今日のコトバは「医行為」。本日は非常に長文です。覚悟してください。
既に報道されていますが、まずはこのニュース。
Yahooニュース「<入園拒否提訴>病気を理由は違法 東京地裁に園児と両親」
たんの吸引措置が必要であることを理由に保育園への入園を拒否されたのは違法として、東京都H市のAちゃん(5)と両親が2日、市に300万円の損害賠償と入園を認めるよう求めて東京地裁に提訴した。
訴えによると、Aちゃんは「喉頭(こうとう)軟化症」という病気のため、空気を気管に通す「カニューレ」という器具をのどに装着しており、1~3時間ごとに、たんを吸引する必要がある。両親が今年1月、市内の公立と私立の保育園に入園を申し込んだところ、市福祉事務所は▽保育園では適切な対応ができない▽カニューレが脱落する恐れがある――として不承諾とした。
原告側は「吸引は本人や常駐の看護師で対応できる。カニューレが脱落する恐れもない」と主張している。(毎日新聞)
まずは「医行為とは何か?」と言うことになると思います。
「医行為」とは医師法の解釈によると「医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」とされています。つまり医師のする行為はすべて「医行為」=「医業」であり、医師でなければ医行為をすることはできません。そのため、「医師の指示の下に」と言う文言において、医行為が保健師・看護師・助産師などに認められているわけです。
では具体的な「医行為」とは何か・・・となると、実はその部分ははっきりと明確化されていないのです。
ですから介護現場、とりわけ入所施設の場合は「どこまでが日常生活援助の範囲であり、どこまでが医行為なのか?」と言う判断に悩まされるわけです。今回の訴訟はまさにそれを提示したものであり、「たんの吸引」という行為が女の子にとって「生活援助行為」に当たるのか、それとも「医行為」に当たるのかと言うのが今回の争点ではないか、と思います。
先日、医行為などに関して、次のような通知が出されました。
平成17年7月26日 医政発第0726005号
医師法第17条、歯科医師法第17条及び保健師助産師看護師法第31条の解釈について(通知)
医師、歯科医師、看護師等の免許を有さない者による医業(歯科医業を含む。以下同じ。)は、医師法第17条、歯科医師法第17条及び保健師助産師看護師法第31条その他の関係法規によって禁止されている。ここにいう「医業」とは、当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為(医行為)を、反復継続する意思をもって行うことであると解している。
ある行為が医行為であるか否かについては、個々の行為の態様に応じ個別具体的に判断する必要がある。しかし、近年の疾病構造の変化、国民の間の医療に関する知識の向上、医学・医療機器の進歩、医療・介護サービスの提供の在り方の変化などを背景に、高齢者介護や障害者介護の現場等において、医師、看護師等の免許を有さない者が業として行うことを禁止されている「医行為」の範囲が不必要に拡大解釈されているとの声も聞かれるところである。
このため、医療機関以外の高齢者介護・障害者介護の現場等において判断に疑義が生じることの多い行為であって原則として医行為ではないと考えられるものを別紙の通り列挙したので、医師、看護師等の医療に関する免許を有しない者が行うことが適切か否か判断する際の参考とされたい。
なお、当然のこととして、これらの行為についても、高齢者介護や障害者介護の現場等において安全に行われるべきものであることを申し添える。
(別紙)
1 水銀体温計・電子体温計により腋下で体温を計測すること、及び耳式電子体温計により外耳道で体温を測定すること
2 自動血圧測定器により血圧を測定すること
3 新生児以外の者であって入院治療の必要がないものに対して、動脈血酸素飽和度を測定するため、パルスオキシメータを装着すること
4 軽微な切り傷、擦り傷、やけど等について、専門的な判断や技術を必要としない処置をすること(汚物で汚れたガーゼの交換を含む。)
