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思ひ出アルバム

  • 卒業式が終わって・・・
    以前HPで行っていた「todya's photo」の写真や「御岳写真館」で使用していた写真を再び復活させるべく、「思ひ出アルバム」として随時更新していきたいと思います。また最近の写真でも「思ひ出」となるものについては、ここに納められていくことになるでしょう。

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2005年8月

2005.08.31

職業病

何となくグッタリした状態が続くここ最近。
でもどんなに疲れていても「職業柄」反応してしまうものがあります。
それは・・・ウンチ・・・もとい、便。

いきなりこんな言葉ですが・・・どうしてもこの職業にいると「排泄」に対して異常な反応をしてしまうんです。
特に「便」に対しての反応はものすごいものである。で、そういう自分の決して例外ではないわけで・・・

前の職場でも基本的に排泄が自立している人が中心で、排泄支援を必要とする人はごく僅か。で、内容も「授産作業」であったため、商品に便が付いたら大変なこと。だからちょっとでも怪しいものを見つけるとすぐに「これ、ブツか?」とエタノール片手に物体のところに行き、スプレーして匂いを確認。で、臭かったら・・・怪しい人のところに行って確認・・・なんてことをしていた。そして今の職場では、大の自立ができていない人のほうが多い。

利用者のトイレ介助をして、その後更衣介助をした後のこと。
保護者への連絡帳を書こうと、椅子を探すために机の下を確認。すると・・・机の下に黒っぽいような、茶色っぽい物体が。その物体を発見するちょっと前に、部屋の中で何となく誰かが屁をした後のような匂いを感じていたため「もしや・・・」が頭の中に過ぎる。で、他の職員に

あれ、もしかして・・・物体(=ウンチ)ですかね?

と聞いてみる。その職員も思わず「???」と言う表情をしたが、すぐに表情が晴れて


あぁ、たぶん違うよ。ケーキだよ。


ケ、ケーキ???ウンチ見たいなケーキ???(←バカ、どんなケーキだよ・・・爆)


どうやら自分がトイレ介助&更衣介助をしている間におやつの時間があって、その時に「チョコレートケーキ」を食べたとのこと。つまり、チョコレートケーキの食べかすがそのまま下に落ちて、あたかも「ブツ」のように見えた・・・というのが真相。さらに「机の下」と言うこともあって、その暗さがさらに「ブツかも・・・」という疑いに拍車をかけていた。
兎にも角にも、ぶつじゃなくて一安心。

いや、でも衛生管理にはやっぱり気を使います。自分が学生のときの福祉施設実習で知的障害者の入所更生施設にいったときのこと。利用者の人を見ていたらズボンの下から「ブツ」がポロッ、と出てきたため慌てて職員さんを呼びに行った。で、職員さんを連れてくると・・・床に落ちていたブツが消えている。何故だ・・・?
答えは・・・ブツを落とした、利用者さんのお口の中・・・異食してしまってたんです。

あぁ、そのことは今思い出すだけでも気持ち悪くなってくる、マジで・・・(>_<)
でもそのときのことがあって、前の施設でのこともあるから、便に対してはかなりナーバスになっているみたい。
この世界に入って色んなことを経験してきているけど、「怪しい物体を見たら、ブツと思え」と言う考え・・・完全に「職業病」になっているよ。

2005.08.30

思考回らず

今日は通院日。プール同行であり仕事が早く終わることがわかっていたため、この日に予約。
今の病院は職場から直接行くことのできる場所にあるから、仕事帰りに行くのにも便利な場所。

で、今日も精神科療法をやってきました。別に内容は特別なことをやっているわけじゃなく、単に先生と話をしたり通院までの生活の状況などを報告しているだけなんだけど、カルテを見るとしっかりと「通院精神科療法」との文字が。
あぁ、これって治療なんだなぁ・・・とつくづく実感。でも以前に比べて精神科の敷居はだいぶ低く感じるようになったのかも。以前、前の仕事で心療内科に行ったときに「こんなにたくさんの人が受診をしているとは思ってもいなかった」と言ったけど、それがまさか自分にも当てはまるとは思ってもいなかった。少なくとも、その当時は自分がその立場になるなんてことは考えてもいなかった。いくら「誰でも入りやすくなっている」と言っても、実際のところはやはり構えてしまう。ましてや自分の場合は「支援する側」の人間であり、精神科の治療は「支援される側」に立つもの。自分が「支援される側」になるなんてことは、絶対に考えられないことであった。仕事で関わった、と言うこともあるかもしれないが、自分の中で「支援される側になってしまったら、おしまい」とか「支援される側になりことの恥辱意識」を持っていたから、自分の中で「精神科通院」はありえないもの、と思っていたのかもしれない。

ところが、今回の一件をきっかけにして、だいぶその立場と考えが変化して来たみたい。
正直自分の中で精神科・心療内科に通院することはありえないと思っていたし、お世話にならずに自分で何とかできる・・・と思っていた。しかし今回ばかりはそういった状況にならず、途中でSOSを発していた。で、最初に通院したところは相性が良くなかったため、自分が行くのをやめてしまった。そして今の病院で「てんかん治療に力を入れている」とのことがあったため、自分がてんかんなのかをもう一度見てもらうために通院することを決めた。そしてその結果が、てんかんではなくパニック障害であることがわかった。もちろん、そのまま治療を継続することに。流れに流れて、今の状態に。

結果的に行き着いたのが、今の病院だった。でも今となっては、通院してよかったのかな・・・と思うようになった。
始めは精神科・心療内科と言う響きに抵抗感を持っていた。だけど今となっては、通院したことによって僅かながら、心が楽になってきているのかもしれない。自分の弱いところをためらうことなくもらせる場所ができたためか、心の状態としては安定状態に入ろうとしているのかもしれない。だけど、まだまだアンバランスな状態は続くのだろうなぁ・・・案外、自分の心のもろさを知ってしまったから・・・

で、次の診療は来月中旬。そういえば休みを取って通院しようかなぁ・・・と思っていたけど、今日のプールで頑張りすぎちゃったためか、そんなことをすっかり忘れて問答無用に仕事が終わってから通院できる時間と日を選択しちゃった。会計を済ませて薬を貰って、電車に乗ってから「あ、休み取れる設定にしなかった・・・」と思い出した。完全に思考が回っていなかった状態。まぁ仕事の休みを取ってわざわざ通院のために外出するのも、何だかバカバカしい気がするし、職場から直接病院に行くことのできる環境なのだから、わざわざ遠回りするようなことをしなくてもいいんだよなぁ・・・ま、別の機会に休みでも取ろう。また9月になったら相田みつをの新しい企画展が始まるし・・・それを見に行くために、休みを設定しましょ。

2005.08.29

ものたりねぇなぁ・・・

何が物足りないのか?それは・・・健康診断。
去年別の職場で常勤職員として勤務していたときと比べてみよう。

<去年実施した内容>  →  <今回実施した項目>
  ・身長                ・身長
  ・体重                ・体重
  ・尿検査               ・尿検査
  ・採血                ・採血
  ・視力                ・視力
  ・胸部X線              ・胸部X線
  ・胃部X線              ・問診
  ・心電図
  ・聴力
  ・大腸(検便)
  ・問診

なんかこうやって見ると、一気に内容が減ったなぁ・・・すごく物足りなさを感じる。
きっと一番大きいのは「胃部X線」がなくなったこと。去年までは朝食を食べずに電車で1時間かけて検診センターに行き、そこでバリウムをゴクっと飲んで、白いウ○チの第一波が来るまで動きようのなかった状態。それが今回は飲まないで済む。バリウムを飲まないことによって、お尻ヒリヒリ地獄からは解放されるからいいんだけど、でも一気にこれだけ検診項目が減ると、ものすごく「物足りなさ」を感じる。なくなったのが胃部X線だけじゃなくて、大腸がん発見のための検便や心電図、聴力検査がなくなったのも大きい。で、問診も一応メンタル系に通院しているからそのことを書いておいたら、サラ~と流されて「主治医の指示に従ってください」のハンコをポン。あら、そんなものなのねぇ・・・と。

結局検診は30分足らずで終了。今までは半日かけてみっちりやっていたのにね・・・
職場に戻った後に看護師さんにこのことを話したら「それは若いから少ないのよ♪私なんてみっちりあるわよ・・・」とのお答え。
うーん、若いから検診項目は少なくていいのか・・・って感じ。あと、臨時職員だから少ない・・・?
なんか腑に落ちないなぁ・・・自費でもう一度検査でもするか???(笑)

で結果は・・・まだ見たい。そりゃそうだな・・・今までは「検診センター」に行ってたのが、今は検診車で行っているのだから、その日のうちに結果が出るわけはないな。この辺がちょっと不便だね。
でも体重が若干増加しているのがわかっちゃったし・・・ってか、前回の検診からまだ半年しか経っていないし。(汗)

2005.08.28

やっぱり今年も、書かせていただきます。

例により今年も、このことを書かせていただきたいと思います。
ハイ、24時間テレビです。ただ、今年はちょっとだけ「柔和」になっています。

去年の24時間テレビは「激辛」の批評でした。きっと自分が片足だけ突っ込んでいた状況だったので尚更だったのかもしれませんが、去年と今年はちょっと状況が違う。今年は完全に第三者の目で見ていたし、何しろ自分自身が少し障害を持っている感じ。だから違っているのでしょう。

生きるということ・・・
「『生きる』のではなく『生かされている』のである。」「1人では生きられず、周りに支えられて生きている」

この言葉は納得です。本当に、そうだと思います。このblogを通じて、そのことを実感していますし、自分の家族の中でもそのことを痛切に感じます。きっと本当に一人ぼっちだったら、自分はもしかしたらこの世界から消えてしまっていたかもしれない。何もかもが絶望に突き落とされて、この世界から自分の存在をなくしてしまっていたかもしれない。でもこうやって「自分をさらけ出す」ことによって、いろんな人からの支えがあることを知った。だから徐々にであるけど、少しずつ色んな力を借りて僅かながら前に進んでいるのかもしれない。この部分に関しては、今回はマルを付けたいと思います。

しかし、番組の内容・・・という点では、相変わらずかなぁ・・・といった感じかも。
坂本竜馬の宝探し・・・って、何が「24時間テレビ」とリンクしているの、って感じ。「同窓会スペシャル」も元気TV・電波少年などの秘蔵版放送自体は「番組」としては面白いけど、それをあえて「24時間」でやる意味は一体どこに・・・という感じ。この点は去年の批評でも書いたように「24時間にこだわる意味」につながっていくだろう。

それと障害者の挑戦シリーズ。挑戦することはいいことだし、それによって勇気が与えられるのであれば、賛成です。
しかしこの番組の企画に出ている障害者の人は、数ある「障害者」のほんの1つに過ぎません。もっと言えば、「目に見える障害」に着目しているのであり、目に見えない障害に関しては、ほとんど触れていない、と言ってもいいだろう。もっと過激なことを言えば、障害者の「光」と「影」を映していないといってもいいのかも。こうやって表に出てくる障害者は「光」の部分であるが、実際には「影」に隠れた障害者はたくさんいる。特に施設入所をしている障害者のうち「重度」と呼ばれる人の場合は、完全に「影」であろう。排泄の自立が困難、社会性に難しい部分がある、多動、自傷他害・・・きっとこんな部分をテレビでは放送できないだろう。
いや、放送できればそれは大きな進歩であると思う。

結局のところ、こういった機会がなければ障害者が出る機会は少ない、と言うことだろう。
障害者自立支援法の目指すものの中に「障害のある人が普通に暮らせる地域社会づくり」ということがあげられているけど、24時間テレビがこのような企画を立て、企画として成立するのは、まだまだ障害者が「特別な存在」として見られているために、このような機会がなければ「普通に暮らせる」と言うことの実現が難しい、と言うことなのかもしれない。まだまだニッポンのノーマライゼーションは進んでいない、と言う現状を皮肉にも番組で証明しているのではないか・・・と考えてしまいます。ただし、このことがきっかけで着目する人もいるのは事実であるので、ノーマライゼーション啓蒙のための活動としては、一利はあるのかなぁ・・・と思います。

でもやっぱり、あんまり好きになれないなぁ・・・全体的に。
たしかに去年に比べたら、だいぶ進歩はしているのかな・・・とは思います。番組の最後に「本当の主役はあなたです!」と声を張り上げなかったことは多少の評価に値するけど、でもやっぱり考えるべきだようなぁ・・・と思った、今年の24時間テレビです。
あ、もちろん全部なんか見ていません。部分部分だけしか見ていませんから・・・

