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思ひ出アルバム

  • 卒業式が終わって・・・
    以前HPで行っていた「todya's photo」の写真や「御岳写真館」で使用していた写真を再び復活させるべく、「思ひ出アルバム」として随時更新していきたいと思います。また最近の写真でも「思ひ出」となるものについては、ここに納められていくことになるでしょう。

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2005.03.30

今までを振り返って

本日の業務内容
午前、機関紙ののり貼り作業。
午後、選挙公報のダイレクトメールの組立・検品。

今日の昼食はケース担当ごとによる「ホットプレートで焼きそば」、要は職員と利用者が一緒に作ろう・・・というもの。とはいえ、うちの場合は・・・参加する利用者としない利用者がハッキリ別れることに。参加しない利用者は出来上がるや否や、すぐにお皿を差し出す始末。「オマえら、ちょっと待てぇ~!」と叫んでしまうくらいの勢いでお皿を出した。何もしないで食おうとは・・・良い度胸だ。
そうかと思えば、片や一緒に作れないで泣きべそをかく利用者も。イヤ、物事は順番と言うものがあってな・・・そこで泣くなよ・・・という感じ。まぁ最終的には「食べれる焼きそば」だったので、よしとするか・・・

いよいよ今の職場も、明日で勤務終了。
思えば一番最初の勤務先となった今の施設。学生時代はケースワーカー目指して公務員試験を受けたり、MSWや社協を受験したり・・・と、どちらかと言えば「相談職」を中心に動いていた。しかし実際に従事したのは知的障害の授産施設、分類的には「支援員職」であり、直接処遇の仕事だった。ただ自分が福祉に携わる環境としては知的障害が最も多かったため、知障に携わることもある意味「必然」だったのかもしれない。

携わった期間は2年、厳密に言えば1年11ヶ月間だった。
普通に見れば短い期間であるが、自分自身としてはとても密度の濃い2年間だった。実際に現場に出てわかったことや感じたこと、時には「現実」を突きつけられそのことを歯がゆく思うこともあった。一方で「職場」としてはとても恵まれた環境であったと思う。主任さんからは色々と怒鳴られることもあったが、一つ一つが勉強になり、「支援のあり方」と言うのを教えられた気がする。

ただ、ふと振り返ったときに、自分は利用者に対して何をしてきたのだろうか、と考えることがある。
福祉の仕事に就くことを考えた時の、目指すべき方向性の「柱」として考えていたことは「福祉を必要とする人に対して、その人の背中を押して、支えていける支援をしたい」であった。そしてそのポリシーを元に、2年間「知的障害」を持つ人に対して支援を行ってきた。しかし自分の行ってきた支援は、果たして自分自身が掲げたポリシーどおりになったのであろうか。もっと言えば、自分は彼らに対して何か残すことができたのであろうか。

「何か残す」ということ、シビアな言い方をすれば「目に見える形で結果を残す」ということ。
2年間自分は我武者羅に走ってきた。初めての現場と言うこともあって、色々と試行錯誤をしながらも、どのようにすれば「より良い生活」を営むことができるのか、と考えながら支援をしてきた。そして時にはバカをやってみたりふざけてみたり、そして時には叱ったり褒めたりした。自分の中では「必要なこと」と考えてやってみた。

事実、自分が動いて判明した事実もあった。新たな障害特性の発見・家庭環境への介入など、いわゆる「授産施設」の域にとらわれない内容もあった。もちろんそこで「社会福祉士としての自分」と「授産施設職員としての自分」にジレンマを感じたこともあった。社会福祉士としての自分であったら動きたいけど、一授産施設職員としてはそこまで踏み込んでよいのだろうか、と感じることもあり、これで良いのかと思うときがあった。
とにかく、ひたすらに突っ走ってきた。

だけど、これだけ走り続けても彼らには何か残ったのだろうか。
自分が支援すること・支援したことによって、彼らに何らかの変化は生まれたのだろうか。あるいは、変化したのだろうか。

仕事の性質上「○○が変わった」とはすぐには言い切れない部分がる。しかし「支援に対しての結果評価」は明確にしなければならない。以前行事の計画を立てたときに主任さんから「目的に対しての結果評価ができない行事は認めない」と突っぱねられたことがあった。そのことがあってから、自分の中では「結果評価のできること」を支援計画や行事の中心に考えるようになった。つまり「何故それをやるのか、それをやってどうなるのか、やった結果はどのようになるのか」を明確にできないことは「やる必然性がない」と言うことになる。「必然性のあること」をやらなければいけないと考えるようになり、支援に関しても、その支援の必要性を説明できることをやることにした。

でも・・・今までやってきたことは、自分の自己満足だったのかなぁ。
「社会で生活していくためには、これは必要」と思って支援をしてきたけど、その思いまで利用者には伝わったのかなぁ。たしかに結果として「変わった」「変化が見られた」「改善した」との評価はしているけど、それは単にウワベだけの評価であって、利用者の内面には適切に伝わったのか、あるいは伝わっているのか・・・と改めて感じる。

目に見えるものを残せなかった分、そのことを痛烈に感じる。
もちろん1年・2年で結果が出るような仕事ではないと思うが、少なくとも「これはMitakeが残したことだ」と言えるようなことをしたかった。でも現実には如実な成果は現れなかったのかも知れない。

何故、それができなかったのか?
もしそれができなかった原因が「自分のキャパシティ不足」と言うことであれば、4月からの学生生活でそれを補っていく。もし「経験不足」と言うことであれば、4月から今まで以上に多くのことが経験できる職場を探して、自分のキャリア形成を図っていく。過ぎてしまったことは、もう取り返すことができない。でもその反省を生かして次につなげることはできる。そのためにも今回のこの思いは忘れることなく、「初めて福祉に携わった、貴重な経験の1つ」として残して生きたい。

この「Mitakeの小箱」は生の「現場記録」であって、学生時代の現場実習に匹敵するくらいの記録になっているのかもしれない。つまりこのblogそのものが、自分が福祉に携わってきた人間としてのリアルな記録であり、自分自身が歩んできた道筋になっている。記録というものは非常に重要なものであり、何かに迷った時や悩んだ時に、自分の判断の「よりどころ」になるものである。事実、学生から社会人となり自分を見失いかけた時に、学生時代の実習ノートを引っ張り出して、学生のときに考えたこと・感じたことをノートから振り返ることがある。このblogは今後自分が何かの壁にぶつかったり悩んだりしたときに、自らを振り返る重要な資料になるのであろう。

「今までを振り返る」と共に、今後の自分のついても考えてみました。
さぁ、明日はいよいよ最後の勤務。最後までフルパワーで行きましょう!

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