5 患者の状態が以下の3条件を満たしていることを医師、歯科医師又は看護職員が確認し、これらの免許を有しない者による医薬品の使用の介助ができることを本人又は家族に伝えている場合に、事前の本人又は家族の具体的な依頼に基づき、医師の処方を受け、あらかじめ薬袋等により患者ごとに区分し授与された医薬品について、医師又は歯科医師の処方及び薬剤師の服薬指導の上、看護職員の保健指導・助言を遵守した医薬品の使用を介助すること。具体的には、皮膚への軟膏の塗布(祷瘡の処置を除く。)、皮膚への湿布の貼付、点眼薬の点眼、一包化された内用薬の内服(舌下錠の使用も含む)、肛門からの坐薬挿入又は鼻腔粘膜への薬剤噴霧を介助すること。
(1)患者が入院・入所して治療する必要がなく容態が安定していること
(2)副作用の危険性や投薬量の調整等のため、医師又は看護職員による連続的な容態の経過観察が必要である場合ではないこと
(3)内用薬については誤嚥の可能性、坐薬については肛門からの出血の可能性など、当該医薬品の使用の方法そのものについて専門的な配慮が必要な場合ではないこと
注1 以下に掲げる行為も、原則として、医師法第17条、歯科医師法第17条及び保健師助産師看護師法第31条の規制の対象とする必要がないものであると考えられる。
(1)爪そのものに異常がなく、爪の周囲の皮膚にも化膿や炎症がなく、かつ、糖尿病等の疾患に伴う専門的な管理が必要でない場合に、その爪を爪切りで切ること及び爪ヤスリでやすりがけすること
(2)重度の歯周病等がない場合の日常的な口腔内の刷掃・清拭において、歯ブラシや綿棒又は巻き綿子などを用いて、歯、口腔粘膜、舌に付着している汚れを取り除き、清潔にすること
(3)耳垢を除去すること(耳垢塞栓の除去を除く)
(4)ストマ装具のパウチにたまった排泄物を捨てること。(肌に接着したパウチの取り替えを除く。)
(5)自己導尿を補助するため、カテーテルの準備、体位の保持などを行うこと
(6)市販のディスポーザブルグリセリン浣腸器(※)を用いて浣腸すること
※挿入部の長さが5から6センチメートル程度以内、グリセリン濃度50%、成人用の場合で40グラム程度以下、6歳から12歳未満の小児用の場合で20グラム程度以下、1歳から6歳未満の幼児用の場合で10グラム程度以下の容量のもの
注2 上記1から5まで及び注1に掲げる行為は、原則として医行為又は医師法第17条、歯科医師法第17条及び保健師助産師看護師法第31条の規制の対象とする必要があるものでないと考えられるものであるが、病状が不安定であること等により専門的な管理が必要な場合には、医行為であるとされる場合もあり得る。このため、介護サービス事業者等はサービス担当者会議の開催時等に、必要に応じて、医師、歯科医師又は看護職員に対して、そうした専門的な管理が必要な状態であるかどうか確認することが考えられる。さらに、病状の急変が生じた場合その他必要な場合は、医師、歯科医師又は看護職員に連絡を行う等の必要な措置を速やかに講じる必要がある。
また、上記1から3までに掲げる行為によって測定された数値を基に投薬の要否など医学的な判断を行うことは医行為であり、事前に示された数値の範囲外の異常値が測定された場合には医師、歯科医師又は看護職員に報告するべきものである。
注3 上記1から5まで及び注1に掲げる行為は原則として医行為又は医師法第17条、歯科医師法第17条及び保健師助産師看譲師法第31条の規制の対象とする必要があるものではないと考えられるものであるが、業として行う場合には実施者に対して一定の研修や訓練が行われることが望ましいことは当然であり、介護サービス等の場で就労する者の研修の必要性を否定するものではない。また、介護サービスの事業者等は、事業遂行上、安全にこれらの行為が行われるよう監督することが求められる。
注4 今回の整理はあくまでも医師法、歯科医師法、保健師助産師看護師法等の解釈に関するものであり、事故が起きた場合の刑法、民法等の法律の規定による刑事上・民事上の責任は別途判断されるべきものである。
