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思ひ出アルバム

  • 卒業式が終わって・・・
    以前HPで行っていた「todya's photo」の写真や「御岳写真館」で使用していた写真を再び復活させるべく、「思ひ出アルバム」として随時更新していきたいと思います。また最近の写真でも「思ひ出」となるものについては、ここに納められていくことになるでしょう。

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2006.03.26

「思い」=「仕事」ではない。

今日の起床、正午。普段なら11時にメール配信があるけど、今日は全く気づかず。
ふと枕もとの時計を見たら「11:45」の表示。「あれぇ?メール着信の音、鳴らなかったけどなぁ・・・」と思いながら、15分後に起床。そしてメールを見て、鳴らなかった理由が判明。昨日の面接の時に変に着信があるとマズイ・・・と思い、ドライブモード(今は「公共モード」と言うらしいけど・・・)にしており、ドライブモードを解除せずにそのままにしていたために、ケータイがならなかった。そのため着信そのものはあったけど、ドライブモードだったためケータイは反応無し。
そっか・・・そういえば、昨日ドライブモードにしたな・・・すっかり、忘れていたよ。

起きてドライブモードを解除し、下の居間へ。誰もいない。そういえば昨日の夜に母が「病院に行っているかもしれない。プルセニドを飲んでいるからわからないけど・・・」と言っていた。でも「いない」と言うことは、たぶん病院に行っているということだろう。さらに「今日はお昼をつけ(=食事介助)に行くつもり」と言っていたので、ちょうどお昼の時間だと思い、一応母にメール。すると30分後に電話があり「お昼食べてないから、なかなか帰りそびれて・・・迎えに来てくれない?」とのこと。自分もお昼を食べていなかったので、迎えに行くことに。
でも実はそれを期待して外でお昼・・・いや、くら寿司で食事することを目論んでいた部分もあったかもしれないが・・・(^^ゞ

ただ迎えに行くと結構色んなことを母なりにやったみたい。食事介助のほかにも、トイレ介助も挑戦してみたとのこと。一度「あなたもできるようになると、わざわざナースやワーカーを呼ぶ必要もなくて楽だね。」と話したことがあったけど、自分なりに実践してみたみたい。うん、自分自身も障害を持ちながらトライしようする心がけは、良いと思う。ただトランスはやったことがないので不安とのこと。なので、その場面だけは付き合うことに。元々体力に不安のある母であるため、ちょっとトランスにはなれていない部分があったけど、でも今まで自分が祖母をベッドから車椅子へ、車椅子からベッドへトランスしているのを見ているためか、自分が思っていたよりかはスムーズにできていた。一応自分も今の職場で初めて「介護業務」携わったため、今までは「知識として知っていたこと」を実践している今のほうが、「介護」と言う部分ではやり易い。対象が違っても、基本的な方法論は同じだから、それを元に祖母に対しても行うことができるし、母に助言することもできる。今日もトランスの考え方や方法についてアドバイス。まぁもちろんいきなり全部をするのは難しいと思うから不慣れがあるのは仕方ないし、母親自身も障害を持っているからあまり無理を強いることはできないけど、ただできる範囲でやろうとする行動力は、子どもとして、そして福祉に携わるものとして評価していきたい。

ところで祖母に会いに行くと、毎回のように「(俺の名前は)だれ?」と「(俺は)(の仕事を)やっているの?」を聞く。入院当初は自分の名前を言うことができずに「あぁ、もう終わりかな・・・」と思ったけど、摂食が摂れるようになってからはだいぶ回復。話もできるようになり、当初は表情もなかったものが、ここ最近はたまに微笑んだような表情を見せることもあった。ただ、自分が何の仕事をやっているかはわかっていない様子で、入院前は頻繁に「病院で仕事しているの?」と聞かれて「違うよ、介護のお仕事をしているよ」と話していたけど、入院後、会話ができるようになってからはオイラの仕事内容は二転三転する。最初は「パン屋」と何の脈略もない職業名が。ちなみに「パン屋」は兄貴の職業であり、うちの兄貴が祖母にとって最初の「初孫」であったため初孫の仕事はよく覚えているんじゃないのか・・・と言うのが母の推測。その後しばらく「パン屋」が続いた後は「歯医者」との答え。たしかに口腔衛生状態がかなりひどい時に自分が口腔清拭を行ったことがあり、その印象が強いためか、たぶん「歯医者」と言う答えになったのだろう。そしてその後は「耳鼻科」との答え。これに関してはどうして「耳鼻科」になったのか、全くわからない状態。そして今日の答えは「リハビリ」との答え。うーん、これはまんざら間違ってはいないのかも・・・仕事上では「機能訓練」で利用者と接することも会ったし、祖母と会ったときはADL向上のために簡単なリハビリテーションも行っていた。本当にやっていることは簡単、左右両方の手を片手ずつ上げてハイタッチを交互に10回ずつ、その後に足踏みを10回、最後にキックを交互に10回ずつ・・・とベッドサイドや車椅子の上で簡単なリハを行っていた。たぶん今はその印象が強いから「リハビリ」と言う答えになったのだろう。

