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思ひ出アルバム

  • 卒業式が終わって・・・
    以前HPで行っていた「todya's photo」の写真や「御岳写真館」で使用していた写真を再び復活させるべく、「思ひ出アルバム」として随時更新していきたいと思います。また最近の写真でも「思ひ出」となるものについては、ここに納められていくことになるでしょう。

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2005年6月

2005.06.30

何やってんのよぉ!

by青木さやか風。
さらに今回は「ヒロシ」&「波田陽区」風のコラボレーションで・・・?(笑)


♪ヒロシです。
今朝は雨、そのため自転車は使えませんでした。
でも退社する時は、メチャクチャ晴れていました。黒い傘が空しいです。


♪ヒロシです。
歩いて学校に行き、歩いて学校から帰宅するのはかなり時間がかかります。
でも自転車がないので、猛ダッシュで自宅まで自転車を取りに行かなければなりません。
そして猛ダッシュで、学校に自転車で行きました。

でも・・・教室に入ったら、黒板に休講の文字が書いてありました。
一体、何のために自宅まで帰って、猛ダッシュをしたのでしょうか・・・自分の行動が空しいです。


♪ヒロシです。
黒板には「今日は休講です。テストも近いので自習をしてください」と書いてありました。
でも・・・教室には5人しかいませんでした。自分も含めて。
今日の授業は生理学。黒板の文字が空しく書かれています。

もっと空しいことは、誰も生理学の自習をしていないこと・・・
生理学よりも、目前に迫った解剖学にみんな必至です。
でも「みんな」と言っても、たった5人ですが・・・教室が、空しいです。


♪ヒロシです、ヒロシです、ヒロシです・・・空しいです。(笑)


ってかさぁ、
生理学の授業、休講しまくり。生理学の授業は2コマ連続の授業。だから「休講=2コマ分の授業」がなくなることと同じ。それが既に数回も続いている。もしこのことを「学生」に当てはめたら、「出席」の段階で完全にアウト。
ってことは先生もアウトだろう、もちろん。
なのにテスト・・・って、一体どういうことなのさ、ねぇ。

まぁ先生がいくら伝達として
「(生理学の)テストの自習をして置いてください」と言ってところで、解剖学のテストの方が優先で、生理学の勉強をしている人は居ませんから・・・

残念!

でも拙者、あまり他の人にケータイ番号やメルアドを教えていないから、休講の連絡が回ってこなかったですから・・・切腹!

と言う感じで、今日のことを「青木さやか&ヒロシ&波田陽区」風につなげてみました(^_^;)

2005.06.29

それだけっすっか?

明日で6月も終わり。食欲も、徐々にながら戻りつつあります。
ただ、心の波はどうやら落ち着かない様子らしいです、ハイ。

で、上司から「夏季休暇」についての通達が。
夏季休暇の日数を見てみると・・・エッ、たった3日???

まぁ臨時職員だから、当然と言えば当然なんだけどね。
ちなみに前の職場(常勤職員)として勤務してた時の夏季休暇日数は9日。うち5日間は「施設夏休み」として、残りの4日間は任意で取得することになっていた。
もちろん、夏季休暇が9日もあるということも、結構異常なことなんだけどね・・・(^_^;)

それにしても、3日ですか・・・
おまけに施設はデイサービスセンターであるためか、8月中の休みはなし。つまり、土日以外は通常通りの勤務。
だから「時給制」の自分にとっては、「夏季休暇」はあまり意味がない。だって、夏季休暇を取ったところでその日の時給が発生するわけじゃないし・・・かえって勤務日数が減らされてしまう状態だし。

とはいえ、あるものはしっかりと取らせていただきます。
ちなみに学校は8月中は夏休み。夏季休暇の取得は7月から9月までの間に取得するとのこと。
となれば、必然的に8月にまとめて夏季休暇を取ることになる。(だって9月には学校が再開するから、その日にとっても意味ないし・・・)

でもねぇ・・・「8月中は学校休み」と言いながらも、1日だけ補講があるのよね・・・(涙)

2005.06.28

米を食べない日

疲労感のせいか、それも何のせいかわからないが、今朝は完全に朝食の食欲ダウン。
母が気を利かせてくれて菓子パンを用意してくれて、それを食べるが、その他のものはあまり手をつけず。

昼も同様。職場に立った時はしっかりと利用者と面と向かって対応したけど、あんまり食欲は湧かない状態。
コンビニに行ったら「冷やし味噌ラーメン」なるものがあったから、それを食す。麺類だったためか、一応完食。
でも今日は本当に仕事に疲れた。肉体的にも疲れているけど、なんか精神的な疲労のほうが大きい感じ。

で夜のOT授業は普通どおりに出席して帰宅。正直、昨日の今日だからどっかでドロップアウトしちゃうかな・・・と思ったけど、大丈夫だった。
もっとも、今日は職員が体調不良で急遽休みになったため、それどことじゃなかったと言うのが本音かも。

そして帰宅後の夕食は、冷麦。
やはり麺類のためか、そして冷えていたためか、思ったよりも食が進む。ただ、副菜も含めて「完食」と言う状態ではない。
普段の自分なら、たぶん完食しているだろうなぁ・・・と言うくらいの量なのだが・・・
まだまだ、体調は回復していないみたい・・・

そういえば、今日の食事を振り返ると・・・
朝→菓子パン
昼→中華そば
夜→冷麦

って、今日は米飯を食べていない。よくよく考えたら、1日のうちに1粒もご飯を食べなかったのは、初めて。
大概昼食の時に「麺もの」を選べば、授業のことも考えておにぎりを1個買って昼食の時に食べているけど、今日はそれをしなかった。
食欲が低下していると言うのもあったけど、米飯を食べなかったのは初めてのこと。

さて、明日はきちんとご飯を食べられるでしょうか?
ご飯は大切なエネルギー源。しっかり、食さないとね。

2005.06.27

何なんでしょう?

仕事・学校が終わって帰宅。と同時に、何かの糸が切れたかのように、放心状態になった自分。

動きが緩慢な自分。

「よし、やるか・・・」と言う気持ちが出てこない自分。

別に仕事で何かあったわけでもなく、学校でも「通常のストレス範囲」と思っている程度のことぐらいしかなかった。

なのに、帰宅したら一気に心身ともに疲労感が出てきた。

ちょっと、ヤバい想像も一瞬過ぎったが、しっかりと理性は保たれていた。

ただ、その自分を客観視している自分がもう1人。

「今の状態は、ちょっと良くない状態だぞ・・・」と感じている自分。

別に「これ」って言う引き金はないんだけど、不定愁訴状態になっている自分。

もちろん、今後のことに不安があることはいつものことだけど・・・でも、それだけなのかな?

テストが来週にあることにストレスに感じている?よくあることなのに・・・


とにかく、今日の自分はわかりません。
一体、自分に何が起きているのでしょう?夕飯も全部食べずに残したし。食べるのが疲れたし・・・

こう言うときは、とっとと寝ちゃったほうがいいのかもしれません・・・
仕事をしているときは全然大丈夫だったから、夏バテなんてことはありえないしね。

今日の自分、何なんでしょう?よくわかりません。
でも、何かを発する「サイン」なのかなぁ・・・

2005.06.26

お父さんも楽しんで?

久しぶりに、2連チャンの外出。100均で買い物をして次のところに行く途中に、こんなものを発見。
(今回はポップアップ付き)
D1000002UFOキャッチャーの中身は・・・おつまみ?
うーん、きっと「子ども」のために置いている、とは思えないなぁ・・・たしかにここは家族連れの多い場所。
カップルもちらほら。でもやっぱりメインは「お子様」対象のゲーセン。

にもかかわらずあえて「おつまみ」を置いておくと言うことは・・・
きっと子守りに疲れたお父さんが息抜きをするために置いた、お店側の「配慮」と考えるべきなのかなぁ・・・

でもね・・・このUFOキャッチャーにトライしている人は・・・見なかった。(笑)
(この写真は、マイフォトにも追加済み。)

2005.06.25

コトバ★「支援」

今週は既に「コトバ」をやっているので、今日は省略しようかと思ったのですが、土曜日の「お約束事」になりつつあるので、ちゃんとやります。
今回のコトバは「支援」です。

「支援」と言う言葉については、何度か取り上げてきたことがあります。また「コトバ」としては「コトバ★個別支援計画」として取り上げたことがあります。で、どうしてこんな時期に「支援」を取り上げるのか?

今日は通院日でした。今日はこれからのことについて相談したあと、お約束のお薬を処方してもらいました。
そうそう、これが「リボトリール」って言うやつです。
D1000001

で通院後、久しぶりに祖母のところに行きました。ぶっちゃけちゃいます・・・車、運転しました。
私の母も障害であるため、移動に関しては車は必需品。そして家に引きこもりがちの祖母を外に出すためにも、車は必需品。いわば「車」はなくてはならない存在なのです。診断を受けた当初はとてもじゃないけど車を運転できる心理状態ではなく、最近までは「薬がどのくらいの影響を与えるのか」と様子を見ていた部分がありました。しかし今日は気分もスッキリしており、届け物(非常に重い。車なくして運ぶのはちょっと厳しい・・・)もあったため、思い切って運転することに。
(前もって断っておきますが、通常「てんかん」と診断された場合は、運転は一定期間、許可が出るまで禁止されます。自分の場合は一応「てんかんの可能性が強い」と言うもので、発作要因がはっきりしているものです。Drからも「極力控えてください」と言われた上での行動です。ですから、車の運転に関しては完全に「自己責任」の下で行っています。「てんかんなのに、どうして運転しているんだ」と指摘を受けそうですが・・・そのことに関しては、いずれ「欠格条項」として改めて取り上げたいと思います。なお、欠格条項に関してはわん公さんの「わん公のつぶやき」の中で「欠格条項」として簡単なコメントを入れていますので、そちらのほうも参考にしていただければと思います。)

届け物を祖母の家にした後、今度は祖母を連れて外出することに。
自分が「てんかんの疑い」と診断を受けて以来、自分が祖母を車に乗せることはなかった。だから祖母にとっては、久しぶりの外出になった。で、どこに連れて行ったかと言うと、ドコモショップ。祖母は「らくらくホン」を使っていたのだが、電源が入っていて、電波もしっかり3本あるのにもかかわらず、つながらないことが多かった。既に1度、故障のチェックをしてもらったが、異常は見つからなかった。結局原因が解明できないため、どうせなら新しいケータイにしてしまったほうがいいと考え、祖母を実際にドコモショップに連れて行き、現品に触れて試してみることが1番であると考え、連れて行くことにした。

ADLは自立であるが、やはり歩行には不安があるため、このときだけは車椅子を使用した。車椅子を押してドコモショップに向かい、色々と機種を説明して、デモ機に触れて、実際に使ってみて、その上で、新しいケータイを買うことにした。機種変したのは「P700」。らくらくホンに比べて明らかにボタンキーやディスプレイ表示は小さくなっている。しかしそのことも1つ1つ確認したうえで、購入した。ボタンを押すことができるか、ディスプレイに表示された文字や電話番号を読むことができるか、実際に使って通話することができるか・・・など、1つ1つ確認をした上で、これにした。

買い替えに要した時間は、おおよそ1時間。その他に食事などもしたため、合計で4時間の外出。
基本的には「食事をする」「車に乗って移動」「車椅子に乗って移動」のパターンで、それほど体を動かした・・・というわけではない。しかし80を迎えようとする高齢の体には少々ヘビーな内容だったかもしれない。もちろん、それを実行した自分も疲れたし、ハッキリ言ってしまえば「手間のかかること」をしているかもしれない。でもたとえ「手間がかかった」としても、自分の目で確認し、自分自身で納得し、自分自身で選んだという事実は残っている。
それは祖母が「主体的」に関わったことに違いない。