2005.08.27

コトバ★「支援その2」

今回のコトバは「支援」の第2弾。
前回は身の回りのことを題材に話しましたは、「個別支援計画」や「個別支援」で検索している人もいるので、今回は「利用者支援」のことについて話したいと思います。

「利用者支援」と大きなことをいっていますが、平たく言ってしまえば福祉の世界は「サービス業」であり、目には見えないものを商品として提供しているに過ぎません。ですから施設の場合は「介護」や「支援」を商品として提供しており、そのことを「対人サービス」と呼んでいるのです。今では民間企業も介護サービスに参入している時代であり、「介護」が商品として見なされている時代であります。

とはいえ、サービスだからと言って完全に「お客様」と考えてしまうのがいかがなものか・・・というのもあります。
たしかに高齢者の場合は「お客様」と言う考え方は間違っていないと思います。しかし私が働いているような「知的障害」の現場では、「お客様」と言う理念が100%合致しているか・・・と言ったら、少し疑問に思います。
ここで間違って欲しくないのは、「お客様じゃないから対等な関係じゃなくても構わない」と言うことではなく、「支援」と言うことを考えた時に「お客様の言うことだから・希望することだから・・・」との理由で何もかも要求にこたえる姿勢はいかがなものか、と言うことを言いたいのです。当然福祉の世界に従事する人たちは介護や支援と言う「サービス」を提供する見返りに報酬を得ているのですから、高齢者であろうと障害者であろうとも「お客様」と言う視点・考え方を忘れてはいけないことは当然のことです。しかし「お客様の視点」と「支援の提供」は、また別次元の話であると思うのです。

私の前の職場では「個別支援計画」と言う、いわばサービス提供内容のプランを立案していました。この計画は半年に1回、見直しと計画を行うものであり、見直しの際は計画した内容が達成できたかどうか、そのことに関しての所感をまとめ、その見直しを踏まえた上で次の計画を立案するというものであります。しかしこの計画は勝手に立案して、勝手に進められるものではなく、見直しした結果と立案した計画を利用者と保護者に説明をして、さらに新しい計画を実施する際は本人と保護者の同意を必要とするものであります。ですから双方から同意を得ることができなければ支援計画を実施することはできませんし、仮に計画をしても本人あるいは保護者から「不要」と言われてしまえば、その計画は基本的に実施できません。

ここで1つ・・・どうして「本人」だけじゃなくて「保護者」の同意が必要なのか?
もしこれが知的障害ではなく身体障害であれば・・・たぶん本人の同意だけで問題ないでしょう。便宜上家族の意向を聞き、それを踏まえた支援計画を立てることもあると思いますが、きっと必要以上に家族の同意は必要としないでしょう。ではなぜ知的障害の現場が「家族」ではなく「保護者」の同意なのか?
その根底にあるのは「理解力不足」が挙げられるのかもしれません。「事業者と対等な立場」とはいえ、やはり知的にハンディキャップを持っている以上、支援計画を立て、その内容を説明しても完全に理解しているとは言いがたい現状があるといえます。ですからどんなにわかりやすく説明をしても簡単に納得をしてしまうため、同じ内容を保護者に伝え、その同意を得ているのだと思います。極端な例を挙げれば、とんでもない支援計画を立てられてしまい、詐欺まがいの支援を受けないための「保護者の同意」なのかもしれません。

ただし、結局のところ本人や家族の同意が得られなくても、何とかしてその同意を取り付け、支援にこぎつけるのが「福祉」に携わるものの仕事。なぜなら、そこで立てた支援計画は「社会で生活していくためには、必要と考えられること」を盛り込んでおり、専門的見地から見て「自立のために必要」と判断するから計画をしているのである。だから双方が納得をして計画を実行することが、福祉における「対人サービス」であると考えられます。

それともう1つ。先述した「必要と判断したから、計画」につながるものとして、「お客様の要望だから何でも受け入れる」と言うのは、この世界では違うこと。例えば知的障害の利用者を例にしたとき、甘いものが大好きだから甘いものを食べるけど、それが原因で肥満になる。もしこれを放置すれば糖尿病などの重大な疾病を負う可能性がある。でもこのことを「お客様が望むことだから・・・」と言って支援をしない、と言うのはちょっと違う。「うまく調節が聞かないから、適切な支援を入れてコントロールし、疾病に陥るのを防ぐ」のが専門的な役割であり、その部分を必要と判断し実施するのが「対人サービス」なのであると思う。
もう1つ例を挙げれば、食事のときに「手で食べる」という行為。パンや寿司など「手で食べる」ことがおかしくないもの・・・なら別として、ご飯や主菜・副菜など通常は箸やスプーン・フォークなどの道具を使って食べることがノーマルであるものを「手で食べる」と言うのは、今後社会で円滑な生活を営んでいくためには支障があること。家でする分には文句は言われないかもしれないけど、もしこれがレストランや企業・会社などの「社会」で行ってしまったら、これは普通ではないこと。やはりできる限り「適切な状態」になるように支援することが必要、と判断すると思う。同様に、他者にケガを負わせてしまう行動を「障害者だから・・・」と見過ごしてしうことも、間違っている。そんなことは障害があろうがなかろうが、やってはいけないこと。それがあるのであれば、適切な形になるように支援することが必要である。

こういったことを考えれば、必ずしも「お客様」の視点で考えてしまうのは、ちょっと違うかな、と思います。
もちろん記述したとおり、「お客様に対する接し方」としてはキチンと礼を尽くした態度をとることは、言うまでもないことです。知的障害を持っている人であっても、いきなり初対面の人に馴れ馴れしい言葉遣いをするのは違いますし、自分より年上の人に「~ちゃん」「~くん」呼びをするのは、おかしいことです。私たちが友人関係を形成していく過程と同じように、利用者との関係もその過程が当てはまるものと思います。その中でお互いの関係が形成されることによって、多少砕けた接し方が可能になっていくのではないか、と思います。どんな支援者も、最初から砕けた接し方をする支援者はいません。ある程度の関係が築けてから、表情や様子を見ながら接しているのです。
今回は「お客様」と「利用者」の視点について述べてみました。

2005.08.26

へとへと

今日は完全にヘトヘトです。いや、今日に始まったことじゃないかも・・・
ずーと疲れている状況は変わらないけど、今週は特にトランスが多かった気が・・・

疲れに拍車をかけたのが、午前の散歩。
台風一過の天気だったけど、そのためかお昼ぐらいから暑くなるだろう・・・と思っていたものが、午前中からジリジリと暑くなってくることに。散歩の公園に着いた時には、セミの鳴き声がジンジンと響き渡って、暑さに拍車をかけることに。
その一方で、昨日の台風の残骸もしっかり。道には小枝や葉っぱが風で吹き飛ばされたあとが。そして公園内の遊具施設には、台風でポキッと折れてしまった大木が・・・ン?大木?
そう、昨日の台風の影響で、今までしっかりと立っていた帰が、真っ二つに折れていたんです。直径約3・40センチはあろう木が、今回の台風で真っ二つ。ホントは写真にとって今日のネタにしようと思ったけど・・・それどころじゃなかった。ほら、これが「疲れ」につながっているし・・・

で、これだけじゃなくて、午後にも疲れが。
トイレ介助で体重の軽い利用者をトランスすることはよくあることで、別にそれは特に苦にならない。もちろん疲れているときもあるけど、1人で十分に抱えられる重さであり、お姫様抱っこも十分に出来るくらいの体重なので何とかなる。
が、問題なのはそれが出来ない利用者。その利用者が急に「トイレ」との訴え。普段はどんなにトイレに行きたくてもトイレに行かない利用者が、このときは何故か「行く」との訴え。ちょうどそのときは午後のプログラムを行っているときの出来事で、その利用者に働きかけをしたときにちょっと拒否的な反応を示した後での「トイレ」の訴えだった。内心「逃げる口述かな・・・」と思いながらも、前の方は起っていたのでトイレに行くことに。しかしここでもう一つ大変なことが・・・それは「大きい方」であったこと。小であればビンを入れて車椅子の上で済ますことが出来るが、大の場合はそうも行かない。で、ちゃんと踏ん張ってくれればいいのだが、下肢に全く力の入らない利用者であるため、自分で便座の上までトランスしなければならない。しかも体重は・・・重量級。本当に「這う這うの体」で移動した感じ。「よし、何とか移動できた・・・」と思って一息ついたのもつかの間・・・便座の上に移動して数分もしないうちに、パンツとズボンを上げだした。「ほぇ・・・?」と思いながら、「(トイレ)でなかった?」と聞くと、元気な声で「ウーン」との返事。
もしかして・・・やっぱり、フェイクだった・・・?(@_@;)

とはいえ、生理現象だけは絶対に無視できないこと。仮にフェイクだろうと思っても、本当の場合だって十分にありえるから、トイレの訴えがあったら行くのは当然の話。また、たしかにこの利用者の場合は便秘気味になることもある利用者だったので、あながち絶対に「フェイク」とはいえない部分もある。でも多くの場合、自分が望まないことや気乗りしないことを進められると、大体の場合は「別の行動」に転嫁させることが多いのも事実。その一端に「トイレ」がある。実際この利用者の場合、トイレに行ったけどフェイクだったと言うパターンがあり、別の利用者に関してもトイレに逃げるパターンがあった。だから「トイレ」と言うのは、いろんな意味での「口実」になるばしょなのかも。

そういえば・・・前の施設でもトイレにこだわりのある利用者がいたなぁ・・・ってか、この世界、1日の生活時間のうち「トイレ」に関わる時間の多い人が多いなぁ・・・彼らにとって「トイレ」って一体どういう世界なんだろう?自分たちの場合はどちらかと言うと「汚い場所(=排泄をする場所)」と捉えているが、彼らにとってはどんな場所なんだろう。彼らにとっては「落ち着く場所」なのかなぁ・・・その心理が読めればいいけど、そんな技術なんか持ってないし。でもたしかに、この世界の利用者は「トイレ」へのこだわりが多い。一体これは何だろう・・・研究対象になりそうなテーマかも・・・

2005.08.25

ちょっと安心。

台風接近中で、かなり気分が憂鬱な今日と明日です。
基本的にどんな天気でも仕事はあるわけで・・・ただ、さすがに今回の場合は「朝から関東直撃」の可能性がかなり強いため、明日の運営について手紙を出すくらい。
そりゃそうだ、台風が来ている中で事故があったら大変だよ・・・ホント。前の職場なんか、ちょっとでも天気が危なかったら即お休み、だったしなぁ・・・それくらいしないと、労働者のために・・・(笑)

それはさておき、今日になってようやく今後のことを上司に話しました。
正直かなり話すのは勇気がいることで、どんな反応があるかがかなり心配でした。特に「学校」を前提に採用面接では色々と話していたので、その前提がなくなることにかなり不安を持っていたのは事実。またメンタル系の疾患を抱えてしまったことについて、自分の中でもまだ完全に割り切れていない部分があるためか、そのことを話すのがものすごく怖かったです。もちろん受傷後すぐに「てんかんの疑いがある」と言うことは話したのですが、そのことに進展があったため、一応は報告をしないとなぁ・・・と思っていたけど、いざ話すとなると、ちょっと気合を入れないと・・・という感じ。だから先週のうちに話そうと思ったけど、伸びが伸びてしまい、ようやく今日になって話す気持ちになれ、状況を伝えることに。

でその反応は・・・思ったよりも普通だった。むしろ心配をしてもらえた。
まだこの職場に来て4ヶ月目だし、入ってすぐにいきなり疾患が見つかったことであまり良い印象がないなぁ・・・と思っていたので、正直そんな気持ちを持っていたが、思いのほかいたわってもらえた。メンタル系の疾患に関しても、理解をしてもらえたことにちょっと安心をした。

やっぱり自分の疾患のことを打ち明けるのに不安を覚えるということは、自分自身の中に「偏見」をもっているのかも。
だから結局「もしかしたら偏見で見られるのかなぁ・・・」と思い込んでいるのかもしれない。でも自分のいる職場はまさにその偏見と闘う人(といったら言い過ぎかもしれないが・・・)の支援を行う仕事。だから自分自身もその「当事者」でありながら「支援者」としての立場や視点を持たなければならないのだろう。

正直、今までの間に失ったものはそれなりにある。
でもその一方で、自分が疾患を持ったことによって理解したことや得たこともある。特に「障害を持つということ」の意味は、自分がその当事者になったことでものすごく痛切に感じることが出来た。だから今のところは「マイナス」よりも「プラス」の方が多いかな。
少なくとも「人生経験」と言う意味では・・・

