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2005.10.29

コトバ★「ボランティア」

本日のコトバは「ボランティア」。今日は同じ福祉関係に従事されている方からのblogを参考にしました。

本題に入る前に、そもそも「ボランティア」とはどういうことなのでしょうか?
私たちが普段身近に何気なく使っている「ボランティア」と言う言葉。「ボランティアをやってみたい」と言う文脈で使っている「ボランティア」、この言葉、正しく用いるなら「ボランティア」ではなく「ボランティア活動」となるのです。

そもそも「ボランティア(volunteer)」という言葉はラテン語の「voluntarius」と言う「自由意志」と言う言葉がボランティアと言う言葉の語源になっており、「個人の意志や責任において活動を行う自由な市民」と言う意味をもっています。これを実体化したものが「ボランティア活動」であり、「市民が営利を目的とせずに社会問題の解決に取り組む活動」と言う意味があります。

日本において「ボランティア」と言う概念が広く浸透したきっかけには、1995年に発生した阪神・淡路大震災において多くの人が復興に向けた救援・救助活動を行い、このことをきっかけにボランティア活動・市民活動を支援する必要性が強く認知され、1998年には特定非営利活動促進法(通称NPO法)が制定され、福祉・医療・スポーツ・災害救援など17の分野に活動に対して団体を設立した時に際に法人格の取得ができるなどの配慮がされるようになりました。

ところで、一般的に「ボランティア」と言うと「奉仕活動をする」と考える人が多いと思います。この概念は英米的な発想で「無償の活動」としての考え方にあります。しかし現在では必要な部分に対してお金を支払うという「有償ボランティア」と言う考え方もあるので、興味のある方はそっちの部分も少し調べてみると面白いと思います。
ただ、一つこの考え方で注意したいのは、「無償」と言うのは「ボランティア活動を行った行為そのもの」に対しての対価(わかりやすく言えばお金など)が発生しないもののことであり、例えば利用者のボランティアとして電車を使ってお出かけをしたときに、電車に乗るための交通費を施設側が支払ったから「有償のボランティアになる」と言うわけではないということです。あくまでも「電車に乗る」と言うのは、ボランティアを行う過程において「ボランティア行為」(一緒にそばに添って同行する、など)として発生したものではなく、電車の交通費が「ボランティアの対価」ではないため、「有償」ではないのです。逆に1日ががりのボランティアをお願いしたときに昼食代や施設までの交通費を支払うのは「有償ボランティア」であります。施設までの交通費は「ボランティアをしてもらうための対価・ボランティアとしての対価」であり、また食事代もボランティアをする・しないに関わらず必ず食事をする場合は必要な部分ですから、その部分までボランティアをお願いする施設が補償することになると、これは「有償ボランティア」(=ボランティアをするための対価)になると思われます。なんでもお金が発生すれば「有償である」と言う考え方ではない、と言うことを理解してもらえれば・・・と思います。

さて、私の今働いている施設では恒常的にボランティアに来てくださる方がいます。
散歩の時やプールの時、そして昨日みたいな1日行事での外出のときなど、色んな時にボランティアの方に来ていただいて、本当にありがたい限りです。さらに来てくださるボランティアの方は本当に利用者との接し方になれている方が本当に多く、色々と気がついて下さる方が多くて本当に職員としては助かる限りです。
でも本当はこんな現場じゃ、ダメなのかもしれませんね・・・

今回の「コトバ」を書くきっかけになったのは、海さん「海☆日記」のblogからです。海さんが書かれていた記事を読んで、ふと思うこともあったのです。

見学希望は受け入れてくれるのに、今の施設でボランティアの受け入れが多くない意図は私には分からない。 けれど期限もきめず、少しだけ来て、ある時からぷっつり来なくなるようなボランティアは困る。(実は私も学生時代連絡はいれていたけど、余儀なく短期間で終わったボラもあった)ボランティアを募る時は、何かの行事の時だったり、出し物などしてくれる団体だったり、隔週の曜日にユニット活動を手伝ってくれるボラだったりする。また時期によって実習生さんがたくさんくる月もあります。

良く動いてくれる、よく気のつくボランティアさんや実習生さんだと人手が助かる!と正直思います。けれど逆にぼんやーりしているボランティアさん(というより実習生が多いけれど)を見ていると何しに来ているんだろう?と思ってしまうのだけれど・・・。まあどちらに対しても同じようにユニットの説明や、必要に応じて利用者さんの対応などをしっかりは伝えているけれど・・・。

職場のある人のコメントを読んでいて気がついた。

ボランティアは職員ではありません。仕事が加わったと思わなくてはいけません。
ボランティアがはいることで職員が配慮する点が増えるのは当然です。
地域に貢献するためにボランティアを受け入れているのですから。


なるほど・・・、開かれた施設になるため、地域につなげるためだそうです。
まあそうだよね。でもちょっと目からウロコでした。

でもそんな清い気もちになれないことも多い。もちろんボラや実習の受け入れに対する教育も受けた。でも現場が実際受け入れているんだよ。現場の教育は大丈夫なの?受け入れに対してどころじゃなく、仕事に対しての・・・。
それでボランティアさんや実習生に還元できているのか?受け入れがしっかりしていなければボラや実習生にも失礼にあたる。だけど彼らはその場にいれてもらっている以上、多分色んなことを学んでもちかえっているけれど現場は混乱していない?

