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2009.03.28

コネタマ;家族へ、ありがとう

自分の場合は「家族」と言うよりも、「母親」に対してのありがとうです。

厳密には「ありがとう」と言うよりも、「これからも、ずっと」と言ったところです。
思えば小さい時に児童劇団に入ることになり、その費用を出してもらって、さらには見知らぬ場所へ一緒に行ってもらったりもしたことが。当時はまだ時刻・経路検索ソフトなんてない時代だから、全部手調べの状態。時には始発の電車に乗って目的地に向かったことがあれば、終電の新幹線で一時帰京して卒業式に出席し、卒業式が終わって再びロケ地へとんぼ返り。入学式には参加できずにその日の終電の新幹線で帰ってくる、なんてこともありました。

当時はまだ小中学生だったため、なかなか「一人」の行動はできない状態。
一人行動と言ったら、劇団まで一人で通うくらいのこと。でもきっと母親はものすごく心配していたと思います。親だから当たり前と言われればそうかもしれませんが、今でも車で一人で出かけると気にするくらいですから、当時はもっと心配だったでしょうね。要所要所では母親が同伴していましたが、ある程度年齢が経てば一人で行くことに。でも本心は、一緒に来たかったのかもしれません。

でも、そんな母親も重い病気を背負うことに。
自分が大学1年の時に「慢性腎不全」と診断され、身体障害者に。もうずいぶん前から・・・いや、自分が児童劇団に行っている当時も体調の方は思わしくなかったのですが、大学1年の時に症状は進行。検査入院のはずが即人工透析の状態となり、そこから色々なことを自分がするようになり、このことがきっかけで今の福祉の道に進むことに。

そんなことがあって母親の介助をするようになったけど、それもとりあえず落ち着き始めた時に、今度は自分が。
まさか自分がパニック障害になるなんて思ってもいなかったし、その前段階で「てんかん」と診断されるとは夢にも思わなかったことであり、当時色々な夢を持っていた自分にとっては一気に谷底に突き落とされた状態。でも、今度は母親が自分のことで動いてもらうことになり、ようやく今では少しずつ戻りつつある状態。

なんだかお互いがお互いを助け合っている感じです。
親子なのだから当たり前のことなのですが、こんなに自分の親の存在が大事だと思うことはありません。どちらかが苦しい立場にいるときはそれを助け、あるいはともに歩んだりするなど、普通の「親子」と言う関係を超えているかもしれません。こんなところで言うことじゃないかもしれませんが、父親とは完全に希薄な関係になっている分、母親との関係はより強固なものになっています。お互いがお互いのために何かをやってみたり、あるいはぶつかってみたり・・・でもその根底にあるのはお互いの強固な結束があると思います。お互いに支えあっているから、母親と自分の関係があるのかもしれません。

面と向かって言うのは照れ臭いですが・・・お母さん、ありがとう。そしてこれからも、よろしく。


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