注5 上記1から5まで及び注1に掲げる行為について、看護職員による実施計画が立てられている場合は、具体的な手技や方法をその計画に基づいて行うとともに、その結果について報告、相談することにより密接な連携を隣るべきである。上記5に掲げる医薬品の使用の介助が福祉施設等において行われる場合には、看護職員によって実施されることが望ましく、また、その配置がある場合には、その指導の下で実施されるべきである。
注6 上記4は、切り傷、擦り傷、やけど等に対する応急手当を行うことを否定するものではない。
一応ポイントとなるべき点については太字で示しました。つまり原則として、上記に示した行為は原則として「医行為ではない」と言う判断になり、逆に上記に示されていない行為は「医行為」として捉えるべきだと考えられます。これをまとめると
1.一般的な体温計による検温行為
2.自動血圧測定器による血圧測定
3.パルスオキシメータ(血液中の酸素濃度を測る機械)の装着
4.簡単な医療処置(消毒・絆創膏・ガーゼの交換、日常的な服薬管理など)
5.爪きり
6.口腔清拭(歯磨き)
7.耳そうじ(耳垢取り)
8.ストマ内の汚物処理
9.留置カテーテルを利用している人に対しての排尿補助(見守り)
10.市販の浣腸器を使って浣腸すること
が「医行為に当たらない」と言う解釈になりますね。
まぁ文章を読んでいると色々と逃げ道も作っていますが・・・(そんなことを言ったら怒られてしまいますが・・・)
さお本題に戻って、今回提訴された「保育園の入園拒否」のネックになった問題は「たんの吸引行為」です。上記の通達から見ると、「吸引行為」は上記に記載されていないため、解釈上は「医行為」に当たると判断されます。しかし実際の介護現場では吸引を必要とする・あるいは吸引の必要性を感じる場面が多々あります。今自分が勤務しているデイサービスでもたんの吸引をしてあげたいと思う利用者がおり、家庭からも要望が出たことがありますが、施設側の対応としては「医療行為に当たるのでできない」「緊急時のみ、看護師が対応する」と言うことで了承を得ています。うちの施設ではそれで了承を得られたのですから良かったのですが、今回はそういうわけにはいかず、なおかつ常時吸引が必要と言う点が違います。
「常時吸引が必要」と言う点では福祉施設に限らず、在宅患者や養護学校でも「吸引」についてネックとなっています。
それにあわせて「吸引」について、次のような通達を出しています。
○盲・聾・養護学校におけるたんの吸引等の取扱いについて(協力依頼)
(平成16年10月20日、医政発第1020008号)
近年の医学・医療技術の進歩やノーマライゼーションの理念の普及などを背景に、盲学校、聾学校及び養護学校(以下「盲・聾・養護学校」という。)においては、たんの吸引、経管栄養、導尿(以下「たんの吸引等」という。)の必要性が高い幼児、児童及び生徒(以下「児童生徒等」という。)の割合が高まりつつある。このため、文部科学省では、関係道府県衛生主管部局及び教育委員会の協力を得て、平成10年度から平成14年度までの「特殊教育における福祉・医療等との連携に関する実践研究」及び平成15年度からの「養護学校における医療的ケアに関するモデル事業」(以下「モデル事業等」という。)により、盲・聾・養護学校における医療のニーズの高い児童生徒等に対する教育・医療提供体制の在り方の研究を行ってきた。
「在宅及び養護学校における日常的な医療の医学的・法律学的整理に関する研究(平成16年度厚生労働科学研究費補助事業)」(座長:樋口範雄東京大学教授、主任研究者:島崎謙治社会保障・人口問題研究所副所長)は、モデル事業等の成果を踏まえ、医師又は看護職員の資格を有しない教員が、看護師との連携・協力の下に盲・聾・養護学校における医療のニーズの高い児童生徒等に対するたんの吸引等を行うことについて医学的・法律学的な観点から検討を行い、このほど別添1のとおり報告書をとりまとめた。
報告書では、盲・聾・養護学校へ看護師が常駐し、教員等関係者の協力が図られたモデル事業等において、医療安全面・教育面の成果や保護者の心理的・物理的負担の軽減効果が観察されたこと、必要な医行為のすべてを担当できるだけの看護師の配置を短期間に行うことには困難が予想されることから、看護師を中心としながら教員が看護師と連携・協力して実施するモデル事業等の方式を盲・聾・養護学校全体に許容することは、看護師の適正な配置など医療安全の確保が確実になるような一定の要件の下では、やむを得ないものと整理されている。
