入所から、1年
厳密には昨日ですが、祖母の特養入所から1年が経過しました。
客観的判断では、いまひとつ特養に馴染んではいないものの、そこが「生活の場」としての認識は持っているみたいです。でもこの1年間に何度熱発をしたことか・・・普段はそんなに熱を出すことがなかった祖母が、特養に入所してから熱発が多くおきていた。おまけに入所して早々に疥癬に感染するなど、今思えば「なんじゃ、そりゃ・・・」と思うことが多い1年でした。
で、今日は久しぶりに面会。
先週はバザーで出勤しており行けず、先々週は母親の定期健診のため同行したため行けず、2週間ぶりの面会。しばらく会っていなかったためか、案の定オイラの名前を思い出すことはできなかった。
まぁこの1年間をどうだったのかと評価するのであれば、「慣らし」の1年だったのかなぁ・・・と言う気がします。
現在の家庭状況から自宅介護は困難であることは目に見えていたため、特養入所は避けたい選択肢でありながらも、仕方がない選択だったのかな・・・と個人的には思っています。また正直なところ、特養入所は当分先になるのかな・・・と思っていたときに、申請からわずか数ヶ月で入所可能となったため「どんなところでも、とりあえずは入所させないと・・・」との見解から、入所することになったわけです。この時の要介護度は3、最重度だった5から2段階の変化であるため、この時期を落としてしまったら、入所できなくなるとの判断で、個人としては「あまり良くないなぁ・・・」と思いながらも首をタテに振らざるを得ない状態でした。「もっと別のところがいいなぁ・・・」とも思った部分もありましたが、これだけは「タイミング」の問題なので、仕方のない選択でした。
で、自分の考えでは「数年経っても馴染まないようだったら、再検討の必要あり」と思っていましたが、今のところはまだその判断は先かな・・・といった評価です。たしかにケアに関して物言いたいところはたくさんありますし、入所した結果下がったADLの部分があるのも事実です。ただ、本人の「主体性」と言うことを考えれば、今のケアも「主体性」と「ケアのあり方」のギリギリのラインで行われているのかなぁ・・・とも感じています。実際、今日も伯父夫妻が帰ったあとに少し残っていたら、自分から靴下を脱いでケガをしていることを見せていました。Nr曰く、「何時なったのかわからないけど、骨折はしていないとの診断を受けている」とのことで湿布処置をしてありますが、それ以上に足の浮腫(むくみ)が気になり、そのことはNrも知らなかったとのこと。まぁ「わからない」と言う理由もわかる気がするけど、やっぱり施設で生活をしている以上「わからない」と言う言葉は極力使うのは避けて欲しいもの。「わからない」と言うのは裏を返せば「見ていない」と言うことであり、ともすれば「介護の怠慢」とも捉えかねない意味を持っていると思うので、常にその変化には気づいて欲しいものです。
今日から2年目の生活に入りましたが、やはり「馴染めるか」が2年目も課題です。
このまま何もなければいいのですが・・・ハイ。
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