2015年3月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック

思ひ出アルバム

  • 卒業式が終わって・・・
    以前HPで行っていた「todya's photo」の写真や「御岳写真館」で使用していた写真を再び復活させるべく、「思ひ出アルバム」として随時更新していきたいと思います。また最近の写真でも「思ひ出」となるものについては、ここに納められていくことになるでしょう。

« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »

2009年2月

2009.02.28

コネタマ;野球とサッカー

うーん、微妙な内容ですが・・・結局「時代の流れ」に乗ってしまうのかもしれません。
野球にしてもサッカーにしても「国代表」に関心を持ってしまうますね。

昔はサッカーの方が好きでした。
折しもサッカーがプロリーグ化した年に中学生になっていたので、サッカー熱は過熱状態。そんな流れに自分も流され、サッカーを見ていました。きっと「新し物好き」と言うのもあったかもしれませんが、「野球がわからない」とか「野球は苦手」と言うところからサッカーに走ったのだと思います。

もちろん、中学校でもサッカー熱は過熱状態でした。
中学3年になり燃え上がり、昼休みなんかは校庭でサッカーをしたものです。外で出来ないときは教室の廊下で、あるいは配膳室の前をゴールに見立ててゴム製のチビサッカーボールで遊んだものです。自分はハードな「当たり屋」になっていましたが・・・

ただ、高校に行くと熱は冷めていき、結局今では「国際大会」であれば野球・サッカー問わずに好きですね。
「見る」のと「やる」のでは全然違いますから。事実、WBCの決勝は婆ちゃんが入院していた病院で見て、優勝の瞬間をみんなで盛り上がっていましたからね。

かと思えば、日韓ワールドカップでは強引に授業を休止にして観戦しました。もちろん、テレビですが・・・
得点が決まれば盛り上がったもので・・・ホント、先生には申し訳ないことをしていますね。

余は結局、時代の流れに流されている状態ですね。
でも「やる」と言うことを考えれば、自分はサッカーの方が好きですね。まぁサッカーが好きと言っても「サッカー>野球」と言った位のもので、一番は「格闘技」でしょうね。もちろん格闘技をやっているわけではありませんが、昔剣道をやっていたところから格技が好きになり、学校でも選択体育で柔道を選んでいたくらいですから。基本的に球技が苦手であり、さらに「小さい玉を追うのが苦手」なので、野球のボールに比べればサッカーボールの方が大きいというだけのことであって、それだけの理由でサッカーが好きと言うだけのことです。

まぁ「球技が苦手」と言いながらも、今月は利用者さん対応で自分が投げ、利用者さんが打つ「野球」をやっていますが・・・これは仕事だから仕方ありませんね。まぁ多少はまっすぐ投げられるようになったかな?(^_^;)


コネタマ参加中: 野球とサッカー、どちらが好き?

2009.02.27

本開通は、もう少し先

今日はお休み。ちょっとだけ息抜きです。

でも本当の用事は、確定申告とこれ。
Nec_0064

正直、確定申告はどうしようかなぁ・・・と思ってしまいました。何しろ「雪」なので。
でも今日の日付で申告書を作成してしまった都合上、雪の中税務署まで行ってきました。さすがに歩いて・・・は今日はやめました。あまりの寒さで・・・

で、寒さと関係なくやったのは、光の工事。
当初は光と電話の工事をする予定だったけど、電話の方は色々と面倒なことが出てきたので、今日キャンセル。niftyの方にも連絡を入れて、キャンセルしました。

まぁ今もBフレッツだから特に工事する必要はないのですが、安さにひかれて契約をしてしまいました。
元々は先月にセールスが来て、最初は様子見で「ちょっと考えさせてください」と言ってお引き取りをしたけど、そのあともこっちの都合でセールスに来たため、「安くなるなら、まぁいいかなぁ・・・」と思って申し込むことに。上り1ギガと言うのも、確かに魅力でしたけどね。

そして工事は完了。
ただ、今日・明日はまだ接続しない予定。と言うか、工事業者さんからもniftyからも「3月になったら接続してください」との指示。
その訳は・・・無料期間。

今日接続をしてしまうと「今月から無料」と言う形になってしまう。
そうなると、今月・・・といっても、今日明日のたった2日間だけになってしまう。それでは無料のキャンペーンがもったいない。でも明後日に接続すれば、3月からが「無料」となるので、断然お得に。そんな理由から、今日は工事だけで接続は行わないことに。

そんなわけで、本開通はもう少し先になりそうです。どれだけ早くなったのか、ちょっと期待です。

2009.02.26

忘れていたもの

はぁ、今週2枚目の「事故報告」を書いてしまいました。
前回は納得いかない部分がありましたが、今回は完全な事故です。自分の判断も最初から事故と認識しており、もちろん言われるまでもなく自分から報告書作成です。今回の事故、想定外と言えば想定外なのですが、防ぐこともてきたはず。利用者さんのパニックに自分が動揺してしまい、結果的に事故ケースにしてしまうことに。もっと自分が落ち着いて対応をしていればいつもどおりの対処をしており、事故は起こらなかったはず。施設長が口を酸っぱくして言っている「利用者さんを加害者にしないように」と言う考えに反してしまい・・・やり切れません。幸いにも大きな事故にはならなかったのでそれだけが不幸中の幸いでしたが、背筋が凍る思いです。

そんなこともあって、自分はオドオドした状態。
そんなところにほかの職員さんから「何の話題でもいいから、話を振ってみるとコミュニケーションになるよ」とのことから、一方的になっていたかもしれないけどコミュニケーションをとることに。さらに利用者さんの待機時間が長くなっている状態を見て、またほかの職員さんから「○○さんは絵が描けるから、書いてみるといいかも」とのこと。さっそく裏が白紙の用紙を用意して、利用者さんに「絵、書く?」と聞いて紙とクレヨンを渡すと「書く」といって机に向い、絵を描くことに。
描いた絵は、車の絵。非常に味のある絵。

そのことも事故報告と含めて報告に上げると、どうやら絵を描くのは5・6年ぶりとのこと。
でも絵を描き終わったあとの利用者さんの表情はとても穏やかで、さっきまでパニックを起こしていた利用者さんとは思えない笑顔。そんな事を聞いて「あぁ、そうだよな、こういうことをやらなきゃな」とつくづく実感。

正直なところ、今の職場は何かと制約の多い状態。
今までの職場だったら自分の裁量で何かやってみることもできたし、自由に試してみることもできた職場。でも今の職場は何かやるにしても「伺い立て」をしなければできない職場であり、正直窮屈であり柔軟性が低い職場。もちろん自分がまだこの職場で数ヶ月しかたっていないから出来ない、と言うのもあると思うけど、何かやってみようと思ってやった時に「そのあとの反応」を非常に気にされできないのが今の現状。でも今日の試みは今まで長くいた職員の方が提案したことだったため比較的スムーズに、特に伺いたてもせずにできたこと。さらに別の利用者さんには紙ちぎりを利用して「ちぎり絵」を作ってみることも試みた。実際やってみたところ、きれいな「桜の木」が出来上がり、これもまた趣のある作品が完成。

どうしても「支援」って言うと、特定の状況下だけを支援してしまいがち。
でも特定の時間だけでなく、休憩中や休み時間をいかにその人にとって「有意義」な時間を送ってもらえるようにするか、と言うのも支援の1つ。事実、今までの職場ではお昼休みの時間に利用者さんと一緒にゲームをしたりトランプをしたり、あるいは雪合戦をしたり・・・と、色々とやってきた。あるいは一緒に筋トレをやってみたり、それを通じてスキンシップをとることもやってきた。こうやって考えると、自分も今までやってきたことのあることが、今の職場では「できない」以前に「考え付かない」状態になっていたことに気づく。色々なプレッシャーで委縮してしまっている部分もあるかもしれないけど、こういった部分の支援って実はとても大事なことであり、作業や音楽などの特定の場面だけの支援ではなく、それら以外の時間をどのように過ごすかの支援をすることも「よりよい生活」を送るためには必要なこと。自分の福祉観でもある「よりよく生きる」の1つのキーになる部分であり、ちょっと自分が忘れていたこと。あんまり委縮するのも良くないから、時にはあんまり何か言われることを考えずに、もしやってみたら「楽しく過ごせるかな」と思えることは、もっと積極的に動いてみよう、と改めて実感しました。

忘れていた思いを取り戻す意味でも、今日の出来事は心に留めておきたい1日でした。

2009.02.25

「ほうれんそう」って言われているのに・・・

ほうれんそう・・・この世界でも言われています。
 ほう・・・報告
 れん・・・連絡
 そう・・・相談
皆さまの世界でも言われていることかも知れません。「ほうれんそう」をしっかりすることを。

昨日の職員会議でも「ほうれんそう」のことを施設長から指摘され、「最近連絡がおろそかになっている」と言われました。自分はなにかあるにつれて声を出すようにしていますが、もしかしたらできていない部分があるのかもしれないので、いつも我が事のように聞いています。施設長の話していることは、もっともなことですから。

ただ・・・今日の職員会議を聞いていると、昨日の話が一体何だったのかな・・・と感じます。
今日は朝添乗と帰り添乗のダブルの日。そのため夕方の添乗から帰ってきてから、職員会議に出席。最近は「時間内に終えよう」と言われているので自分が戻った時は本来なら職員会議も終わっている時間。ところがまだ話を続けている様子。トイレに行きたかったけど職員会議の方が優先だったため、会議の準備をして席に座ることに。すると・・・職員の手違いからと思われる報告がぞろぞろと。

決して自分のところの話じゃなかったけど、こんなに取り違い報告があると「大丈夫か?」と思う反面、今の現場の現状がそのまま表れているかな・・・と言った感じ。正直今の現場は色々とガタガタしている状態。それは現場環境的にも、人間関係的にも歪みがある状態。昨日の職員会議で施設長から色々と報告があったけど、そのことは他言できないもの。別にここでは「どこの施設」と特定されることは難しいからわからないかもしれないけど、この現状をここで話すにはあまりにも恥ずかしいこと。いや、施設として・・・いや、法人として情けない状態なのだと思う。それだけ、今の現場はある意味悲惨な現状。もちろんこのことを利用者さんに直接伝わってはいけないので、自分はいつもと変わらず、そんな現状があってもいつもどおりに支援。まぁプロの職員としては、当たり前のことを当たり前にやっているだけのこと。

でも、今日のようにこんなに報告事例がたくさんあると、昨日施設長が言った「ほうれんそう」は一体どこに行ったのかな、と実感。たまたま今日は施設長がいなかったけど、もしいたら昨日の今日のことで大問題なはず。だけど報告の内容やその現状などの話を聞いていると、どうも昨日のことが全く伝わってないんじゃないかな・・・と思うくらい。どこか他人事・よくある話みたいに聞こえてしまう状態。これ、かなりまずいはず。いや、こんなにあってはいけないはず。社会経験が短いけど、そんな自分でもかなりの「危機感」を持たなきゃいけないと実感するくらい。ましてや自分よりも社会経験・現場経験が長いはずの人たちであるはずのなに、その危機感の薄さに「もっとしっかりしなきゃ」と思うくらい。すべての話に意見することはできなかったけど、自分が思ったこと・感じたこと・提言できることは自分も積極的に関与。でもなんか抜けている状態ように感じたのは・・・自分だけなのかな?