受け入れ先、受け入れてもらう側、どちらにも課題は多いなあと感じる。(「ボランティアの受け入れ」から引用)

ボランティアを受け入れるということは、たしかに「開かれた地域」になるという点では必要なこと。でもそのためには、施設がきちんとしていなければボランティアは受け入れられない。「きちんと」って言うのは別に「法令順守をしています」と言うことではなくて、施設の運営体制としてしっかりと整っていること、ボランティアや見学者、現場実習や総合学習などの依頼があったときにそれに対応できるだけの条件や環境が整備されていることが必要だと思う。その部分が整っていなければボランティアや実習生にとっては「何をやったのか?」がわからないまま終わってしまう。「こんな現場じゃダメなんだ・・・」といったのは、ボランティアの方に色々とフォローをしてもらって、逆に職員の側が助けられてしまっている現状のことである。本来であれば職員がボランティアのフォローアップをするべきところを、ボランティアさん自身でフォローしてもらってしまっていること。職員や施設としては大変ありがたいボランティアさんだけど、現場としてはボランティアさんには申し訳ないとしかいえないと思います。バタバタした中で動いていただいているのですから・・・

と同時に、逆に何もできないボランティアもボランティアとしてはダメだある、と思っています。
同じく海さんの記事に自分のコメントとして、次のようなことを書きました。

自分が学生時代のとき、アクティビティサービス総合演習(レクリエーション指導みたいなやつ)っていう授業の中で、先生がこんなことを言っていました。
「何もできないボランティアは、ボランティアではない。」

はじめは「何のこっちゃ」って感じでしたが、段々話を聞いているうちにわかってくるような気がしました。そして今の職場のボランティアさんを見ていて、その言葉を噛み締めています。「何もできないけどボランティアをさせてください」と言うのはボランティアではなく、何でもいいから「何かできること」があって、初めてボランティアとして成り立つものなんだなぁ・・・とボランティアに関しては考えています。例えば「話し相手ができる」と言うのでもボランティアをするは十分だし、「利用者と一緒に散歩に行ける」と言うのだってボランティアとして活動するのには十分だと思うんです。

要は「何でもいいからボランティアやらせてよ」ではなく、また逆に「何でもいいからボランティアやってよ」と言うのではなく、「○○をやってもらいたい」と言う施設側の明確な意図があってこそ「○○ができるボランティアです」と言う図式になっていくのが「ボランティア」のあり方なんだと思うんですよね。

言いたいのは、上の通りです。「ボランティア」と一言で言っても、どこの施設に行けば誰でも受け入れてもらえる・・・というものではなく、施設ごとによって必要としているボランティアのニーズと言うものがあります。話し相手が欲しい、一緒に散歩に言ってくれる人が欲しい、外出行事のときに一緒に同行してくれる人が欲しい、何か楽器を演奏してくれる人が欲しい・・・などと、施設によっても「求めているもの」と言うのがあります。だからただ単に「ボランティアがしたいんですけど・・・」といわれても、施設としてはOKを出すかもしれませんが、その内容が果たしてボランティアを「お願いする側」とボランティアを「受ける側」の思惑が一致するとは限りません。

前に働いていた授産施設でも「ボランティアをしたい」との要望があり、ボランティアを受け入れました。しかしそのボランティアは1度来ただけで終わってしまいました。恐らく推測するに、自分の考えていた「ボランティア」と言うものとはかけ離れていたのだと思います。「ボランティアをしたい」と言っても、授産施設でできることと言うのは限られており、なおかつ授産施設の第一目的は「福祉就労」ですから、あくまでも作業を行うことがメインになります。その中で「ボランティアをする」となると、作業の補助か行事があるときの準備ぐらい・・・と内容が限られてしまい。つまり施設として「ボランティアを受け入れる」と言っても、実際どのような形でボランティアをしてもらうかがはっきりしていなかった為に、このような形になってしまったのだと思います。

ただ単に「ボランティアをしたい」と言うのではなく、どんなボランティアをしたいのか、何をしたいのかを明確にしないと、ボランティアをする意味も薄れてしまいます。また「何でもいいからボランティアをさせて欲しい」と言うのは逆に施設側にとっては「迷惑」になりかねないこともあります。「ボランティアはしてみたいけど、よくわからない・・・」と言うことであれば、まずは住んでいる地域にある「社会福祉協議会」と言うところに相談をして見ましょう。社会福祉協議会ではボランティアに関する相談を受け付ける場所があるので、そこで話をしみると、きっと希望するようなボランティア体験ができるかもしれません。もしボランティアのことで悩んだよ迷ったり、わからないことがあれば、まずは「社会福祉協議会」に行ってみましょう。


引用・参考文献  有斐閣 現代社会福祉辞典

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