やっぱり、応えないと
今、職場の飲み会から帰宅。
「平日に飲み会」って感じですけど、平日にやれるのも次の日が「公休」だからこそ。じゃないと、飲めません。
まぁ仕事のほうは慌しく過ぎ、あっという間に終わり。
終わった後に駅前の居酒屋で所長をはじめ他の職員さんと一緒に、無事新年度が開けられたことの「お疲れ会」をすることに。お酒を飲みながら仕事のこと、プライベートなことなど色々と話すことに。
その中の1つに、放課後対策のことも話のネタに。
所長から「やっぱり子ども(の扱い)がうまい。児童に向いている」とのお言葉をいただくことに。さらに続けて「(放課後対策を)やりたいって言ってたよな」と一言。その言葉に「んん?」と自分も言葉を濁す。うーん・・・たしかに「子どもの対応、大丈夫ですよ」とは言ったけど、「放課後対策をやりますよ」とは言った覚えはないんだけどなぁ・・・だからここでも「突然振られて・・・」って言うことになっているんだけど・・・(^^ゞ
まぁ自分からにしろ業務令にしろ、与えられたことはやるのが自分。
だから今までの経験やボランティアのことを振り返りながら自分なりにイメージをして、そのイメージに当てはまるように放課後対策のほうも進めているけど、何度もいっているとおり決して自分で「児童がうまい」とは思っていませんね。ついこの間のblogにも書いたとおり、あくまで自分は「子どもになっている」だけだと思っているので・・・
「子どもになっている」と言うのでは、ちょっと語弊があるかな。
もっと言えば「子どもと同じ目線に立っている」と言ったほうが正しいかも。ここでの仕事も、ボランティアに行くときも基本的なスタンスは「子どもと同じ目線に立って、真正面から受け止める」と言うこと。子どもだからといって手を抜いたり「大人対子ども」と言う図式に立つのではなく、自分も子どもと同じ立ち位置にたつ。そして子どもを真正面から受け止め、遊ぶときも手を抜くことなく真剣に遊ぶ、と言うスタイルで自分は立っているつもり。もちろん他の子を叩いたりしたときはちゃんと注意をするけど、そういうことがなければ子どもと同じように遊ぶことで子どもも自分を受け入れてもらえるのかな、と思ってやってきているだけのこと。特別何かをしているわけではなく、あくまで「自然体」のスタイルでいるのが、自分流。
だから周りから「子どもに向いている」とか「うまい」とか言われても、ピンと来ないんですよね。
ただ、お酒を飲みながらの席ながら、所長からは色々と期待の声もあり、その声には自分もしっかりと応えていかなければな・・・とは思うところ。周りが自分のことを評価してそれに対して期待されているのであれば、これは仕事をしていてこの上なくうれしいところ。だからこそその期待に応えて、より一層の進歩をしていくことが、合わせて自分に与えられた役割なのかな、と感じます。毎日色んなことをやりながらの状態ですが、ほどほどに精一杯やっていければな・・・と改めて思います。
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