盲・聾・養護学校における医療のニーズの高い児童生徒等の教育を受ける権利や安全かつ適切な医療・看護を受ける権利を保障する体制整備を図る措置を講じていくことは重要であり、また、たんの吸引等については、その危険性を考慮すれば、医師又は看護職員が行うことが原則であるが、上記整理を踏まえると、教員によるたんの吸引等を盲・聾・養護学校全体に許容することは、下記の条件の下では、やむを得ないものと考える。
貴職におかれては、報告書の趣旨を御了知の上、貴管内の市町村(特別区を含む。)、関係機関、関係団体等に周知するとともに、教育委員会との連携を図り盲・聾・養護学校においてたんの吸引等が安全に行われるため、適正な看護師の配置及び医学的な管理などの体制整備についてご協力願いたい。
また、上記報告書では、文部科学省及び当省が密接に連携し、盲・聾・養護学校における看護師の適正配置など体制整備の状況を継続的に点検し、それらの水準の維持・向上のための方策を探るべきとも言及されているところであり、ご留意の上、併せてご協力願いたい。
なお、当職から文部科学省初等中等教育局長に対し、別添2のとおり協力を要請したので、申し添える。
医師又は看護職員の資格を有しない教員によるたんの吸引等の実施を許容するための条件
Ⅰ たんの吸引、経管栄養及び導尿の標準的手順と、教員が行うことが許容される行為の標準的な範囲
たんの吸引、経管栄養及び導尿について、文部科学省のモデル事業等における実績と現在の医学的知見を踏まえると、看護師が当該盲・聾・養護学校に配置されていることを前提に、所要の研修を受けた教員が行うことが許容される行為の標準的な範囲は、それぞれ以下の通りである。しかし、いずれの行為にあっても、その処置を行うことが適切かどうかを医療関係者が判断し、なおかつ、具体的手順については最新の医学的知見と、当該児童生徒等の個別的状況を踏まえた医療関係者の指導・指示に従うことが必要であり、緊急時を除いては、教員が行う行為の範囲は医師の指示の範囲を超えてはならない。
(中略)
Ⅱ 非医療関係者の教員が医行為を実施する上で必要であると考えられる条件
1 保護者及び主治医の同意
① 保護者が、当該児童生徒等に対するたんの吸引等の実施について学校に依頼し、学校の組織的対応を理解の上、教員が当該行為を行うことについて書面により同意していること
② 主治医が、学校の組織的対応を理解の上、教員が当該行為を行うことについて書面により同意していること
(中略)
(別添1)
盲・聾・養護学校におけるたんの吸引等の医学的・法律学的整理に関する取りまとめ
1 報告書の目的
○ 「在宅及び養護学校における日常的な医療の医学的・法律学的整理に関する研究」は、行政的課題となっている①ALS以外の在宅患者に対するたんの吸引行為と、②盲・聾・養護学校における医療のニーズの高い幼児、児童及び生徒(以下「児童生徒等」という。)に対するたんの吸引、経管栄養及び導尿(以下「たんの吸引等」という。)に焦点を当て、それらの医学的・法律学的整理を行うことを目的としている。
○ ②の盲・聾・養護学校におけるたんの吸引等の問題については、すでに文部科学省により平成10年度から平成14年度にかけて実施された「特殊教育における福祉・医療等との連携に関する実践研究」及び平成15年度から実施されている「養護学校における医療的ケアに関するモデル事業」(以下「モデル事業等」という。)において実践的な研究がなされてきたところであるが、たんの吸引等の取扱いをどうするかの結論が求められている状況にあり、①の在宅患者に対するたんの吸引の問題に先んじて整理することとした。
○ モデル事業等の現状及びそれに対する評価を踏まえ、盲・聾・養護学校における医療のニーズの高い児童生徒等に対するたんの吸引等を教員が実施することについて、医学的・法律学的な問題の整理を行い、結論をとりまとめた。
