思い出の校舎
仕事ネタを書くと何となく憂鬱になりそうなので・・・別ネタで。
長かった1週間が終わり、帰りの電車は偶然にも兄貴と一緒に。「買物してから帰る」とのことで、先に帰宅。
で、広報があったので流し読みすることに。すると、母校の中学校が全面建て替えをするとのこと。
どうやら最近の「バリアフリー」と環境に配慮した校舎、さらに最新的な校舎(?)に生まれ変わるとのこと。
まぁ「バリアフリー」に関しては、ちょうど自分が3年で委員会・部活で学校に残っている時が多かったので、自分が卒業するのと同時に身障の子が入学するために学内施設の適応性を見ていたことがあった。当時から「特殊学級」は別の中学校には併設されていたけど、併設のない学校に入学するのは、当時としては異例のこと。今となっては「特別教育」という形で、配慮の必要な部分に支援を行うと言うのがメインストリームになっており、なおかつ自分自身が大学で障害児教育に関する卒論(一応、専攻は「社会学」なんだけど・・・)を書いたこともあって、つい最近になってこの流れが「当たり前」と感じるようになった。でも中学生の時は何にも知らなかったため、当時としては「画期的」な取り組みだったのかもしれない。
まぁ色々とありますが、母校が新しくなることに対しては、ちょっと複雑な思いです。
たしかに「古い校舎」であることには変わりないのですが、中学校に入学した時は、何もかもが「大きい」と感じた学校の校舎。小学校に比べ教室の数も多いし、面積も広いし、体育館も大きく感じた。そんな中で色んなことを学び、また委員会の委員長や部活の部長など、当時としては自分のことを知らない先生はいないくらい名前が知れていたオイラ。行事があるたびに色々と暗躍(?)したりして、学校のことはほとんど知っていたオイラ。もちろん、どこに何の教室があるのかはすべて分かっていた。その思い出のある校舎が「全面建て替え」で取り壊されてしまうことに、若干の寂しさはあります。入学した2・3ヵ月後にケンカしたり、2年の時に軽くイジメにあったり、3年の時に「これでもか!」と言うほど充実した1年を過ごしたり・・・と、良くも悪くも色んな思い出のある校舎。その校舎がなくなってしまうことに、やはり寂しさを感じずにはいられません。「特段の思い」と言うわけではありませんが、「学び舎」がなくなってしまうことは、ちょっぴり切ないことなのかもしれません。
でも建ってから40年以上も経過しているので、当然ながら「老朽化」は否めない事実。
良い環境で、耐震性の高い施設を用意することは、必然なのかもしれません。だから今の中学生にとっては嬉しいことかもしれません。ただ、今いる在校生が卒業するまでに新しい校舎に入れるか・・・は難しいところ。プレハブ校舎で卒業する在校生にとっては、ちょっとかわいそうかな・・・とも感じています。
それにひきかえ、母校の小学校には選挙のたびに何度も行っています。
1つ大きく姿を変えたとすれば、「土山」だったのが「コンクリート山」に変わったこと。それ以外は、特に変わったと思うところはありません。今でも卒業制作で作った「教室板」がそのまま使われているし、体育館も変わっていません。なのであまり小学校には思いいれはないものの、大切な思春期を過ごした中学校には、思い入れが深いのかもしれません。
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