今回、非常に身近な事例を挙げた。それも、自分が仕事の対象としていない「高齢者」の事例を。
でも、高齢者であれ障害者であれ、こういったことが本来の「支援」と言うものなのかもしれない。今回、高齢である祖母をあえて「ドコモショップ」に連れて行った。以前母親からは「大変だし、疲れるよ」との声があった。もちろん母の言うことはわかる。母親自身も障害者であり、決して体力があるわけではない。そして今の自分の現状を知る母は、自分に必要以上の負担をかけさせないように、と言うことも考えていたのかもしれない。しかしもし祖母のケータイを機種変するのであれば、一度自分で手にとって確認して行うのもアリだろう・・・と思っていた。「高齢者が使う=見やすい・大きい機種=らくらくホン」と言う流れが出来上がってしまっているのを、もし可能であれば取っ払いたかった、と言う思いもあった。たしかに今までは「婆ちゃんが使うんだから、見やすい機種がいいよな。だと、らくらくホンかな?」とこっちの一方的な考えで機種を選び、契約をしていた。
ただ、今回「新しいものを」と思って選ぼうとしても、結局選ぶ機種は「らくらくホン」になってしまう。でも祖母にとって使えるケータイは、ホントにらくらくホンしかないのか?もし他の可能性があるのであれば、それを試してみることも必要であろう・・・と思っていた。奇しくも祖母を連れて外出し、途中のファミレスで時間があったため、母親が祖母に母親のケータイ(D901)を使って、自分の電話にかけることができるか試してみた。すると、「D901」のあの間隔のない数字キーをちゃんと押して、かけることができた。これを見て「らくらくホン以外でも条件さえ合えば十分に可能」と判断し、ドコモショップで祖母に事細かに説明・確認をして、P700に決めた。ボディカラーも、自分で「ピンク」を選んだ。今まではいつもシルバーを使用していた・・・というより、させていたのかもしれない。

正直言って色んなことを1つ1つ確認しながら進めていくのは時間のかかる作業である。で、実際に使えるかどうかデモ機で確認することも、面倒な作業である。普通の人がサンプルを見て「これでいいや」なんて感じで決められるものではない。祖母の場合は、実際に使うことができなければ、ケータイを持つ意味がない。
だから、ここまで細かく時間を費やして、色んなことをやって機種変に至ったのである。

これらの作業、自分たちがやってしまえばすぐに終わってしまうことであろう。
なのに、わざわざ「骨の折れること」をやっているのか・・・これが「支援」なのであろう。「骨の折れること」と言うのは「誰かが犠牲になる」と言うことではなく、「手間がかかっても、本人のためになることであればその労を惜しんではいけない」と言うことであると思う。

その典型例が、去年の神戸・大阪への施設の宿泊旅行
正直、大変だった。行事のサブ担当として、神戸・大阪市内の移動やその料金、割引制度の確認や施設の利用確認など、ネットで調べたり直接電話をして確認をしたり・・・その一方で保護者向けの行程案内や利用者向けの「しおり」の作成など・・・GWの休みを返上して準備をした。そして行事を実施・・・実施期間中はいろんなことがあったけど、最終的に大きなトラブルもなく、無事に行事を終了することができた。行事後の反省会でも主任さんから「これだけしっかりベース(準備)ができていたから大きなトラブルもなかったんだろうな。良かったと思うよ。ただ、準備のスタートが遅すぎるな・・・」と注意をされながらも概ね良い評価を受けることができた。このことから得た教訓は「骨を折らなければ良いものは作れないし、支援も同じことが言える」ということ。その真逆の実例が、去年12月の施設祭。いくら先月が忙しかったとはいえ、ほとんど準備をしていない行事が成功するわけがない。当然、目に見えた結果。どうしてこう言う結果になったのか・・・答えは簡単、準備不足。教訓に当てはめて言い換えるのであれば「骨を折らずに行ったものは、その程度のものにしかならない」ということ。

今の施設でもそうだけど、より良い支援を展開するためには、労を惜しまないことは必要である。
労を惜しんで支援をしていれば、その程度の支援にしかならず、利用者にとってより良い支援になるとはいえない。やっぱり職員が力を入れなければ、その思いは利用者には伝わらない。たとえそれが重度の利用者であったとしても、時間がかかったとしても、その労は惜しんではならない。「常に利用者のことを考えろ」と言うことを言っているわけではない。利用者にとって「必要」と思えることであれば、どんなに手間がかかってもそれは「やるべきこと」であって、それをしないことは「怠慢」である。利用者の支援に正規職員・臨時職員・常勤・非常勤・パート・アルバイトなんて関係ない。雇用形態の差はあっても、目的はただ1つ・・・利用者の支援。

今日実際に祖母をドコモショップに連れて行き、機種変をするまでの過程を振り返ると、今日自分が祖母にしたことって、まさしく「支援」そのものなんだろうなぁ・・・と感じ、改めて「支援とは何か?」と考える1日になりました。

2005.06.24

Tシャツ×5



暑ぅ~




スミマセン・・・いきなりデカイ文字で・・・(^_^;)
今日は学校休講。もう事前にわかっていたから、仕事も休みを取っちゃいました。
でもこんなに暑いんじゃ、正直仕事に行ってたほうがマシだったかも・・・(笑)

とは言いつつも、休みなら休みなりに色んなことをしていました。
朝もダラダラ寝てないで、8時過ぎにはちゃんと起きましたよ。で、軽く朝食も食べて、9時頃からスタート。
何を始めたかって?それは「車の洗車」。

(表向きには)運転が制限(と言うより、先生からは「控えてねぇ~」ぐらいの感じ)されてから、運転することがめっきり減った。でも、車の汚れは増す一方。この間なんか、鳥の糞で結構やられていたし・・・
と言うことで、洗車を行うことに。

もちろん「朝一」でやろうと思ったのは「暑くなる前にやってしまえ」というのと「時間ができれば、美術館にでも行こうかなぁ・・・」の2つの考えから。
ところが・・・洗車をするために、駐車場から自宅前まで車を持ってこようと、駐車場に行き車のドアを開けた途端・・・

モァ~

と、生暑い(「生暖かい」じゃないんですよ、「生暑い」んです。)空気が・・・
車の中は既に出来上がっている状態。そして車を持ってきて洗車を始めだすと、段々とお日様が高くなってくる・・・
あぁ、完全に計算違い。「涼しいうちに」どころか、段々暑くなってきているし・・・
その結果、洗車終了後は汗ダクの状態。シャワーを浴びて、体キレイに。ここでTシャツ1枚交換。

で、ちょっと疲れたので自分の部屋で一休み・・・って、温めのシャワーを浴びたのに、汗が止まんねぇ・・・( ̄▽ ̄;)
ここでもう1度、Tシャツ交換。

そんなことをしているうちに時間は正午。兄貴が「飯買ってきたよ」と言ってくれたので、それを食べることに。でそのまま銀行と郵便局へ・・・と思ったら、弁当のハンバーグのデミグラスソースがTシャツについているじゃん( ゜_゜;)
ハイ、Tシャツ交換して、銀行と郵便局へ。

銀行と郵便局の用事を済ませて、帰宅。で、やっぱり汗をかいているのでTシャツ交換。
その後はゆっくりのんびり・・・って、なんだか「ダラァ~」とした生活状態。あまりの「なまけもの」ぶりに、本来はやるはずのなかった「レポート課題」をやってしまうことに。面倒くさい内容だけど、自分にとってはそれほど難しいとは思わなかった内容だったので、片付けられるものは片付けてしまえ・・・の精神でレポート作成。
あまりの熱の篭りように、その間にやっぱりTシャツ1枚交換。そして、思ったよりも早くレポートが終了。

そこうしている間に、夕方となり、今日のblog投稿となりました。
でTシャツの交換枚数を数えると・・・5枚???6月でこんなに着替えたことって、あったっけなぁ・・・あ、あった。前の職場で外作業している時なんかは、普通に着替えていたっけ・・・(^^ゞ

そうそう、昨日予告した「相田みつを美術館」、結局行きませんでした。
洗車の段階で、もうヘトヘト状態。午後からの日差しの強い中もさすがに行く気がしませんでした・・・
ホントにもーし訳ありません、気分屋なもので・・・(^_^;)


ってか、誰も俺のことなんか待ってねーし・・・切腹!(byドラえもん風のギター侍。)

2005.06.23

(ホントの)会員証到着

まずは、昨日の原因から。
「お知らせココログ」にこんなことが書いてありました。

2005年6月22日(水)のメンテナンス以降、ココログの管理画面にアクセス出来ない状態が発生しています
2005年6月22日(水)のメンテナンス以降、ココログの管理画面にアクセス出来ない状態が発生しています。現在、原因を調査中です。
なお、cookieを削除するとアクセス可能となります。
ご利用のお客様には大変ご迷惑をおかけしておりますことを深くお詫び申し上げます。復旧までしばらくお待ちいただきますよう、お願いいたします。

で、最新のリリースとして、このような記載が。

2005年6月22日(水)~2005年6月23日(木)のココログ管理画面の障害は復旧しました
2005年6月22日(水)15:00~2005年6月23日(木)09:38まで、ココログ管理画面にアクセスできない障害が発生しておりましたが、現在は復旧し正常に動作しております。
ご利用のお客さまには、ご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ございませんでした。
これからも、ココログをよろしくお願いいたします。

うーん、ニフティさん、もう少ししっかりしてくださいよ。4月のバージョンアップのときもメチャクチャ障害出まくりだったし、今回も「cookieを削除」なんて情報なんか得られなかったし・・・っていうか、「お知らせココログ」にそんなリリースすら出ているのを知らなかったし。今、初めて知ったし・・・
これでケータイがなかったら、不本意な状態で「連続投稿記録」が途切れるところだったよ・・・って、別に何も競ってないし・・・(笑)

さてここからが今日の本題。
今日・明日と「作業療法士学会」が開催されているため、それに伴って授業は休講。そのため今日は仕事終了後、ケータイのことで職場近くのドコモショップに行ってから帰宅。すると、新しい会員証が届いていた。

会員証・・・そう、先日行ってきた「相田みつを美術館」の友の会の会員になりました。
今の自分の中で見つけたオアシス、その場所を大事にしたいと思い、「会員になれば入館無料」の言葉に触発されて、入会してしまいました。「してしまいました」と言う言い方はヘンですが、単純に月1回行ったとした時、その入館料の合計と年会費を比較したら、入会したほうがお徳かも・・・と判断。実際には月1回以上行く可能性のほうが高かったため、迷わず入会。
ところが、最初に送られてきた会員証には若干の「不備」があったため、事務局のほうに連絡すると「申し訳ございません。すぐに新しい会員証をお送りしますから・・・本当に申し訳ありません」と丁寧に対応。思わず自分のほうが恐縮してしまいました・・・(^^ゞ

で、その会員証の「不備」って言うのが、これ。↓
mituwo_ID

名前がバレテしまうが・・・自分の名前は「直己」とかいて「ナオミ」と読む。
ただ、パソコンなどの漢字変換や一見した人だけの場合では「ナオキ」と判読したり、変換してしまう人もいる。
この間違え、典型的なもので、きっとデータ入力の際に「直己」を「ナオキ」と入力してしまったため、会員証の発行もそのまま「ナオキ」として打ち出されてしまったのであろう。まぁ、自分の名前ではよくある話。

とまぁヒジョ~に細かいことなのですが・・・一応「会員証」と銘打つものだったので、正しいほうがいいかなぁ・・・と思って連絡したら、ちゃんと再発行してくれました。

さぁ、これで会員証が届いたし、明日は学校が休講であることを理由に仕事も休みにしてしまった。
よし、気が向いたら会員証をもって美術館に行こうかなぁ・・・と考え中。だって「タダ」で入館して見たいし・・・(笑)

2005.06.22

なんでできないの?