昨日あんなに「連絡を密に」と言われていたはずなのに・・・これじゃ、ダメでしょ。
もっとしっかりしないと…現場もみんなも。

2009.02.24

理由は一体・・・

2日連続で調子が上がりません。
一体原因は何なのか、何が理由で調子が上がらないのか・・・

って、こうやって書いている時も軽ーく発作っぽいのがありました。別に何もしていないのに・・・

いや、考えすぎなのかもしれませんし気にしすぎなのかもしれませんが、ここ最近はなんか頻度が多い気がします。
転職したての頃は多少あっても仕方ないことと思っていましたが、もうすぐ2カ月が経とうとしている中、またここで発作の頻発。気にするなと言っても、やはり自分なりに発作を感じてしまうと、正直気分はなえますし、落ち込みます。で、これがまたなかなか人には相談できないことであって、結局自己消却するしかありません。これくらいのことで施設長に相談するようなことでもないし、発作が起きるたびにそんなことを言っているようじゃ仕事にならないし・・・自分で耐えるしかないんですよね。

なんで発作が起きるんだろう・・・って自分で考えることはしばしばです。
仕事への緊張、不安、焦り、悩み・・・全部当てはまると言えば当てはまります。もちろん言うべきところでは言うようにしていますが、それでもすぐに解決するようなものではありません。今日もどちらかと言うと苦手にする利用者さんを担当することに。前回の反省から少しは前回よりはマシな支援をできたかもしれませんが、支援の中身を細かく見ていくと、まだまだできていないところはたくさんある状態。どうしても職員主導の形になってしまう状態。「利用者さんの自主性を尊重して・・・」と頭の中にはあるのですが、結局は職員主導。「ダメだな、ダメだな」と思いながらも、行動は他の利用者さんの安全などを考えて制してしまう状態。「適度な距離感」も、未だにつかめない状態。

十分に承知していることですが、支援って難しいです。
いろんな利用者さんと接するたびに、どんどんと難しさを痛感しています。軽度の利用者さんならば軽度なりに難しく、重度の利用者さんであればまた重度なりに難しく・・・支援の基本は軽度だろうが重度だろうが同じだと思うのですが、いざそれを実践の場に移すとうまくいかないもので・・・自分にどんなに言い聞かせても、自分の性分のためか「穴のない支援」を目指そうとしてしまいます。だから、いつも反省して、へこんで、落ち込んで・・・

でも寝ちゃえば、基本的にリセットするんですよね。あくまでも、「基本的」に。
次の日には引きずらないようにしていますが、どうしても出勤は憂鬱。「仕事のできる素晴らしさ」を分かっていながらもブルーになってしまう状態に、少々苦悩の日々が続いています。

うーん、どうせ書いても何も解決しないから、やっぱり寝てリセットでもしましょう。

2009.02.23

なんとなく、調子上がらず

うーん、今日は愚痴モードになっちゃうのかな。
なるべく陰で(?)吐くようにしているのですが、やっぱり何となく納得できないかな?

今日は1日調子が上がらない状態。
なんとなく「ふわぁ~」とした感じで、時折めまいみたいな状態も。「あぁ、無理せず・・・」と自分で自制をしたけど、なんとか切り返している状態。休憩後に施設長から「顔赤いけど、大丈夫?」と聞かれ反射的に「はい、大丈夫です。」って答えちゃったけど・・・もしかしたらこれも不調の一因だったのかな?

こんな状態だから、支援もなんとなく抜けた感じ。
自分ではしっかりやっているつもりだけど、肝心な部分が抜けて注意されたりするし・・・今日はダメですね。ヒヤリハットも書くことになったし。まぁこれは事が起きた時点で「あぁ、これはヒヤリだな」と自分で自覚していたので特に何も言うことはないけど・・・でも問題はその後。

利用者さんが帰った後のミーティングで、ヒヤリは1件だけでなく2件あることが判明。
さらに職員会議で自分がかかわったヒヤリの1件で、職員の不調があったためヒヤリハットではなく事故報告として処理することに。

別に「ヒヤリハット」だろうが「事故報告」だろうが、書類を書くことに異存はない。
ただ、同じ「ヒヤリ」があったのに片一方は事故報告、片一方はレポートなし・・・と言うのは、なんとなく納得いかない。と言うか、それを書いた時はそんなことを思わなかったけど、書き終わって退勤するときによくよく考えたら、なんで自分のは事故処理をして、もう片一方は何もなし。それってちょっとおかしくない、って感じ。

2件のヒヤリ、ともに「物が当たる」と言うものだったけど、1件は職員に、もう1件は利用者さんに当たったもの。
職員の件は自分が直接確認したものだったけど、利用者さんの件は自分が休憩中に起きたこと。もちろん当たり場所と言うのは違ったけど、同じ「物が当たる」と言うことで考えれば、両方ともヒヤリハットのケース。自分のケースは自分から率先してヒヤリケースとして挙げることに。

ところが、職員会議での話を経ることで、自分のケースは「事故報告」として出してほしいとのこと。
いや、「出してほしい」と言えばやわらかく聞こえるけど、「出して」と言ったほうがニュアンス的には正しいかも。確かに職員会議の話を聞いて「あぁ、これは事故かなぁ・・・でも利用者さんじゃないしなぁ・・・」と迷った部分があったけど、もしこのケースを「事故」として処理をするのであれば、もう1つのケースも少なからず「ヒヤリハット」のケースとして挙げるべきものなのじゃないかな、と感じることに。(ってか、いつも生傷の絶えない自分の手の状態なんかを挙げたら、これこそ「事故」ばっかりになると思うけど・・・)

理解に苦しむのはこれだけではなく、利用者さんが職員の声かけを受け入れてもらえず、床に寝そべっただけでも「ヒヤリ」を出せとのこと。以前書いた「ヒヤリハット」の定義には「重大な災害や事故には至らないものの、直結してもおかしくない一歩手前の事例」とあるが、今回の「床に寝そべった」と言うのははたしてヒヤリハットの定義に合うものなのか、疑問。ただ、ヒヤリハットにならないまでも、どうしてそのようになってしまうのかと言うことを考えるための「情報」として残しておくことは必要だと思う。でも、それとヒヤリはまた別物であり、今日の「新人たち」に対するヒヤリハット・事故報告は果たして・・・と言った感じ。起きた事実は真摯に認めるけど、内容によっては理解できないものもあります。

そんな状況に、一緒に入った同期で結束を固めて頑張っています。明日も試練が続くけど・・・うん、負けないぞ!

2009.02.22

コネタマ;将来なりたかったもの

正直子供のころは「これになりたい!」と言った絶対的なものはなかったですね。
ホント典型的ですが、「おまわりさんになりたい」とか「ケーキ屋さんになりたい」とか、ホントありきたりのことばっかりです。

ただ、時代というのは恐ろしいもので、変なことを考えている時代もあったんですね。
今から8年前、2001年のお正月に「ポストカプセル2001」と言うものが我が家に届きました。これは当時のつくば科学万博の企画で21世紀に配達される手紙として引き受け、それまで保管し、2001年の元旦に届けられるというものでした。

もちろん自分はこんなものを書いたことなんて記憶になく、届いたときに「へぇ~・・・」と思いました。
で、肝心の中身は・・・

20010101

なりたい職業・・・かいしゃのしゃちょう。


あら、こんなことを言ってたんですね。ホントに大それたことです。
その夢、まったく実現できていませんから・・・(^_^;)

まぁ徐々に「将来」と言うものを理解したときに思ったのは、有名人かアナウンサーぐらい。
でも実際は、そんな世界とは180度違い世界で今仕事をしていますから。ホント、夢を語るのはタダですからね・・・(^^ゞ


コネタマ参加中: 子どもの頃に“将来なりたかったもの”は何?