○ この報告は、モデル事業等の成果を基に、盲・聾・養護学校におけるたんの吸引等について、教員が行うことが許容される範囲・条件等について検討を行ったものであり、たんの吸引等以外の行為や、盲・聾・養護学校以外での医行為についての検討を行ったものではない。
○ ALS以外の在宅患者に対するたんの吸引行為に関する医学的・法律学的整理は、この報告の後、あらためて検討する。
2 盲・聾・養護学校における日常的な医療の提供を巡る現在の状況
(1) 現行の法規制
○ 医師法第17条は、「医師でなければ、医業をなしてはならない」と規定している。行政解釈上、「医業」とは、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為(医行為)を、反復継続する意思をもって行うことと解釈されている。
○ また、保健師助産師看護師法上、看護師が行う医行為は診療の補助行為に位置付けられるものと解釈されており、その他の医療関係の資格を有する者が行う医行為も、同様の位置付けを与えられている。
○ したがって、医療関係の資格を保有しない者が医行為を業として行うことは一般的に禁止されている。
(2) ALS分科会報告書を踏まえた行政的対応
○ 在宅で療養しているALS患者のたんの吸引については、当該行為が患者の身体に及ぼす危険性にかんがみ、原則として、医師又は看護職員が行うべきものとされてきた。しかし、在宅のALS患者にとっては、頻繁にたんの吸引が必要であることから、家族が24時間体制で介護を行っているなど、患者・家族の負担が非常に大きくなっており、その負担の軽減を図ることが求められていた。
○ 平成15年6月、「看護師等によるALS患者の在宅療養支援に関する分科会」は、報告書をとりまとめた。この報告書では、在宅で療養しているALS患者に対するたんの吸引行為について、基本的には医師又は看護職員が行うことを原則としつつも、3年後に、見直しの要否について確認することを前提に、医師の関与やたんの吸引を行う者に対する訓練、患者の同意など一定の要件を満たしていれば、家族以外の者が実施することもやむを得ないものとされた。なお、家族以外の者が実施するたんの吸引は、当面やむを得ない措置として実施するものであって、ホームヘルパー業務として位置付けられるものではないとされている。その後、行政の実務においても、同旨の医政局長通知(平成15年7月17日医政発第0717001号)が発出された。
○ これは、ALS患者の在宅療養という限定された状況において、一定の厳格な条件を満たしていれば、たんの吸引という医行為を家族以外の者が実施しても、医師法第17条との関係では違法性が阻却されるものとして取り扱ったものである。
(3) モデル事業等の現状及び評価
○ 近年の医学・医療技術の進歩やノーマライゼーションの理念の普及などを背景に、盲・聾・養護学校におけるたんの吸引等の必要性が高い児童生徒等の割合が増加しつつある。このため、盲・聾・養護学校において、障害のある子どもの教育を受ける権利や、その前提として安全かつ適切な医療・看護を受ける権利を保障する体制を整備する必要性が高まってきている。しかし、たんの吸引等は現状では医師若しくは看護職員又は保護者が行うとされており、これらの児童生徒等が医療関係者の配置されていない盲・聾・養護学校に通学するためには保護者の付き添いが必要となる。保護者の負担の軽減という観点からも、盲・聾・養護学校における体制整備の必要性が指摘されている。
○ このような事情から、文部科学省では、厚生労働省と各県教育委員会の協力を得て、平成10年度からモデル事業等を実施し、盲・聾・養護学校における医療のニーズの高い児童生徒等に対する教育・医療提供体制の在り方を探ってきた。
○ モデル事業等では、非医療関係者が医行為を実施する場合の危険性やこれらの行為が必要となる頻度を踏まえ、「咽頭より手前の吸引」、「咳や嘔吐、喘鳴等の問題のない児童生徒で、留置されている管からの注入による経管栄養(ただし、経管の先端位置の聴診器による判断は除く)」及び「自己導尿の補助」の3つの行為に限定し、どのような医療体制の下で、どのような手続きを踏んで、どこまでの行為を教員が行うことが適当か、また、看護師と教員の連携の在り方、医療・福祉の関係機関と連携した望ましい医療体制の在り方等について研究を行った。