いつも通りに書こうと思いきや、こんな状態。
20050622230158.jpg
これでは、手も足も出せません。

と言うわけで、困ったときの「ケータイ投稿」です。とりあえず復旧するまでの応急処置。
さて、復旧は何時になることや・・・

2005.06.21

犯罪成立?

今日の通勤電車の車内でのこと。
自分が駅から電車に乗って、中程まで行ったときのこと。自分の後方で、なにやら怒号が聞こえる。


「テメェ、リュック下ろせよ。邪魔なんだよ。」


「リュックを下ろせ」と言われているのは、中学生ないし高校入りたて位の男の子。で、文句を言っているのは40代ぐらいの体のデカイ中年リーマン風(かなって、感じの雰囲気)。ただ、その言い方が尋常ではない。
男の子のリュックを引っ張り上げて、あわやリュックを千切らんともしそうな位の強さでその男の子を引っ張る。その男の子とはリュックをつかまれ引っ張られている状態であるため、完全に体が前後に振られている状態だった。

あまりに目に余ったのか、近くの乗客の人が「小さい子に何もそこまですることはないでしょ。」と止めに入る。するとまくし立てた男性が一言。
マナーを教えてやったんだよ」とのこと。

いやぁ、あれは「マナーを教える」と言うよりも、うっ憤をその男の子に晴らしているようにしか思えないけどね。
なにしろ、「マナーを教える」のであれば、もっと別な方法があるでしょ。何も体が振られるくらいに引っ張り・・・いや、ともすれば「引きずり回す」くらいの勢いを持ちながらの手法は、どう見ても「マナーを教えている」とは言えないね。旗から見れば、あれは単なる「暴行」みたいなもの。たしかに満員電車の中でリュックを背負ったままの男の子とは「マナー」としては直すべき点はあるけど、それを差し引いたとしても、あのやられっぷりは目に余ります。あまりにも、彼が可愛そうです。

まぁその場は他の乗客が静止してその場は事なきを得たのですが・・・もしそれ以上に悪化するようなことがあれば、そこは「法律」で対抗することにしましょう。
で、覚えておくと良いこととを少しだけ・・・

例えば今回の場合、当事者ではない第3者がこの光景を見て「これはやり過ぎだろう・・・」と犯罪に近い状態であると思えば、関与していない第3者でも訴えることができます。これを「告発」と言います。

刑事訴訟法第239条 何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる。

また、実際に被害を受けた人(この場合は男の子ですね)は当然、訴えることができます。これを「告訴」と言います。

刑事訴訟法第230条 犯罪により害を被つた者は告訴をすることができる。

で、具体的に「害を被った者」と言うと・・・この辺は法律論になるので正しいかどうかわかりませんが、1つの基準として「不法行為の成立」が挙げられます。「不法行為」は民事・刑事に限らず、すべての事件・事故・トラブルに適用されます。
で具体的に「不法行為」が成立する要件(定義)として

1.故意または過失により(「わざと」あるいは「うっかり」)
2.他人の権利を侵害し
3.損害を与えた場合

この3つの要件が揃って「不法行為」が成立します。成立のポイントは「因果関係」にあり、権利侵害の原因があったため、その具体的な結果が存在しているかによって、その成否が決まります。ですから仮に権利侵害があったとしても、その結果何も損害がなかった場合は、不法行為として成立はしません。

で、今回の場合は次になるんじゃないかなぁ・・・と言う状態です。

刑法第208条(暴行)
暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

「不法行為の成立要件」に照らし合わせると
1.故意または過失→明らかに「故意」
2.他人の権利を侵害→「安全・無事に通学することが侵された」
3.損害を与えた→「傷害するに至らなかった(刑法第208条)」ものの、その精神的な部分においては「損害」(恐怖感を覚えた)を与えたことになる

よって今朝の電車内での「リュック下ろせよ」を働いた男性の行為は「不法行為」であり、刑法第208条「暴行罪」に該当するものと思われ、その現場を見ていた乗客多数は全員、この男性に対して「告発」する権利を有しています。

色んなところで事件に巻き込まれそうになった時、この2つの条文「刑事訴訟法第230条」の「告訴」、そして「刑事訴訟法第239条」の「告発」、そしてその基準となる「不幸行為の成立要件」を覚えておくと、いざと言う時に使うことができますよ。痴漢などの「強制わいせつ罪」の場合は「親告罪」と言って「告訴」がなければ提起することができませんが、実際に現場にいて「犯罪があった」と言える場合には親告罪であっても「告発」はできます。その後の捜査を行うかどうか、裁判を申し立てるかどうかは別問題として、「これは犯罪だろう」と思ったら、勇気を出して「刑事訴訟法第239条」を持ち出しましょう。意外と、それを聞いたらビビッたりするかもしれませんよ?

今日は生活の知恵として・・・
それにしても、あのやり方はないよなぁ・・・あまりにひどくなりそうだったら、多分「告発」をしていただろうね、俺は。

2005.06.20

コトバ★「虐待その3」

毎週土曜日や展開している「コトバ」。本来なら今日はフツーのことを書くつもりでした。
でもニュースのネタ記事を使ってしまうと、やはり「コトバ」として取り上げるのが適切かな・・・と思い、急遽変則の「コトバ」です。
今回のコトバは「虐待その3」。「コトバ★てんかん」と同様に、虐待も「その3」までなってしまいました。

Yahooニュース「児童虐待相談3万2979件、14年で30倍に」

 全国の児童相談所で2004年度に処理した児童虐待の相談件数が、前年度を24%上回る3万2979件に達したことが20日、わかった。
 相談件数の増加は14年連続で、統計を取り始めた1990年度の約30倍にのぼった。児童虐待が深刻化している実態が改めて浮き彫りになり、厚生労働省は、子供の保護や親のケアを行う児童福祉司を増やすなどの対策に乗り出している。
 厚労省のまとめによると、全国182か所の児童相談所への虐待相談件数は、04年1月まで、ほぼ月2000件前後で推移していた。
 しかし、同月、大阪府岸和田市で中学3年の少年を衰弱死寸前まで追い込んだとして父親と内妻が殺人未遂で逮捕された事件が発生したのを境に、相談件数は月3000件台に急増。04年度も、月によって多少の増減はあるものの、ほぼそのままの水準で推移。9月には、栃木県小山市で幼い兄弟が父親の知人に虐待され、死亡する事件が起き、相談件数は05年2、3月を除くすべての月で前年同月を上回った。
 厚労省によると、統計を取り始めた90年ごろは、明らかに虐待を受けたケースの通報が多かったが、04年10月、虐待の疑いのある児童を発見した場合、確かな証拠がなくても児童相談所などへ通告することを義務づけた改正児童虐待防止法が施行され、疑わしいケースの相談が増えているという。
 同省虐待防止対策室では「今年度も児童虐待は相次いで表面化しており、相談や通報はさらに高まるのではないか」とみており、今年度、児童福祉法施行令を改正。児童福祉司の配置基準を「人口10万~13万人に1人」から「5万~8万人に1人」とし、児童福祉司が昨年よりも190人増えた。(読売新聞)

えーとですね・・・記事では「深刻化している実態」とありますが、「実態」は既に以前からあったのです。確かに深刻化はしているかもしれないけど、それは「表面化された虐待」が極度のネグレクト(養育放棄・怠慢)であり、一般の人とって衝撃的なものであったからこそ「深刻化している」と評されてしまうのです。自分が思うに、別に深刻化はしていません。単に、改正児童虐待防止法・改正児童福祉法施行令によって児童虐待が「顕在化する数」が増えただけのことなのです。「前年度を上回る」とありますが、統計を取り始めている1990年以降、児童虐待の相談件数が減ったことは1度もありません。つまり、毎年増加しているのです。
何故増加しているのか、それは今まで表に出なかったものが表面化しているだけのことなのです、単純に言えば。
もちろん児童虐待の数そのものも増えていることは否定ませんが・・・

児童虐待だからこそ、これだけ話題にあがるのです。
知的障害の現場に立って3年目を迎えますが、知的障害の現場でも「家庭内虐待」の実態は存在します。
しかし成人であるが故に介入できない部分もあります。ましてや完全に民間施設(自治体が絡まない、社会福祉法人やNPO法人などが設立した施設のこと)の場合、施設が家庭に介入する権限はなく、自治体を通じて絡むことになります。でも自治体も児童相談所同様(いや、児童相談所以上に)及び腰の部分があるので、結局のところは「何か起こらなければいいのだけど・・・」で終わってしまうのです。

児童虐待の場合は法的に規定がされているので、法令を理由に介入する権限を有します。
しかし成人になってしまうと、そのような根拠はなくなってしまいます。知的障害の部分に限らず、高齢者虐待も同様です。

色々と脱線しながらの話でしたが、児童虐待の実態は「深刻化」したのではなく「顕在化」したのです。

2005.06.19

昨日のツケが・・・

やっぱり、回ってきています・・・(^^ゞ
まぁ「自業自得」と言えばそれまでなのですが、昨日の気分はそのままにしておきたかったので、多少今日に無理がかかっても仕方がないかなぁ・・・と割り切っています。

とはいえ、テストまであと3日。なんとか半分は仕上げたけど、残りの半分を3日で仕上げられるのか?
さすがに今回は仕事を休んで・・・とはしにくい状況。何が何でも、休憩時間を利用してまとめ上げをしないと・・・

で、何が今回大変かって、「お絵かき」が多いのね・・・ほら、こんな感じで。
D1000010

で、こういった↓感じのお絵かきが今回は多数存在。
D1000009

前回のまとめは文章だけで済んだし、休みも急遽1日貰って何とかしたけど・・・
果たして今回は・・・ねぇ、どうなんでしょ?