2009.02.21

少しでも理解を得られれば

本日、定期通院日。久しぶりの土曜診療。
今までは職場から直接病院に行くことがほとんどだったけど、1月に転職をしたため、病院と正反対の方向に勤務。そのため「職場→病院」が行けなくなったため、土曜に切り替えることに。すごく混んでいるかな・・・と思ったけど、思ったほどの混雑じゃなかった。でもちょっと待ったし、やっぱり土曜日はニーズが多いのかな、と実感。

さて、元ネタはmixiから見ましたが、こんな記事があったのでちょっと取り上げます。
ゲンダイネット「【この人物のオモテとウラ】2009年2月17日掲載 円広志(「夢想花」が大ヒットした)~夫人と手をつないで寝つつ、パニック障害の克服に励んでいた」

♪とんでとんでとんで まわってまわってまわってまわる~と歌った円広志さんの「夢想花」が大ヒットしたのは78年。円さんはその後、森昌子の「越冬つばめ」の作曲を手がけ、また、関西ではバラエティー番組の常連だった。しかし、一時、ブラウン管から姿を消した時期があった。さて、今どうしているのか。

●「用を足すのも風呂場まではって行き、そこで横になったまま」
 もう9年前になりますか。当時は『週刊えみぃSHOW』や『クイズ!紳助くん』など週に6本のレギュラーを持って、目の回るような忙しさだった。ところが、ある日、番組収録中にめまいと同時にフラフラしましてね。そのときは寝不足かなあって思ったんですが、今度は運転中、ブレーキを踏んでるのに、勝手に窓の外の風景が動くやないですか。そこで体の異常をはっきり自覚し、それからというもの、精神的不安の症状がどんどん進行、ついに我慢できなくなって休養に踏み切ったんです。

 酒だけが唯一の逃げ場で、夕方になるとガブ飲みしました。でも、飲み過ぎた翌朝は、マンションからの景色が全面セピア色に見える。悪循環でした。いったい何の病気やろう。それを突き止めることから始まりました。しかし、その頃はまだパニック障害が医師の間でも認知されておらず、なかなか正確な診断がなされない。おかげで、さらに落ち込みましたよ。いつもメソメソ泣いていて、それまではほったらかしだった嫁に、夜、手をつないでもらって寝る始末でしたから。

 だけど、1日3回治療薬をのみ、症状がヒドく出たとき用に処方された頓服が効いたのでしょう、徐々に状態は改善していきました。とはいえ、完治したわけやない。ある朝、目が覚めたら体がまったく動かず、用を足すのも風呂場まではって行き、そこで横になったまま済ませたこともあった。正直、そのときばかりはもうアカンとあきらめました。

 今、NHKの朝ドラ『だんだん』で主人公のマナ・カナ姉妹が所属するレコード会社のプロデューサー役で出てるし、昨年11月はアコースティックアルバム『帰りゃんせ』をリリースしたでしょ。で、とてもそんな地獄みたいな経験をしてきたようには見えないっていわれる。しかし、多いんですよ、この病気。医師、弁護士、教師、芸能人・・・緊張を強いられ、神経がこまやかで繊細な人ほどかかりやすい。ただ、自分はそうであってもみんな黙ってるので、周囲は気づかないんです。ボクが本を出す気になったのは、自分はパニック障害だと言い出しにくい社会の雰囲気を変えたいと思ったからです。たいていの人がそんな告白をしたら仕事がこなくなるかもしれないとか、色眼鏡で見られるんやないかと恐れてる。でも、パニック障害は特別な病気ではなく、糖尿病や高血圧と同じ病気。ぜひそのことを知ってください。

円さんはかなり前から「パニック障害」のことを公言しており、自分がパニック障害という診断を受けた時には、すでに公言していました。自分もパニック障害がどんなものなのかを知るために、色々とネットで調べたりもしました。その中で、パニック障害を公言した人の中に円さんがいらっしゃいました。はじめ自分も「パニック障害」と診断されたときは「自分がパニック障害?」と思いました。そう思った背景には、自分自身がまだ「てんかんではないのか?」という疑念や自分が世間一般で知られているパニック障害という症例とは違ったことがあり、診断を受けてほっとした部分と「何故?」という2つの気持ちがありました。

最近ではだいぶ症状も落ち着き、今まで2週間に1回のペースで通院していたものが、ここ最近では1カ月に1回と、そのスパンは倍に伸ばすことができました。診断を受けて7月で4年を迎えようとしていますが、最初の時に比べたら随分と良くなったものです。ちょっとここ最近は発作が目立っており、自分の中にいつしか「また大きな発作を起こすのでは・・・」という不安を持っていますが、それでもなんとか耐え抜いているといった状態かもしれません。

円さんが「自分はそうであってもみんな黙ってるので、周囲は気づかないんです。」と話されたように、本当にパニック障害というのは一見しただけでは全くわからないものです。自分の発作にしても、発作が起きたとしてもほとんどの場合は周囲に気づかれず、仮に気付かれた発作と言ったら、自分の場合は意識を失って倒れるということになります。当然そんな発作を起こしたらいろんな意味でダメージを食らうわけであり、当然仕事にも影響が出てくると思います。ですから自分の場合は一番トップに立つ人には話をしています。本当はもう公言するのはやめよう・・・と思っていたのですが、やっぱり自分の中で何か隠しながらだましだますすることができない性格みたいなので、結局話すことになってしまいました。

ただ、未だに理解の得られない部分があるのも事実です。
確かにパニック障害は精神疾患の1つであると思いますし、そのため精神疾患に理解を得られず心ない発言も聞くことがあります。もちろん、ここで公言したことによって自分も言われたことがあります。理解をしてくれた方もいますが、やはり自分がパニック障害であることを言うのはいろんな意味で恐れている部分があると思います。ですから今の職場では施設長や事務長以外には話していませんし、今までの職場でも本当に気心が知れる・関係が深くなった人でないと話すことができません。本当に、なかなか自分から言い出すには勇気のいることであると思います。自分がblogで公言できるのも、ある種の匿名性があるからこそ公言しているのかもしれません。

このblogは元々「社会福祉士ってどんな仕事をしているの?」という自分が最初に思った疑問に自分で応えるために、その仕事の一端として書くことにしました。しかし今では社会福祉士のことだけでなく、自らの障害にことについても触れています。それはやはり、多くの人にこの病気・障害を理解してもらえればという思いがあるのかもしれません。

2009.02.20

冷静な支援を

本日給料日。今月分から厚生年金などが引かれました。
ホント、厚生年金は国民年金よりも高額。もちろん報酬比例だから国民年金よりは高く貰えると思うけど・・・でも、なんか納得いかない気分ですね。

まぁ高い金額が引かれるようになったのも、まともに働けるようになったからこそのこと。
正規職員として戻ってもうすぐ2カ月。でも、まだまだです。

ここ数日は同じ利用者ばかりについている状態。
今日も今週3回目の利用者さん。どうも自分は苦手みたいで、なかなかうまくいかないのも現実です。

いや、それなりにコミュニケーションは図れるようになってきました。
落ち着いた環境であればちゃんと耳もむけてくれますし、なんとなく会話も成立します。ただ、あくまでも「落ち着いた環境」での話。普通の環境になると・・・テンションアゲアゲの状態。自分でコントロールするのが難しいみたいです。

しかしそんな状況下でも、昔の学校の特定の先生が来ると「ピシッ」と人が変わったかのように変わります。
もちろん学校時代に色々と経緯があってそのようになっているのですが、基本的に「できないわけではない」利用者さんだと思うのです。それがたとえ「畏怖」であっても。
でも施設ではそういうものを使ってやるのはプロとしてのやり方ではないと思うので努めて冷静に対応していかなければなりません。

色々と利用者さんの情報を耳にしており、それに基づいて支援も展開。
そんな今日、その当時の学校の先生が施設に特別支援学校の実習生の巡回指導で来ることに。すると今までテンションが上がりっぱなしで自制がきいていなかった利用者さんが一気に冷静になり、今までと打って変わった姿に。その一方で、手は「バイバイ」と、早く帰って欲しい状態をアピール。

そんでもって、先生が帰るとまたいつもの姿。
直接は自分は見ていなかったのでどれくらいの変貌ぶりなのかはわからないけど、現場にいた人の話では「えっ、ホントに○○さん?」というくらいの変化。へぇ、そうなんだ・・・と思いながら、気持ちの盛り上がっている利用者さんに対応。先生がいた時はなりを潜めていた姿も、先生が帰った後は一気に爆発。そんな状態を、自分は努めて冷静に対応。でも、そんな自分も最終的には感情的になり、自分の気持ちの中で「どうして先生の前ではできて、ほかの人ではできないのか?」という思いに駆られ、頑固になってしまうことに。結局、利用者さんは落ち着かず作業にならない状態。いや、別に作業をしてくれとは思っていませんが、自分の行動には責任をもって対処してもらいたいとの考えでいたので、そのことをお願いしていた状態。でも結局、できないまま終わることに。

感情的・・・と言いましたが、決して言葉が感情的になったわけではありません。
自分の思いだけが感情的になってしまい、冷静に支援することができなかったなぁ・・・と後から反省です。もちろん利用者さんとはまだ2カ月足らずしか一緒に過ごしていない状態。そんな簡単にできるわけないことは十分に承知しているのですが、長年いる人の対応を見ていると、まだまだ自分は未熟なことを痛切に感じます。ただ、その部分が一方で「支援のブレ」になってしまうのではないか、と思ってしまい、これもまた考えものなのですが・・・

きっとこういったことを解決するのは、本当に根本的に考えなきゃいけないのかもしれません。
今の状態で解決することはちょっと難しく感じており、本気の姿勢を見せないと難しいのかな、と思います。いつも利用者さんとは真正面からぶつかっていますが、支援の難しさを感じています。冷静にすることを心がけていますが、やはり人間としての器が出来上がっていないためか、時折感情的になってしまいます。支援者としては、直していかなければいけませんね、ハイ。

2009.02.19

彼女ができました。

と言える日が早く来てほしいものです。絶賛募集中ですから・・・(笑)

で、ネタもないことはないけど、なんとなく今日は仕事ネタから離れたい気分なので、マイミクさんの日記から拝借。
そのため、タイトルもルール通りにしました(^^♪


*ルール*
・×か○で答える
・タイトルは「彼氏or彼女ができました」にする


=A=

・学級委員をやったことがある【○】;始めたなった時は、天狗だったなぁ・・・

・長男(女)である【×】;わがままの次男です。

・相談されることが多い【○】;微妙だけど、一応「ソーシャルワーカー」の一部なので、○なのかな?

・お年寄りには、必ず席を譲る【×】;席を譲る基準・・・杖を持っているか否か。

・人前でメイクするなんてありえない【○】男ですから、ねぇ・・・(笑)

⇒○の数【3】個


=B=

・何もないところでよく転ぶ【×】;よくは転ばないけど、時々つまづくことはあります。(老化?)

・自分では笑わす気がないのに、周りの人はよく笑っている【○】;たまに天然になっているときがあるので、その時かな?

