ついに、申請。
使うかどうするか悩んだ「自立支援医療」、結局申請することにしました。書類をもらった時はどっちにしようか悩みましたが、結局今の現状を考えると安定した収入が確保される見通しが立っておらず、求職活動も困難な状態。就職して社会保険に入って・・・なんてことを待っていられる状況ではないかな・・・と実感したため、申請に踏み切りました。
で、ここには出していませんが昨日出した診断書も一緒に書いてもらいました。ただ、2枚の診断書を見て「わかったこと」もありました。
まず第1が正式な病名。今までは「パニック障害」と言っていたけど、今日の診断書を見て、初めて自分が何の疾患であるのかを把握。病名は「恐怖症性不安障害」、狭義の「パニック障害」には属さないけど、広い意味での「パニック障害」であることは事実。ICDカテゴリーで見ると「不安障害」の中で特に独立した不安障害としてあげられていたのがわかった。だから最初は「パニックだから、F41かな?」と思ったけど、より症状が特定されているため、F40の分類に入った。
2つ目にわかったことは「推定発症時期」。初めて発作を起こしたのは小学校3年生のとき。西暦に直すと、1987年。そして2001年に2度目の発作。パニック障害の場合は「パニック発作が繰り返し引き起こされる」とあったから2度目であった「2001年」が「発症」になるのかな・・・と思ったら、最初の発作を「推定発症時期」となっていた。と言うことは・・・既に9歳の時点で「不安障害」であった、と言うことになる。まぁたしかに自分が小学生の時は精神衛生に関しての見識は今ほど進んでいなかったからわからなかったのも仕方ないし、発作を起こしたのが「児童期」だったため他の疾患の可能性(はっきり言えば、てんかん)を考えるのが第1であった。だから「推定発症時期」も「結果的に小学校3年生の頃」と言うことであろう。
そしてもう1つ。これはハローワークの方の診断書だけど、「日常生活能力の程度」で、自分が想定していたのと違ったこと。ハローワークの診断書にある「日常生活能力の程度」は5段階に分かれており、次のようになっている。
(1)社会生活は普通にできる。
(2)家庭内での日常生活は普通にできるが、社会生活上困難がある。
(3)家庭内での単純な日常生活はできるが、時に応じて援助や保護が必要である。
(4)身のまわりのことは辛うじてできるが、適当な援助や保護が必要である。
(5)身のまわりのことは全くできない。
自分の中では(1)だろうと思っていたけど、先生の判断は(2)・・・うーん、俺、社会生活上困難があるのかぁ・・・
まぁ確かに「夜勤・宿直不可」がある時点で「社会生活上の困難」にはなるのかなぁ・・・そう考えれば、仕方ないのかな。
ただ・・・それにしても、ハローワークの診断書の方は「ズバリ言い当てている」というのか「そんなになのかなぁ・・」と思うことが結構あり。例えば「労働習慣」については「まじめな性格で、労働習慣は確立している」と書いてあるけど、参考意見として「性格的にまじめすぎる。責任感も強い。そのために本人が自分の中でストレスをためてしまいやすい」との意見も・・・そんなに「まじめすぎる」のかなぁ・・・俺。適度に力を抜いているつもりなんだけど、もっともっと力を抜いていい、ってことなのか?
ま、今回の病気に関して公文書として「診断」を貰うのは初めてだったので、とりあえずは自分が今どんな状態なのかは客観的資料として把握することができました。この資料を見て自分を援助するなら、きっとこう言うでしょうね・・・
うん、もっと気楽に、あまり真剣にならずにのんびりいきましょうね
「被援助者の自分」に対して「援助者の自分」がこう言うなんて・・・皮肉な話です、ハイ。
あ、そうだ・・・今日から薬が変わったんだ・・・全部で5種類。飲む時間によって飲む薬が違う・・・
ウ゛ッ・・・間違えそうだ・・・(^_^;)
« なんとなく、わかってはいるけれど・・・ | トップページ | あぁ、1ヶ月・・・ »
この記事へのコメントは終了しました。
コメント