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2009.12.02

大事なのは、中身

夕方、Yahooを見ていると、こんなニュースがトピックに上がっていました。

Yahooニュース「『障害者』表現変えます 吹田市が公募 波紋広がる」

 ■問題考えるきっかけ/言葉狩り
 「障害者」という言葉にマイナスのイメージがあるとして、大阪府吹田市が市の文書などに新しい言葉を使う方針を打ち出し、波紋が広がっている。内閣府によると、「害」の字を避けて「障がい者」と表記する自治体は5年ほど前から増えているが、表現そのものを見直す試みは異例。「障害者と呼ばれるのは嫌ではない」といった声もあり、専門家は「行政の押しつけにならないようにすべきだ」と指摘している。
 障害者の「害」はもとは「さまたげ」を意味する「礙・碍」だが、当用漢字でないため「障害者」が使われるようになった。平成16年ごろから「障がい者」と表記する動きが広がり、20年度で10都道府県・5政令市(内閣府調べ)。市町村を含めるとさらに増える。 吹田市も「障がい者」と表記してきたが、「『障害』は個人ではなく社会に存在する」として新しい表現を検討することに。10~11月に公募したところ、「愛」や「友」の字を用いるなどした45件の応募があった。一方で、「私は障害者だが気にしていない」「言葉狩りではないか」など市の方針に反対する意見も複数寄せられたという。
 吹田市身体障害者福祉会の小西清会長(87)は「言葉を替えても体は良くならないのに、意味があるのか」と市の方針に疑問を投げかける。障害者や家族からは「障害者問題を考えるきっかけになれば」と期待する声も上がるが、「言葉を替えても偏見はなくならない」「言葉よりも先に障害児教育の施策を充実させてほしい」など、抵抗や反発も根強い。
 吹田市は「難しい問題であることは承知しており、いろいろな意見を参考にしたい」としている。
 市民からの応募をもとに、学識者や公募委員による検討委員会を経て、来春までに新しい表現を決める方針。(産経新聞)

個人的な見解を述べさせてもらえれば、別にどうだっていいじゃん、という考え。
もっと言えば「障害者」であろうと「しょうがい者」であろうと「障がい者」であろうと「障碍者」であろうと、表現を変えるだけ何かがかわるのか、と言いたい。意識レベルの変化はもちろん必要であると思うけど、どうも自分には「目先のこと」ばっかりに視点が向かれていることの方が気になって仕方ない。

ニュースの記事の中にも当事者間にも温度差や考え方の違いがあることも書かれている。
またニュースの記事の中としてあえて引用することはしなかったけど、記事の最後に識者の見解として、立命館大教授の峰島厚氏は「『障害者』の表現は当事者の間でも賛否が分かれるが、行政の押しつけではなく、障害者たちが自由に選択できるようにすべきだ。単に言葉を替えるだけではなく、障害者の実態を市民に啓蒙(けいもう)することが重要だ」とも語っている。

あくまで「言葉をかえる」のは行政的・行政事務的なことであって、本質が変わらなければいくら名前を変えても意味はなさない。仮に自分がもし「障害者」にかわる表現を・・・と言われても、正直それに変わる表現は思いつかない。「痴呆」を「認知症」と変えたり、「精神分裂病」を「統合失調症」などと言った言葉の転換のように、簡単に適切な言葉が当てはめられるものではないように感じる。でもこれらの名前が変わっても、じゃ何か変わったのかを今評価するのであれば、それは単に「行政用語」的には変わっているかもしれないけど、実態や本質はそれほど変わっていないんじゃないのかな、と感じる。例えば認知症の場合、書類上にかかわるものは「痴呆」から「認知症」に改められたけど、現場の実態としては名称変更のみで、認知症だから何か・・・という訳ではないような気がする。同様に統合失調症の場合も名前が変わったからと言って何か支援が変わるのか、と言えばそうではない。精神分裂病だろうが統合失調症だろうが、現場に立ては診断名で何か変えたりするのではなく、現にあるその人の「生活」を支援していくのが現場の役割であると感じている。

タイトルにある通り、目先のことを変えるのではなく、大事なのは中身。
呼び名を変えるだけでは「逆差別」を生むこともあり、それをさせないためには「どうすればその人らしい生活を社会の中でおくることができるのか」を考える方が、先ではないのかと思う。

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