2005.08.24

あぁ、ぐったり。

今日は久しぶりに、利用者のストレッチを行った。普段はスポーツ組にいるのだが、今日は車椅子利用者が少なかったため、自分がこっちに入ることに。(ただ今となっては、とりわけ「ストレッチ」に強く従事する必要性はなくなってしまったのだが・・・)

で「ストレッチ」で何をやったかと言うと・・・相撲と鬼ごっこ。
「ハァ? なんで???」と思う人もいると思うのだが・・・これがストレッチなのです。ストレッチと言ってもそんなに厳密なものではなく、結果的に「機能訓練」になっていればいいだけのこと。もちろん車椅子から降りてストレッチをしている利用者の人もいるけど、どちらかと言うと「機能訓練」を目的に行っているのが、ストレッチ。で、自分が今日特にやったのは、「体を動かす」と言うことを主題にしていた利用者。

もちろん姿勢維持のために、最初に軽~くストレッチをしてから、膝相撲を二番。
その後少し休憩をはさんでから、部屋中を動き回っての鬼ごっこを2ラウンド。最初は膝立ちで追いかけたが、それをやっていると自分の膝が痛い・・・なので、2回目はうさぎ跳びで追いかけることに。
すると利用者、喜びながら一生懸命逃げているではないか。それを見てふと思ったこと・・・

アナタ、動けるじゃん・・・

いや、もともと動ける利用者なのね。ただ「モチベーション」が上がらないだけのことであり、上手く気分を乗せてしまえばどんどん動ける利用者。内容も「ストレッチ」といいながらも、本人にとっては「遊び」の要素が強い内容。でも普段は車椅子に乗りっぱなしで決して動きの少ない利用者だから、傍から見れば「遊び」に見えても、結果的には普段よりも体を動かしているのだから「機能訓練」と言う目標は十分に達成している。
と言うよりも、ここ最近はヒジョ~に調子が良い、と言った方がいいのかもしれない。
声掛けの内容がスムーズに入ることも、その証拠かも。

ただねぇ・・・テンションを上げると、その後が大変なんですよねぇ・・・自分のほうが。
ストレッチが終わると、自分の状態は「ガクッ」と一気に低下。その証拠に、利用者確認のためにトイレの中を確認しようと思ったら・・・ドアの角に頭をぶつけてしまった・・・「イテェ・・・」って感じ。ホント、痛かった。
仕事とはいえ、そのためにテンションを上げるのは、結構その後の反動が大きいのが今の実情。「充実感」よりも「疲労感」だけしか残っていない、今日の仕事。これで夜がスムーズに寝れればいいのだが・・・そうもいかないんだよな・・・

と言うわけで、今日もお薬に頼ってオヤスミデス・・・(-_-)zzz

2005.08.23

なんでそんなに面白いの?

このblogでも何度も取り上げていますが、いよいよ真鍋さんのblog本が発売になるみたいですね。
でもどーしてそんなに面白いネタがワンサカ溢れかえっているのでしょうね?

例えば最近のネタでは・・・
(状況:アニメ音痴の友人にクイズを出しているときのこと。)

まなべ;「スーパーマリオ」で、敵のボスの名前は何でしょう。(答え・クッパ)

ゆーじん;「え~…マリオに敵とかいるの?」

まなべ;「いるよ!いないとゲーム成立しないよ!」

ゆーじん;「全然聞いたことない」

まなべ;「ヒント、韓国料理のメニューにあります」


ゆーじん;「チヂミ

・・・笑いとしては、100点。ってか、完全な「ネタ」じゃないのか・・・?
かと思えば、友人と「P」(パーキング・・・駐車場)を探している時のこと。車を走らせながら友人とパーキングを探すこと10分・・・「」の文字が。

「ヤッタ!」と近づいていくと・・・ピザーラ

・・・んなことないだろう・・・
駐車場の「P」とピザーラの「P」くらいは、見分けつくでしょ・・・と思うのは、自分だけ?
でも面白いから、それはそれでOK。

まぁ何はともあれ、面白い話で人を集められるのはいい事です。
ネタの半分でもいいから、わけて欲しい感じです。そんな自分が持つネタは、前の授産施設のときがネタの宝庫だった。特に木魚ネタとかはね・・・でもそれくらい。今の施設では、あまりネタになりませんね・・・

あ、利用者が夏ボラで来ていた女子大生にデレデレだったぐらいかな・・・
普段は寝ているくせに・・・それくらい、普段も起きていろよ、って感じ・・・(^^ゞ

そんな真鍋さんのblog本、自分ももしかしたら買うかもしれませんね。
普段のblogが面白いのですから、きっと本も面白いのでしょうね。

2005.08.22

自分の行く末

なんか明るいことを書きたいなぁ・・・と思いながらも、やっぱり重たくなってしまいます。
どうしてもそんな気持ちになれなかったみたいです・・・

うーん、そんな時は、仕方がないのかな。
何だか段々と「仕方がない」と言うのが当然のようになってきてしまいました。今日は利用者の処遇で、自分では普通に接していたのにそのことが利用者さんにとっては過負荷となってしまったらしく、自傷を誘発させてしまいました。この職場で働いて4ヶ月、「ダメだぁな・・・」と思うことばっかりで、へこむ日がホントに多いです。
もっとも、仕事以前に凹んでいるのですが・・・

あ、あと「トイレ」に関しては、悩んでしまいますね。
今の施設では基本的に「重度」の障害を持つ人が利用している施設。でもその中でも「トイレ」の意識がある人とないひとがいる。で、ない人のうち動ける人は時間で声かけをして対応をしており、動けない人(いわゆる「重症心身障害者」、通称「重心」)はオムツの対応になる。

自分はようやく、両方とも対応できるようになった。だけど、これから「オムツ交換」と言うときに、介助を必要とする利用者から「トイレ行きたい」との声があったら、どう対応するべきか。今その場に自分ひとりしか男性の職員がいなかったとしたとき、どのように対応するべきなのか。

たとえ意識がなくとも、生活をしている以上、衛生面の配慮は必要であり、もしオムツの中でしていたときのことを考えれば、早めに取り替えてあげるべきである。しかしその一方で「トイレの意識」がある利用者を待たせるということは、利用者にとっては「漏れそう」と戦わせてしまうことになり、心理的に苦痛であろう・・・と考えてしまう。もし自分がトイレの意識があるのにもかかわらず、それを待たされる立場になったら・・・と考えると、自分の中では「トイレの意識」がある人を優先させたい。

でも、そうやってしまったら「オムツの人は、後回しなのか?」と言うことになってしまう。
その部分での葛藤がある。今の職場では重度の障害者と接しているが故に、いろんな意味での葛藤がとても多い。結果的にそのことがストレスにつながってしまっているのかもしれないけど、だからこそ「自分はこの先、どんな仕事をしたいのか・・・」を考えてしまう。社会福祉士の資格をとっても、介護が出来る必要はあると考える。だから今みたいな仕事を経験するのは必要なことかもしれないし、現場での経験としてはプラスになるだろう。でも今の仕事は、正直言って自分が思い描いている仕事・考えている仕事とは若干の「ズレ」がある。具体的に「ここが違う」と言うのは言えないけど、でも「なんか違う」と違和感を持っていることは事実。今は契約があるし、自分の経験としての意味を持って携わっているけど、契約が終わった後の自分の「姿」は全く見えていない。どの分野に携わりたいのか、何をしていきたいのが、どんなことを実践していきたいのか・・・結局自分に現れているのは「将来の悩み」がほとんど。

自分にとって苦しい日は、まだまだ続いていきます。早く楽になりたいものです。

2005.08.21

回復までには、まだまだか・・・

昨日・今日と久しぶりに「下取り」に出かけることに。
お決まりの場所は、「PC○ポ」へ。(笑)

今回下取りが発生した理由は、母の部屋のパソコン(ディスプレイ)を「テレビチューナーつき」に切り替えることにより発生するもの。今まではパソコンでテレビを見ることはできたけど、チューナーがついているのはPCに後付でカードをつけただけのことであり、テレビを見るにはPCを立ち上げなければ見れなかった。でこの暑い夏、クーラーの聞いた部屋でテレビが見れれば・・・との要望で、チューナーつきのディスプレイに切り替えることに。

で切り替えそのものは問題なく終わったけど、その後の「処理」をどうするかが課題。
まずディスプレイ。まだまだ使えるけど、このまま自宅に置いても意味がないし、かといって「PCリサイクル」に出すとお金がかかる・・・となると、必然的に出るのが「下取り」という選択肢。最初の下取りで味をしめて以来、パソコン関係のものに関しては「下取りで現金化」をするようになった。
ただ「ディスプレイだけで、下取りしてもらえるのか・・・」と思ったので、一応電話をして確認をしてみると「OK」とのこと。ならば・・・と思い、早速車を走らせて持ち込むことに。すると「若干汚れがあるので・・・」との理由で、1500円での下取りに。たった1500円・・・という感じだが、リサイクルに出して費用がかかることを考えれば、こうやって少しでも現金化できるなら、まだまだお得。また今回も収穫ありだった。

と、夜になってふと思うことが・・・「チューナーつきのディスプレイにしたのだから、TVカードも不要???」
ディスプレイの場合は「置き場所をとり、邪魔」との理由からさっさと片付けたかったけど、TVカードに関してはPCに取り付けてあったから全然考えていなかった。でも今となってはTVカードを通してTVを見ているわけじゃないし、このまま放置しても意味がない・・・ならば、また売ってしまえ。

そんなわけで、再び今日持ち込むことに。PCカードは、2300円で買取。
昨日との合計で、3800円のgain。こういうことには、取り敢えず体が動くみたいです。

でも土曜・日曜と連続して外出したのは、本当に久しぶりのこと。
今まではそんな気力が全く起きず、ダラダラと休日を過ごしていた。ここに来てようやく、体が動くようになってきた。ただ、やっぱり体の動く範囲は今日の状態が精いっぱいの範囲。これ以上の遠距離の移動に関してはまだまだ不安があり、また「何か行動する」と言うモチベーションが少ない状態。今回の場合は「やるべきことがある」から動いているだけのことであり、「自ら娯楽を作り出す」と言う状況までには至っていないのかなぁ・・・と言う感じ。まぁ受傷後、こうやって休日に外に出て行動できるようになっただけでだいぶ進歩はしているのだと思うけど、正直今の時点ではまだ「旅行に行く」までの行動力はないな・・・一昨日の飲み会も「予定されていたから、行った」と言う次元であり、決して能動的ではない。今回の下取りも「その理由が発生した」結果として、行動に移した状態。やっぱり本調子までには、まだ時間がかかりそうな感じ。ただ「誘われれば行く」と言うことに関しては、そろそろ出来そうな感じがするんだけどなぁ・・・でも直前で頓挫する可能性も十分にあり。まだまだ心の状態は、予断を許さない感じです。

2005.08.20

コトバ★「障害者自立支援法案その3」

今回のコトバも前回に引き続き、障害者自立支援法案の第3弾。
まずは前回のおさらいから。

前回は「介護」の側面からの話をしました。「介護を受ける立場」としては「普段の生活でお金がかかることはおかしい」との主張に納得している一方、「介護を提供している立場」としては「仕事(サービス)として介護をしているのだから、お金がかかるのは当然のこと」と言う主張を出しました。ちょっと横柄な発言かもしれません。

障害者自立支援法案のことについて書いている時、その中で自分のスタンスを明らかにしていますが、自分のスタンスは一貫して「反対」です。ただ、反対しているのは「必要なところに適切な費用負担の仕組みがなされていない」と言うのが根本的な理由にあります。「財政的に瀕している状況」は十分に理解していますし、事実として費用がなくなりつつあることも十分に承知しています。しかし今回の法案で求めている「利用者の1割負担」が本当に適切なものであるのか、その部分をもっと吟味する必要があると考えているのです。誤解をして欲しくないのは、「お金のない人からお金を取るなんて、何事だ!」と言っているのではありません。本当に必要な負担はしてもらい、必要でない過剰な負担は避けるべき、と考えているのです。

例えば厚生労働省が定義している「特定費用」と呼ばれるもの・・・これは食費や光熱費など、障害の有無に関わらず「生活していくために発生する費用」が特定費用に当たりますが、これらは当然自己負担であってよいと考えています。食費は普通に生きていれば障害があってもなくても必ず「お金」は発生するものですから、その部分で必要な費用は徴収されて当然であると考えています。しかしそれに関しない費用・・・例えば食事や入浴、排泄など「障害」があるがゆえに必要となる費用に関して費用負担を求めるのは、極論を言えば「憲法に反する」ことであると言えます。日本国憲法第25条には「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と規定されています。今回の自立支援法は、ともすれば「最低限度の生活」を下回る可能性も孕んでいるのです。

また費用負担の求め方に関しても、異議ありです。
現在の支援費制度では利用者本人が本人の収入に応じて、サービスに関しての費用負担をすることになり、本人が負担できない場合は扶養義務者がその収入に応じ負担することになります。本人が20歳以上の場合は配偶者及び子が、20歳未満の場合は配偶者・父母及び子が負担することになっています。これが自立支援法になると「利用者本人の負担」のみになります。しかしここで見落としてはならないのは、負担額の決定は「本人だけの収入」ではなく「世帯全体の収入」によって決定されることになります。これは何を示しているのか?