○ 医療安全面については、医療事故の発生の報告はなく、看護師と教員の連携の中で円滑にたんの吸引等が実施できた。また、医療安全面の体制の充実という観点では、①県レベルでの実施体制の整備を図ったことにより地域の医療機関からの協力が得られた、②看護師が学校に常駐しているため、教員が児童生徒等に対する医療上の配慮や健康状態について相談することや、たんの吸引等に関する知識、手技についての研修を受けることが容易になり、教員が安心してたんの吸引等に従事できた、③健康管理、健康指導が充実するとともに、これに携わる教員の資質の向上、予見・注意義務の徹底による教員の危機管理意識の高揚を図ることができた、④緊急時の医療機関との連絡体制が整備された、等の効果が観察された。
○ 教育面では、医療が安全に提供されたことにより、授業の継続性の確保、訪問教育から通学への移行、登校日数の増加、親から離れて教育を受けることによる本人の自立性の向上、教育の基盤である児童生徒等と教員との信頼関係の向上、健康管理の充実、生活リズムの確立等の効果が観察された。
○ 保護者が安心して児童生徒を学校に通わせることができるようになり、また、たんの吸引等が必要になったときに備えて学校待機をする必要がなくなるなど、保護者の心理的・物理的負担の軽減効果も観察された。
○ したがって、医療関係者の間の指示系統が不明確であるなどいくつかの課題も指摘されているものの、モデル事業等の下では、関係者の協力により3つの行為は概ね安全に行い得ることが実証され、教育上の成果が上がったと評価することができる。
3 盲・聾・養護学校における医療の実施の要件及び法律的整理
医療に必要な知識・技能を有していない者が医行為を行うことは本質的に危険な行為であるため、医療に関する資格を有していない者が医行為を業として行うことは法律により禁止されている。一方、医療のニーズが高い児童生徒等を受け入れている盲・聾・養護学校においては、教育と医療が合わせて提供される必要がある。このため、盲・聾・養護学校に通う医療のニーズが高い児童生徒等の数が増加する中で、これらの児童生徒等の教育を受ける権利を保障するためには、看護師の適正な配置を進める必要がある。しかし、必要な医行為のすべてを担当できるだけの看護師の配置を短期間のうちに行うことには困難があることも予想される。
したがって、看護師を中心としながら看護師と教員とが連携・協力して実施するモデル事業等の成果を踏まえ、こうした方式を盲・聾・養護学校全体に許容することは、医療安全の確保が確実になるような一定の条件の下では、やむを得ない。
なお、盲・聾・養護学校における看護師及び教員による医行為は、適切な医学的管理を前提に、学校長の統括の下、組織的に実施される必要がある。万一事故が発生したときの第一義的な責任は学校にあると考えられるが、具体的な責任の所在は事故の形態や過失の程度によって変わり得る。
(1) モデル事業等において教員に認められていた行為を盲・聾・養護学校全体に許容する場合の要件(中略)
(ア) 教員が行うことが許容される行為の範囲
・医行為は医療関係者が行うのが原則であり、教員は医療の専門家としての訓練を受けていない。このため、モデル事業等では、教員が行える行為は、他の行為に比べ、医療関係者との協力の下では相対的に危険性の程度が低く、また、日常的に行われる頻度が高いと考えられた範囲(①咽頭より手前のたんの吸引、②咳や嘔吐、喘鳴等の問題のない児童生徒で留置されている管からの注入による経管栄養、③自己導尿の補助)に限定されている。
・たんの吸引、経管栄養、自己導尿の補助という3つの行為は、モデル事業等における要件の下では、概ね安全に実施されているものと認められる。ただし、その前提として、3つの行為の内容について一定の共通理解が存在することが不可欠であると考えられるため、これら3つの行為の標準的手順と、医療関係者との連携を含む一定の条件の下で教員が行うことが許容される行為の標準的な範囲を別紙1に示す。
・(以下中略)