現実に引き戻されて、再びブルーマンデーを迎えようとしているMitakeであります・・・(^_^;)

2005.06.18

コトバ★「てんかんその3」

今日は「コトバ」として取り上げるつもりはありません。ただ内容が「てんかん」のことをベースにしているだけなので、今回も「てんかん」としました。とうとう、「てんかんその3」まで来てしまいました。
えーと、「てんかん」のワードでヒットしてこのblogに来られた方、てんかんについての簡単な説明はこちらで行っていますので、参考にしてください。

今日は心療内科に行ってきました。紹介状を書いてもらった先生のところです。
今週の月曜日に「初診なんですが・・・」と言って「じゃ、午後来て下さい。」と唐突に言われてしまった、この病院。今日は脳波と診断でした。
ただですね・・・脳波を取るのに時間がかかってしまい・・・11時の予約で行ったのにもかかわらず、脳波を取り終えたのは12時半、脳波を取るのに1時間半もかかってしまいました。実際に脳波を取っていた時間は30分程度であるため、セッテングに要した時間は・・・1時間???スッゲー時間かかっているし・・・(゜o゜)
何故にこんなに時間がかかったのか・・・それは「波が二重に出ている」とのこと。脳波の波形は心電図での波形と同様で、通常は1本の線として表れる。しかし何故か、本来表れることのない「二重波」になっていると言う。原因ははっきりしていて、電極の接触がイマイチとのこと。なので何度か電極を付け直しては見るものの、なかなか二重の波が消えない。そしていい加減、電極を介して頭を押されたりして思わず顔をしかめてしまった。技師さんは「ゴメンなさいね。今日最初にやった方はこんな風にはならなかったんですけど・・・申し訳ございません。」と何度となく恐縮しっぱなしの状態。こっちも「いえいえ」と言うものの、正直セッテングだけでだいぶ疲れてしまった。そして1時間程度が経過し、ようやくセット完了。脳波測定となったわけです。

で、脳波の結果はやっぱり異常は認められず。今回も波は出ませんでした。
しかし先生の見解は「てんかんと考えるべきであろう」と言うこと。(一応、日本てんかん学会の認定医になっているらしい)今回は母親も一緒に同行した。母親自身が「波が出ていないのに、てんかんなのか?」「他に検査方法はないのか?」など疑問に持っている部分もあったため、また今回初めて「心療内科」と言う科目に受診することになったため、一度病院を知ってもらうためにも同行してもらった。

母親の疑問「波が出ていないのに、てんかんなのか」と言うことと「他に検査方法はないのか」について、次のように説明を受けた。(説明の内容は私なりに解釈した言葉で記述しています。)

★波が出ていないのに、「てんかん」と診断されるの?
たしかに「てんかん」の診断基準は脳波であり、脳波に異常が認められれば「てんかん」の診断をつけることができます。しかし「波が出る=てんかん」と言えるものではなく、波が認められなくても「症例」(硬直・痙攣・意識状態など)が合致する部分があれば、てんかんと診断をすることもあるとのことです。事実、てんかん患者のうち2・3割はてんかん特有の波が認められない、と言われています。ですから今回の場合はてんかん診断のポイントになっているのは「症例」であり、脳波検査で波が認められなくても「てんかん」と診断されるとのことです。 ただてんかんと診断する上で「脳波」は重要な要素であり、その波が出ていないと言うことも事実であるため、「てんかんである」と断定することが難しいとのことで、「てんかんの疑い」と言う形になります。
(でもカルテにはしっかりと「傷病名」に「てんかん」と書かれていたんですけどね・・・)

★他に検査方法はないの?
基本的に診断のための検査は「脳波」だけです。脳波で異常が認められればCTやMRIなどの画像検査の有効性もあるが、脳波検査で異常が認められない場合はその他の検査をしても現実的ではない(つまり検査をしても脳波同様、異常を見つけることは困難)と言うことです。なので、診断基準としての検査方法は「脳波」に限られると言うことです。

と言うわけで、結局は「てんかんの可能性を強く疑う」という、少し色を濃くしたグレーゾーンなのかな・・・という状態です。
で、再度来月に脳波を取ることになりました。ただね・・・先生は「脳波は異常ないね・・・」と言いながらも何かスケールを使って脳波の波の間隔や幅を調べてチェック・記録をしていたのがなんとなく気になるんだよねぇ・・・

まぁやっぱり自分はどんな状態なのか、正直言ってわからないです。
ただ、今日が今までと違ったこと、それはなんとなく「スッキリ」している感じがするんです。
別に診断にスッキリした、と言うわけではなく、理由はわからないけど気分が乗っていたんです。だから今日は母親と一緒にほぼ1日中外出をしていました。病院の後に食事をして、その後にお中元の買い物に一緒に付き合い、そして夕飯は兄貴の誕生日祝いを兼ねて外植に行き・・・と、とにかくアクティブな1日でした。
ホント、理由はわからないけど、今日は気乗りの良い1日でした。(本当は禁忌事項もやっていたりするんですけど・・・(^_^;)

ただしその分、テスト勉強は全然していません・・・ヤバイです。
でもいいんです。今日は何だかそんなことも割り切っちゃっていられる気分だったんです。
このところの自分にとっては結構珍しい状態。余計なことを考えずに過ごした1日でした。

2005.06.17

やるしかないんだな

現在、テスト勉強に向けて奔走中です。
それに加え、今は崖っぷちの状態なんです・・・((+_+))

とりあえずは来週の解剖学のテスト対策が先決。なにしろ、たった2週間で流し読み&ザーと解説した部分をいきなり翌週テスト。
ハッキリ言って、そんな簡単に頭の中にはインプットされませんから・・・

それと同様なものが、英語。英語も毎回確認テストをしているけど、やっていることは「ひたすら単語を覚えろ」と言うこと。
ハイ、もう脳の機能は臨界点に達していますから・・・

極めつけは、生物学。先日中間テストがあって、決して出来がよかったとは言えない状態。
で先生が一言「その日のうちに予習・復習をすることが大切だ。効率的に勉強するように」とのこと。
事実、作業療法概論はかなりの崖っぷち。再試験も十分にありえる状態。もちろん生物学も。

とは言えねぇ・・・復習の内容は「100個のセンテンスを覚えること」って・・・無理。
とてもじゃないですけど、今はそんな余裕がありません。と言うより、それだけの教科のために労力を集中させることは困難です。ましてや、昼間働いて夜は勉強・・・と言うことは、寝る間を削って勉強しない、って間接的に言っているわけ・・・?

あ、かなり妄想状態ですね・・・今の心理状態を如実にあらわしています。
たしかに、精神的にはイッパイイッパイの状態。でも、「じゃ、やらない・・・」と言うわけには行かないのです。
結局はどんなに困難な状態であっても、精神的に追い込まれている状態であっても、やらなくてはいけないのです。
そう、自分で決めた道なのだから、やるしかないんです。やるしか・・・


そっか、やるっきゃないんだよなぁ・・・(-_-;)

2005.06.16

収入ラッシュ・・・だけど・・・

授業が今日は早く終わったため、ゆっくりと書く時間がありそうです。

OTを目指すために転職をして、早2ヶ月。収入はもちろん激変していますが、それに合わせて給与の支払い方法も「現金払い」から「銀行振込」と変化し、今までの「現金計算」ができなくなって多少戸惑っています。現金払いの良かったところは「金銭感覚への意識がしっかりと植えつけられる」「目的毎に現金振り分けができる」「手元において自由に遣うことのできる部分を確保できる」など、結構メリットが多い。それに引き換え銀行振り込みの場合は、銀行まで行ってお金を引き出さなくてはならないし、目的別に使うときはお金の移動をしなければならない。さらに「何時でも、自由に・・・」と言う感覚で銀行に行くことができない現状。もちろん「コンビニATM」もあるけど、最終的には「通帳記帳」をしなければならないから、やっぱり銀行に行くしかない状態。
現金払いが慣れた自分にとっては、ちょっと不便な毎日が続いています。

そんな中、どうやら自分の口座は振り込みラッシュ・・・らしい。
今の職場の給料日は毎月15日。前月分の勤務分が翌月に支払われる、と言う形。で、その分が振り込まれるのは知っていることだけど、今日上司から「賞与明細」が渡された。一応契約上は「夏季・冬季賞与あり。勤務日数等条件あり」となっており、一応は支給されることになっている。で、自分もまだ2ヶ月だけど、一応支給されることに。
が、その中身を見て・・・(-_-)zzz

イヤ、もちろん少ないのはわかっているし、元から「ないもの」として考えていたから、貰えるものは貰いますよ。
ですがねぇ・・・

たった8800円のボーナスから社会保険料を控除するんですか・・・!

って感じで・・・あ、ボーナスの金額、ぶっちゃけちゃった・・・(^_^;)
マジでそんな感じです。もちろんそんなにまだ働いていないし、今までに貰った給与も少ないし、それに比例してのボーナスだから金額に文句を言うつもりは無いんですよ。
でもですね・・・国に文句は言いたいですよ!これっぽっちしかないボーナスから、そこまでして保険料を剥ぎ取るんですか???

ちなみに今回のボーナス、就職初年度(正規職員)の時に比べ、約20分の1。(今は非常勤職員)
なんだか納得の行かない・・・というよりは、ちょっとショックを受けているMitakeであります。


が、それにさらに追い討ちをかけることが自宅に帰ってきてからのこと。
福祉医療機構(通称WAM)から「退職手当金送金通知書」が届いていた。もう1つの退職金が振り込まれたことを知らせる手紙で、既に退職金の額はWAM-NETで調べて知っていた。だから金額も知っていた。ただ事前にWAM-NETで調べて悔しいなぁ・・・と思ったこと、それは「あと1ヶ月働いていたら、この退職金の額が倍になっていた」と言うこと。前の施設では採用の都合上「5月1日付」で採用されている。で、退色が「3月31日付」なので、厳密には「1年11ヶ月」の勤務となる。だから退職金計算では「1年間の加入」として扱われてしまうとのこと。あと1ヶ月いれば・・・と思うが、こればっかりは人事の都合上もあるからそういうわけには行かない。だから仕方がないこと、と言えばそれまでなのだが・・・今日送られてきた通知書には、こんなことも書いてあった。

退職手当金送付通知書の~(中略)~は、次のように取り扱いが異なるためです。
◎社会福祉施設職員等退職手当共済法の被共済職員期間
 1・2.(省略)
 3.被共済期間の1年未満の端数月数は切捨てる
◎所得税法の勤続年数
 就職年月日から退職年月日までの総勤続期間で1年未満の端数月数は切上げる

・・・ちょっと待てよ・・・同じ「国の法律」で決めたことでしょ?
で、なんで国民に不利な方向に走るのさ・・・って感じ。せめて「6ヶ月以上」「6ヶ月未満」とか、もう少し柔軟に対応して暮れよ・・・って感じ。「所得税」ではたった1ヶ月でさえも1年の範疇に入るのに、「退職金」の場合は11ヶ月の勤務の労がねぎらわれることなく切り捨てられてしまうなんて・・・ものすごくショック・・・ってか、やる気が殺がれてしまう感じ。

今週・来週は口座の変動が激しいけど・・・なんだか「ニッポン」に対して納得のいかないことばかりです、ホント。

2005.06.15

予想通りの展開

あぁ、眠い・・・リボトリールが効いている。でもblogだけは一筆残しておかないと・・・(笑)

今日の仕事で、初めて機能訓練組に参加。今まではスポーツ組に参加していたが、色んなことを知るためにも今回は機能訓練のほうに入った。

とはいえ・・・やっていることは、自分にとっては「スポーツ」と同じです。
「機能訓練」と聞くと大袈裟のように感じますが、実際にはストレッチ体操の状態。
そのうち1人の利用者とは体をつかみ合っての訓練。いや、これは「訓練」ではなく「レスリング」です・・・(^_^;)

レスリング・・・イヤ、プロレスだな、きっと。
利用者と組み合って自分が下になると、すかさず自分のところに追いかけてきてカバーする。
すると他の職員さんが「ワーン、ツーゥ、スリ・・・」とカウントを入れる。もちろん、寸止めで返す。すると利用者は喜ぶ。
こんなことをトータルして20分ぐらい展開。利用者は満足だけど、こっちはちょっとした「スパーリング」をやっているのと同じです。

結局、機能訓練でもスポーツでも、疲労度は同じ。
そんな中で、学校の授業を受けるのです。そして予想通り、来週はテストとのこと・・・うわぁ、全然準備不足だし・・・

これで今週末もまた、引きこもり決定です・・・((+_+))