例えば、今私が勤務している「知的障害者デイサービス」を例にすると・・・
現在の支援費制度化では、20歳未満の利用者だけが利用者負担(正確には扶養義務者負担)が発生しています。何故なら、20歳以上の利用者で配偶者・子がいる利用者はいないからです。ですから今扶養義務者負担が発生している利用者も、20歳を越えれば扶養義務者負担はなくなります。

ところがこれが自立支援法に移行した場合、デイサービスを利用している利用者全員に費用負担が求められます。
しかも、利用料は「世帯の収入に応じて」決定されるので、実質的には「同居家族」が負担することになります。利用者の同居家族となれば・・・それは必然的に「親」となるわけであり、今まで費用負担が発生していなかったものが、突如として負担しなければならなくなるのです。「所得にのみ着目した応能負担から、サービス量と所得に着目した負担の仕組みに見直す」と言っていますが、これで本当に見直した、といえるのでしょうか・・・

利用者にサービス料を求めること自体は、別に反対はしません。「サービス利用者と非利用者との公平な費用負担」と言う観点であれば、利用している人が利用していない人に比べて費用を負担するのはある意味当然のことであると思います。しかしその方法はちゃんと考える必要があります。結果的に法律の抜け穴を作って理不尽に費用負担を求めていくことは、反対です。きちんと説明の出来る方法で、当事者が納得できる形で費用負担を求めていくべきである、と考えています。

厚生労働省が考えている「障害者自立支援法」の説明は、このページを見てください。
そして、この方法で納得できるかを考えてください。こんな内容で「国会審議を終えた」と言う与党の神経、理解できませんね。

2005.08.19

今日は趣を変えて

今日はずいぶん早い時間に記事を書いています。
でもなんでこんな早い時間に記事を書いているのでしょうか・・・今回はカテゴリーもちゃんと書いてありますしね・・・だからケータイからではありません。ではどこから書いているのでしょうか?

答えは簡単・・・職場近くのネカフェから。
でもなぜに「ネカフェ」から記事を書いているのでしょうか・・・・というのは、時間つぶし。実は今日、職場の飲み会があって未だに職場近くに「滞在」しているのですが・・・非常勤と常勤職員の就業時間は当然異なり、常勤職員のほうが勤務時間が長い。当然非常勤は早く終わるのだが・・・今日みたいに待っていなければならない・・・となると、時間のつぶし方に苦慮する。まさかいったん自宅に帰って・・・なんてことをしたら、時間が間に合わない。かといって職場にずーといるのも、ねぇ・・・って感じ。

で、考えた挙句たどり着いたのが・・・ネカフェ。
実は職場近くにネカフェがあることが判明。「これは使える!」と思い、今はネカフェに滞在中です。
うん、これなら1時間くらいは難なくすごすことができる。とりあえずネットがあればいい時間つぶしになるし、初めての場所でも使い勝手がわかっているから、全然問題なく遊ぶことができる。

といいながらも・・・パソコン十数年目にしながら、今日初めての「ネカフェデビュー」です。
正直自宅に比べたらぜんぜん狭いし、キーボードの加減もちょっと違うけど、禁煙席もあるし、周りの目も気にならないので、こういったこと(?)も気兼ねなくやっています。
あ、別に疚しいことはしていませんので・・・(汗)

まぁ飲み会の後に余裕があれば、少しだけ書き足しをしたいと思います。
とりあえず今は、初めてのネカフェデビューを楽しみたいと思います・・・(笑)

2005.08.18

行動はしたけれど・・・

今日は何を書いていいのか、自分でもわかりません。
書けることはあるんですが、まだ出していないので・・・ただ、今日仕事が終わってから学校に行き、今の自分の状態と今後について話はしてきました。後は、紙を1枚出すだけです。

誰にもあわずに済まそう・・・と思いきや、クラスメートとあってしまいました。
ただ、その人は自分のことを知っている人なので、学籍については濁しつつも、今の自分の状態についてはすべて話してきました。きっと自分のことを話せると言うことは、ある程度は「話して理解してもらえる」と考えているからでしょう。正直、自分の今の状態を話すのは勇気がいることです。理解している人でなければ、話せません。
無論、職場になんか・・・という状態です。とはいえ、明日上司には話しますが・・・

今日学校に行ったのも、色々と考えた末での行動でした。
あんまり学校に行きたくないし、結論も焦りたくない。ただ、現実問題として意思の助言もあるし、今後の先行きを考えたら変化する可能性は少ない。それに今の心の状態が良くなさ過ぎる。結局遅かれ早かれ同じ結論に達するのだろう。であれば、早いうちに学校に行ってやるべきことをやってきてしまえ・・・との考えで、いってきました。

きっと行動に移してしまえばあっけないことなのかもしれないけど、ちょっと体力を使いました。
今も「ボーッ」としているとちょっと倒れてしまいそうな感じなので、潜在的な疲労が溜まっちゃったのかな・・・と思います。
ただ、最後の手続きさえしてしまえば、後は気持ちが楽になるのかも・・・

でもね・・・手続きをしても、その後が全く見えていない状態です。
自分はこの先何をするのか、どうしたいのか・・・自分でもわかっていない状態であり、見失っている状態です。新しいことも始める気持ちも、不安のためか萎えている状態です。きっと「もう1人の自分」が自分のことを分析してしまっているため、逆に先行きが見えないのかもしれません。
告知された時に続いて、再びパワーレスな状態になっているMitakeであります。

2005.08.17

配置をするなら、真剣に。

久しぶりに児童福祉関係の話題です。何度も言っているように、自分は児童関係の仕事をしているわけはないのですが、児童関係の話題に関心を持つ人が多く、「児童福祉司」のキーワードで見えられる方が非常に多いです。今回もきっと、そんな方が多いと思いますが・・・

Yahooニュース「<児童虐待>心理司の配置基準設定 福祉司と連携強化へ」

 児童相談所で虐待された児童の心のケアなどを担う児童心理司(心理判定員)について、厚生労働省は国による配置基準を定める方向で検討を始めた。児童虐待に対応する児童福祉司は政令で「人口5万~8万人に1人」と規定しているが、心理司は基準がなく、各自治体の判断に任され、地域格差が大きい。配置基準の設定は、心理司の実質的な増員につながり、深刻化する虐待問題への対策として注目される。
 ◇厚労省が検討
 福祉司と心理司は児童福祉法で児相への配置が決められ、福祉司は養成する学校や施設の卒業生や児童福祉事業の経験者などから選ばれ、心理司は医師や大学で心理学を専攻した人などから任用される。
 虐待問題では親子のさまざまな相談に乗ったり、関係者と調整し、必要な指導を行う福祉司に対し、心理司は親子の心理検査や心理療法、カウンセリングなどを行い、主に心のケアを担当している。厚労省が児相から聞き取ったところ、虐待問題への対応としては福祉司と心理司がペアで問題解決に当たるべきで、福祉司3人に対し、心理司2人が必要との意見が出ている。
 しかし、昨年5月現在、福祉司は全国で1813人に対し、心理司は半分の904人。また、都道府県別でみると、人口10万人当たりの心理司が最も多いのは広島県で2.11人、少ないのが愛媛県の0.40人と5倍以上の差があった。こうした現状から、児相関係者からは、心理司を増員するため、厚労省に国による配置基準の設定の要望が寄せられている。
 厚労省は心理司の配置の基準内容を、福祉司と同様に児童福祉法施行令(政令)で定めるか、通知レベルで出すかなどを検討し、今年度中にも一定の基準を示す見通しだ。
 児童虐待を巡っては、全国の児童相談所で、昨年度に対応した相談処理件数が3万2979件(速報値)に達し、前年度を6410件、24%も上回り、過去最多を更新するなど、深刻な状況が続いている。
 津崎哲郎・花園大教授(児童福祉論)は「児童虐待は初期の介入だけでなく、その後の心理的なフォローがとても重要。それは子どもと保護者の両方に必要で、心理司の役割は大きく、福祉司とチームになって対応すべきだ。国が配置基準を示すのは、人や予算不足を理由に十分な配置をしない自治体を動かすきっかけになるのではないか」と話している。(毎日新聞)

これまでこのblogで取り上げてきた児童関係の話題は以下の通りです。(以下、新しいものから順に)
コトバ★「虐待その3」(05.06.20)
コトバ★「虐待その2」(05.05.07)
コトバ★「児童相談所その2」(05.02.12)
コトバ★「児童相談所」(05.02.05)
コトバ★「児童福祉司その2」(05.01.09)
コトバ★「児童福祉司」(04.10.16)
児童福祉「士」なんだから・・・(04.09.21)
「虐待」の見極め(04.08.28)

これらの記事のどこかに書いてあるかもしれませんが、児童福祉司のことについては「もっと手厚く配置すべき」と主張をしてきました。児童福祉司の配置基準は「人口5万~8万人に1人」となっていますが、現在の児童福祉の問題の複雑化を考えれば、正直この基準では厳しいと感じます。そのことは「御岳の山」の「現場実習」のページに児童相談所実習で感じたことを書いていますので割愛しますが、私たちが真っ先に思い浮かべてしまう「児童虐待」の問題も行政的に対処して解決するような問題ではありません。ただ、だからと言って安易に児童福祉司の任用資格の拡大をするのもいかがかと思いますが・・・(これもどこかの記事で書いた気が・・・)

で今回は「児童心理司」の話題ですが・・・正直「そんな資格、あったっけ?」と思いました。ただ、よくよく調べてみると名称が変わったんですね。今までは「心理判定員」と言う名称でしたが、今年の2月に「児童相談所運営指針」が改正されて、その中で名称が「児童心理司」と言う名前に変わったんですね。ただ、ニュースの記事で・・・

福祉司と心理司は児童福祉法で児相への配置が決められ、福祉司は養成する学校や施設の卒業生や児童福祉事業の経験者などから選ばれ、心理司は医師や大学で心理学を専攻した人などから任用される

とありますが・・・児童心理司の資格基準、明文化されていないんですよね。
児童福祉司ははっきりと児童福祉法の中で明記されていますが、心理に関わる職員についての基準は明らかになっていません。書かれているの抽象的で、児童福祉司のように具体的に「この人」とはなっていないのです。(まぁ書いてあるとすれば「心理学を専攻して卒業した者」程度ですが・・・)

うーん、やる気あるんですかねぇ・・・国の政策は。
現場で汗を流しながら膨大なケースに追われながら業務に従事している人のことを考えると、なんか政策としては中途半端なような気がするんですけどね・・・郵政民営化に力を入れるのは結構ですが、それだけじゃなくてもっと他のことにも力を入れて欲しいものです。

2005.08.16

治療継続

昨日に続き、今日は結果を聞きに行きました。
朝からの雨、病院じゃなかったら絶対に外出しないけど、そういうわけには行きませんので・・・

雨のなか電車を乗り継ぎ病院に向かい、診察を受け、いよいよ結果へ。
結論から言えば「てんかんではないだろう」とのこと。予想通りであったが、てんかん波は認められないとのこと。
ただ・・・てんかんではないけれど、全く脳波に所見が見られないか、といったらそうでないとのこと。どうやら正常な脳波には現れない波が出現しているとのこと。しかしその波がどのような問題があるのかについては、臨床上では不明であり、特に何か症状が出ていなければ、普通の場合は「無視」するとのこと。
結果、異常ではないけれど、脳波所見は気になるところがあると言うこと。そういえば小さい時に「気になる波がある」って言われたことがあったけど、もしかしてこれのことなのかな?