・好きな色はピンク【×】;車はすべてブルー系。基本的に青が好きみたいです。

・人に比べて行動が全体にゆっくり【×】;ゆっくり、ではないかな?別にせかせかもしてないけど。

・何か集めているものがある【×】;集めているもの・・・お金?(貯金だし・・・)

・「何言ってるのか分かんない」と言われたことがある【○】;要領が悪いので、ちゃんと喋れるようになりたいです。(仕事柄、問題?)

⇒○の数【2】個


=C=

・初対面の人と話すのが苦手【○】;対人サービス業なのに、人見知りです。

・自分で決めるよりも、人に決めてもらったほうが楽【○】;「他人任せ」ともいうのですが・・・

・人前に出るのが苦手【×】;気持ち的には○だけど、過去や今までの行動を見ると、間違えなく×ですね。

・校則は破ったことがない【×】;小さいことなら、あるかもしれません。お酒も飲んだし・・・(えっ?)

・細かい作業をすることが好き【×】;みみっちいことは苦手です。あと、小さい玉を使うスポーツも苦手。

⇒○の数【2】個


=D=

・男友達より、女友達のほうが多い【×】;実は異性、苦手ですから・・・(でも仲良くなりないのだけどね。)

・声が大きいとよく言われる【○】;言われないけど、大きいのは事実。

・自分の知らない子に名前を知られていることがある【○】;学校中で有名になったことがありますから。

・学校の友達に、言ってない秘密がある【○】;たぶん、ある。

・自分の周りはいつも賑やかだ【×】;そんなことはないと思いますが・・・自分でもわからないかも。

・文化祭や体育祭は燃える【○】;だったら学祭の実行委員なんてやっていませんから・・・

・「落ち着きがない」とよく言われる【×】;落ち着いていますが、メダパニとよく言われます。

⇒○の数【4】個


=E=

・年齢より年上に見られる【○】:おっさんですから・・・

・一人でいられるほうが楽【○】;楽だけど、さみしいですね。

・無表情でいると「怒ってる?」と訊かれる【×】;言われたことありません。でも第一印象は「怖そう」みたいです。

・自分は、滅多に怒らない【○】;温和な性格らしいので。

・早く結婚したい【○】;三十路になり、なんとなく気持ちが焦っています。

⇒○の数【4】個


それぞれの○の数。
 A:3
 B:2
 C:2
 D:4
 E:4


結果
Aの○が一番多い人⇒優等生タイプ
Bの○が一番多い人⇒天然タイプ
Cの○が一番多い人⇒大人しいタイプ
Dの○が一番多い人⇒元気っ子タイプ
Eの○が一番多い人⇒大人タイプ


結果からみると・・・
「大人な元気っ子」なのかな?それとも、「元気な大人」なのかな・・・まぁどっちでもいいや(^^ゞ

2009.02.18

下手で悪かったな・・・

あんまり覚えがないのに、肋骨のあたりが痛いです。何でだろう・・・

そんな体を抱えながら、今日も仕事をしてきました。
今日の担当は昨日と同じ利用者さん。正直あんまり相性が合わないみたい(というか利用者さんが好き嫌いしている?)で、必死に波長あわせをしている状態。昨日は2人体制だったけど、今日は完全に自分だけ。なのでホントに好き勝手にやるしかない状態。まぁ逆を言えば好き勝手出来るという考えもできるけど・・・

そんな利用者さんと、なんとなく気を紛らわせながらの作業。
ずーと作業をしているのは辛い利用者さんなので、休憩をはさみながらの作業。その途中で「アンパンマン書いて」などがあったので、絵心がないながらもなんとか書くことに。

まぁなんとなく・・・という感じで、アンパンマン以外に食パンマン、カレーパンマンを書いてみることに。
そして利用者さんに提示すると、一応ちゃんと認識をしてくれているみたい。まぁ及第点といったところ。「もっと書いて」と言われたので、今度は巨大なアンパンマンを書くことに。うーん、なんだか顔が腫れぼったくなって「ボタモチマン」になっちゃったけど・・・まだアンパンマンで通用するみたい(^^ゞ

そのあとまた作業をやって、そして休憩。
休憩のたびに「○○書いて」とか言われて、書ける範囲で書くことに。そのうち「食パンマン書いて」と言われたので、仕方なく輪郭を描いていると・・・

ヘタ!

ヘ、ヘタァ?
そんなん、言われなくても分かっているワイ、絵心ないのだから・・・でもまだ輪郭を描いている時点でそんなこと言われる筋合いねぇよ。大体、アナタが「書いて」って言ってるくせに、いざ書いたら「ヘタ」とは何事だ!もう書いてやらん!


と、どやしながら、書くのを放棄してしまいました。
いや、そんなん言われなくてもわかっていますけどね・・・でももう書かないもん、そんなこと言われちゃ・・・

とか言いながら、最後は「しあわせなら手を叩こう」を「しあわせなら大笑い」に言い換えて、歌って遊んでいましたけどね(^^♪

2009.02.17

今更になって、じゅるじゅる・・・

先週の土曜日から、なんとなくイマイチの体調。
用心のために・・・と、昨日の仕事帰りにかかりつけの病院に行って、血圧の定期診察と体調の方を見てもらうことに。

土曜日の時点では喉がいがらっぽい状態だったけど、日曜日になるとそれが咳に移行。
月曜日には鎮静化の傾向が見られたけど、職場が職場なだけに早めに手を打つ意味で病院へ。そしていつもの数種類の風邪薬を処方されて、現在服薬。

すると・・・今まで症状に出ていなかった「鼻づまり」が。
朝は何ともなかったけど、お昼になって職場の人と一緒にお昼を食べて、会話をしようと思い話し続けると、だんだんと鼻声に。自分でもその異変に気づき、苦しさを感じながら乗り越えることに。そして花をかんでみると・・・うわぁ、じゅるじゅる。

いや、そんな水っ洟ということではないのですが、薬の影響か一気に出てきました。
確か処方された薬の中には咳止めのほかに去痰剤もあったため、痰が出てくることは自然の流れ。でも痰と一緒に洟も流れ出てくることは、想定外。まさか鼻まで影響が来るとは思っていませんでした。

なんか体調を良くするために飲んでいる薬が・・・逆になっている気が。
咳はまた収まってきたけど、咳以外の影響が出てくると、これもまた仕事をする上で厄介なわけで・・・今日もその影響を考えてマスクをしませんでしたから・・・(っていうか、マスクをしていると利用者さんに剥ぎ取られ、何枚あっても足りない状態になってしまいますから・・・)

一応、薬は今週いっぱい。早く良くなるといいのですが・・・

2009.02.16

(再)普通救命講習(AEDつき)

午前中に職免で、研修に行ってきました。
まぁ研修と言っても、講習会に参加したので研修と言えるかどうかはわかりませんが・・・
Sany0006_2

以前学生時代にも普通救命講習(たしかHPでも紹介しました)を受けましたが、それもだいぶ昔の話。本来なら「再講習」なのかもしれませんが、今回は普通に講習を受けてきました。

で、前回の講習と一番違うのは、AED(自動体外式除細動器)を使うこと。
まだ自分が学生の時に受けた普通救命講習ではAEDというものが一般人が使えるものになかったため、講習の内容も一般的な心肺蘇生法などについてが中心でした。しかし法律が変わって一般の人でも状況に応じてAEDを使えるようになったため、講習の内容にもAEDが含められることになりました。

「AEDのことは知らないから、一度受けておこう・・・」と、そんな気持ちで今回の講習に申し込んだのですが・・・
いざ講習場所に行くと、そこはプールサイド。あれ?ミーティングルームのはずが・・・と思いましたが、プールサイドでは準備が進められていたので、粛々と受けてきました。プールサイドでやるのであれば、もう少し動きやすい格好をしてきたのに・・・
さらに、消防署の人の話では「今回の講習は普通救命講習よりレベルが上ですから。」とのこと。え、レベルが上???

ということで、ちょっと調べてみたところ、同じ「普通救命講習」でも2種類あるみたいで、1つは「普通救命講習」、もう1つは「普通救命講習(自動体外式除細動器業務従事者)」とあるみたいで、前者は3時間講習、後者は4時間講習みたい。で、このコースの違いを調べてみると・・・

普通救命講習
心肺蘇生、自動体外式除細動器(AED)の使用方法、窒息の手当、止血の方法などを学ぶコース

普通救命講習(自動体外式除細動器業務従事者)
上記の普通救命講習の内容に加えて、知識の確認と実技の評価を実施するコース。

とのこと。今回受けたのは後者の方で、このコースの但し書きには「AED設置事業所に勤務しているなどAEDを一定の頻度で使用する可能性のある方は、このコースを受講してください。」とのこと。うーん、特別想定される状況にはないんだけど・・・でも確かに施設館内にはAEDが備え付けられているから、やっぱり自分はこっちのコースになるのかな・・・と思い、そのまま受講。

でも正直な話・・・昔の講習と内容はだいぶ変わっていました。
確かに自動車の免許を取る時も「応急救護」で心肺蘇生をやりましたし、最初の講習でもやりましたが・・・とにかく、変わっていました。この辺は後々職場に出す研修報告書の方でまとめて出そうと思っていますが、今までの知識はすべて空にして覚えなおしです。特に今までは「ドリンカーの救命曲線」と覚えていたのですが、今では「カーラーの救命曲線」に変わったみたいで・・・昔の知識はあてにならないと実感しました。
と同時に、やはり常に最新の知識を身につけなければいけないな・・・と痛感しました。

全然内容について触れてないですね。内容については、また時間があるときに。

2009.02.15

ぐうたら生活

あー、ダメダメ、ホント休日はダメダメ生活が続いています。

何がダメって、全然ジムに行けてないこと。
今まではまだフルタイムじゃなかったらちゃんと休みの日にはジムに行くことを心がけていたけど、フルタイムの仕事になって今までよりも体を動かすようになったのをいいことに、今年に入ってからは「体の余裕があるときに行くことにしよう」とハードルを下げてしまったため、その状態がずっと続いている。自分でも「ダメだなぁ・・・」と思いながらも、無理やり行っても・・・とやっぱり自分を甘えさせてしまっているため、今の自分に鞭打って・・・という必死さがない状態。さらに、別にジムに行かなくても今現在は体重&体脂肪が減っている状態なので、それに甘んじているところも少なからずあるはず。

