して言い聞かせをして、今日の対応は終了することに。

自分が気になっていたケースに関して、動きがあった1日です。
最初の受理の段階から「どうにかしたいなぁ・・・」と思っていたけど、父親からは積極的な対応がなかったのが最初。その後訪問をするものの、あまり積極的ではなくどちらかと言うと「面倒」と言う表情をすることのあったケース。ただ今日の一件でセンターのほうに連絡をもらえたことは、ある意味では介入できるチャンス。実際に訪問に行った後も父親の話を聞き、苦労している現状に理解を示して一緒に考えていく姿勢を見せることに。すると父親からは「ありがとうございます」とのお礼が。最初の印象では難しそうな家庭かな・・・と思ったけど、実際に話してみると色々と考えている部分があり、本人だけではなく家族としても大変な現状があることも理解することに。当初は障害を持った本人だけのケースと考えていたけど、どうやら色々と話を聞くとファミリーケースとして捉える必要もあると判断。詳しい話は明後日聞くことにしたけど、今日の「声」を突破口にして福祉サービスの導入につなげたいです。

2011.04.10

勉強もしないと・・・

4月に入ってからは何を書こうか、悩んでばっかりです。
いや、悩むというよりはいつも同じことしか出てこない、と言うほうが正しいかもしれません。

本当に忙しい毎日。
公休日が唯一の安息日・・・としたいところだけど、心のどっかでは常に仕事のことを意識している状態。焦っても時間が経たなければ出てこないものもあり、そればかりは何とも言えないところ。買い物にも出かけることが多いから、必然的に事務仕事も時間が少なる状態。それでもいくつかは今日のうちに片付けました。

そしてもう1つ大事なのは、通信の勉強。
職場に持っていってやらなきゃまずそうな感じになっており、そろそろなりふり構わずやらなきゃ・・・と感じる状態。自分の気持ちの中では職場には持ち込まず、休みの日や空き時間を有効に使って・・・と思っていたけど、休みの日にぐったりしている自分の状況を振り返れば、休みの日にまとめて・・・なんてことはちょっと現実離れしている状態。こっちの方も疎かにできません。

イヤ、ホントに大変な毎日。
大変な分だけ充実してもいますが、もう少し余裕が欲しいです、ハイ。

2011.04.08

仕事が・・・できない

まだオープンしたてなので仕方のないことかもしれませんが・・・
ここ最近の自分、自分の思い通りに仕事ができません。

例えば昨日。
昨日は新しい通信の作成にホームページの作成、そのほか便覧の作成やモニタリングなど、とりあえず頭の中にあることを片っ端から片付けて行こう・・・と思ったのですが、実際には午前中は物品の移動や子どもの相手、午後は営繕作業に市役所へ外回りと本来予定していたものが1つも片付かずに終了。

今日も昨日できなかったことを・・・と思ったけど、今日は作業部門担当のため、ほとんど自分の仕事はできず。苦肉の策で利用者さんの見守りをしながらパソコンを移動させて文書を作ることもしたけど、結局午後は作業にフル稼働で、作業が終われば買い物へ。テレビを買ってきたので帰ると入口フロアにテレビの設置。そんなことをしていたら・・・終業30分前。終業30分前になるとミーティングを行うので、結局今日もほとんど仕事が進まずに終了。

いや、作業部門もれっきとした仕事なので手を抜くわけには行かないのですが・・・何とか色々と合間をぬって業務をこなしている状態。本当にドタバタしながら仕事をしている状態で、4月に移転してからまだ何にも仕事が片付いていない状態。こんなに思い通りに仕事ができないのは、かなり久しぶり・・・というか、初めてのことかも。

明日・明後日は世間的には休日。
なので何とかこの2日間で遅れた分を取り戻さないと・・・

2011.04.06

1日が早い

休み明けの水曜日。
今まで作業場での仕事は火曜・金曜だったけど、今度からは水曜・金曜に。また水曜日に関しては自分が作業場をまわしていくことに。

その水曜日・・・月曜・火曜の様子がわからない状況でいきなりまわすことに。
机には作業担当の職員からの申し送りがあり、それを見ながら対応。水曜日に限っては発注がないことを祈るばかり。

でも今日の作業部門への参加者は7名。
いつもなら午前・午後を通じて12・3人程度だけど、今日は1ケタ台。新しく移ったセンターでは作業部屋を2部屋確保しているけど、午後に関しては1部屋で済むことに。作業の開始時間も早くなって、午前中は久しぶりにビーズの試作を作ることに。

午後も色々と慌ただしく動きながら作業部門の1日が過ぎ、日誌を書いた後に利用者さん対応。電話応対したりサロンで雑談をするなど、これと言ったことではないけど気が付いたら終業時間。何だか1日の流れが本当にあっという間でした。

色々とやることはまだまだたくさん残っているのですが、とてもその状況に追いつけない状態です。作業部門が終わったら文書作成をしようと思ったけど、結局そんな時間を作ることもできずそのまま終了。すべて明日へ先送り。

うーん、基本的に残業のない職場だけど・・・
でももう少し時間が欲しいですね。せめて、あと1時間くらいあればかわるのかもしれないけど・・・別に自分だけじゃなくみんな忙しいから、うまく時間のやりくりをできるようになりたいです。

2011.04.03

8連投、終了。

先週日曜日からの「8連投」が終わりました。
思わず車の中で「終わったー!」と絶叫してしまいました。8連投は・・・疲れました。

引越しに始まり開所式、最初の土日を過ごしましたが、疲れが溜まりっぱなしでした。
引越し初日こそはそれほど疲れを感じませんでしたが日にちが進むにつれ徐々に疲れが蓄積され、開所式前日がピーク。机を運び込んだり畳を移動させたり、あるいは書庫を移動させたりするなどセンター内のセッティングに動き回る状態。今日も物品の移動をしたので疲れに追い打ち。体は疲労困憊です。