と言うわけで、てんかんではないだろうとのこと。しかしこれで治療が終わり・・・というわけではない。
倒れたことに関してのこと、今の気分のこと・・・まだまだ問題があるけど、倒れたことに関してはこれまでの状況を勘案して「パニック障害」で説明ができると言うこと。その部分に関して、治療をしていくことに。

で、その結果としてこんなに薬が増えてしまいました・・・(^^ゞ
P1000367

もっとも治療のメインはパニックだけではなく、それに付随した部分を含めての治療であり、事実色んな身体症状が現れているので、それを改善するために薬が処方されているみたいなものでしょう。

しかし今後のことについて相談すると、先生のほうからも「少しセーブをしたほうがいい」との助言。
色々と今後のことについて考えていますが、Drから助言があると、やっぱり今の自分の環境はかなりヘヴィな状態であることを「客観的」に実感。ただ、その助言のおかげで決断はしやすくなったことも事実。自分の体を直すためには、やっぱりストップすべきものがあるときはストップするしかないんだな・・・と、思えるようになってきています。

正直今回の診断は紆余曲折の末にたどり着いた場所、と言う感じがします。
最初のかかりつけの病院で「てんかんの可能性あり」と診断され、その診断によって深い絶望に突き落とされ、不安が付きまとう生活。さらに月日が進んでも一向に改善されない心の状態。また一度はてんかんもカバーしている心療内科に行ってみるも、何となくDrの印象が悪く、また自分の望んでいるような診療が得られないため、頓挫。そして今回たどり着いた、今の病院。今の病院はてんかんの治療を専門的に行っており、さらに心療内科の部分もケアしている病院。今のDrもてんかん医療に長く従事している先生で、精神・神経センターのDrもある先生。だから「この先生の診断なら、受け止めてみようかな・・・」と感じているのかもしれません。

またこの先生の診断を受け止める理由に「話をしっかりと聞いてもらえること」と、今日の脳波説明が大きい要素になっているでしょう。今までの先生は脳波をとっても単に「波はなかったですけど、波のないてんかんもあるから・・・」と言うことで、あまり脳波に触れることはなかったのですが、今の先生はちゃんと記録した脳波を提示して、その脳波について説明をしてもらえたので安心できた、と言う部分もあるでしょう。もちろん前述した「気になる波」の部分についてもちゃんと触れて、それについての説明もあったので、この先生の治療を受けてみようと言う気持ちになれたのだと思います。

と言うことで、今回の診断で「てんかんではないだろう」と言う診断が出たので、これまでのカテゴリー名を変更したいと思います。「てんかんではない」という結論が出ても、まだ通院治療はしばらく続くことになるので、これからは気が向けばその部分について書いていこうと思います。またこの診断を元に、また生活環境も変わるかもしれませんが・・・それもまた「ありのまま」の姿をさらけ出して生きたいと思います。

2005.08.15

悩む気持ち

今日から夏休み。と言っても、仕事そのものは夏休みはありません。
ただ「特別休暇」という形で取得しています。夏休みは水曜日まで。たった3日です・・・というより、今までが異常だったんだよな。いくら正規職員だったとしても、9日はないよな、普通は・・・(^_^;)

とはいえ、この3日のうち2日間は通院で消えてしまいます。それが、今日と明日です。
前回の初診の時に「都合のいい日はありますか?」と聞かれて、「8月15日から17日まで夏休みを取ろうと思っていますが・・・」と言うと「じゃ、その日に脳波検査を入れましょうか?」とのこと。別に拒否する理由もなかったので結果的に「夏休みに検査」となってしまったが、本音としては「せっかくの夏休みが・・・」と言う気持ちの方が大きい。おまけに「検査の日は申し訳ないけど私不在なので、翌日に結果を話すことにさせてください。」とのことで、次の日の朝9時40分に予約。
あぁ、貴重な休み3日のうち2日は、通院で消えてしまうんだなぁ・・・と感じた初診・・・(涙)

で、今日は脳波検査の日。今回は「睡眠脳波」と「覚醒脳波」(普通脳波)の両方を取ることに。
今までは普通脳波のみを取っており、睡眠脳波を取るのは最初の発作(9歳)の時以来のこと。そのときは睡眠剤を飲んで検査した、とのことだったが・・・その記憶は全くなし。普通に脳波を取ったことしか記憶にありません。

「予定時間よりも少し早めに来てください」とのことで、予定よりも20分ぐらい早めに到着。受付で「検査ですが・・・」と伝えて少し待っていると、おばちゃんがやってきて「これ、検査のための薬なので飲んでください。」と睡眠剤を持ってきて飲ませられることに。睡眠剤を「自分の記憶」として飲んだことは一度もないので、いわば「初めての睡眠剤」となる。そしてその味は・・・口にした途端、薬が舌の上で溶け始めて・・・苦っ(-.-)

「こんなに苦いのかぁ・・・」と思いながら、速攻で飲みました。と同時に「あぁ、これから眠たくなるのか・・・」と思いながら検査まで「睡魔に勝つぞ!」と思いながら過ごす事、20分・・・「Mitakeさ~ん!」と呼ぶ声。検査の始まりです。

今までの脳波検査ははっきり言って「静寂・暗室」が保たれている場所ではなかったけど、今回は完全に脳波専用の部屋になっており、部屋を暗くすることも出来る場所。しかも、脳波の記録が紙ではなくパソコンに記録していくと言う、今までにはなかった検査。さらに脳波の電極も、今までにないくらいにたくさんつけており、顔面にまで電極をつける念の入れよう。さらには両腕に洗濯ばさみをつけて、装着完了。結構たくさん電極をつけたのにもかかわらず、装着の時間は約15分程度。装着に1時間かかったのとは、大違い。

そんな感じで検査が始まったのですが・・・正直、この先しばらくの記憶はありません。
どうやら検査が始まって早々に、寝てしまったみたいです・・・恐るべき、睡眠剤の威力。でも本当の威力は、この先です。
しばらく睡眠脳波を取った後、部屋が明るくなるのと同時に覚醒。そしてしばらくして過呼吸テスト。深呼吸の連続を行うわけですが、過呼吸を初めてしばらくすると、手に異変が・・・

あ・・・アァッ?手が・・・手が、しびれていく。

過呼吸と同時に、両手の薬指と小指が段々としびれていく。そして終いには感覚が鈍くなっている。
「あぁ、なんてこった!」と思いながらも、よくよく考えればその原因はただ1つ。両腕に装着した「洗濯ばさみ」が血管を圧迫しているため、血流が悪くなった両手は当然血液が流れにくくなる。となれば、手がしびれる・・・というわけ。手の感覚が失われながらも、このときの自分は「寝ぼけ眼」の状態。手のしびれよりも、もっと寝ていたい・・・という気持ちの方が先行しており、「しびれ」と「睡魔」の2つと戦っている状態。

そんなこんながあって、検査は約1時間で終了。
その後技師さんから「手がしびれたとかありませんでしたか?」と聞かれ「あ、ありました」と答えると「過呼吸あたりからですか?」との質問。どうやら過呼吸を行うと酸素が末梢まで送られるため、睡眠状態のときは活発な活動じゃないけど、覚醒して呼吸が活発になると酸素の送り出しも活発になるから、そのために「しびれ」が発生することがあるとのこと。「あぁ、なるほどね・・・」と納得。ただ、今までの脳波検査とは違っていたことはどうやら事実だったみたいです。

さて、検査の結果は明日直接先生から聞くことになりますが、あくまで個人的な予想では、仮にてんかんでなかったとしても、しばらくの間は定期的に脳波を取ることになるのかなぁ・・・と感じています。てんかんじゃなかったとしても、学校で意識を失い、硬直・痙攣があったことは事実であり、その原因がはっきりしない限りは自分でも不安です。神経内科的なものなのか、それとも心療内科・精神的なものなのか、その部分を明確にしたいと感じています。そして仮に精神的なものであり、現状の環境を変えることによって改善する余地があるのであれば、やはり自分の進路についても考えていかなければならないかな、と思っています。事実、今の自分は完全にモチベーションが上がらない状態であり、物事を進めようとすると気持ち悪くなるなど、身体的な「拒絶反応」を起こしており、その部分も考えていかなければならないのかな・・・と感じています。

正直色々と悩みは尽きません。今回のことで、ちょっと挫折してしまっている部分もあります。
そのことについては、また明日の診断が終わってから話そうかな・・・と思います。

2005.08.14

やっぱり扱い、小さいぞ?

G1優勝決定戦だって言うのにねぇ・・・

★G1CLIMAX準決勝 各60分1本勝負
○蝶野正洋(11:35、裏STF)×中邑真輔
○藤田和之(6:23、ヒザ蹴り→片エビ固め)×川田利明

★G1CLIMAX優勝決定戦 時間無制限1本勝負
○蝶野正洋(8:52、シャイニング・ケンカキック→体固め)×藤田和之

新日本、何を考えているんだろうかねぇ・・・自分のHPで「ファンクラブ会員」だけに試合の詳細を見せているなんて・・・何のためのHPを設置しているんでしょう。はっきり言って、意味わかりません。ファンクラブ会員にはいいことかもしれませんが、より閉鎖的な団体になってしまうことでしょう。「会員の特権」と言うかもしれませんが、立ったらもっと他のところで「特権」を展開すればいいんじゃないでしょうかね。別に今まで普通に試合詳細を見せていたんだから、今までどおりにすればいいのに・・・不満ばっかりです。

それに呼応してか、G1の扱いも低いものになりました。
もうテレ朝は「プロレスはお荷物」と考えているんでしょうね。放送枠の縮小に始まり、新日本の看板でもある「G1」をかなり遅い深夜枠に放送するのだから・・・その程度のものなのでしょうね。

まぁ今回は前回にまして試合内容や状況がわからないので、「ビデオに録画」して見たいと思います。
だってね、はっきり言ってそんなに長く起きていられません。逆を言えば、そこまで起きている価値が見出せないのです。

この団体、いつまで迷走が続くのでしょうか・・・これじゃ面白い試合をしていても報われませんね。

2005.08.13

コトバ★「障害者自立支援法案その2」

今回のコトバは、障害者自立支援法案の第2弾。今回はちょっと別の視点から話してみたいと思います。

基本スタンスとしては、自分はこの法案に反対です。その理由は既に「コトバ★障害者自立支援法案」で話した通りです。
そもそも「障害者自立支援法」には支援費制度が発足した時の「理念」がなくなっています。

障害者自立支援法
第1条(目的) この法律は、身体障害者福祉法、知的障害者福祉法、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律、児童福祉法その他障害者及び障害児の福祉に関する法律と相まって、障害者及び障害児がその有する能力及び適性に応じ、自立した日常生活又は社会生活を営むことができるよう、必要な障害福祉サービスに係る給付その他の支援を行い、もって障害者及び障害児の福祉の増進を図るとともに、障害の有無にかかわらず国民が相互に人格と個性を尊重し安心して暮らすことのできる地域社会の実現に寄与することを目的とする。

支援費制度の本体の目的は、従来の措置制度(いわゆる「行政処分」、利用者の意思に関係なく施設や援護を決定する方法)から、利用者が自らサービスを選択し決めること、即ち「利用者本位」を大きな柱にしてきたはず。しかし今回の法案はその視点が欠如していることが、法案の目的から読み取れるのではないか、と思える。「障害者及び障害児の福祉の増進」って、結局それは「国の視点」であって、当事者の視点ではない。ましてや、法案では様々な福祉サービスを利用する際には原則として「1割の自己負担」が明示されている時点で「自立した日常生活」を営むことが出来るのか、疑問である。

これまでテレビでも多く訴えられてきたが、一言に「障害者」と言っても、その障害の特性によって必要とされる支援は異なってくる。例えば身体障害者を例に挙げても、その障害の種類によって必要な支援は異なる。肢体不自由の場合は介護的ニーズが必要となり、必要な支援は「身体介助」がメインになるだろう。逆に視覚障害や聴覚障害の場合は肢体不自由と共に「移動の支援」と言うニーズが存在する。さらに内部障害の場合は、日々の通院介助などの移動や医療費(更生医療)のニーズが高くなる。同じ「身体障害」でも、これだけ必要とされるニーズが違ってくる。
一方知的障害者の場合、重度知的障害者の場合は介護的ニーズが高くなる一方、中度~軽度知的障害の場合は「自己決定の支援」と言うニーズが存在する。特に軽度の場合は「自己決定」や「判断」が難しい場合があり、その部分の支援を求めるニーズが高くなる。また情報の提供も知的障害者にとっては必要とされるニーズの1つであり、身体障害に求められるニーズとは、また違ってくることがわかる。