でもホントは、ちゃんと行かなくちゃいけませんね。
今年の目標に「週2日、ジムに行く」なんて書きましたが、週1すら行けていない状態。ホントにダメダメです。

で、今日は何したかって・・・午前中に灯油と今晩・明日の朝・夜の食事を買いに行ったぐらいです。
「高枝切りバサミを・・・」なんて思っていましたが、気がついたらそのまま熟睡。遅めのお昼を食べた後も、そのまま午睡。そして気づいたら、夜。先日は「全然寝れない」と言っていましたが、服薬のリズムが戻ったためか、今日はいつでも寝れる状態でした。そのため、午後に出かける予定も「午睡」でなし。母親からなんかしら言われれば動いたかもしれませんが、基本的に母親は放任状態なので、何も言われなければ自分も動かない。だから結局ダメダメ生活になってしまうんですよね。

いや、土曜日もちゃんとジムに行ければいいんですけど・・・ジム以前に予定が入っていて・・・
今月だけを見れば、パソコンを買いに行ったり、病院に行ったりなどで自分の行きたい時間にジムに行けない状態。さらに病院通いは3週連続で予定されているためなおさら行けない状態が続くことに。

あぁ、一応は外に出ていますが、ぐうたら生活は変わりませんね。
まぁ確かに今までに比べ日中の行動量は増えており、それに相関して体も休みを求めているのかもしれませんが・・・体重&体脂肪の減少が止まったら、すぐにジム行きですね。

2009.02.14

パニックでも、負けない。

スポーツナビ「パニック障害告白の秋山「GHC王者として大学講義に」=ノア」

 プロレスリング・ノアと帝京平成大学が13日、都内・日本記者クラブにて合同で記者会見し、平成21年度に同大学にて新たに「スポーツ文化論」が開講されることを発表。この講義にノアの三沢光晴、小橋建太、秋山準らが講師として教壇に立つことが決定した。会見終了後、秋山が囲み取材に応じ、自ら明かしたパニック障害について、そして3.1日本武道館大会のGHCヘビー級選手権・佐々木健介戦への熱い思いを口にした。

 「自律神経障害に対するスポーツ選手のコンディショニング」というテーマで講義を担当する秋山は、意気込みを問われた際「僕は27歳からパニック障害になりまして、完全に克服はしていませんけど、その中でどうコンディショニングを整えてきたかというものをお話ししたい」と自身も自律神経障害があることを告白した。これについて、11年ほど前にパニック障害の診断を受けたとのことで、「今はだいぶ症状は緩和されたけど、まだ薬は飲んでいる。(症状が起こると)息苦しさを感じる」と語った。密閉された空間で発症しやすく、「飛行機もキツい」と吐露し、太ももを強くつねって気をまぎらわすこともあるという。

 試合中にも症状が出たことがあり、「(全日本プロレス時代に)小川(良成)さんと松戸でシングルマッチでやったとき。夏の暑いときでレフェリーは京平さんだった。それでヘッドロックをずっとかけられていたら、(症状が出て)リング下のエプロンに頭を入れた……このときは京平さんに『(試合を)止めてもらおうかな』と思ったけど、お客さんもいたし、それは絶対できないんで。『大丈夫、大丈夫』と自分で落ち着かせて。まぁでも一瞬なんですよ。(治まるのが)30分ぐらいかかることもあるんですけど」と試合不成立寸前に陥ったこともあると打ち明けた。これらの実体験をもとに講義を構成し、生徒たちと一緒に考えていきたいという。ただし、寝ている生徒を見つけたら「横に行ってブン殴る(笑)」と鉄拳制裁も視野に。すぐさま冗談だと語ったが、「生徒の興味を引かなかったらダメなんで、寝ないような講義を」とプロレス同様、口に関しては自信ありの様子だった。

 そして話題は3月1日の大一番、健介戦へ。2.11健介オフィス興行ではタッグマッチで健介のラリアットをまともに浴び、最後は北斗ボムでフォール負けを喫してしまったが「自分は追いかけてなんぼの選手。また追いかけられる」とノア旗揚げ時の感覚を思い出しつつあるようで、敗戦のダメージはそれほどない。「奮い立つものがある」と久々のシングル大一番、そして健介という巨大な壁に対して気合い十分で、「ベルトをスーツの中に忍ばせてね。普通に行くより王者として出たい」とGHC王者として大学の教壇に立つことを約束した。

 「パニック障害でも王者になれる」ことを証明したいと腕をぶす挑戦者。絶好調の王者・健介を撃破して、“チャンピオン講師”としてキャンパスに降り立つことはできるのか!?

自分にとっては衝撃の告白でした。
まさかいつも試合を見ていた秋山選手が、パニック障害だったとは知りませんでした。パニック障害についてはもうこのblogでも何度も話しているのでそのことについて詳しく掘り下げることはしませんが、秋山選手なりのパニックの要因や環境があるみたいです。自分自身も自分なりの状況があり、起きる状況下は違えど、同じ発作には間違えありません。勝手な想像をするのはよくありませんが、おそらく秋山選手も自分と同様、だいぶ完全されてきているのかもしれません。

もちろん「まだ完全に克服できていない」と語っているように、自分もまだ克服できていませんし、いまだに薬を飲み続けています。秋山選手は11年前に診断されて、ずっと公言することなく自分の中にしまい続けていたことに、本当に精神的にタフじゃないとできないことだな、と思います。自分なんかホントに弱いですから、診断された日にこのblogで公言していますし、働いている場所でもトップの人には自分のことを話しています。だから黙り続けることがいかに大変なことであるかは自分はよく理解しています。ただ、今回このような機会があり、それに合わせてパニック障害を公言したことは、別の意味で自信がなければ言うことのできないことだと思います。

今まで・・・と言うか、今も小橋信者ですが、これからは秋山選手にも頑張ってほしいです。
あんまり「頑張る」という言葉は使いたくないのですが、同じ立場を理解できる一人として、ぜひ今度のGHCを獲って欲しいものです。今回は、応援必至です。

2009.02.13

ちょっと拍子抜け?

今日は自分にとって初めての「行事」でした。
まぁ施設的には行事というほどのものではなく、活動プログラムの1つにすぎませんが・・・

今日は「社会生活活動」と呼ばれる、いわば「1日外出」のプログラム。
今までの1日外出と言えば結構大がかりなものだったけど、ここでは少人数のマンツーマン体制で行ったため、体制的にはかなり余裕のある体制。また今日の内容は「作業完了品の納品」がメインだったため、そんなにあれこれ考えることもなく成り行きでお任せ。

そして納品が終わった後は、日の出のイオンモールでウインドショッピングと昼食を食べました。
Nec_0051

ホントはもっといろいろ見たかったけど、時間の都合で石焼ビビンバを食べることに。
写真は「石焼サイコロステーキ定食」。できれば自分のものを撮りたかったけど、卵をちょうど真ん中に乗せることができず、そのまま石にくっついてしまい「ヤバイ、焦げる」と、思わず慌てて混ぜてしまったため、気がついたら混ぜ終わった後の状態。「これじゃダメじゃん・・・」と思い、泣く泣く撮れずに帰ってきました。

と言っても、あくまで「仕事」で行っているので、自分のことは二の次です。
もちろんこの写真も今日の記録用として撮ったもの。カメラこそ持っていきませんでしたが、ケータイでで利用者さんを含めて数枚とって、戻ってきたらパソコンに。最近はカードアダプターも持ち歩いているので、すぐにパソコンに落とせるようになったので、わざわざ自宅で入れなおす必要もなく楽をしています。もちろん、自宅のパソコンにもデータとしてちゃんと残していますけどね。

まぁこんな写真を撮るくらいの余裕があったので、ホントに何事もなく終わりました。
最初の時は色々と波乱がありそうな感じを言われていたので、いざ実際に行ったらほんとにスムーズだったので、帰ってきてなんだか拍子抜けした感じです。決して楽ではない利用者さんだったのですが、ゆっくりといろいろな声かけをしたためか、終始落ち着いて過ごせることに。正直言って今日の仕事は、ホントに楽させてもらった感じです。当然施設外に出るため緊張感はありましたが、それも適度な感じでこんな行事をもっと多く組めればいいなぁ・・・と思いました。こうやって外に出る機会を設けることは、とても必要なことだと思います。

さて次回は・・・どうなるのか(^^♪

2009.02.12

支給決定

自宅に帰ったら、ハローワークから念願の書類が届いていました。
Nec_0050

こういう形の通知書が来るとは思っていませんでしたが、とりあえず認められたみたいです。
もちろんこの書類と一緒に雇用保険受給資格者証も一緒に戻ってきました。こちらの方には、今までの経緯が書かれています。就職確認日から、再就職手当受給の処理まで。

でも金額を見た時に「あれ、少ないな?」と思いました。
当初の自分の試算では約15万円ほどもらえるのではないか、と思っていましたが、実際の決定額は約11万円。思ったより少なく「なんでだぁ?」と思い、再度計算。すると、どうしてこの額なのかがちょっとだけわかることに。

1つは単純に自分の計算ミス。
本来なら「基本手当日額」で計算するものを、何を思ってか「離職時賃金日額」で計算していたため、間違った金額を認識していたことに。額が少ないのもそれが理由で、これは決して間違っていないもの。

そしてもう1つは、単純な「失業」の状態になかったこと。
今までの雇用保険の受給は完全に「失業の状態」にあり、本当に働いていない状態だった。でも今回は一時的に「失業」の状態ではなかった日があった。そう、3日間の実習があり、さらにその実習には給料も支払われるもの。そのためこの3日間に関しては「就労」とみなされ、その分はどうやら再就職手当は支払われないもの見たい。事実、普通の失業給付の時も認定期間内に就労があればその日数分だけ支払われないことになっており、今回の場合も資格者証の方にも満額の日数が書かれていない状態。そこから推測して計算をしてみると・・・今回の支給決定額と一致することに。どうやら実習があったらその日数分だけ引かれて払われるみたいです。

で、肝心の入金は・・・やっぱりまだ。
まぁ決定通知書には「決定日の翌日からおおむね1週間以内」と書かれているので、実際の入金はもう少し先みたい。
でも・・・もうパソコンにお金を使っちゃったから、実際はゼロみたいなものかも・・・(^_^;)

2009.02.11

やっぱり副作用の影響?