ただ、元々自分が祖母に対してこういった働きかけを行おうと思ったのは、そういった取り組みが行われていないから。
ワーカーは「○○さんは、よく自分で動いていますよ」と言っているけど、ただ単に本人に任せるだけではやっぱり限界がある。かといって病棟にPTなりOTが来ている気配もない。と言うか、RHを施している気配すら感じられない。この状態が続けば廃用性症候群になることだって十分にある。いくらベッドから起きて車椅子に移乗していても、何もしなければ機能は低下する。それだけは防ぎたい・・・との思いから、せめて自分が面会に行った時だけでも簡単なRHを行いたい・・・と思って実践しているのが、ハイタッチ・足踏み・キックの3種類。専門家じゃないから専門的に行うことはできないけど、ただ「福祉従事者」としては、可能なことはやっぱりやっていきたいと言うのが思い。なので、面会に行った時はそれを実践している。

しかしその「思い」が必ずしも「仕事」に直結するものではない。
本来であればこういったことは病院でしっかりとやって欲しい。しかし現状としてはそこまで手が回っていないのが現実。このことは祖母が入院している病院だけではなく、すべての高齢者関係の病院・施設で存在している問題だと思う。自分としては「介護に追われている」と言う仕事はやりたくいないし、それだけじゃ「心の通い合い」が少ないと感じる。日々の業務が「介護中心」と言うのは、正直自分には考えられない・・・いや、仕事上選択枝にないもの。今の仕事もトイレ介助やオムツ交換、更衣介助や食事介助の介護的要素は含んでいるけど、それだけが仕事じゃない。作業支援や機能訓練、レクリエーションや散歩など介護だけが仕事じゃない。だから続けていられたんだと思う。もし介護だけに追われる仕事だったら、きっと1年間も長続きしなかっただろう。そこには「心の通い合い」があったからこそ、仕事が続けられたんだろう。

だから一概に「相談員の仕事」と言っても、結局利用者との「通い合い」がなかったら、自分はその仕事にやりがいを感じないかもしれない。たしかに相談員・ソーシャルワーカーとしての仕事はしたい。だけどその大前提にあるのは「利用者との関わり合い・心の通い合い」があるのだと思う。今まで約3年間働いてきた施設にはそれがあった。でも今自分が面接を受けている施設に関しては、それを見出せていない現実がある。そういった意味で「思っていること」が必ずしも「仕事」に直結する現実ではないことは事実だと思う。正直、3年前の自分だったらそんなのお構い無しにどんどんとやっていただろう。しかし3年間の経験を経て感じたこと、それは「利用者と関わり合いを求める仕事をしたい」ということ。相談員でも当事者と関わり合いのある仕事だったら、たぶんやりがいがあると思う。ただ事務的な仕事ばっかりだったら、自分はその仕事に「面白さ・楽しさ」を感じないだろう。もっと言ってしまえば、自分はネクタイ締めてスーツ着て行う仕事は向いていないだろう、と言うこと。TシャツにGパンの格好で利用者と同じ視線で行える仕事に、きっと楽しさを感じるのだろう。やっぱり、自分も楽しくなければ仕事は長続きしないだろう。そういった意味で、今回の求職活動はかなり慎重になっている。自分が納得してできる仕事でなければ、何時まで経っても求職活動は続けていると思う。

祖母へのRHの取り組みはもちろん「身内だから」と言うのもあるかもしれない。
でも本当は身内だけじゃなくて、全員にやって行きたいくらいの気持ちである。しかしその思いは必ずしも仕事としては直結しない部分もある。いかに自分の「理想」に近い、自分の考えに近い職場・仕事を見つけられるか・・・それができるまで、自分の求職活動は終わらないだろう。

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ブログを開設しているPTです。自分の理想の仕事ができると言うことは、最初はかなり難しいと思います。自分が職場で作り出していくことなのかもしれません。

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