初業務
昨日の始業式に続き、今日は初業務。
で、今業務が終わってこれから学校へ向かうところ。初業務は緊張しっぱなしの状態。正直、気持ち悪いの他に何もない感じ。
(今回は画像で脳の模式画像がありますので、あらかじめお断りします。そういうのが苦手な人は、今回はパスした方が身のためかも・・・でもそういうのが苦手な自分が大丈夫だから、何とかなるのかな?
って、「そういうのが苦手」って、これからOTを目指そうとしているのには致命的かな・・・汗)
で、授業が終わって帰ってきました。昨日も雨で、今日も雨。なので学校までは完全徒歩。
でも授業が終わって自宅に帰る時に、運よく終バスが・・・もちろん乗って帰りました
さてさて、最初の仕事、やっぱり完全に緊張しーの状態でした。
もう、朝自宅を出る前から緊張しっぱなし。本当に吐きそうな気分でした。新しい選択をしたときは強気だったのですが、いざ目の前にするといつも弱気になるMitakeなのであります。
そんなことを言いながらも、時間は無情に経過し、いよいよ業務開始。
朝は簡単に準備をした後、利用者さんを迎え入れる。そして最初にすることが、排泄介助。
授産の時もトイレ介助はしたことがあるけど、本格的に排泄介助をするのは初めてのこと。授産では使わなかった尿瓶も、ここでは当然使うし、衣服の着脱も普通にある。慣れないながらも仕事であるため、とにかくやってみる。もちろんてこずる事もしばしばだが、何とかやり遂げる。
排泄介助が終われば、いよいよデイの開始。
と言っても、テンポ的には授産よりも緩やか。ただし「緩やか」と言うのは「利用者さんのテンポ」であって、職員はバタバタの状態。自分の場合は、カチンコチンの状態。で「デイで何をやったの?」と言われても・・・うーん、正直何て言って良いかわからない。プログラム的に言えば「作業」と「外出」といったところだろう。
でも初めてデイの現場に立って感じたのは、初めて前に居た授産が「比較的障害の軽い人」であることを実感したこと。
学生のときの更生施設の実習では「これって、重度の人なの?」と感じていた。きっと一番最初に接したのが、いわゆる「重度・最重度」と呼ばれる人であったので、何をもって「重い・軽い」と言うのかが実感として理解していなかったのかもしれない。でも一応「社会人」としての経験を積んだ上で「前職の施設」と「現職の施設」の利用者を比較してみて、初めて「今の利用者さんの方が(障害の程度が)重い」と言うことを感じた。決定的なことは、言語的コミュニケーションの可能な利用者がほとんどいないということ。授産の時は伝わる・伝わらない関係なく言語的コミュニケーションがほぼ全員の利用者で可能だった。それがデイでは、半分程度の状態である。もし「伝わっている」と限定すれば、その数は数人程度までになるだろう。
また、利用者一人ひとりに対して「どこまで求めていけばよいのか」がわからない状態でもある。もちろん利用者の特性をまだ完全に把握していないので何とも言えないが、「支援目標」が設定されているのかが不明な状態である。事実、今日初めてケース記録をつけた際に、単純に「何をやったか」だけを書くだけだった。ファイリングされている他の記録も見たが、書いているのは「状況記録」だけだった。
何が言いたいのか。
要は「ゴールはどこなのか」と言うこと。きっと「これができたら終わり」なんていうものはないから、ゴール設定自体が問題があるかもしれないけど、それでも「(仮)ゴール」を設定しなければ、支援がボケてしまうのではないのかなぁ・・・と感じたのである。きっとこう言う考えを持つようになったのは、前の職場の主任さんの影響だろうなぁ。
ま、仕事は始まったばっかり。疑問ができたら徐々に声を出してみようかなぁ・・・と思います。
そして夜の専門。今日の授業はこれ。↓(一応、ポップアップ付き)
リハビリテーション概論の授業。ズバリ「脳」について。
最初の授業から配布資料にたくさん書き込みをしている状態。ハッキリ言って、もうお腹いっぱいの状態です。
なので・・・説明省略。(笑)
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