昨日はたんと飲んでしまったため、服薬がメチャクチャくるってしまいました。

いつもは大体飲み締めをするのは9時頃。
そこからウーロン茶などでアルコールを薄め、抜いていき、約3時間かけて中和。そのころを見計らって服薬をしているのですが・・・昨日は飲み締めをしたのが11時前。そこからアルコール抜きをするには時間がかかってしまうため、結局昨日の服薬は夜・就寝前の薬を飲まずに就寝。ちょっと寝るのに不安があったため、マイスリーだけ服用。昨日寝たのが、午前3時。

そして、起床。時間は・・・午前8時。
いや、もっと寝ているはずなのに、こんな早く起きちゃって・・・まぁ薬を飲んでいないし、服薬するにもちょうどいいかなぁ・・・と思って、起きることに。朝食を軽く食べて、そのまま片付け。しばらく経って母親から「薬飲んだの?」と言われて、有無を言わさず「飲んだよ」と、自信を持って返事。

ところが数時間後・・・あれ、飲んだかな?
自分では「飲んだ」と思っていたのですが、よくよく考えると・・・血圧の薬を飲んだ覚えがない状態。朝はいつもの薬のほかに血圧の薬、そしてサプリメントを飲むけど、全然その覚えがない状態。そんなことを思いながら、時間はお昼。今から朝の薬を飲んでもまたくるってしまうだけ。結局、そのままお昼を食べて、昼の薬を服薬。
そして飲んだ時点で・・・あ、やっぱり朝の薬を飲んでいない。これで、3回分欠落。

その影響か、昼間は全然寝られない状態。
5時間ぐらいしか寝ていないから多分寝れる・・・と思ったのですが、ちっとも眠気が来ませんでした。気持ちは寝たいし、体も休めたいのですが、どうやら脳はそうでもないみたいで・・・午睡のCDを流しても、結局ずーと聞いてそのまま終わっている状態。眠れないから体も休んだ感を味わうことができず、消化不良の状態。

うーん、薬を3回分抜いてしまうと、こんなに影響が出てしまうのでしょうか。
いつもは昼ごろになると何となく眠気が来るのですが、全然来ません。自分が飲んでいる薬の典型的な副作用の1つに「眠気」があり、いつも眠気に誘われて休みの日はゆっくりと寝ている状態。でも今日は全然眠気がなく、ある種健全な状態なのかもしれないけど、自分の体的にはかなり消化不良の状態。

まぁ単に副作用の影響以外にも、昨日の飲み会で色々と情報を得てしまったため、その部分が自分のメンタルに影響をもたらしているのかもしれません。
でもなんか今日は・・・お休みなのに、休んだ気がしません。すごく、損した気分・・・

2009.02.10

現在、帰宅中

現在、帰宅中
愚痴こぼし飲み会から帰宅中。
詳細は後ほど。


そして、帰宅。
ゴメンナサイ、今12時をまわってしまいました・・・でもまだ「今日」でいいよね?(^^ゞ

アップ時間に書いたとおり、今日は新しく一緒に入った人と飲み会。
「飲み会」と言えば聞こえがいいけど、早く言えば愚痴りあい。自分もそうだけど・・・やっぱり、皆さんそれなりに色々と思っていることはあるみたいです。まぁ今の状態を見れば一言物申したくなるのも、当然かもしれません。自分もお酒の力を借りて、色々ぶっちゃけちゃいました・・・生中2杯に、梅酒ロックで5杯・・・いやぁ、よく飲みました。

仕事の愚痴もさることながら、趣味の話で自分のblogのことも話すことに。
このblogのことをいろいろ話していると、そのことに関して色々と議論を尽くすことに。自分の親と同じぐらいの年代の人(でも入ったのは、同じ日。なので「同期」になりますが・・・)と話すことに。仕事では色々とやり取りをしているけど、こういった場で話すのは初めて。なのでお互いの考えが色々とぶつかりました。でも、感情的にならずに、思ったことをそのままお互いにぶつけることに。それを見ていたほかの人は「お二人で話すのは、(今後の施設運営に)いい方向に進むと思いますよ」と一言。全然仕事と違う話(でも「社会福祉士」のことのも話したから、まったく関係ないことはないけど・・・)をしたけど、お互いにお互いの意見を聞き、そして理解し、一方で理解できずに・・・でも決して悪い関係ではなくお互いに「なるほど」となった話。

まぁこのblogでも話しているけど、このblogは半分自己満足、半分「社会福祉士」が実際に仕事をしている一部を知ってもらえれば・・・と思って始めたもの。今までのHP「御岳の山」が社会福祉士になるまで・社会福祉士になることについて話題に上げたのであれば、このblogはその次にある「実際の仕事」について触れたもの。だから今は休眠状態にあるHPとblogは、それぞれ関係があることになりますね。そんな話をして、理解してもらえない部分がありながらも、ある部分では理解してもらえた状態。お酒の力で感情的になりやすいけど、今回は全然そんなことありませんでした。もちろん自分の方が年下なので、それを踏まえて話したところもあったので一応穏便に過ごせたかな、といったところ。

でも、久しぶりの憂さ晴らしに、ちょっとだけスッキリしました。
次回も近いうちに、日ごろのうっぷんがたまっている人を集めて憂さ晴らしをしたいものですね(^_^;)

2009.02.09

今日は何があったっけ?

週の初めの月曜日。
今日から本格的に送迎一人添乗です。今までも試験的に一人で添乗してみたことはありますが、正式デビューは今日からです。自分でも初めての添乗で、色々と頭の中でシュミレーションをしてみたり・・・

なんてことをやっていたら、さっそく「乗り替わり」をお願いされました。
乗り替わりは、当初の添乗する車ではなく、2人体制で向かう車。正直、今日の一人添乗には不安があったので、ちょっとだけホッ、としております。
その不安をなくすために、今日の帰りには利用者さんの乗車介助をしてみることに。一度経験すれば、だいぶ気持ちは変わりますからね。

それにしても、今日はいったい何があったのか自分でも思い出せない状態。
今日は普通の日だから歩く歩数も大体1万歩・・・と思って万歩計を見てみると、仕事から帰ってきた時点ですでに1万歩を超えていました。いつもは大体寝る前に万歩計を確認すると1万歩を超える、というのが普通でしたが、今日は約1万5000歩。何にそんなに動いたのか、自分でも思い出せません。

歩いた理由も思い出せないくらいですから、仕事のことなんて・・・という感じかもしれません。
ここで働き始めて1か月が経過しましたが、周りを見る余裕なんてまだできません。ポカもするし、別の意味でこの職場は今までとちょっと違う感じです。うーん、なんていうか・・・のびのびと仕事ができないといったほうがいいのか。

無論、仕事なのですから遊んでいるわけではありませんが、なんかキツいんですよね。
経験が短いなりにも、なんかしらの「余裕」を見つけ出したいのですが、それが見いだせないんですよね。少数集団になればなんとなく余裕を出せたりするのですが、1つの集合体になると何となく動きがぎこちなく感じています。いうなれば「本当の自分がまだ出しきれていない」といったところでしょうか。なんとなく仕事に息苦しさを感じている状態です。

まぁ初めて就職した当時は2・3ヶ月眠れなかったこともあったので、それに比べればいいほうかもしれません。
ただ・・・「睡眠導入剤」を使っての就寝なので、本当の意味での健康的な睡眠とはいきませんが。
そういえば、薬のことも誰も触れないから何事もなく飲んでいるけど、潜在的にはかなり自分は依存しているかも。お昼の休憩時間が、本当にちょっとだけ気を休ませることができる場。そんなに張りつめなくていいのかもしれないけど、周りが気になってやっぱり張り詰めている状態。もっと肩の力を抜いて気楽に仕事をしたいものです。
でもそれは・・・まだ当分先かな?

2009.02.08

正しい認識を

先日「何をかこうか忘れちゃった」と書きましたが、思い出しました。
書きたかったのは、生活保護のこと。ちょうどテレビで「生活保護のほうがお金がいい」なんてことを言っていたので、ちょっと誤解があるのかなぁ・・・と思い、取り上げることにしました。

すでに生活保護のことについては、「御岳の山」の時に取り上げているのですが、ここで改めて取り上げたいと思います。色々と改めて書くのも面倒なので、一部を抜粋しながら話していきたいと思います。

日本国憲法第25条には

・すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
・国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
という条文です。つまり私達は憲法によって人間的な生活をする権利(生きる権利)が保証され、また国がその為の必要な施策をすることが定められています。

ところが、もし私達が生存権を脅かされる事態になった時、一体どうすれば良いのか?
特に雇用不安が広がっている現在では、急な派遣切りなどで住むところすら困ってしまうという状況もあります。そこで出てくるのが「生活保護法」です。生活保護法の第1条では、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を実現させるための目的が掲げられています。

生活保護法第1条
この法律は、日本国憲法第25条に規定する理念に基づき、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行ない、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。

生活保護法は、憲法第25条に基づき、その人が生きていくために必要な最低限度の国が保障すると共に、その人が再び自立した生活が送れるようにすることを目的としています。そして生活保護を行なうにあたって、4つの基本原理が定められています。

国家責任の原理
日本国憲法でも規定されているように、生活保護法は国の責任において生活困窮者の保護をすることを規定しています。

無差別平等の原理
生活困窮にに至った原因を問わず、生活保護の要件を満たせば無差別・無条件で保護を行なうことを規定しています。つまり、生活困窮の原因がリストラによる失業でも、怠惰による生活困難でも、生まれや育ち、性別を関係なく平等に保護を行なうことを意味しています。