2005.06.14

「より良く」いきること。

今日はちょっと自分の「福祉観」の話について。

福祉の世界に立って3年目、経験している分野はすべて知的障害者。
その中において、自分が支援を目指すものとして「より良くいきる」と言うことがある。
本当は「生きる」と書いていたのだが、あえてここでは「いきる」と書いた。

今日は利用者の個人面談にフル参加するため、フレックス出勤。
夕方から保護者と職員、そして利用者が一緒に同席して面談を行った。保護者の方にはあらかじめ今年度に入って施設で実施してきたことについての紹介や説明書きを資料として提供していた。その上で、その資料に基づいて色々と話をしてきた。実際にやってきたことに関しての説明やそのときの状況、行動、そのほか気になったことなど、すべてを説明してきた。その過程で、保護者の方からの意見や家庭での状況についての情報も得ることが出来た。

そして面談の最大の目的は、今後の支援の方向性を考えること。
その上で、施設に入所してから利用者に変化があったのかどうか、保護者が利用者に望むこと・・・などなど、色々となことを聞いた。もちろん詳しいことは守秘義務の関係で話すことはできないが、「すごく大人になった。成長したと感じている」との変化を聞けた。さらに「家の中でも落ち着いてきて、本当にいい方向に向かっているみたい」とのこと。そして一番印象深かったのは、この言葉。

今まで(養護学校に在籍していた時代)はちょっとしたことがあると、地面に腰を落として泣いていた。学校の送り迎えの時も落ち着かないで、いつも苦労していた。今回も施設に入所してすぐが落ち着かず、やっぱり私が送り迎えをしなくちゃいけないのかなぁ・・・と悩んでいた。
でも今は落ち着いていて、送迎でも添乗員の方がうまく対応をしてくれているので、とても安心している。それとあわせて、今までの「苦労」から開放されることが何よりも嬉しいことです。

現場経験3年目、安易なことはいえませんが、保護者の方の訴えは、ものすごくわかります。
生まれながらに障害を持ち、きっと色んなところで苦労をしてきたはず。実を言えば、この利用者はダウン症の利用者で、自分が関わってきたダウン症の中で最も重度な部類に入る利用者であった。今回個人面談にフルで参加したかったのは、ダウン症の利用者さんであったということが一番大きい。今まで見てきた「ダウン症の利用者」と「その保護者」の関係は様々で子どもに対して寛容すぎる親がいれば、厳格すぎる親もいた。だからこそ、これがどのような家庭関係の中で育ってきたのかを、知りたかった。

そして自分なりに解釈してわかったこと、それは「想像を絶する苦労」をしながらも、深い愛情を受けて育ったこと。
自分は子どもがいないから子育てに関してとやかく言う立場ではないが、日々の支援の中で職員も苦労・試行錯誤をしながらの毎日なのだから、それが四六時中365日続く親の苦労は想像を絶するものがある。今の世の中、普通に子育てをすることすらできない親が多い中、障害を持った子どもを育てていくことは並大抵の苦労ではないはず。
だからこそ「今までの「苦労」から開放されることが何よりも嬉しいこと」と言うこの言葉には、重みを感じる。

「より良くいきる」と言うのは、福祉の専門学校で、障害者福祉論の講義をしていた先生が使っていた言葉。
この先生は知的障害者施設の施設長をされている人で、「より良くいきるとは?」と言うことについて、常に考えさせられていた。正直、今もその答えは見つかっていない。ただ、「より良くいきる」と言うのは利用者自身に限ったことではなく、利用者に関係する人も含めて「より良くいきること」なのかなぁ・・・と今日の面談を通じて感じた。
保護者の方が話した「(子どもが)落ち着いてきた」と言うのは、利用者にとって今の生活が「より良いもの」になりつつあるものであり、その相乗効果として親の「苦労から解放される」と言う言葉が生まれるのであろう。そして我々職員はこれに甘んじることなく、更なるものを目指して「より良くいきる」ことへの努力を惜しんではいけないのであろう。

何故「いきる」を「生きる」と書かなかったのか?
「いきる」には「生きる」と「活きる」がある。「生きる」と「活きる」と足したら、それは「生活」である。
つまり「より良くいきる」の中には単に「生きていく」と言うことだけではなく「生活をしていく」と言うことも含めている。
「生きる」だけであれば、極端な話、栄養を保てばできるかもしれない。でも「生活」は「食べること」だけが生活ではない。毎日の楽しいこと、辛いこと、好きなこと、嫌なこと、嬉しいこと、悲しいこと・・・すべてを含めて「生活」なのであり、衣食住はその「手段」に過ぎない。「より良くいきる」とは、「より良い生活を送っていくこと」、即ち「QOLの向上」なのかもしれない。

うーん、何だかまとまりのない話になってしまって・・・
でも、今日は久しぶりに印象的なエピソードがあったので、ご紹介しました。

2005.06.13

妙な感じ。

先週の土曜日に「紹介状」を書いてもらった、週明けの今日。
元々今日は税金のことで聞きたいことがあって、急遽先週休みをもらった。そして一応税金の話を聞いて納得して、今年度分の税金、約6万5千円を一括納付。だって、ある内に納付しなければなくなってしまいしまいそうだし、その都度納付しにいくのが面倒。銀行引き落としにするのも、何だかシャクに触るし・・・
(ってか、ホントは納得していないんだけどね・・・タダですら収入が少ないのに、どーしてそういうものだけはシッカリと徴収するかなぁ・・・って感じ。「納税の義務」を果たしているのに、そのことによって「修学の権利」を侵されるのって、これって憲法違反じゃない・・・?、勝手な解釈をする自分ですが・・・)

で、市役所で約6万円を払って帰宅。その後紹介状を貰った心療内科(まぁ早い話が精神科ですが・・・)に初診予約の電話。するといきなり「では本日の3時半はいかがですか?」と、「いきなりかぃ!」といわんばかりの確認。まぁ多少時間がかかったとしても学校には間に合いそうだったので、それでOKして、受診することに。

とはいえ、いざ行くとなると、準備が必要になる。
特に自分の場合は職業柄、自分自身の成育歴や医療歴、はたまたジェノグアムやエコマップの作成をしたりと・・・こう言うところは「職業病」みたいなもの。普通は利用者に対して書くものを、なぜか自分自身のために作成している状態。でもこれって、自分をちゃんと客観視しているのかどうなのか・・・

そんなことをしているうちに、予約の時間に。
一応診察が長引いてもいいように、病院まで自転車で行くことに。片道約20分、今日は結構暑いから、汗もダラダラ。
そうそう、お財布の中身も少ないため、「念のため」に近くのATMで引きおろし。そしていざ、病院へ。まぁ病院と言っても、建物的には「開業医」なので、中は普通の診療所の待合室と同じ感じ。で、一通り問診票も書くが、正直「問診表」を書くよりも、自分が書いてきた成育歴をそのまま出したほうが逆にわかりやすいのかなぁ・・・と思い、受付の人に「一応、まとめてきているんですけど・・・」と言って、成育歴などをそのまま提出。診察も、それを参考に実施。
でもねぇ・・・なんか、あんまり会話ないのね。HPでは「じっくりとお話を聞いて・・・」ってあったのに、あんまり聞かれることはなし。強いて言えば、発作の状態について自分のほうから説明することのほうが多い状態。で、今日の結論。
うーん、脳波を取ったほうがいいねぇ。今度の土曜日に、取りましょう。

・・・初診、結果はそれですか・・・(゜o゜;)
まぁDrは「てんかん学会認定医」だからてんかんのことは詳しいし、きっと普通のDrでは見切れないような波も見落とすことなく見るのでしょう・・・と勝手に良いほうに判断して、今日の診療終了。なんだかあっけない感じ。

以前、前の職場で仕事として利用者の通院する心療内科の先生のところへ、利用者支援に関してのカンファレンス(面会・面談)をしに行ったことがあった。そのときのblogの記事名は「現代社会の縮図」。この前は「支援する側の立場」として心療内科に行ったけど、今回は自らが受療者として行くことに。立場は完全に逆転してしまっていますが・・・う~ん、何だか妙な感じです。

そして診療後はそのまま学校へ。
作業療法概論のテストと、線形代数のテスト。
結果は・・・聞かないでください。精神的に凹みますし、どんどん落ち込んでいってしまうので・・・((+_+))

2005.06.12

ものごと、うまくいかないもので・・・

昨日「相田みつを美術館」に行って、心を休めてきました。

なのに、今日キレちゃいました、父親に。
元々父親とはあまり関係が良くなく、今日も「お風呂」(例の「漏電した」の一件で)のことで、父と母がなにやらやっている様子。正直疲れていた自分は、何だかうっとうしくなって、一刀両断。
ただし、俺と父親の関係だから、みんなが思っているような感じではない。ぶっきらぼうな言い方。
でもって、ちょっとキレた言い方。もっとも、父親も何かあれば声の大きさで押さえつけようとしている人間だから・・・

そして筋の通っていない言い草で、完全に自分の中でプッツン。
取説を床に叩きつけて大爆発。それを見て父親も激高。しかし問題なのはその後で、「お前、おかしいんじゃないか?」の一言。

その一言を聞いて、完全に頭の中はイッてしまっていた。
あぁ、そうだよ。俺は頭がおかしいよ、狂っているよ。全部狂っているよ。

「おかしい」と言う言葉が自分の今の状況と完全に重なり合ってしまっていた。
もちろん昨日の病院の過程もそうだし、口論も売り言葉に買い言葉の状態。そのまま、母親に分離されるように自分の部屋のベッドで伏せていた。

と言っても、父親には自分の病状は話していません。話しても、わからないと思っているからです。
以前母親がシャント(人工透析をする人の多くが、聞き手ではない前腕部の動脈と静脈を縫合し、その部分から血液を取り出して人工透析をするための人工造成部位。あまり適切ではない説明だけど・・・)の再手術を受けるときも「お前の日頃の行いが悪いからだろう」と、全然わかりもしないのに勝手な思い込みや主観だけで発言。そのときも自分はプッツンして「何もわかってないのに、わかろうとしてもいないのに、そんなこと言ってんじゃないよ!」とキレたことがあった。
この一件があってから、父親には何を言っても無駄だと思い、自分の病状も言わなかった。

まぁ言わなかった自分が悪いといえば悪いんだけどね・・・
結局口論の後は一切顔を会わせることはなし。母親が心配しに自分の部屋に来ても、一時緘黙の状態になっていた。もちろん、いつも見ているテレビも全然面白く感じなかった。完全に、スパークした末のうつ状態。

う~ん、自分はまだまだ未熟な人間ですね。
昨日美術館に行ったこと、全然自分のものになっていませんね。
「相田みつを」風に言うのであれば「いのちの根がふかくなる」のには、まだまだ時間がかかりそうです。
結局、ほとんど明日のテスト勉強はできず・・・ウーン、ヤバイ il||li(A´・ω・)ャ'`゙ィ

