とりあえず、形に残した
なんだかココログのメンテナンスで今回も更新が難しそう・・・な感じ。
もしかしたら・・・また更新できないのかも・・・(ー_ー)!!
まぁそんなことはお構いなし(?)に取りあえず打っていきましょう。
残すところ、今週のみ。あとは明日と金曜日に出勤したら、それでおしまい。ただ自分が辞めることに関しては、わずかながら「反応」があるのは事実。利用者から聞いた話では「Mitakeさんにもう少しいて欲しかった」との声も聞こえたし、今日直接あった保護者の方からは「えぇ?そうなの?ここがイヤになったの?(笑)でも一気にいなくなっちゃったら、誰が見てもらえるのかしら・・・」と、若干社交辞令が入りながらも、わずか1年ばかりの自分のことを「惜しい」と思ってもらえるのは、この仕事をしていて本当にありがたいことである。
またそれは一緒に働いてきた職員さんからも言われた。
自分と一緒に働いてきた職員さんも、この4月に異動。今の施設は基本を「グループ制」で行っているので、4月になると一気に2人もいなくなってしまう状態。この状態には正直悩んだけど、でも自分自身の道もあるから、本当に「断腸の思い」で結論を出した。一緒に仕事をしてきた職員さんには本当にお世話になったし、その職員さんが色々とフォローをしてもらえたから、何とか1年間持つことができた。本当に入職して早々に襲われた病気で、完全に自分は自信をなくしていたし、もう自分は仕事ができないと思っていた。途中少しは盛り返した時期はあったけど、それでも9月ごろには「もう限界かなぁ・・・」と感じることは何度もあった。でもそのたびに「とりあえずはあと3ヶ月頑張ってみよう」と自分を鼓舞しながら、何とか3月まで来ることができた。本当にこの1年間は「何とか乗り切った」と言う表現がピッタリだ。
でも一緒に仕事をした職員さんからは「Mitakeさんのおかげで色々とできたよ。利用者もよく見てもらったし、本当に助けてもらったよ」とのこと。自分は本当に何もしていない。ただ、そこに「利用者」がいたからやっていただけのこと。何にも助けてもらっていないし、逆に自分のほうが色々と励ましてもらってきた。もっと言えば、この職員さんがいたから3月まで仕事をやり遂げることができたのだと思う。
ただ、やっぱり自分はこの仕事に「就くべくして就いたんだなぁ」と感じることが。それが、今日のこと。
今日はプールに同行で、4月から異動になる、一緒に仕事をしてきた職員さんとの同行。利用者2名に対して職員2名、つまりマンツーマンで対応をしていた。自分も1年間生傷を作りながら接してきた利用者と「最後」のプールを楽しんだ。そしてプールから上がって着替えている時に、職員さんがふとこんなことを漏らした。
ホント、Mitakeさんにまたこの世界に戻ってきて欲しいよ。今までは「指導」と言う感じで「楽しむ」という感覚はなかった。でもMitakeさんの「楽しい」って言うのはすごく大事だと思うよ。今日のプールも利用者さんと楽しみながらやっていたし、利用者も楽しそうだった。施設の中でも利用者とハイテンションになって楽しんでいる姿ってすごくいいなぁ・・・って思った。今までそういう考えがなかったから、Mitakeさんは貴重な存在だと思うよ。だからまたここに戻ってきて欲しいよ。
いや、ここまで言われたのは初めてのこと。前の職場では叱咤激励・檄が飛んでばかりの仕事だった。主任さんからも色々と言われながら「叩き上げられてきた」状態だった。その中で自分が掴んだもの、それは「自分が楽しくなければ、利用者も楽しくない。楽しくなければ、仕事は続かない」と言うことだった。だから自分がこの施設に来て大切にしたいと思ったことは「楽しく過ごしたい」と言うことだった。施設種別はどうであれ、自分が楽しくなければ利用者だって楽しくないし、イヤになる。だからいくら成人施設といえども「遊び」は大切である。我々だって遊んでいるのだから、利用者だって遊んでいいはず。他の職員さんからは「歳相応のことをしてください」といわれることがあったけど、「歳相応」って一体なんなの?と思うこともあった。たしかに歳相応の対応は必要だけど、「歳相応」と「利用者の快」は別次元の問題。歳相応の対応じゃなくても、その対応が利用者にとって「快いもの」であれば、それはそれでいいのではないのかな・・・と感じている。もちろん作業的要素・訓練的要素は必要だけど、あくまで今の施設は「デイサービス」を提供する場であって、更生施設ではない。デイサービスで一番大事なことって言うのは、その日を楽しく過ごすことなんじゃないのかなぁ・・・と感じている。だから今までの自分の支援方法に賛否はあると思うけど、自分は決して間違った支援はしていないと感じている。
ちょっとうれしい言葉をもらえて、この仕事をやって来て良かったなぁ・・・と改めて実感。
そしてやっぱり自分が感じた事・・・それは「来るべくして、この仕事・この世界にやってきたんだ」ということ。つまり、自分にとって「福祉の仕事」は天職以外の何者でもないと言うことだと思う。もちろんこの1年間、心の底から「楽しい」とは思えない日もあった。気持ちが落ち込んでいても、無理やり自分の気持ちを奮い立たせて「楽しい」を演じていた自分もいた。だけど、今の自分は心の底からこの仕事を「楽しい」と感じることができる。この1年間は激動の1年だった。失ったものもあったけど、得るものもあった。そして、改めて自分の進むべき道を見つけることができた。そういった意味で、この1年間は本当に貴重な1年だった。
そして唯一自分が「形」として残したものが、これ。
「スキルスクリーン」と言うビーズ細工。やり方を教わりながら、ビーズの順番のセッテングを行い、利用者にやってもらった。本格的に始めたのは去年の5月。利用者の共同合作で、3月にすべてのビーズを通し終えた。そして最後の仕上げは、自分がすべて行って、今日完成した。これだけが、唯一自分が「やった」と言える、作業活動。まさか1年間で終わるとは思っていなかったし、自分のいる間に完成形が見れるとは思っていなかった。だから完成した時は、ちょっと嬉しかったので、記念撮影をしました。
何か形に残して終わって生きたい・・・目に見える形では残したけど、あとは利用者の心の中に何かが残ったのか・・・それは、最後の日になってみないとわからないかも。
とりあえずは、明日はグループとしての最後の外出行事。みんなで思いっきり楽しみたいと思います。
« 急ピッチの作業 | トップページ | 「バリアフリー」と「非バリアフリー」 »
この記事へのコメントは終了しました。
コメント