最低生活保障の原理
日本国憲法でも規定されているように、生きていくために必要な最低限度の生活を保障することを規定しています。

保護の補足性の原理
生活保護法で1番重要な原理で、生活保護法では「最低限度の生活」を保障するもので、「最低生活」に足りない分について、生活保護法で保障する規定になっています。また最低生活を維持するために、持っているすべてを最大限活用し、それでも不足する部分について保護をすることになっています。また利用できる他法・他施策(児童福祉法・障害者福祉法・知的障害者福祉法・老人福祉法・母子及び寡婦福祉法など)を使っても最低生活に至らない場合に、生活保護が開始されます。このことからも生活保護法は、生活困窮救済の「最終手段」としての位置付けがあります。

この中で誤解を招きやすいのは、「生活保護になったら全部お金を払ってもらえるのか」ということです。
そのことを説明するのが「保護の補足性の原理」です。生活保護というのは、いろんな法律や制度を使ってもお金がない、あるいはその制度が使えないなど、どんな手だてを使っても生活を継続していくことが困難になった時に初めて使えるものなのです。ですから生活保護を受けるには、さまざまな審査があります。その中の1つが「資力調査(ミーンズテスト)」です。この「資力調査」とは、本当に今現在生活に困窮している状態なのかを調べるため、生活保護を申請した人の貯金や財産などを確認するものです。たとえば貯金がまだあるのに生活保護を利用しようとしても、「貯金がある」ということは現に生活に困っているとは判断されないので、貯金が無くなって初めて生活保護を受けられることになります。また車を持っている場合などは「車を売れば財産が発生する」との考え方から、原則として車(財産)を売却して生活を乗り切りなさい、という判断がされます。

ここで示したのはあくまでも代表的な事例であり、このほかにも収入など事細かに調査され、その上で「本当に保護をしなければならない」と判断されたときに、初めて生活保護を受けることができます。ただし、生活保護が決まればたくさんもらえるのか、と言ったらそうではなく、「生活保護に必要な金額」が支払われます。

この「必要な金額」を計算するのに用いるのが「生活保護基準額表」というものです。
これは毎年改定され、その表を元に「最低生活費」を計算します。そして資力調査で判明した資産(収入充当額と言います)が最低生活費よりも低ければ、そこで初めて生活保護を受けることになります。ただし、生活保護になった時にもらえる金額(扶助額と言います)は「最低生活費-収入充当額」の差額が貰えることになります。

具体的な例を「社会保障の手引」から引用すると、標準的な3人家庭(父・母・子)の場合、最低生活費は約18万円となります。この金額が生活保護を実施するか否かの基準となり、収入充当額が18万円よりも下回った時に生活保護が開始されます。つまり、生活保護を申請しても資産が約20万円あった場合は生活保護は適用されません。また資産が17万円だった時は、最低生活費よりも収入充当額のほうが低いので、生活保護の対象なります。しかし先ほども話したように、生活保護になったから18万円全部もらえるのか、と言ったらそういうわけではなく、「最低生活費18万円-収入充当額17万円=差額1万円」の計算から、最低生活費に不足する1万円が扶助(もらえる)ことになります。この部分を報道されていないため、「生活保護者はお金をたくさんもらっている」と誤解されているのかもしれません。

もちろん生活保護費は税金から賄われています。
そのため、生活保護を不正に受給した場合は保護の廃止や受給金品の返還、場合によっては刑法により処罰されることもあります。ちゃんと制度は「まじめにやっている人が馬鹿を見る」ような法律ではありません。また生活保護を受給すると、さまざまな指導を受けることになり、その指導に従わないと、保護が停止されることがあります。収入を得た場合も、ちゃんと申告しなければやはり保護の停止になることがあります。いずれにしても「生活保護」は最終手段であり、生活保護を受けた時はそれなりの管理がされることになります。だから生活保護が決しておいしいものである、というのは間違っていますので、その部分を誤解しないでもらいたいと思います。

2009.02.07

お引っ越しはいつも大変

今朝更新したとおり、今日は朝から外に出っぱなし。
で、自分の目当てはこちらでした。
Nec_0054

そう、何故かパソコンの購入です。
パソコンの購入と言えば去年の7月に買ったばかりです。で、何故今さらまた買い替えをしたのか?もちろんこの買い替えは当初の計画にはなかったものです。

買い替える理由になったのは、自分のパソコンの不良ではなく、兄のパソコンの不良。
もともと兄はこういった「デジタルもの」に対しては弱く、パソコンもほとんど使わない状態。ただ、ネットだけは興味があるとのことで、ネット環境だけを整えることに。そのため兄に新しいパソコンが行くことはなく、いつも自分なり親の「おふる」をもらっていた形。それでも十分に兄としては楽しめていたため、それでよかった。

が、近日中に光回線の工事をすることになり、それに合わせてルーターも買い替えることに。
もちろん自分だけではなく、ほかのパソコンにも影響するので、その対応は自分ですることに。そのうち、自分のパソコンと親のパソコンは有線LANでつないでいるため、ルーターを変えてもそんなに大きな影響はなし。しかし兄のパソコンは無線LANで飛ばしているため、それに合わせてカードも変えなくてはいけない状態。そのため兄の部屋でセットアップをしようと思った時・・・あ、DVDドライブが動かない。

いや、ドライブが飛び出すという現象は前から知っていましたが、戻らなくなっていたことは知りませんでした。
兄の部屋以外はすでに新しいものに交換してしまったため、今さら戻すわけにはいかない状態。かといってパソコンを修理するなら、新しいパソコンに変えてしまったほうがよっぽどマシ。そこで母親が兄にパソコンの相場を確認すると、案の定世間知らずの状態。そして「ネットだけできれば・・・」ということであれば、自分のパソコンを兄に払い下げて、自分が新しいものにしようか・・・という考えに。

その結果、今日の買い替えとなりました。
ただ、今現在の時点で引っ越しが終わったのは6割程度。まだまだやることはたくさんあるわけで・・・今日は徹夜かな?

今日は朝から

今日は朝から
色々と所用があって、朝から行動。普段は寝ているのに、今日はしっかりとお目覚め。やっぱりモチベーションがあると全然違うみたい。
まぁもっとも、目覚めの本当の理由は単に尿意を催しただけなんだけど・・・(;^_^A

そんなわけで、今はガススタンドに。給油と火山灰の洗車。給油は別にして、洗車ぐらい自分でやればいいのに・・・すっかり横着者になってしまいました。

さて、あとどれくらいかかるかな?

2009.02.06

年のせい?

仕事中や帰宅途中など、色々とblogのネタがあったのですが・・・忘れてしまいました。

どうもここ最近、「思っていたことを忘れる」と言うのが多いです。
いや、ここ最近ではなく、だいぶ前からのことですが・・・

うーん、自分で何かイヤですね。
その時は「このことをblogのネタにしようかな・・・」と思っていたのに、いざパソコンを目の前にして「いざ・・・」となると、何を書こうとしていたのか忘れてしまっている状態。そんな記憶を呼び戻すために一日を振り返ってみたり、過去の記事を読みなおしてみたり・・・と、いろんな方法で記憶を取り戻そうとしているのですが・・・取り戻せません。年のせいでしょうか・・・

まぁこういうときは、「思いだせない程度の、大したことのないこと」と思うようにしています。


で、じゃ今日は何を書こうか・・・うーん、悩む。
となると、やっぱり仕事ネタ?

今日は月の1度の職員研修日。
いつものように(といっても、今日が自分にとって2回目ではあるが)淡々と進み、班別会議に。その中で利用者さんの個別の状態について報告が。そのあとに質疑があって、自分の方から利用者さんの支援について「具体的方法」についての質問(というか、問いかけ)をしてみることに。そこで色々な例示をして話すことになったんだけど、話しているうちに話の方向はその利用者さんに対する「具体的方法」から、職員の「支援者としての在り方」と言う方向にずれていくことに。

いや、そういう議論はどんどん活発にした方がいいです。
こういう時でないとなかなか意見を交換することができないですし、その議論の中から自分たちの振り返りができる機会になるので、自分たちの「支援」を検証するためには、必要なことです。周りの職員の方の意見や言いたいことは十分にわかります。

ただ・・・自分なりに答えは導き出していましたが、自分の質問した内容に対する明確な答えはありませんでした。
つまり、「支援の仕方」について話したつもりが、いつの間にか「支援者の在り方」に話が変わってしまいました。さっきも言ったように、支援に対しての在り方などを話すことはものすごく大事なことであり、その中の気づき・振り返りから支援の質を高めていくことが必要です。しかし自分がここで質問したことは「今事実として起きていること」に対しての答えを求めていたのであり、支援論についての話を中心とするつもりはありませんでした。おまけに、なんだか自分たちが入ってきたことでケース課題が増えたかのように言われる状態。いや、直接は言われていないけど、受け取り方によってはそうも感じられるような言い方。もしかしたら自分が斜に構えているからそう感じたのかもしれません。

こんなことを書きながら、自分もちょっとは変わったかな・・・と感じています。
自分で言うのもなんですが、専門学校の学生のころは成績も良く、結果だけ見れば社会福祉士の試験は余裕で合格していた自分。だからこそ自分が就職するときには「頭でっかちの支援者にならないように」と、ずっと心の中で唱え続けていました。でも実際は現実で起きていることを見ずに、机上の空論ばっかりを展開していたようにも思います。それは言われて気づいたことです。だからこそ、今日のような質問をしたのであって、自分が今求めているような答えになっていなかった、と言ってみました。今日の議論のようなことやその考え方はものすごく大事なことですが、もう少し自分も踏み込んで聞いてみればよかったかな・・・と反省しています。

あー、なんだか支離滅裂になっちゃいました。何となく心はモヤモヤ。そろそろガス抜きが必要かもしれません・・・

2009.02.05

そんなに軟じゃありませんから・・・

今日のネタの前に・・・
昨日のネタで「1万5000歩が理想」って書きましたが・・・今日、ある利用者さんに1日ついたら、午前の時点で1万歩に届きそうな勢いでした。結果、今日は1万5113歩。「理想」と言いながら、たった1日で到達してしまいました・・・(^^ゞ
歩きたいときは、この利用者さんにつくと確実に運動になるみたいです。