その証拠に、ここ数日の自宅ではパソコンをしながら居眠りする状態。
そんなことは今まで一度もなかったのに、途中でコックリしている状態に自分で「あっ、俺寝てた・・・」と振り返るくらい。相当疲れていた証拠です。

でもこれで明日から休みとなり、かなり嬉しいです。
今までは休みでも飛び石の休みだったけど、今月からはシフト制ながらも公休は連休。だから2日連続で休めることの嬉しさを感じています。ここ1年は飛び石の休みが普通になっていましたが、当分の間は「連休」であることの喜びを味わうことになるでしょう。

ただねぇ・・・仕事だけはたっぷり残っています。
おまけに通信のレポートも準備が必要なわけで・・・手放しで喜べるわけでもないのが実情。でも明日だけはゆっくり休むことにします。

2011.04.02

もう1人いれば・・・

今日からいよいよ本格的に業務が始動。
昨日は「お披露目」的な開所だったのでそのことで慌ただしかったけど、今日からが業務開始。朝から色々なことに対しての対応策を見つけながらの業務でしたが、とりあえず今日は何とか終了。今までが「水曜・土曜閉所」だったためその名残が残っているのかもしれないけど、大きな混乱はなく来所もさほど多くなく終了しました。

でも正直なところ、4人で施設を回すのは大変です。
4人のうちフルタイムは3人。表向きの業務指針では「各階に職員を1名以上配置すること」とあるため、1階・2階それぞれに職員が入ることに。ただ、そうなるといざ「相談」が入った時に対応することが難しくなるのが現状。仮に4人のうち1人が2階に行って、残り3人が1階。うち1人は相談に入り、1人はパートタイムで不在となると・・・電話対応や来館対応ができなくなってしまいます。

ですからできればもう1人いると、助かりますね。
まだ業務が始まったばかりなので何とも言えませんが、もし平日以上に土日のほうが来館が多くなれば、職員4人で施設運営を回していくのはちょっと大変です。一応日曜は午後からは5人体制になるものの、やはり厳しそうに感じるのが自分。なかなか予算がつけられないので、限られた人数でやっていくしかないのですが・・・

まだ始まったばかりのセンター。ブログも書けず、ホームページも作れず・・・
あぁ、「できないこと」へのフラストレーションが溜まりそうな日々が続きます。

2011.04.01

まだまだ、バタバタ

ついに新年度。カテゴリーにも「業務報告(2011年度)」を作りました。
今日から9年目に突入です。来年は10年目・・・そう考えると、本当に早いものです。まだまだ新人・・・と思っていたのも、9年・10年となると、さすがに「新人」とは言えないですね。

ココログのほうは少しお休みしていました。
と言うのも、今日から新しい施設で業務がスタートしました。その準備・引越しで3日間は業務と言う業務がほとんどなかったので、それほど書ける内容がなかったのでお休みをしていました。しかし今日からは新たな業務がスタートしたので、今日から再び復帰です。

自分の職場は障害者自立支援法に基づく「地域活動支援センター」で、3月いっぱいまでは地域活動支援センターの名前で仕事をしていました。今日からの業務も地域活動支援センターであることには変わりないのですが、施設名は障害者のサポートセンターと言う名称に変わったので、今まで使っていた書類関係もすべて新しい事業所の名前になり、名刺も改めて作り直すことになりました。

と言っても、なかなかすべて回らないものです。
自分の名刺なんか作っていませんし、身辺整理のほうがたくさん残っている状態。ただ今日は開所式を行ったので、職員であることがわかるように全員分の名札だけは作ることに。準備ができたのはそれだけ。あとはその場その場での対応でした。

まぁ今日の開所式を迎えるまでは何とも落ち着きませんでしたが、とりあえずここで一区切りです。でも・・・やることはまだまだ残っており、新しく整えるものも。特に勤務がシフト制になったことにで色々な対応の方法も考えており、またそれと同時に昨日までの事業報告書も作らなければならないので、慌ただしい状態はまだまだ続くことでしょう。

うーん、落ち着くまでは、まだ2・3か月は必要かな?

« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »

このblogは?


  • お仕事のことや自分のココロのこと・・・など、その日その日の「気持ち」を映し出すMitakeのつぶやき。「つぶやき」でありながら、その時々の気持ちを表している、いわば「ココロの鏡」でもあります。

    カテゴリーわけについて

My site

  • Mitakeの「後は野となれ山となれ」
    アメブロに開設した、第2のblog。
    でもここはゆる~くやっています・・・(^^♪
  • 「Web diary」過去ログ
    2001年の3月から2004年の3月まで、約3年間にわたって更新していた「Web diary」の内容の過去ログ。
  • HDFのつぶやき
    Mitake’s motherのblog。
    ただし、Powered by Mitake。(笑)
  • 御岳の山
    ここが(元)本家。現在は更新停止中です。

ご紹介ページ

  • 障害福祉~かざぐるま~
    まろくんさんのblog。
    知的障害者施設にて勤務経験あり。当事者の立場からの意見も豊富。
  • welfare-net21ブログ
    私も参加しているwelfare-net21の公式blog。
  • UTU-NET パニック障害教室
    自分自身が今抱えている障害です。
    紹介されている症例とは自分の場合は違いますが、「パニック障害」と言う定義には合致しています。少しでも「パニック障害」のことを理解してもらえれば・・・

by blog Pitatto!
無料ブログはココログ