このように障害の特性によって違ってくるニーズを、1つの法律に財政面を含めて一緒くたにまとめてしまうのは、少々乱暴なことであり、結果的に自立を阻害してしまうのではないか・・・と考える。「自立を阻害する」と言う点で言えば、この法律そのものが「自立を阻害している」と言える条文がある。

(介護給付費、特例介護給付費、訓練等給付費及び特例訓練等給付費の支給)
第28条 介護給付費及び特例介護給付費の支給は、次に掲げる障害福祉サービスに関して次条及び第30条の規定により支給する給付とする。
 一  居宅介護
 二  重度訪問介護
 三  行動援護
 四  療養介護(医療に係るものを除く。)
 五  生活介護
 六  児童デイサービス
 七  短期入所
 八  重度障害者等包括支援
 九  共同生活介護
 十  施設入所支援
2  訓練等給付費及び特例訓練等給付費の支給は、次に掲げる障害福祉サービスに関して次条及び第30条の規定により支給する給付とする。
 一  自立訓練
 二  就労移行支援
 三  就労継続支援
 四  共同生活援助

(介護給付費又は訓練等給付費)
第29条 市町村は、支給決定障害者等が、支給決定の有効期間内において、都道府県知事が指定する障害福祉サービス事業を行う者(以下「指定障害福祉サービス事業者」という。)若しくは障害者支援施設(以下「指定障害者支援施設」という。)から当該指定に係る障害福祉サービス(以下「指定障害福祉サービス」という。)を受けたとき、又はのぞみの園から施設障害福祉サービスを受けたときは、厚生労働省令で定めるところにより、当該支給決定障害者等に対し、当該指定障害福祉サービス又は施設障害福祉サービス(支給量の範囲内のものに限る。以下「指定障害福祉サービス等」という。)に要した費用(食事の提供に要する費用、居住若しくは滞在に要する費用その他の日常生活に要する費用又は創作的活動若しくは生産活動に要する費用のうち厚生労働省令で定める費用(以下「特定費用」という。)を除く。)について、介護給付費又は訓練等給付費を支給する。
2 (省略)
3 介護給付費又は訓練等給付費の額は、障害福祉サービスの種類ごとに指定障害福祉サービス等に通常要する費用(特定費用を除く。)につき、厚生労働大臣が定める基準により算定した費用の額(その額が現に当該指定障害福祉サービス等に要した費用(特定費用を除く。)の額を超えるときは、当該現に指定障害福祉サービス等に要した費用の額)の百分の九十に相当する額とする
4 支給決定障害者等が同一の月に受けた指定障害福祉サービス等に要した費用(特定費用を除く。)の額の合計額から、前項の規定により算定された当該同一の月における介護給付費及び訓練等給付費の合計額を控除して得た額が、当該支給決定障害者等の家計に与える影響その他の事情をしん酌して政令で定める額を超えるときは、同項の規定にかかわらず、当該同一の月における介護給付費又は訓練等給付費の額は、同項の規定により算定した費用の額の百分の九十に相当する額を超え百分の百に相当する額以下の範囲内において政令で定める額とする。
5~9(省略)

(特例介護給付費又は特例訓練等給付費)
第30条 市町村は、次に掲げる場合において、必要があると認めるときは、厚生労働省令で定めるところにより、当該指定障害福祉サービス等又は第二号に規定する基準該当障害福祉サービス(支給量の範囲内のものに限る。)に要した費用(特定費用を除く。)について、特例介護給付費又は特例訓練等給付費を支給することができる。
 一 支給決定障害者等が、第20条第一項の申請をした日から当該支給決定の効力が生じた日の前日までの間に、緊急その他やむを得ない理由により指定障害福祉サービス等を受けたとき。
 二 支給決定障害者等が、指定障害福祉サービス等以外の障害福祉サービス(次に掲げる事業所又は施設により行われるものに限る。以下「基準該当障害福祉サービス」という。)を受けたとき。(詳細は省略)  
2 特例介護給付費又は特例訓練等給付費の額は、当該指定障害福祉サービス等については前条第三項の厚生労働大臣が定める基準により算定した費用の額(その額が現に当該指定障害福祉サービス等に要した費用(特定費用を除く。)の額を超えるときは、当該現に指定障害福祉サービス等に要した費用の額)の百分の九十に相当する額を、当該基準該当障害福祉サービスについては障害福祉サービスの種類ごとに基準該当障害福祉サービスに通常要する費用(特定費用を除く。)につき厚生労働大臣が定める基準により算定した費用の額(その額が現に当該基準該当障害福祉サービスに要した費用(特定費用を除く。)の額を超えるときは、当該現に基準該当障害福祉サービスに要した費用の額)の百分の九十に相当する額をそれぞれ基準として、市町村が定める。
3 前二項に定めるもののほか、特例介護給付費及び特例訓練等給付費の支給に関し必要な事項は、厚生労働省令で定める。
(介護給付費等の額の特例)
第 三十一条 市町村が、災害その他の厚生労働省令で定める特別の事情があることにより、障害福祉サービスに要する費用を負担することが困難であると認めた支給決定障害者等が受ける次の各号に掲げる介護給付費等の支給について当該各号に定める規定を適用する場合においては、これらの規定中「百分の九十」とあるのは、「百分の九十を超え百分の百以下の範囲内において市町村が定めた割合」とする。(詳細は省略)

自立支援と矛盾している・・・と感じる。「自立した日常生活又は社会生活を営むことができるよう、必要な障害福祉サービスに係る給付その他の支援を行い、もって障害者及び障害児の福祉の増進を図る」といいながら、その訓練のためにはお金が必要とする現実。裏を返せば「お金がなければ、自立のための訓練は受けられません」と言っているのと同じこと。国から支給されるのは全体の9割、残り1割は自分で負担しなければならない・・・これが「1割の自己負担」と言ったもの。結局自立するためにはお金が必要、お金がない人は自立できませんよ・・・と解釈してしまう自分は、「天邪鬼」であろうか?

ただ、「介護」と言う面ではまた別の視点が言えると思う。
「日常生活を営むのに、お金がかかることはおかしい」と主張する当事者の訴えはもっともなことである。障害がなければお金がかからないことが、障害があるために食事や入浴、排泄や外出など、「普段の生活」をすることさえ、お金がかかると言う現実。それが自立支援法によって更なる自己負担が求められることは、当事者にとっては不条理なことである。その部分はわかる。
しかし・・・逆にそのことに「従事している者」としては、「人を使っているのだから、お金がかかる」と言うのはある意味「当然なこと」であると思う。なぜなら、介護に従事している人は、その仕事で飯を食っているわけである。自分も「福祉」と言う仕事で収入を得ている以上、従事した対価は受け取らなければならない。「ボランティアでやっています」と宣言しているなら別だけど、あくまでも障害者の支援を「仕事」として以上、その支援を担った分の報酬を貰わなければ、逆に福祉に従事している人の生活が成り立たなくなる。

何だか文章が長くなってきてしまったので、この部分については、また改めて書くことにします。
この部分の問題、とてもシビアな内容だけど、でも決して看過することの出来ない問題であるので、またゆっくりと触れたいと思います。

2005.08.12

久しぶりの遅延

今日は久しぶりに「遅延」をした。「遅刻」ではなく、「遅延」。

前の仕事でも遅延はあった。でもそのときは「朝送迎」の業務だったから、いわゆる「時間外」の部分。業務に従事しなかったら時間外分が発生しないだけのことであり、通常の仕事に関しては全く持って影響がないことだった。

しかし4月から転職し、朝送迎そのものがなくなったため、勤務時間は8時30分から4時30分の7時間勤務に。
今までより出勤が遅くなったため、自宅の出発も前よりも遅め。そして出勤時間も8時30分ちょっと前に着くようになった。
もっとも、ちょうどいい電車が「8時30分ちょっと前」しかない、と言うのがホントのところなのだが・・・

で、ちょうどいい電車がないため、人身事故なんぞ起きたら間違えなく遅刻・・・という出勤。
しかし・・・とうとう人身事故に巻き込まれてしまいました。電車に乗っていて、途中の駅に停車した時に、車内アナウンスが。ヘッドホンをしていたので、何を言っているのかいまひとつ聞き取れない状況。そのためヘッドホンを外して車内放送を聞いてみると、人身事故が発生したため、運転を見合わせるとのこと。

ハイ、この時点で遅刻決定・・・なので職場に電話しようとケータイを取り出すが・・・


ウ゛ッ、ケータイ、バッテリーなくなりそう・・・( ̄□ ̄;


電池マーク、1個しか残っていない・・・
そー言えば、昨日こんな写真を撮ったなぁ・・・もしかして、それが影響しているのか・・・_| ̄|○
でも職場には連絡できたので、特に問題にはならなかったんですけどね(^_^;)

結局遅れた時間は、5分。当然「電車の事故」だから、遅延証明書を貰って出勤しました。
久しぶりに電車の事故に巻き込まれたけど、今後発生しないことを祈りつつ・・・まぁ山手線や中央線じゃないから、大丈夫かな?

2005.08.11

何とか耐えられるじゃん。

3日間連続の「画像つき」の記事です。
D1000015

なんでこんなもんを撮ったのか?
別に動物園に行ってきた訳じゃありません。散歩で近くの農場に行って撮りました。あくまでもメインは「散歩」であって、ダチョウの撮影ではありません。(笑)
で、この写真は「ケータイで撮影(デジタルズーム使用)→自宅にてサイズ変換」したもの。思ったよりも、画像が使えそう。

思えば「カメラ付きケータイ」にしたのは、福祉の仕事についてからのこと。
当時はまだ授産施設に勤務しており、外作業をやっていた。で、その時に「画像に残しておくと、報告とかしやすいだろうなぁ・・・」とふと思ったのがきっかけで、カメラ付きに切り替えた。それからと言うもの「仕事」と「ケータイ」は切っても切れない関係となり、授産施設のときは「清掃報告」のために使っていた。
そして今では「利用者さんの日課撮影」として使うことがある。ケータイのカメラ、意外と仕事で活用しています。

あ、もちろんこのblogでもケータイは活用されているのは言うまでもありません。
仕事で神戸・大阪に行った時も、仕事をしながら神戸の夜景大阪城を撮ってblogのネタにしているし・・・かと思えば、仕事そのものをネタにしているときもあるし・・・あ、そもそも画像つきの大半は「仕事ネタ」かな・・・(汗)

でも今のデイサービスに勤務してからは、なかなか仕事ネタを出しにくい状態になっている。
今日撮ったのは元々ネタ探しをするつもりじゃなかった。でも結果的に「デジタルズームも耐えられる」ことを証明するために、仕事がネタになっちゃった。
ちなみに・・・撮影場所は明かせません。明かしちゃうと、どこで働いているかバレちゃうからね。(笑)
(今回はポップアップ付き&マイフォトに同じ写真あり。)

2005.08.10

アクティブな、俺。

昨日の「iPod」購入に続き、カードまで買ってしまいました。
P1000361

今日は通常通りに仕事が終わったのにもかかわらず、自宅に帰らずに、直接駐車場に行き、そのまま車を走らせてヨ○バシ○メラへ。仕事帰りの途中にビッ○カ○ラもあるから、そこで買えないこともないのだが、○ドバシの方を選んだ。
と言うのは・・・ビックのポイントカードを持っていないのと、実はビ○クは福祉の世界に入る直前に内定を「蹴った」企業だから、何となく気分的に行く気にならないんだよねぇ・・・(笑)

でも何でだろう・・・今日は通常通りの勤務だったのに、わざわざ車を出して買いに行くこの気持ちは・・・
別に欲求を抑えようと思えば抑えることはできたと思う。普通なら疲れているから、そのまま家に帰ってのんびり過ごそうと思うのだが、何故か体は「買い物」の方に動いていった。そして、買い物をした。

まぁ新しいものを買ったから、それに対しての「興味」で動いているのだと思うけど・・・
でも2日続けてこんなにアクティブになっているなんて・・・かなり珍しいこと。って言うか・・・
もしかして、これって「躁状態」なのか???(汗)

2005.08.09

遂にりんごが・・・

今日はプール同行で昼休みなし。その代わり、昼の休憩が取れなかった分、早めの仕事終了。
正直、プールに行って疲れるのは職員。ずーと利用者が自分にしがみつきっぱなしの状態。利用者はしがみついているだけだから楽かもしれないけど、しがみつかれている職員は水中を「コアラのマーチ」状態で歩いている。
こりゃ、疲れるのがわかるよ、マジで・・・(-_-)zzz

そんな疲れた体の中で、早く仕事が終わったことに気を良くしてか、自宅に帰った後、買い物に行ってきました。
そして・・・こんなものを買ってしまいました。
P1000360

とうとう、我が家にも「りんごのマーク」が登場です。
iPod miniが出た時は「俺には縁遠いな」と思っていたのが、いともあっけなく購入となってしまいました。
もっとも、ここ最近は「音楽」に触れていない状態。ところがこの前ふと「初花凜々」を聞いて「あぁ、いいなぁ・・・」と思ってしまい、その結果CDと一緒に買ってしまうことになった。

当初はネットワークウォークマンにしようか迷っていたけど、結局容量と値段が決め手になってiPodに。
もちろん、今の時点でセットアップは完了。これで明日からは通勤途中もiPodの生活となります。(笑)

それにしても・・・久しぶりにいいかも・・・SINGER SONGER。

2005.08.08

解散・総選挙→自立支援法は?