で、今日の話。
こんなことを「当たり前」のように言ってしまうのは問題があるかもしれませんが、この仕事をしていれば他害の1つや2つは日常茶飯事です。学生の時の現場実習でも、知障デイサービスでも、そしてここでも手に傷ができるのは、普通の状態です。傷が怖くて仕事なんかできません。
そのくせ、人体解剖のことになるとパニックになる自分でありますが・・・

まぁ1ヶ月も経てば、「ちょっと」の気の緩みも出てきます。
今日なんかは、そのことを改めて思い出したこと。利用者さんの一人が「こだわり」で女子更衣室に行こうとしていたため「ダメだよ」と言って体を制することに。パワーのある利用者さんだったので、自分ひとりだけではなく2人ががりで制することに。「そこは女性だからダメ」と言っても、なかなか制すことのできない利用者さん。そんな状態で利用者さんを制していると、突如利用者さんからの反撃。自分の頭部をげんこつで滅多打ち状態。もう一人の職員さんが制してくれて、自分がその利用者さんの手をようやくつかむことに。そして「それは絶対にやっちゃダメ」と制して、こだわりを解消するために女性職員さんに対応してもらうことに。

いやぁ、すっかり「他害」のことを忘れていました。
最初の情報では他害があることも知っており、最初のころはちょっと恐る恐る接していた利用者さんであったため、完全に気が緩んでいた状態ですね。プロレスをわかる人であれば、この光景を例えれば「ベイダーハンマー」を食らっている状態です。もちろんこの程度の他害に自分は屈することなく、普通どおりに対応していました。自分も剣道をやっていましたし、それなりの体を持っているので、多少のことではビクともしません。神経は細いですが、そんなに軟な人間じゃありませんから・・・

とはいえ、今をもってあの時の状態を思い起こそうとすると・・・記憶にない。
あれぇ・・・そんなにタメージはなかったのですが・・・記憶がなくなっているということは、やっぱり結構食らっていたのかな?

いやはや、こんなことを「当たり前」にしてはいけないのですけどね。

2009.02.04

コネタマ;平日の運動

もうジムに通って1年が経ちますが・・・全然体重が減りません。
当たり前です、行ってないのだから・・・

いや、最初のころはちゃんと平日も行っていたんですよ。
去年はまだ非常勤職員だったから仕事の終わりも早く、そのおかげで自宅に帰ってからジムに行くことができたのですが、今年から正規職員。ようやく1ヶ月が経ちますが・・・まだその余裕がありません。

というか、時間的に厳しくなってきた、と言った方が正しいかもしれません。
定時に終わっても帰宅時間は7時前。だいたい平日だったら母親の病院に行くためにジムから病院へ直に行ける日を設定していたため、今はその直に行くことができない状態。そのため、結果的に平日のジム通いは厳しくなってきたわけです。

うーん・・・やっぱり時期を見て車通勤に変えて、職場からダイレクトにジムに行けるようにした方がいいのかもしれません・・・

そんなわけで、平日の運動は「仕事」ですね。
通勤時間はもとより、週3日の軽い散歩に、週1回の運動、さらに日によっては公園清掃・・・などと、何らかの形で歩くことになっていますね。さらに仕事中はほぼ立ち仕事。座るのは、介助の時と昼食休憩のときぐらい。立っている時はもちろん動き回るので、散歩があれば普通に1日1万歩は達することができるので、ある意味仕事が運動と言えばそんな感じです。

でも自分の体にとっては、もっと動かした方がいいのかも。
事実、「仕事が運動」と言っても、体重はほとんど変わっていない状態。減量したい自分にとっては、1日1万歩ではまだまだ足りないのかもしれません。そう考えると、1日1万5000歩が理想・・・1万5000歩って書くと結構な距離に感じますが、きっといつもの仕事+ジムに行けば、1万5000歩も決して不可能な数字ではありませんね。

ただ・・・今の自分には、そんな余裕はありません。
もう少し体と心が慣れないと、ちょっと行くのはキツイかも。休日すら「寝休日」状態になっているので、ホント何とかしなければいけませんね・・・(^^ゞ


コネタマ参加中: 平日、何か運動してる?

2009.02.03

どこをつくの?

画像でネタ逃げをすることが多い自分でありますが・・・今日はホントに「画像ネタ」です。

今日のプログラムの準備をするため、楽器を運ぶ先で思わず目に入ったもの。
ビリヤードが設置してあるけど、そこにあるホワイトボードにはこんな注意書きが。
Nec_0049

キューを「天丼」に突き刺さないで?
それとも・・・「天丼」を突き刺さないの?

うーん、これは訂正してあげた方がいいのかなぁ・・・

そんなことを言いながら、ネタとしていただいちゃいました。
「天井」には、「天丼」の跡がしっかりついていました・・・(^^♪

2009.02.02

はい、ハイ、灰

ぐっすりとお休み中に、浅間山噴火。ビックリしましたねぇ。

で、もっとビックリしたのは、その灰が東京まで達していることですね。
朝の通勤途中の車を見てみると・・・うわぁ、灰まみれ。結構飛んでいますね。

まぁ今日の仕事に何かさし障ったか・・・といえば、別に何もさし障りはなかったのですけどね。
でも、さし障りがあったのは、夜のお迎え。

朝の時点で多くの車が灰をかぶっている光景に、自分の車もご多分に漏れない状態であることは言うまでもない。
でも実際に自分の車を見ると・・・あぁ、灰まみれで汚いですね。誰かが自分の車に手跡を残していましたが、結構な汚さです。そのため、モップで軽く灰落とし。フロントガラスはもとより、車体すべてを払い落すことに。屋根からボンネット、車の側面や後など・・・さっさっさ、と払っていくけど・・・一部は露がついてくっついている状態。なので、ホントに落とせるところだけ払い落す感じ。時折モップを叩いて灰を落としながら、せっせと灰払い。

そのおかげか・・・灰を落とした後のフロントガラスはすこぶるキレイになって、視界良好。
黄砂の時はなかなか落ちなかったけど、今回の灰は比較的スムーズに落とせることに。

ただ・・・微妙に細かいところを見ると、やっぱりまだ汚い状態。
大まかには灰は落とせたけど、サイドミラーの中とか、ゴムパッキンの所なんかにはまだ灰が残っている状態。とてもじゃないけど、すぐには落とせないもの。

というわけで・・・今週末は、ガソリンと洗車決定です。
でも・・・洗車した後にまた灰が降ってきたら超ーブルーなんですけど・・・(^^ゞ

2009.02.01

器の小さい人間です。

昨夜は久しぶりに大学時代の友人と食事。
多分「食事」というの初めてかもしれません。いつもは飲み中心でしたが、今回は食べ中心。新宿でジンギスカンを食べました。ジンギスカンを食べるのは、8年ぶりのこと。今思えば8年前に食べたものは本当にジンギスカンだったのも疑問。そう言う意味ではもう一度食べなおすという意味でも、行くことに。

結論としては、うまかったです。ただ、食べた後にしばらくすると羊独特のにおいが鼻を抜けましたが・・・まぁそんなに気にならない感じです。

食事中心だったので、昨日は散会も早め。
いつもは急行電車に乗って帰っていましたが、久しぶりに準特急電車で帰りました。

その帰り道のこと。
新宿で友人と二人で電車に座っていた時のこと。発車間際になって、年配の人が乗車。ただ、だいぶお酒が入っているみたいで、立っているのもやっとの状態。そのうち、へべれけになった人が一人になることに。自分は正直、その人が自分の前に倒れそうになっているのでものすごくうっとうしかったけど、それが突然、自分と友人の間に膝を入れて座ろうとする姿勢に。この時自分は「何やってんだ・・・」と反ギレだったが、友人はその人に「大丈夫ですか?」と訪ねて、介抱することに。わざわざ席も譲り、到着駅の案内までした。自分はそんな親切な友人に対して何度も場所を聞くのでキレぎみに「府中です!」と一言。すると降りて行ったが・・・そのあとのことは、知らず。

というか、友人と比較すると、自分は全然器が小さいですね。
福祉の仕事をしていながら、全然その気持ちの微塵のかけらもない態度。ホントに福祉の仕事をしているのかが、疑問ですね。いや、もちろん「敬老精神」は持っていますが、今回の場合は人様に迷惑をかけるまで飲みつぶれていた人だったので、そんなものは自己責任でこっちがやることじゃない、と思っていたので、自分にしてみればホントにいい迷惑。
そんな自分に対して友人は、何とも紳士的に対応。自分とは正反対です。

ホント、自分の幼さをつくづく感じますね。もっと大人にならないと・・・(^^ゞ

« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »

このblogは?


  • お仕事のことや自分のココロのこと・・・など、その日その日の「気持ち」を映し出すMitakeのつぶやき。「つぶやき」でありながら、その時々の気持ちを表している、いわば「ココロの鏡」でもあります。

    カテゴリーわけについて

My site

  • Mitakeの「後は野となれ山となれ」
    アメブロに開設した、第2のblog。
    でもここはゆる~くやっています・・・(^^♪
  • 「Web diary」過去ログ
    2001年の3月から2004年の3月まで、約3年間にわたって更新していた「Web diary」の内容の過去ログ。
  • HDFのつぶやき
    Mitake’s motherのblog。
    ただし、Powered by Mitake。(笑)
  • 御岳の山
    ここが(元)本家。現在は更新停止中です。

ご紹介ページ

  • 障害福祉~かざぐるま~
    まろくんさんのblog。
    知的障害者施設にて勤務経験あり。当事者の立場からの意見も豊富。
  • welfare-net21ブログ
    私も参加しているwelfare-net21の公式blog。
  • UTU-NET パニック障害教室
    自分自身が今抱えている障害です。
    紹介されている症例とは自分の場合は違いますが、「パニック障害」と言う定義には合致しています。少しでも「パニック障害」のことを理解してもらえれば・・・

by blog Pitatto!
無料ブログはココログ