(イ) 非医療関係者である教員がたんの吸引等を実施する上で必要であると考えられる条件
・非医療関係者である教員がたんの吸引等を実施する上で、本来、教員は医行為を行う職種としての専門的訓練を受けていないことから慎重な対応が求められ、その実施においても、危険をできるだけ減少させるため具体的方策を立てるとともに、責任の所在を明確にする必要がある。
・したがって、盲・聾・養護学校においてたんの吸引等を安全かつ適切に実施するためには、非医療関係者である教員がたんの吸引等を行うことに鑑み、教員の希望等を踏まえるなど十分な理解を得た上で、必要な研修を行い、上記の標準的な手順を参考に、医師の承認の下、保護者及び学校長の了解した範囲の行為のみを実施することが必要である。また、医療関係者間の指示系統の明確化を含め適正な医学的管理の確保のための条件を整える必要がある。
・特に看護師の配置は重要な要素であり、児童生徒等が学校に滞在している間、重度障害児の看護に経験を有する看護師が適正に配置されるとともに、医療機器の整備を含め学校内の医療安全体制に関与する仕組みとする必要がある。
・また、養護学校においては、校内感染の予防に注意する必要があり、看護師等医療関係者による適切な感染管理が行われることが不可欠である。
・上記の課題を踏まえ、非医療関係者である教員が医行為を実施する上で必要であると考えられる条件は、別紙2の通りである。
(2) 法律的整理
(ア) 実質的違法性阻却
・すでに述べたとおり、医師法第17条は、医師以外の者が医行為を反復継続する意思をもって行うことを禁止している。教員によるたんの吸引等の行為も、その本来の業務であるか否かを問わず、反復継続している以上医業に該当し、形式的には医師法第17条違反の構成要件に該当する部分がある。
・しかし、構成要件に該当していたとしても、当該行為の目的が正当であり手段が相当であることなどの条件を満たしていれば、違法性が阻却されることがあり得ることは、学説・判例が認めるところである。
・前出のALS分科会報告書は、医療の資格を持たないホームヘルパー等がたんの吸引を行えば形式的には医師法第17条違反の構成要件に該当するが、当該行為が在宅のALS患者とその家族の負担を軽減するという目的のため、医師の関与や患者の同意、たんの吸引を行う者に対する訓練などALS分科会報告書によって明示された条件を満たして行われているのであれば、実質的に違法性が阻却されるという考え方に基づいているものと考えられる。
・医師法第17条の究極の目的は国民の健康な生活の確保であり、この趣旨を没却するような解釈は許されない。しかし、現在の盲・聾・養護学校をとりまく状況を前提とすると、盲・聾・養護学校の児童生徒等に適切な医療を提供しつつ教育を受けさせるためには、この報告が検討の対象としている盲・聾・養護学校におけるたんの吸引等の行為についてもALS分科会報告書と同様の違法性阻却の考え方を当てはめることは法律的には許容されるのではないかと考えられる。
(イ) 判例の示す違法性阻却の5条件
・刑罰法規一般について、判例が実質的違法性阻却事由としてほぼ共通に挙げる条件は、①目的の正当性(単に行為者の心情・動機を問題にするのではなく、実際に行われる行為が客観的な価値を担っていること)、②手段の相当性(具体的な事情をもとに、「どの程度の行為まで許容されるか」を検討した結果として、手段が相当であること)、③法益衡量(特定の行為による法益侵害と、その行為を行うことにより達成されることとなる法益とを比較した結果、相対的に後者の法益の方が重要であること)、④法益侵害の相対的軽微性(当該行為による法益侵害が相対的に軽微であること)、⑤必要性・緊急性(法益侵害の程度に応じた必要性・緊急性が存在すること)である。今回の問題についても、実質的違法性阻却を説明する上では、これらの実務上の5つの要件該当性を確認することが適当である。
・以下で、上の5つの条件について、たんの吸引等を医療関係者でない教員が行うことと医師法第17条との関係についてみる。
