支えになっているもの
今日はOTは休講。なので仕事をして終わり。帰ってくるのも、久しぶりに明るいうちに戻ってきた。
ただし、体はクタクタの状態で帰ってきていることは事実。多分、前の仕事をしていたときよりも疲労度は大きいと思う。もちろん業務の性質上のこともあるかもしれないけど、それを差し引いたとしても、やっぱり疲労度は大きい。
今日も結果的にテンションを上げることになってしまった。
別に上げたくないわけではないけど、上げるとその反動が自分に大きく返って来ているような気がする。もちろん利用者のためには、職員は手を抜くことはあってはならない、と考えている。あくまで自分のポリシーは、利用者と真正面から手加減せずに接していくこと。前の職場でも、それは実践していた。真正面からぶつかって、作業をする時も遊ぶ時も、手を抜かずにやってきた。
だから今の職場でもそれを実践している。けど、決して今の自分の状態が「その行為」が望ましいものなのか、については疑問であるし、わからない。しかし利用者を目の前にすると、スイッチを入れざるを得ない。いや、自分の意に反してスイッチがONになっているのかもしれない。だから、仕事が終わったあとはどっぷりと疲れてしまうのかもしれない。ただ、学校があるときは再び授業でスイッチをONにしており、自宅に帰ってきてようやくOFFにすることができる。OFFにしたら、その分のケアが必要なんだろうけど・・・よくよく考えたら、今の自分にとってそれを「ケア」するものがない。
3月までは仕事1本だった。仮に精神的に参っていても、仕事のあとはフリーだから時間的に色んなことをしてケアをする余裕があった。また、ケアをするための代替的な存在もあった。でも今は時間がない。働いたあとに学校で勉強をし、そして自宅に帰る。帰ったら、後は次の日に備えるだけで、十分なケアをしている、とは言いがたい状態。言い換えれば、「次の日のために、心を癒して、心のガソリンを満タンにする」ことができていない状態なのかもしれない。それが慢性的に続いているから、最終的に「やらなきゃ・・・」につながっているのかなぁ?
授産で仕事をしていたとき、自分にはOTと言う目標があった。そのためには、蓄えが必要だった。
今はOTになるべく勉強している。そのために資金を集めている。蓄えはできない状態である。
でもここ1ヶ月の間に起きた様々な出来事のために、自分の存在や目的を見失っている自分がいるかもしれない。
そんな中、テレビをつければ自分と同世代、ないし若い人が「結婚」との報道があるし、いくつかのblogでも「結婚」「婚約」「恋愛」の文字が躍ることがある。特にテレビで会見をしている有名人を見ていると、本当に幸せそうな表情をしている。正直、うらやましい。
だけど「うらやましい」と言うこと以上に、結婚によって絶対的な「支え」を得ているように感じる。自分が支え、そして支えられ・・・そんなことを考えると、今の自分にとっての「支え」って・・・とふと感じる。何か木の枝のような細さしかない支えのよう感じて仕方がない。
もう一度、改めて自分の支えを見つめないして見ないと・・・
なんだか、自分の意としているのとは違った方向に行っているような気がしています、今の心境は。
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コメント
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いつかは私のコメントにお返事を書いてくださって本当にありがとうございました。
えっと「支え」ですけど、私にとってはここ「Mitakeの小箱」も支えです。
5年ぶりに大発作が起きて不安・動揺の中、ここを見つけた時は、なんと心強い気持ちになったでしょう・・・。
自分と同じような人がいる。
発作の頻度も、脳波に異常がないけど症状は出てしまうということも・・・。
誰にでもぶちまけられる不安じゃないだけに、ここに辿り着いた時は本当に嬉しかった。
私みたいにここを訪れて元気をもらってる人も世界(私は異国にいます)のどこかに何人もいるって思って、これからも前に進んでくださいね。またきます。
投稿: かさ | 2005.05.12 12:20
コメント、ありがとうございます。また、このblogが「支え」と言ってくださっていることに関しても、本当に感謝しています。
今回のコメントを受けて、5/13の記事を書かせていただきました。発作のことや薬のことは、自分の中では僅かばかりながら受け入れようとしている感じはありますが、親のほうはまだ受け入れがたいみたいです。もっとも、親から見て今の自分の現状が相当大変そうで、辛そうに見えるみたいです。自分ではあんまり周囲にはその雰囲気を出さないようにしているつもりなのですが、家では気を抜ける場所のためか、感じ取られてしまうみたいです。事実、知らず知らずのうちにため息も結構出ているみたいですし・・・
でも、自分のことをさらけ出すことによって、それが他の人の力になっているとすれば、それは自分にとっては嬉しいことです。「Mitakeの小箱」は飾らない、ありのままの自分でいられる場所でもあります。こんな拙い内容でも元気になる源になっていれば、それは本望であります。
辛いこと、大変なこと、たくさんあると思います。
でも、頑張らないでいいから「精いっぱい」の力で一緒に進んでいきましょうね。
投稿: Mitake | 2005.05.14 00:27