今日はちょっと精神不安定です。ちょっと心に引っかかることがあったので・・・
でも今日の記事はちゃんと書きますよ。だって衆議院が解散したし。

Yahooニュース「自立支援法案などが廃案 国民生活への悪影響も」

 衆院解散を受けて、参院本会議で否決された郵政民営化関連法案だけでなく、継続審議が決まっていた障害者自立支援法案や組織犯罪処罰法など改正案といった重要法案が軒並み廃案になった。国民生活への悪影響を心配する声も出ている。
 障害者自立支援法案は障害者に福祉サービス利用料の一部を負担してもらうのが柱。廃案で2005年度の国の予算(在宅サービス)が不足する可能性がある。
 組織犯罪処罰法など改正案は重大犯罪を対象に、実行されなくても謀議に加わるだけで処罰可能となる「共謀罪」新設などが目的だった。治安対策関連では14歳未満でも少年院送致を可能とする少年法改正案も廃案となった。
 このほか政府提出法案ではライブドアのニッポン放送買収劇を受けて外資による放送事業への進出規制を盛り込んだ放送法・電波法改正案や労働安全衛生法改正案も提出し直しが求められる。(共同通信)

とうとう「解散」の刀を抜きましたねぇ、小泉さん。
前にも話したように、総選挙になった場合は、予告どおり自分は「野党」にまわります。
野党にまわる理由・・・別に郵政民営化に反対しているわけではありません。「障害者自立支援法案」の内容に対して「異議あり」であるため、反対にまわるのです。

ニュースの通り、たしかに解散になったことで、障害者自立支援法案は廃案になります。
でも廃案になってもかまわないです。「予算が不足する可能性」って言っているけど、元々予算が不足するような予算編成を立てているのが問題であるし、「必要なところ」と「不要なところ」を見極められていないから予算がなくなるのである。そればかりか、自立支援法案に反対している人が多いのにもかかわらず、郵政民営化ほどに熱心な議論もされずに簡単に衆議院を通過してしまった。障害者の負担しか増えないこの法律、はっきり言って「障害者に対する障害者自立支援」ではなく「国のための障害者予算自立支援」の法案でしかない。
そんな「穴ぼこだらけ」の法律が簡単に通っているのに、郵政民営化だけでもめているような政党が政権を握っているのは、当事者としては納得いかない。だから「野党にまわる」と宣言しているのです。

ただ、幸か不幸か・・・解散になったことにより、法案は廃案。
障害者の負担増と言う最悪の状況は免れることになりました。32条医療も、当面の間は変わらない状態になったことは、まぁそれはそれでよかったのかなぁ・・・と思います。
とはいえ、総選挙が終わった後の国会で、再び大した議論もされずにこの法案が何の見直しもされずに再提案されることになったら・・・それだけは避けなければなりません。

郵政民営化だけに注目を浴びている現状。
でも、もっと他の視点を持って、総選挙に臨んで欲しいと思います。自分の信念としては、今の与党には「NO」を突きつけます。

2005.08.07

ネタなし

今日はホントに何も書くことがない状態。
と言いながらも「ネタがない状態」を1つの「ネタ」に変えているのは、自分の技なのか?

本当に充実しない休日を過ごしている感じ。
自分の体を休めているけど、本当に最近の休日は完全に「引きこもり」の状態。もちろん外に出ていない理由として「無理をしない」ことが1番にあるけど、その一方で心身のリフレッシュが出来ていないのも事実。なんか外界との関係を完全にシャットアウトしちゃっている感じ。別にそんなつもりはなくても、結果的にシャッターを閉めている状態。

もちろん「関係を持ちたい」という願望がないわけではない。
ただ、外に出ても「何も出来ない」と言うのが今の自分であり、何かやろうとするにはそれなりの体力を要する。
お金がかかることなら尚更のこと。まだ結論こそ完全に出していないものの、仮に何らかの決断をしたときは、そのことに関しての整理も必要となり、その整理にも力を要することになる。
結局今の自分に待ち受けていることは、どっちに転がっても「力を要すること」であり、精神的に負担になること。

何だかどんどん自分が弱っている感じがする。
今までは何てことないことが、今の自分はかなり弱気な状態になっている。
「精神的な負担」も今までは何とかなっていたものが、今の自分にはものすごく重たく圧し掛かっている状態である。

まぁ来週の検査&診断である程度の診断が下ることになると思う。
その上で今後の自分の進路を決めることになると思う。半分心の中では決めている部分もある。
だけど、やっぱり診断を受けないと決めかねる部分もある。

でも決めちゃえば、案外スッキリしちゃうのかも・・・
心身ともに不安定だった時はストレスの度合いがどの程度か自分でも不覚な状態だったけど、最近になって冷静に自分を分析するようになってから、今自分にかかっているストレスはかなり重たいものなのかなぁ・・・と実感できるようになっている。そう考えた時に、少しでも背負っている荷物を下ろしていくことが必要なのかなぁ・・・と感じる自分もおり、そう考えると必然的に「どうすればいいのか」が見えてきている感じがする。
そして今の状況を考えると、下ろす荷物も必然的に決まってきているような気がする。

あぁ、何だか休日の内容は、こんなことばっかり。
自分でもつくづく嫌になります・・・ホント、もっと楽しいことをしたいものです。

2005.08.06

コトバ★「透析」

今日のコトバは「透析」。触れているようで触れていなかった、この言葉。
自分の理解している範囲で、話して生きたいと思います。(と言うより、少し「手詰まり」気味なのかもしれないけど・・・汗)

唐突ながら、何故自分が「透析」と関係があるのか?
それは自分が福祉の世界に足を踏み入れるきっかけになったのが、「人工透析」にあるからです。

私が大学1年・18歳の時に、私の母は身体障害者となりました。
障害名は「慢性腎不全によるじん臓機能障害(日常活動困難)」で、障害等級は1級、つまり「最重度」と呼ばれるものです。自分の身内が障害者になったことによって「福祉」に関心を持つようになる、福祉の道を志す人にとってこのようなことは、よくある出来事です。

さて、単純に障害名を書いてもよくわからない人も多いと思います。
以前「コトバ★障害者」で身体障害者の定義について説明しましたが、身体障害者の細かな分類については「身体障害者福祉法施行規則」で細かく記載されています。さらに、個々の障害に応じて詳細な判定基準が定められています。
そしてじん臓機能障害の詳細な判定基準は、次のようになっています。

☆1級;じん臓機能検査において
 ・内因性クレアチニンクリアランス値が10nl/分未満、又は
 ・血清クレアチニン濃度が8.0mg/dl以上、
かつ、自己の身辺の日常生活活動が著しく制限されるか、又は血液浄化を目的とした治療を必要とするもの若しくは極めて近い将来に治療が必要となるもの。

☆3級;じん臓機能検査において
 ・内因性クレアチニンクリアランス値が10ml/分以上、20mg/分未満、又は
 ・血清クレアチニン濃度が5.0mg/dl以上、8.0mg/dl未満、
かつ、家庭内での極めて温和な日常生活活動には支障はないが、それ以上の活動は著しく制限されるか、又は次のいずれか二以上の所見があるものをいう。
 a じん不全に基づく末梢神経症
 b じん不全に基づく消化器症状
 c 水分電解質異常
 d じん不全に基づく精神異常
 e エックス線写真所見における骨異栄養症
 f じん性貧血
 g 代謝性アシドーシス
 h 重篤な高血圧症
 i じん疾患に直接関連するその他の症状

☆4級;じん機能検査において
 ・内因性クレアチニンクリアランス値が20ml/分以上、30ml/分未満、又は
 ・血清クレアチニン濃度が3.0mg/dl以上、5.0mg/dl未満、
かつ、家庭内での普通の日常生活活動若しくは社会での極めて温和な日常生活活動には支障はないが、それ以上の活動は著しく制限されるか、又は(2)のaからiまでのうちいずれか二以上の所見のあるものをいう。

※じん移植術を行った者については、抗免疫療法を要しなくなるまでは、障害の除去(軽減)状態が固定したわけではないので、抗免疫療法を必要とする期間中は、当該療法を実施しないと仮定した場合の状態で判定するものである。
(注) 内因性クレアチニンクリアランス値については、満一二歳を超える者に適用することを要しないものとする。
(注) 慢性透析療法を実施している者の障害の判定は、当該療法の実施前の状態で判定するものである。

1級に書かれている「血液浄化を目的とした治療」と言うのが、「人工透析」です。
透析療法には多く分けて「血液透析」と「腹膜透析」の2つに分けられます。人工透析は体内に溜まった老廃物などを人工的に体外に排出する治療で、このことは血液透析・腹膜透析共に共通していることです。うちの母が受けているのは、血液透析です。

血液透析の場合は、多くの場合週3回、1回当たり3時間から5時間かけて血液浄化を行います。この過程で体内に溜まった老廃物や水分を体外に放出し、腎臓の機能を代替することになります。ちなみに母の場合は「HDF」という方式で透析を行っています。この方法で行うと、透析中にしばしば見られる「血圧低下」を防ぐことが出来る、と言われているのですが・・・どうも「相性」が良くないみたいで、血圧が下がることがしばしばです。
ただ障害名に書かれているような「日常活動困難」と言うような状況には、傍から見ては全然分かりません。黙っていれば、障害があるのかなんて分かりません。ただ、確実に体のほうは負担があり、長距離の移動は著しく制限を受けることになります。また定期的な通院治療を必要とするので、慣れていない場合は旅行に行くのも困難な状態です。もちろん「旅行透析」と言って、旅行先の透析施設で透析を受けると言う方法もありますが、なかなかそれを実現するのは、うちの場合は難しい状態です。

透析に関して詳しいことは、「いい透析ドットコム」にも書かれていますので、そちらの方を参考にしていただければと思います。

2005.08.05

長かった1週間

ようやく1週間が終わった、と言った感じ。今週は1週間がものすごく長く感じた。
今日が行事だったと言うのがあったからかもしれないけど、ようやく終わった・・・といった感じ。

社会人となって3年目、「ブルーマンデー」は毎回のようにあるけど、それでも1週間はあっという間に過ぎていた。
ところが、今週は1週間経つのが長く感じた・・・いや、今週と言うよりも、ここ最近は月日の流れがものすごく遅く感じる。普通歳をとると、月日の流れが速く感じるものだけど、それに反してここ最近はものすごく遅く感じる。

あ、あと「疲れる」ことが多い。疲れた状態が続いており、芯から「疲れが取れた」という感覚がない。
どうして疲れが取れないんだろう・・・なんか、それを紐解く鍵が、この詩に凝縮されているかも・・・

本気 -わが子へ-

どんな仕事でもいい
やる以上は本気でやれ
本気でやれば 気持ちがいい

本気でやれば疲れない
疲れても疲れがさわやかだ
本気でやれば結果はどうであれ
あとに悔いが残らない

本気でないと
いいわけやべんかいが出てきて
わるいことはみな 人のせいにしたくなるから

高校野球を見ていて 気持ちがいいのは
彼らが終始一貫して 本気だからだ

本気だから 買っても負けても
気持ちがいいのだ
勝ってさわやか 負けてさわやか

本気だから
勝ち負けを超えて みんなさわやかなのだ

たしかに、言われてみるとこの詩は当たっているかも・・・
もちろんこの詩の出典は、相田みつを。またこの詩で、自分の心を打ち抜かれてしまいました。

たしかに、正職として働いていた時は、疲れていても利用者の笑顔で吹き飛んでいた部分がある。
でも今は、仕事が終わると完全にグッタリとしている自分がいる。
これは、今の仕事に対して「本気」になっていないからなのかな?そんなつもりは自分になくても、潜在的に本気になっていない部分があるから、疲れが残るのかな?
この詩の通り、前職の2年間は細かい後悔はあっても、決定的な後悔はない。もちろん「もっと出来たはず」と思える部分はあるけど、ある程度は納得している部分があるし、そのときの決断としては後悔はしていない。
でも現状は・・・予想だにしなかった出来事が起きて歯車がくるってしまったため、ちょっと心境に変化があるのは事実。