・目的の正当性についてみると、盲・聾・養護学校において教員がたんの吸引等を限定された範囲で行うのは、児童生徒等が盲・聾・養護学校において教育を受けることができるようにするためであり、憲法第26条の教育を受ける権利の実質的な保障のための措置であること、また、保護者の負担の軽減のためでもあることから、単に関係者の一方的な善意のみではない客観的な価値を担っているということができる。
・手段の相当性についてみると、教員が行うたんの吸引等は、別紙1に掲げる範囲で、医療関係者の関与など別紙2の条件を守って行われる場合には、医療の安全が十分に確保され、手段として相当であるということができる。
・法益衡量についてみると、医療のニーズの高い児童生徒等が盲・聾・養護学校において医療の安全を確保した上で教育を受けることができるようになるという利益と、医療関係者ではない一般の教員が一定の限定された範囲の医行為を行った場合の法益侵害とを比較すると、上記の手段の相当性、下記の法益侵害の相対的軽微性と合わせて考えれば、前者の利益の方が後者の法益侵害よりも大きいのではないかと考えられる。
・法益侵害の相対的軽微性についてみると、今回の措置は、盲・聾・養護学校という限定された場で、児童生徒等が必要とする医療のうち必要な条件を整えれば医療に関する資格を有していない教員であっても安全に実施できると考えられるものだけを、看護師の常駐の下で、児童生徒等及び保護者の信頼を得た特定の教員が必要な研修を受けた上で行うものである。したがって、無資格医業を助長するものではなく、公衆衛生上の危険は相対的に小さいと考えることができる。
・必要性・緊急性についてみると、盲・聾・養護学校の現在の職員配置を前提とすれば、児童生徒等に対し教育を提供していく上で、教員がたんの吸引等を行う必要性があり、かつ、それらの行為を緊急に実施することが不可欠である。
・したがって、判例から抽出された上記の5つの条件に照らしてみても、教員によるたんの吸引等は、医師法第17条との関係では違法性が阻却されるものと考えられる。
(以下、省略)
この文章の要点となるべき箇所も太字で示しました。つまり今回の裁判で争点になろうと思われるのは、太字で示した部分・・・つまり、「医行為をできない人(ここでは「保育士」)がたんの吸引行為をすることによって発生する違法性阻却の有無」「万一事故が発生した場合の責任の所在」「憲法第25条・第26条、児童福祉法第1条・第2条の保障」なのかなぁ・・・と勝手に解釈しています。
ちなみに最後に挙げた憲法第25条・第26条、児童福祉法第1条・第2条は、次のように書かれています。
日本国憲法
第25条(国民の生存権、国の保障義務)
すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
② 国は、すべての生活部面において社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
第26条(教育を受ける権利、受けさせる権利)
すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
② すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。
児童福祉法
第1条(児童福祉の理念)
すべて国民は、児童が心身ともに健やかに生まれ、且つ、育成されるよう努めなければならない。
② すべて児童は、ひとしくその生活を保障され、愛護されなければならない。
第2条(児童育成の責任)
国及び地方公共団体は、児童の保護者とともに、児童を心身ともに健やかに育成する責任を負う。
今回の通知はあくまで「義務教育」に限って出されたものですが、今回取り上げなかったALS患者に対しても似たような解釈の通知が出されています。今回の入園拒否をめぐる訴訟もこの件と決して無関係ではないと思います。個人的な見解では、訴訟そのものは負けても、「行政の不作為」と言う点では認められるのではないのかな・・・と思っています。
非常に長い今日のコトバ、ここまでご覧頂きありがとうございました。ふぅ、疲れた・・・(^^ゞ
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