2005.06.11

コトバ★「通院医療費公費負担制度」

今日のコトバは「通院医療費公費負担制度」について。長ったらしい名前ですが・・・
その前に、今日の「自分」から。

昨日も書いたように、今日は定期通院日。ここ2週間の状態について先生に話した。
小発作っぽいことに関しても話し、そして「うつ」のことについても一緒に話した。その上で「やっぱりこういうこと(=発作を起こす状況下の精神状態)に関して、精神科とか心療内科に行ったほうがいいのでしょうか・・・」と相談。すると先生の答えは「必要があれば、いつでも紹介状を書きますよ。」とのこと。
事実先生も「棘波が出ていないけど、てんかん様の症状を示している」部分に「てんかんの疑い」と考えているところがあり、「精神性・神経性によるてんかん発作」と考えているとのこと。そう考えた場合、てんかんの原因が心理的・精神的な部分にあると考えられる場合は、さらに専門のDrを紹介してみてもらうのが一番である、とのことだった。
また合わせて「軽度のうつ」が見えることにも着目されて「そしたら、今日紹介状を出しましょうか?」との打診。先生も「神経のことは専門だけど、精神科領域は専門ではないので、心療内科で診てもらうのも良いと思いますよ。」とのことで、心療内科への紹介状を書いてもらうことに。「どこか病院知っています?」と聞かれても「いやぁ、ちょっとわからないんで・・・」と話すと、いくつか候補を挙げてもらい、その中で先生が勧めていた病院に行くことに。実際にその病院についてネットで調べてみて、一応自分も納得して受診できそうな感じだったため、とりあえずは次の定期通院日までに行くことに。

さて、ここで話に戻るのが「通院医療費公費負担制度」のこと。
今の病院では「現実味が薄いなぁ・・・」と思っていたのですが、さて心療内科に通院するとなると、ちょっと話は別。
ここにきて一気に「通院医療費公費負担制度」の可能性が出てきました。

で、さっきから言っている「通院医療費公費負担制度」と一体何なのか?
これはその名通り、通院に要する費用(医療費)の一部を公費(つまり国や自治体のお金)で負担してくれる、と言う制度なのです。詳しい流れについてはわん公さんblogの記事にお任せするとして、ごくごく基本的なことについて触れたいと思いますね。

まず、誰がこの制度の対象なのか、と言うことですが、対象となる疾患は「精神障害」です。
以下が、その根拠条文です。

精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(通称「精神保健福祉法」)第32条
都道府県は、精神障害の適正な医療を普及するため、精神障害者が健康保険法第63条第3項各号に掲げる病院若しくは診療所又は薬局その他病院若しくは診療所(これらに準ずるものを含む。)又は薬局であつて政令で定めるもの(その開設者が、診療報酬の請求及び支払に関し次条に規定する方式によらない旨を都道府県知事に申し出たものを除く。次条において「医療機関等」という。)で病院又は診療所へ入院しないで行われる精神障害の医療を受ける場合において、その医療に必要な費用の100分の95に相当する額を負担することができる。

この条文を簡単に紐解けば、精神障害者の医療促進や自主的な医療を促す観点から、精神疾患のために精神科や神経科、心療内科などに通院する場合、またその治療として薬を処方された場合、これらにかかった費用(まとめて「医療費」)の一部を都道府県が負担するというもので、この制度を利用すると通常の自己負担率(3割)が0.5割に軽減される、と言うものです。
ちなみにこの「通院医療費公費負担制度」のことを私たちは通称「32条」とか「32条医療」と呼んでいます。
理由は簡単、この制度を規定している条文が「32条」であるからです。

ただし、間違ってはいけないのは、この先です。
精神疾患になったからと言ってすぐに「32条」の適用を受けるわけではありませんし、逆に絶対に32条を利用しなくてはいけない、と言うことではありません。基本的に自分は32条利用に関しては躊躇いはありません。それは32条を「利用する権利」を有しているからであり、使えるものなら使ってやろう、と思っているくらいです。しかし今現在の自分の状態が「てんかんの疑い」と言う状態なので、仮に申請したとしても「確定した診断」ではないので、恐らく認められないと考えていました。しかし今日の流れ(心療内科受診)になると、ちょっとまた方向性が変わってきて、てんかん以外にも「うつ」と言うことでその適用の可能性が出てくるのです。
とはいえ、あくまでも「疾患が継続的に続く」ことが条件らしいので、うつは快方するものなので可能性が低く、またてんかんも「疑い」の状態なので、きっと自分は32条を受けることはできないでしょう。
まぁ実際に受診してみないとわからないのですが・・・

さて、32条と同様に精神障害者の施策として「精神障害者保健福祉手帳」があります。
が、これは私は申請するつもりはありません。と言うのは、メリットが少なく、デメリットのほうが多いと言われるからです。
障害者に対する手帳制度は3種類あり、身体障害者に対する「身体障害者手帳」、知的障害者に対する「療育手帳」(愛の手帳、みどりの手帳など)、そして精神障害者に対する「精神障害者保健福祉手帳」があります。このうちの法的に規定されている手帳は「身体障害者手帳」と「精神障害者保健福祉手帳」の2種類ですが、手帳取得により法的に「障害者」として認められるのは、身体障害者だけです。

身体障害者福祉法第4条(身体障害者)
この法律において、「身体障害者」とは、別表に掲げる身体上の障害がある18歳以上の者であつて、都道府県知事から身体障害者手帳の交付を受けたものをいう。

ちなみに「療育手帳」は厚生労働省(旧厚生省)の通知によるもので「知的障害者福祉法」には知的障害者の定義はされていません。また「精神障害者保健福祉手帳」も法的には規定されており、精神障害者の定義もされています。しかし手帳取得が精神障害者の要件にはなっていません。この背景には当時まだ「統合失調症」が「精神分裂病」と言われたいた時代、精神障害者に対する偏見が根強く(今もそうですが・・・)また手帳を取得することによって自らが「精神障害者」であると言うレッテルを付けられることになり、手帳申請によって「管理」されるのではないか・・・という考えが根強く残っているのが事実です。
「メリットよりもデメリットのほうが多い」と言うのはこのことであり、手帳を持っていても優遇される場面が限られています。せいぜい優遇されるとすれば所得税や住民税の減免、介護等で使用する自動車税の減免ぐらいなものです。療育手帳の場合は時の「全日本手をつなぐ親の会」の力強い働きかけ・運動があり身体障害者と同等の権利を得ていますが、精神障害者保健福祉手帳の場合はそこまでの有用性が薄いのが現状です。ましてや所得税減免の証明として精神障害者保健福祉手帳のコピー添付となれば、「精神障害者」であるというスティグマ(烙印)を強く抱く人にとっては、全く持って手帳は「邪魔な存在」なのかもしれません。

最後に・・・最近の動きで、32条に関して大きく揺れ動いています。福祉従事者ながら、この動きには察知していませんでした。
32条関係の問題については、こちらでご覧になっていただいたほうがわかりやすいと思いますので、お譲りします。サーッと流し読みした範囲では、32条が廃止の方向に向かって進んでいるとのことです。

さて余談。定期通院後、心の癒しを求めてお出かけしてきました。ここに↓
mituoticket
自らの意思で美術館に行くのは、きっと初めてでしょう。
すべてのきっかけは、何気なく見た作品から。この詩があまりにも印象的で、国際フォーラムに美術館があることを知って「行ってみたい」と思い、そして今日、足を運んできました。何だか詩を1つ1つ見ていると、その詩の背景にある「奥深さ」をしみじみと感じ、同じ詩を何度も見ながら立ち止まっている自分がいました。ひょっとしたら、自分にとってここは「癒しの場」なのかもしれません。きっと来月も、何かのきっかけで足を運ぶことでしょう。たぶん土曜日に。

なので・・・「コイツ、きっとMitakeだぞ!」と思ったら、ナンパしてやってください。
彼女もいないので、1人寂しく、ポツーンと立ち止まりながら何度も作品を見ている、太目の男がいますので・・・(爆)
ただし、拉致らないでね・・・(^_^;)

2005.06.10

胃が痛い・・・(-_-)zzz

今日の「授業」
英語の中間テストと、生物学の中間テスト。メッチャ、凹む。

いや、英語のほうは何とかなっているのさ。
先生も「結果だけじゃなくて、努力の過程が大事なのだから。」と。

しかし生物学は、あくまで成績至上主義。
まぁ当然といえば当然なのだが、やはり「結構頑張ったのに・・・」と言う状態なのに、結果で足切り、再試験は通常試験よりもさらに難しく合格しにくくする・・・それに、結構プレッシャー。
その生物学が、思わしくなかった。結構必至になって勉強したのに・・・(涙)

凹んでいるのもつかの間、来週の月曜日も中間試験です。
科目は作業療法概論と作業科学基礎論。どっちも「生物学」と同じ先生です。
ってか、すべて「担任」の科目です。


「落としちゃイヤ」とは言わないけど、もう少し「救済の道」を作ってください。

救済の方法、あまりにも少なすぎて、自分には通れませんよぉ!


明日は定期通院の日。この2週間は色々あったなぁ・・・かなり精神不安定だったみたいだし。
今日は勉強しません。こんな精神状態で勉強しても、効果は期待できませんから~!

まぁこれで次回の生物学のテストの日は「仕事お休み」内定だね・・・きっと。

2005.06.09

これ、な~んだ?

いきなりですが、問題です。
D1000041_0
さて、これは何と書いてあるのでしょうか?もしわかった人、この仕事、向いているかも・・・

ヒントは・・・
この文字の上には

「たまご」
「牛乳」
と書いてありました。

「卵」と「牛乳」と、そして「問題」を使って、あるものを作ったんです。
さて、何を作ったのか、わかりますでしょうか?今回は、答えを待ってから小出しにしようかなぁ・・・

なんてことも考えましたが、そんなことをするのは面倒です(^^ゞ
それに、やること多すぎて、勉強もしなくてはいけない状態でこんなことをやっていては(本来ならば)マズイ状態・・・
でもいいんです。これが自分にとっての「作業療法」になっていれば(^_^;)

それでは、答え。これを見ればわかるかも。
D1000041

ハイ、今日は調理活動をしました。作ったのは、ホットケーキです。
よって、問題の写真は「ホットケーキミックス」の「MIX」と言う単語です。

この文字、職員が書いたわけではありません。
職員が利用者と一緒に書いたんです。まず先に職員が「たまご」と書くと、その文字を見て利用者が「たまご」と書く。続いて職員が「牛乳」と書くと、その文字を模倣して「牛乳」と書く。
そして最後に職員がホットケーキミックスのことを「MIX」と書いて見たら、脳波の波形のような文字になったのです。
でも最初の「M」ぐらいは読めた人が多いのではないかと思います。

でもホワイトボードに書いた文字、すべて利用者さんが職員の書いた文字を模倣して書いたものですよ。
でもさすがにアルファベットを書いたことはなく、実際にやってみたらどうなるのかなぁ・・・と試してみると、こんな感じだったんです。

あ、肝心のホットケーキですが・・・みんなで楽しく作りましたよ。
味もホットケーキミックスを使っているから、全然食べられましたよ(ォィ・・・(~_~;)

※今回の画像は、いつもよりだいぶ小さめにしています。また、加工もだいぶしています。
一応「不特定多数」への公開と、どこの誰が書いたものなのかがわからないようにするために、画像処理をさせていただきました。かなり不鮮明な部分や見難い部分があると思いますが、個人情報保護としての一環として施させていただきましたので、ご理解の程をお願いします。

2005.06.08

「ピアセラピー」

このblogの紹介に「業務日誌」と書きながら、それらしいことを最近書いていないので・・・ちょっとだけ。
利用者の給食の準備中のこと。部屋で利用者の見守りをしていたら、突然背もたれのない4つ足の丸椅子が飛んできた。

そう、自分の目の前を「ビューン」と。
イヤァ・・・焦った。かなりの勢いがあったし、一歩間違ったら直撃してたよ・・・(^_^;)


さて・・・ここ最近、たくさんのコメント&TBを頂いています。以前「支えになっているもの」で「今の自分にとっての「支え」って・・・とふと感じる。何か木の枝のような細さしかない支えのよう感じて仕方がない」と書きました。