まだまだ、自分を見つめなおす日々は続きます。

2005.08.04

つくづく、自分がイヤ。

なんだか自己嫌悪に陥る1日だったなぁ。

何だろう・・・早速朝からやっちゃうし。
新しい職場になってから、「書き間違え」が連発するようになった。今日も給食の献立を間違えて書いているし・・・
これで何度目だろう・・・本当に書き間違えが多い。自分でもこんなに間違えをすると思えないほどミスが多いし・・・
間違ったことを「笑いのネタ」にはしていたけど・・・本心は結構、ダメージ大きいんだけどね・・・

おまけに、今日は服薬も忘れてしまった。
きっと検食を行ったからかもしれないけど、完全に薬を飲むのを忘れていた。帰宅して夕食を食べているときに、薬を飲み忘れたのに気がついた。昼間の服薬が始まったのは先月からのことで、ずーと忘れないように、時間を決めて服薬をしていた。それが今日は、完全に薬のことが頭の中から抜け落ちていた。後付で思い出せば、午後の利用者に対する対応はちょっと雑な部分があったかな・・・と思えることがった。自分ではそんな意識は持っていなかったけど、もし何も知らない他人が見たらちょっと誤解を受けかねないような対応の仕方があったかなぁ・・・という振る舞いがあった。

今日1日を振り返ると、不安定な1日だったかな・・・と感じる。
前日の入眠も決して悪くはなかったのだが、ここ最近は朝が辛い。シャキっと目覚められないことが多い。
もっと言えば「熟睡した感」がない。何となく疲れを引きずっている感じ。

まぁ朝はちょっといろんなことがあったから、それも微妙に心理面に影響を与えていたのかも。
表面上は何事もなかったかのように、特別変化のないようにしているつもりですが、実際は結構しんどかったりしているみたいです。やっぱり自分の場合は「表面に出す」ことよりも「内面に抑える」ことの方が多いみたいで、それもまた自分の体調を回復させない原因の1つかもしれません。

とりあえず、明日は行事。集中して対応ができるかなぁ・・・心配。

2005.08.03

ぬか喜び・・・

暑い日が毎日続きます。
このところ頭がスッキリしない日も続き、今日なんかお昼を買いに外に出ると、あまりの眩しさに目を開けられない状態。「そんなに今日は眩しいのかなぁ・・・」と自問しながらも、目を開けられないと言う現実。
もしかしたら、脳だけ寝ている状態なのか?

とまぁ、複雑な状態の中にある自分の体ですが、仕事が終わって自宅に帰ってきた後、何気なく久しぶりに体重計に乗ってみることに。今までは毎日のように体重計に乗り、体重・体脂肪などを記録して気にしていたけど、ここ最近になって色んな忙しさからめっきり乗る機会が減ってしまった。ただ、気になったので乗ってみることに。

すると・・・
体重・・・7×.×キロ、体脂肪率・・・25.0%
内臓脂肪・・・やや過剰、骨量・・・3.1kg(平均は3.2kg)
基礎代謝・・・普通(1700kcal、平均は1500kcal)
身長に対する筋肉量・・・56.5kg
筋肉量レベル・・・3(標準は0、最小が-4、最大が4)

あら、体重が再び80キロ台を切ったのね。おまけに、内臓脂肪も今までより減っているし。
そういえば、この前何となく「服でも買ってみようかなぁ・・・」と思ってGAPに入ってみたら、自分のウエストでも入る服がおいてあったなぁ。ってか、GAPに入ること自体初めてだったし、まさか自分のサイズに会う服があるなんて思いもしなかったからなぁ。去年の2月だったら、間違えなく着れる服はなかっただろうなぁ・・・うん、これも多少は減量の成果ありなのか?
とはいえ・・・ここ最近の減量と言えば「ストレス」と「肉体労働」によるところがほとんどだしね。(笑)

でもね・・・さっきまた計ってみたら・・・・
体重・・・8×.×キロ、体脂肪率・・・26.1%
内臓脂肪・・・やや過剰、骨量・・・3.1kg(平均は3.2kg)
基礎代謝・・・普通(1710kcal、平均は1500kcal)
身長に対する筋肉量・・・57.0kg
筋肉量レベル・・・3(標準は0、最小が-4、最大が4)

また元に戻っているし・・・たしかに、夕食はカレーだったから過食気味かも・・・(汗)
内臓脂肪も元に戻っているし・・・やっぱり、食事をすると元に戻っちゃうのね・・・ぬか喜び。_| ̄|○

でも確実に減量できていることは確か。もっと頑張って絞らないとね(^^ゞ

2005.08.02

どこまで、求めるべきか?

相変わらず「ボヤーッ」とした日が続いています。今日は1日散歩。
この暑い中を・・・と思うが、前の職場での仕事に比べたら、まだマシな方。前の職場では「午前公園清掃、午後古紙回収」なんてこともあり、古紙回収の場合は長袖の作業着を着てのトラック運転&作業。
それに比べたら半袖で1時間に満たない時間で外にいるくらいだから、全然大したことはありません。

で、今日から夏のボランティア体験が始まり、うちの施設にも女子大生が来ることに。
そのことを聞いて、利用者が施設の説明をする時に、こんな話で切り出したとか・・・

この施設の職員、面白い職員が多いよ

うーん、なかなかナイスな切り出し方。でも「面白い職員が多い」で切り出すかなぁ・・・(^^ゞ

さて、今日は久しぶりに福祉っぽい話でもすることに。
今の職場に転職して5ヶ月目に入りましたが、ここで働いていると常に感じていることが1つ。
それは、利用者に対してどこまで要求をしていってよいものなのか、と言うこと。

どういう意味か?
以前書いた「コトバ★個別支援計画」でも触れているけど、今まで自分がいた施設(知的障害者通所授産施設)ではこれを作成することが義務付けられていた。だからこの計画に基づいて利用者の支援を行い、利用者に「これができるように・・・」と求めてきた。しかし今の施設(知的障害者デイサービスセンター)では、これが義務付けられていない。
その根拠になるのが「知的障害者援護施設の設備及び運営に関する基準」と言う省令である。

ちなみに、「知的障害者デイサービスセンター」では次のような基準が定められている。(第13条から第21条まで)
第13条(設備の基準)、第14条(職員の配置の基準)、第15条(職員の資格要件)、第16条(運営規程)
第17条(知的障害者デイサービスセンターが利用者等に求めることのできる金銭の支払の範囲等)
第18条(施設長の責務)、第19条(勤務体制の確保等)、第20条(定員の遵守)、第21条(衛生管理等)

ちなみに「知的障害者更生施設」の場合は、この基準プラスαとなっているので、ここでは省略。
ただ「知的障害者更生施設」の定義は「知的障害者福祉法」にて次のように定義されているので、これだけは触れておくことに。
(おまけとして、知的障害者デイサービスセンター、知的障害者授産施設について触れることに。)

第21条の5 知的障害者デイサービスセンターは、知的障害者デイサービスを提供することを目的とする施設とする。

第21条の6 知的障害者更生施設は、18歳以上の知的障害者を入所させて、これを保護するとともに、その更生に必要な指導及び訓練を行うことを目的とする施設とする。

第21条の7 知的障害者授産施設は、18歳以上の知的障害者であって雇用されることが困難なものを入所させて、自活に必要な訓練を行うとともに、職業を与えて自活させることを目的とする施設とする。

正直、更生施設と授産施設は抽象的ながら目的がしっかりと明示されているけど、デイサービスの場合は「デイサービスを提供する」としか書いてなく、具体的に何をする施設かがはっきりとしていない部分がある。
かといって、訓練をやっていないのか、と言ったら決してそういうわけではない。事実、「運営に関する基準」の中の「第13条(設備の基準)」の中には「日常生活訓練室兼社会適応訓練室」が基準として明示されているため、更生施設や授産施設のような「訓練」の要素がないわけではない。ただし、その内容が果たして「訓練」と言えるものであるかは別問題だけど・・・。

話は横路に逸れてしまったけど、どうしてそんなことを思うのか・・・というと、利用者が不適切な行動をとったときに、自分はどう対処していくべきなのかな・・・と考えることが多くなってきたから、と言うのが本音である。今までの授産施設のときは比較的障害の程度が軽く、多少の負荷をかけても耐えられる人が多かった。しかし今の施設は障害の程度が重い人がほとんどで、とてもじゃないけど一般就労なんか考えられない人ばっかりの世界。もっと言ってしまえば就労の可能性が極めて低く、しかし入所施設に行くかと言ったら微妙なラインに立っている・・・いわば「デイサービス」と言う名の「よろず施設」に入っている人と言えてしまうかもしれない。

実際、今日も不適切行動をした利用者に対して、自分は「教示」と言う方法を採った。
しかし前の授産施設のような、教示がその利用者に受け止められているのかは自分でも疑問。たぶん、入っていないと思う。「怒っている」と言うことを表情やジェスチャーで示しても、笑っている状態。あたかも、それを期待している・楽しんでいるかのように感じる。
かといって、じゃ教示をしないのか・・・ということになれば、それもまた「NO」であると思う。どんなに障害の程度が重くても、ダメなことはダメとしっかりと身に付けていかなくては困る。そこの部分を「デイサービス」と言う名で片付けてしまうのは、違う、と考えている。「だめなものはダメ」としっかりしなければ、無秩序のままになってしまう。

うーん、何だか話し出したらキリがなくなりそうなので、この辺でストップすることに。
何だか話がまとまっていないなぁ、今の自分・・・((+_+))

2005.08.01

ちょっとマズイ?

先週からあまり体調が良くないと書いてきましたが、週明けの今日・・・全く回復していません。
ちょっと「こればヤバイのかな?」と感じています。「仕事のときになれば回復するかも」と思っていた自分、ちょっと計算間違えをしていたみたいです。

何となく「ボー」とした感じが続いた1日。
仕事はそつなくやっていたけど、内心はかなり集中できていなかった。午前中のスポーツプログラムの時も、少し「心ここにあらず」の状態だし、午後の散歩のときも移動中の車内では完全に「ボーッ」としている状態。利用者の見守りをしているときはしっかりしていた(つもり)だけど、いざその場面から離れると気が抜けた状態。
コミュニケーション、全くなし。

あぁ、ダメですね・・・こんな状態じゃ。自分でもダメだと感じます。
もちろん入眠出来ない日が続き、その影響もきっとあると思います。ただ入眠しにくくなったのが「リボトリール中止」の後からのことであり、今まではリボトリールの副作用で寝れた&睡魔が襲っている状態だったので、その副作用がなくなったという意味では良いことなのかもしれません。ただ、逆にそれがなくなったために再び入眠しにくい状態になっており、この部分は次の受診時まで続くようだったら、調節する必要もあるかもしれない。

ただ、今は何が「病気」で何が「病気じゃない」のかが、自分でもわからない状態です。
入眠出来ないことも、通常範囲内での「入眠困難」なのか、それとも病的な「入眠困難」なのかが識別できない状態です。同様に、今の身体状態も治療を必要とする状態なのかがわからない、と言うのが本音です。やる気がおきないと言うのも、同じことです。

今日から8月、学校も夏休みに入り、仕事終了後は何もない状態です。
だから基本的にストレスからは解放されているはずなんだけど、実際のところはそうじゃない部分があります。
完全に学校のことが忘れられない部分があり、でもだから何かやっているのかと言うと、その気力が起きていない部分がある。すごく複雑な気分。

あ~ぁ、なんかもっと明るい、ハジけた内容を書きたいものです。
去年の今頃の内容は・・・あぁ、今の内容とは全然違うや。
内容が明るいや、楽しいや。書いている雰囲気が、blogを読んだだけでわかっちゃう。
この状態に戻るには・・・うーん、まだ当分時間がかかるな、ウン。

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