皆さん、本当に、感謝しています。自分は皆さんから支えられているんですね。
人の言葉やアドバイスを素直に受け入れらない自分がいる中で・・・いや、そういう自分であるのにもかかわらず多くの励ましをしてくださる皆さんの心に、本当はものすごく感謝しています。
自分、なかなか素直になれない人間で、天邪鬼な人間で・・・でも、自分の書いたことに対して反応を示してくれたり、慰めてくれたり、共に悩んでくれたり・・・ほとんどの方が自分と一度も会ったことがないのにもかかわらず、まるで自分のことのように思ってくださることに、Mitakeは本当に嬉しく思い、そして感謝しています。

のざ、かささん、わん公さん、そしてこれを見てくださっている方。
素直に感謝の言葉が言えない自分で、ゴメンなさい。でも、本心はものすごく自分にとっては「支え」になっています。

アンバランス」で「今の自分は良くも悪くも「プライド」と言うコンクリートで固められている」で書いたように、自分の場合は「福祉従事者として、てんかんを受け入れ、そして次のステップに進んでいこう」としている自分と「俺は今の自分を認めない」としている自分がいます。しかし、新たな自分の存在として「自分にとって都合の悪いこと、いわゆる「悪しき所存」をすべて病気や薬のせいにしている自分」がいます。心理学的には「合理化」の状態かもしれません。ゆえに、今の自分は様々な「防衛機制」が働いている状態です。

そんな状態を脱しようとしているのが、皆さんからの励ましなのかもしれません。
タイトルでは「ピアセラピー」と書きましたが、ピアカウンセリングの状態を自分のblogで展開しているのだと思います。
自分自身、ピアカウンセリングの有効性は認めていますし、効果は専門職が携わる場合よりも高い可能性もあります。
そんな自分は「福祉の専門職」でありながら、ピアカウンセリングを受けたり、逆に行う立場にあるのかもしれません。

話は逸れますが、今日の解剖学の授業で「人体解剖」のVTRがありました。
もちろん、自分は見ませんでした。いや、見れませんでした・・・発作が怖くて。
もう発作は起きないだろう・・・と思っていた矢先に起きた4月の発作。それが後を引いて、今では受け入れられなくなっています。トラウマの状態です。だから、発作が怖くて見れませんでした。
見れないだけではなく、説明も聞くのが辛い状態。すべての環境が発作を引き起こしかねない状態。
友達は気を利かせてくれて「トイレに行くフリをして、外に出たら?」と言ってくれた。たしかに、そうすればいいのかもしれない。でも・・・体が動かなかった。動かすことはできるのだけど、動いた瞬間に何らかのきっかけで情報が伝達されてしまい、そのまま発作を起こしてしまうかもしれない・・・という不安が強く、動くことができませんでした。過呼吸状態も何度かありました。そして無意識のうちに、机に伏せていたのにもかかわらず頭(体)が上下運動をしていたとのことでした。意識はあったけど、記憶は「過呼吸」や「友達の言葉」の局所的な部分に限られていて、全体の流れはあまり覚えていない。もしかしたら、実は小発作が起きていたのかもしれない・・・ただ、これはあくまでも推測だからDrに聞いてみないとわからないことだけど・・・。

こんな状態だったので、正直記事の内容は全然整理できていません。
でも、これだけの人が自分のことを思ってコメントをつけている事実に、何とかして応えなければならない・・・と思い、整理ができていない中、今の自分で最大限言うことのできる「あいさつ」をしました。

本当に、皆さんがいるから、自分は「いかされている」のかもしれません。

2005.06.07

眠いです。

薬の副作用、とは言いませんが・・・眠いです。

今週、メッチャ多忙です。今週の金曜日、英語と生物学のテストがあります。

来週の月曜日、作業療法概論と作業科学基礎のテストがあります。

それに向けて、何とか必至に勉強しています。

だけど・・・睡魔が襲っています。体が疲れていることは事実です。

だから、通勤時間や職場の休憩時間を有効に使って、勉強を励んでいます。

でも、通勤の電車の中で座って勉強をすると・・・眠くなるんです。

眠くて、落ちてしまうんです。ものすごく、苦痛です。

思わず、乗り過ごしてしまうところでした。


眠いです、眠いです、眠いです・・・(by ヒロシ)

ふぅ、今週は一度も英語を読んでないや。今もやろうと思ったけど・・・
眠気が襲っているので、この記事書いていること自体、キータッチミスが多すぎるし。
それに、自分でどこまで打ったかがわからなくなっているし・・・ダメだ、もう寝ておこう。

あぁ、目は眠い。脳もきっと薬で眠くなるだろう。
でも心は乱れたままで、きっとテストのことが気になって眠れないんだろうなぁ・・・(涙)

2005.06.06

解夏

今日の作業療法概論、内容は「障害理解のための、障害疑似体験」と言うことで、映画『解夏』を鑑賞。
大体のストーリーや流れは知っていたけど、ちゃんと見たの初めて。やっぱり、ちょっとだけベソをかいてしまった。

「障害の疑似体験」だけど、事実自分は「障害」とは言い切れない状態でありながらも「障害の体験」をしている。だから「解夏」を見て、主人公(大沢たかお)に自分を投影させていた。いや、投影ではなく自分を重ね合わせていた。

「解夏」で扱っている内容や状況と、自分の状況は全然違う。病気の予後も全然違うし、置かれた立場も全然違う。でも「病を宣告された時の心境」や「仕事を辞める決心」、そして「病との葛藤」や「自暴自棄になる自分」は、どれも手にとって感じることができた。これらすべて、自分も感じたことだから・・・

てんかんの疑いと診断されて、目の前が真っ暗になった。
てんかんの疑いと宣告されて、すべてを辞める覚悟をした。
てんかんの疑いと聞いて、それを認めたくなかった。
てんかんの疑いと聞いて、自分ひとりだけが別世界で孤立してしまったかのように感じた。

てんかんを理解している自分であってもこれだけの気持ちになるのだから、初めてそのことを知って、なおかつ予後不良であることを知る人は、きっと自分が感じた以上の絶望感を味わうのだろう。

職場では「Mitakeさん、テンション高いね。うちのグループにピッタリだし、ホント楽しくなるよ」と言ってくれるが、それはあくまで「仕事」として割り切っているからできることである。OTの学校での友人とのコミュニケーションも、必然性に生じて生まれているものである。
だから、本当の自分は、こうやって誰とも知れない相手に自分の「心の内」を告白している姿、これが真実なのかもしれない。

でも・・・どこかで見守ってくれている「誰か」が自分にはいる。
自分の苦しい心境を受け止めくれる人が、何処かにいる。
今は素直になれない自分がいるが、でもその人たちの存在に感謝はしている。
「気をもませてしまっているなぁ・・・」と言う罪悪感を持ちながらも、素直になれない自分。
表に出れない自分。腹を割れない自分・・・自分が思っている以上に、自分の「心の殻」は堅いらしい。
でも、少しずつながらその殻に「ヒビ」は入りはじめているし、「ヒビ」を入れていく人もいる。
まだまだ殻を砕くには遠く及ばない程度のヒビかもしれないけど、脱しようとはしているのかもしれない。

こんなことばかりでごめんなさい。こんな状況は、もうしばらく続くかもしれません。
ただ、このblogがMitakeと外の世界を継ぐ1つの手段であることは間違えありません。
こうやって自分の思いや色んな出来事を書いていくことも、作業療法の1つなのかもしれません。

2005.06.05

アンバランス

今年度になって、一体どれくらいの間引きこもっているんだろう・・・やっぱり、すべてはあの時から。
あれさえなければ、きっと今の状態にはなっていなかったかも。

昨日・今日と明日提出のレポートを作製。
先週の土曜・日曜は、テスト勉強。
そして今度の土曜・日曜もテスト勉強をするのであろう・・・

自ら選択して決めた道、でもちょっぴり辛くなってきているかもしれない。
そこには当然「世間体」と言うのもあるかもしれない。でもそれ以上に、自己否定をしてしまうかもしれない。

元々前の仕事を辞めたのは、OTになるため。
だからOTの勉強に差しさわりのない範囲でできる仕事を選んだ。でも学費の問題もあるからどんな仕事でもいい、と言うわけじゃない。
だから、ある程度は学費のメドがつけられる仕事を選んだ。
すべては計算どおりに進める・・・はずだった。

それが、あの一件で自分の心の中は大きく狂ってしまった。
だいぶ回復こそはしているものの、正直以前のようなハリはない。OTを始める前は必ずと言っていいほど休日は気分転換の外出をしていた。それが今では、テストやレポートに追われている。仮にそれがなかったとしても、疲労が蓄積していて、家の中でボーッと過ごすことが多くなった。いや、ほとんど過ごしている。

なんだか、心の底から「楽しい」と実感できなくなっている自分。
その姿を見て「オマエ、病院行ったほうがいいんじゃないの?」と傍観しているもう1人の自分。
実体の自分と、傍観の自分。2人の自分がいるけど、どちらの自分にも「意識」は存在している。言い換えるのであれば、傍観の自分は「社会福祉士・福祉の専門職」としての自分、そして実体の自分は「社会で生活する、Mitakeという個人」としての自分。

本当の自分は「実体の自分」なんだろけど、プライドを支配しているのは「傍観の自分」にあるように思う。
元々OTを目指すのも「社会福祉士を高めるための手段的方法としてのOT」であって、「OTありき」ではなく「社会福祉士があってのOT」と言う考えである。もちろんOTの資格を取れば(社会福祉士だけのときよりも)収入が上げられるという計算はある。だからOTを取ろうという考えもある。
だから「自分で決めた以上は、やり遂げなかったら今までの行動の意味がなくなる」と考えている自分がいる。

前の職場にも、今の職場にも「OTを取るために」を理由に離職し、就職した。
今まで貯めた収入も、OTのために費やしたし、今の給料のほとんども学費に費やしている。
でも、今ここですべてを切ったら、今までの前提条件をすべて崩してしまうことになる。
だから、そこに「プライド」が存在しており、一方で邪魔もしている。

たぶんプライドを捨てて、すべてをチャラにしてしまえば、それはそれで楽なんだろう。
だけど、チャラにしたら一体自分には何が残るのだろうか・・・もしかして、何も残らないかもしれない。
残るのは、「苦痛から逃げた自分」と言う事実・・・そして、堕落していく自分。

そんな自分が怖くて、今を生きているのかもしれない。
今辛くても、きつくても、苦しくても、何もかもが壊れそうでも、それに1人で必至に耐えているのかもしれない。
もちろん、その「耐えていること」は絶対に表には出せないし、出したくない。そんな姿を見られたくないし。
見せられるとすれば、それは真に心を許した相手だけ・・・今の自分には、その相手はいない。

結局、今の自分は良くも悪くも「プライド」と言うコンクリートで固められているのかもしれない。
ただ・・・もし、次にまた発作が起きたときは・・・そのときは、どうなってしまうんだろう・・・。

2005.06.04

コトバ★「てんかんその2」

今日の起床、13時10分。睡眠時間11時間の大爆睡。ものすごく疲れているみたい・・・

さて、今日のコトバは「てんかん」の第2弾。すでに前回のコトバ「てんかん」で「てんかんとは?」について話しているので、今回は特にてんかんのことを話すつもりはありません。

正直なところ、今日はコトバをお休みにしようかなぁ・・・と思っていました。
なにしろ、レポートが追いつかない状態で・・・(きっとこう言う心理状態も今の自分にはあまり良くないのかもしれないけど・・・)

なので、今まで話すことのなかった「自分の気持ち」を今日は「コトバ」に代えたいと思います。
もし「てんかん」と確定診断が出た時は、別blogを作る予定でしたが、「てんかんの疑いがある」と言うことだったので、結局別blogは作らないことにしました。もっとも、今の自分にとっては別にblogを作って運営するほうが「負担」になりそうなので、今のblogで自分自身をすべてぶっちゃけちゃって、自分をさらけ出して、知ってもらったほうが自分にとっては「楽」になるのかもしれないと思ったので、このblogで「今日は~だった」とか書くようにしています。
 今回公開するのは、発症直後の自分の心理状態。表には書かなかったけど、実際はこんな気分でした。


2005年4月15日 (金)→こっちのblogでは「休みました。」として。

仮診断

昨日、学校の授業中に意識を失った。
生理学の授業中、人体解剖のVTRを見ているときだった。元々こう言う映像は苦手。だから「ヤバイ」と思った場面は自分でちゃんとコントロールし、見ないようにしていた。
しかし「もうヤバイかも・・・」と言う状態になったので、机の上で寝るような体勢を取り、コントロールしていた。

しかし気がついたら、自分の周りがざわざわしていた。
気を失っていた。何がなんだか、自分でもわからない。でもなんか金縛りから解けた感じ。
とっさに思ったこと・・・「あぁ、またやっちゃった・・・」

実は今から16年前、小学校3年生のときも、全く同じことがあった。
そのときはまだ周りも子どもだから、状況はわからない。でも今回は大人であり、意識を失っていた時の状態を聴くことができた。
そして得た情報は・・・「痙攣していて、体が硬直していた。

意識を取り戻すのに、約30秒程度。
やっちゃった・・・と思う反面、自分である病気を疑った。
30秒、痙攣、硬直・・・そして今回が初めてではない、ということ。

そして今日、内科を受診した。3年前にも似た症例で通院しているため、まずは行くことにした。
しかし医師の診断は、驚くべき速さでその病気を診断した。
症状や状況を聞く以上は、てんかん発作を疑います

ここまで早く言われるとは思わなかった。
「似たような症例」と言うが、実は意識消失をしたのは今回だけではない。
古い方から数えて10歳、23歳、26歳0ヶ月、そして26歳5ヶ月・・・4度、意識を失っている。
そのうち10歳の時と23歳の時は脳波測定を行ったが、特にこれといったものは現れなかった。しかし今回の状況と全く同じ状態で意識を失ったのは、10歳の時。

「今まで脳波では出てこなかったのに・・・」と言ってみたが、先生からは「必ずしも脳波測定をすれば当たる、と言うものではない。わかりやすく言えば、狭心症の発作が現れるのと同じことであり、てんかんを持っていても脳波に現れないこともある」とのこと。

昨日の今日だから・・・ということで、脳波測定を実施。
結果は来週の土曜日とのことであるが、確定ではないものの「てんかんの疑い」になった。

「てんかん」がどのようなものなのかは、自分でも理解しているつもり。
でも、まだ自分は障害を受容できていない。

今日は一日、泣きじゃくった・・・


2005年4月16日 (土)→こっちのblogでは「心はまだ」として。

失意

仮診断ではありながら、自分は失意のどん底に陥った。

診断を受けたのはお昼ごろ、脳波検査を受けたのは、午後。
でも午前中から自分は泣いていた。

午前中は「こんなことで病院に行く自分の情けなさ・弱さ」に泣いていた。
泣かないようにコントロールしていても、自然と涙が流れ出てきていた。感情がコントロールできなかった。
まだ診察を受けていなかったけど、ぽろぽろと涙が流れてきた。

でも、気持ちをもう一度締めなおして、いざ診察に挑んだ。
しかしそこで、医師から「てんかんの疑い」と言われた。

「そっか、てんかんかぁ」と思った反面、「どうして今更てんかんなんて診断するんだ」と思った。
もし本当にに「てんかん」だったら、どうしてもっと昔に診断されなかったのか。最初の発作から十数年以上経過しているのに、どうして今になって「てんかん」なのか。とにかく「何故?」と言う思いばかりだった。

ただそのことに関して医師は「必ずしも脳波を取ったから現れるというものではなく、その状況下の時の脳波が診断対象になる。でも実際にはそれは難しく、例えるなら狭心症の発作が起きたときの心電図を見なければわからないとの同じことであり、狭心症は発作がないときは通常の波形である。てんかんも、それと同じことが言える。」と説明を受けた。

自分は社会福祉士であり、てんかんについての知識も持っていた。
てんかんが必ずしもすべてを失うものではなく、正しく治療し、適切に服薬管理をすれば日常生活になんら支障がないことはちゃんと知っていた。
でも、それを理解していても自分の中で「てんかん」を受け入れられていなかった。確定ではないものの、「てんかん」の診断を受けたことにショックを受けていた。そして自宅に帰り、泣いた。

作業療法士を目指すために、前の職場を辞めて、そして今月から学校に通い、学校に支障のない範囲で仕事も見つけた。なのに、始まって早々に襲われた失神、そして診断。何のために退職・転職・進学をしたのかが、わからなくなってしまった。直接処遇を仕事としている人にとって「てんかん」は致命的な疾患、作業療法士はおろか利用者と直接接する福祉職すらも危ぶむ状態になってしまった。さらには、好きだった車の運転も制限されることになる。自分の人生の多くのことが、自分のところから離れていく。そして、失ってしまう・・・

ものすごく悔しい、そして悲しい。
今の自分には「泣く」ことしかできなかった・・・


2005年4月18日 (月)→こっちのblogでは「入学式」として。

不安

仮ながら診断を受けて、初めての授業。
診断を受けた日は、とてもじゃないけど授業を受ける気持ちになれなかった。

そして、教室に向かう。
教室は、いつもと同じ雰囲気があった。でも、自分だけは違った。
授業を受けるのが怖い。もっと言えば、教室にいることが怖い。

もし、また倒れたらどうしよう。
あの時の記憶がフラッシュバックする。「てんかんである」と言うことよりも、「意識を失う」と言うことのほうが自分にとってダメージになっている。

小学校の時に倒れたのは、アキレス腱断裂の状況を想像した時に、意識を失っていた。
そして今回は、人体解剖のVTRを見ていて、したくなくてもしてしまう想像を振り切ろうとしている中で、意識を失った。
同じ状況下で、全く同じ状態で倒れてしまった。

最初の時から十数年以上経過し、もうそのことは心の中から消えようとしていた。
そんな時に、また再び起こった出来事。自分にとっては「悪夢」としか言いようがない。
思い出したくもない過去が、また再び呼び起こされてしまった。

だから授業を受けることが、怖い。
あの教室に行くと、忌まわしい記憶がフラッシュバックしてくる。
今日の授業は何とか大丈夫だったけど、途中で「悪い意識」を振り切ろうとする自分が何度もいた。

まだ学校は始まったばっかり。
でも・・・まともに授業を受けられる状態でない自分がいる。
今は、「障害」のことより「フラッシュバック」への不安が大きい。

2005.06.03

ケース記録

と言っても、仕事のことではありません。自分自身のためです。
投薬治療が始まって1ヶ月が過ぎ、薬の処方量も本来の量になってきました。恐らくこれからが本番であり、どのように進んでいくかはわかりません。

でもその間、心の変化や体の変化は色々とありました。
そのことをちゃんと記録しておく必要もあるかな・・・と思って、自分自身の「ケース記録」を作ることにしました。

「ケース記録」は、本来施設で利用者に対して行った支援や個別支援計画による支援の結果評価に用いるものです。あくまで「記録」と銘打っているのは、利用者がどのような行動をしたのか、設定した計画・目標に対して達成ができたのか否かなどを「文章」として、公式な形で残すために「記録」としているのです。日本中のほぼすべての福祉施設において、必ず「ケース記録」はつけているはずです。(確か法律でも「記録を残すこと」が決められていたと思ったけど・・・)

もちろん自分もケース記録を「仕事」として書いています。前の授産施設のときは「完全利用者担当制」であったため、またケース記録以外に種々の記録類があったため、日によっては「記録だけで1時間」と言うこともありました。しかし今では「実際に関わった人」についての記録を書けばよいだけなので、遥かに楽になりました。今では、ケース記録を書くのに15分もあれば終了できます。だから、定時キッチリに終えて学校に問題なく行けるのです。

話は元に戻って・・・自分自身も4月の発作が起きてから(実は去年の11月の猛烈に忙しい時期にも一度だけ発作があったんです。それが何時だったかは、ちょっと覚えていないのですが・・・)、だいぶいろんな意味で変化がありました。特に心の変化は著しく、今でもそれはあるでしょう。もちろん一時期に比べたらだいぶ良くなっていますが、やっぱり心の奥底では「燻っている」ものはあるでしょう。
特にここしばらくの間は「ストレス」となりえるものが過重に多くのしかかっていますから・・・

そういった意味で、自分の健康管理をするためにも、そして服薬をしてからの自分の状態をしっかりとDrに説明・報告できるようにするためにも、自分自身のケース記録を作ることにしました。もちろんこのblogをケース代わりにしてもいいのですが、なかなかそういうわけにも行かない事情もあるので、ちゃんと書くことにしました。

とはいえ、発作直後の時の記録に関しては曖昧なので、このblogで確認しながら付け直していこうと思っています。

なんてことをしている間に・・・あぁ、レポートを書くことができなかった。
でもいいや、もう今日はかなり肉体的にも精神的にも疲労しているから、今日はやらないでいいや。
すべては、明日に先送りしよう。(でもこの「先送り」がヒジョ~に危険なんだけどね・・・汗)

2005.06.02

時間がないんですぅ・・・

何かと色々と準備をしていたら、もう11時を過ぎているではないか。
自分の体のこと、今後の将来のこと、今の生活のこと・・・母親とじっくり話をしていた。
結論は出ていないけど、こうやって話すことも「自分を見つめる」ためには、きっと必要なことなんだろうなぁ。

でもそんなことをしていると・・・あぁ、時間が。
昨日も書いたけど、この先数週間はイベント目白押し。ホントに時間が足りなすぎる。
このblogの目標「1日たりとも欠けることなく続けていく」ためにも、書いていかないと・・・

もう時間が・・・
このblogだけじゃなくて、もっと色んなところにメッセージを残したいから、今日は取り敢えずここまで。

あぁ、何だか「やっつけ」みたい・・・(^_^;)

2005.06.01

ヒデブゥ~

もう・・・ヘトヘトです、学校に・・・((+_+))

今週の金曜日→英語のテスト
来週の月曜日→作業療法概論のレポート提出(今日発表)
来週の火曜日→リハビリテーション概論の期末テスト
来週の金曜日→英語と生物学の中間テスト
再来週の月曜日→作業療法概論と作業科学基礎(=線形代数)の中間テスト

あぁ、目が回る・・・ってか、頭が痛くなりそう。
ホントに、やることがあまりにも多すぎる。予習・復習どころの状態じゃなくなってきた。
まずは、レポートを何とかしなければならない・・・せっかく、今週の土曜日にちょこっとだけ「息抜き」をしに行こうと思ったのに・・・(>_<)

職場採用時に「学業優先で」とは言ったものの、さすがに今週の月曜日に「テストの準備不足で・・・」を理由にして休んでいるだけに、「学校の授業が・・・」の理由で再び休むわけに行かない。
あぁ、また今週末も「引きこもり」の生活になりそうだぁ・・・あ、マジで涙出てきそう・・・(・・,)グスン

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